Coffe Break


 火曜日と木曜日の放課後は、アルカードでのバイト。
 はいつものように接客業に一生懸命だ。
 アルバイトする理由-----
 大学にいくための資金の足しにするためなのが主な目的で、これには担任の氷室も目を瞑ってくれている。
 週二回だけのアルバイトだが、ここから色々なものを教えてもらった。
 コーヒーはたくさんの種類があることや、美味しいコーヒーの入れ方などを習った。
 ドアが涼しげな鈴の音とともに鳴り、は明るい声で挨拶をする。
「いらっしゃいませ!」
 入ってきたのは、氷室零一。
 質のよい革の鞄を片手に、スマートに店内に入ってくる。
「零一さん!!」
 思わずその名を呼んで駆け寄ると、彼は少し照れくさそうに、咳払いをした。
「コーヒーを頼む」
「いつものイタリアンローストですね!」
「頼んだ」
 氷室がいつものカウンターに座ると、は大急ぎでカウンターの中に入り、コーヒーを淹れ始める。
 最近街中では、安価で美味しく飲めるコーヒーカフェが、もてはやされているが、氷室にとっては、やはり、コーヒーカップでゆったりと飲むのが好きだ。
 しかも、心から思って止まない少女が作ってくれるコーヒーは格別な味わいがする。
 最近、がアルバイトに入る日は、必ずといって良いほど、仕事の帰りはアルカードに寄る事が、習慣づいていた。
 彼女のバイトが終わる、ほんの少し前に入店し、コーヒーを飲んだ後に車で家に送る。
 さりげない日常が、零一にとっては幸せだ。
ちゃん、このコーヒーを煎れ終わったら、今日は上がって良いからね」
「有難うございます、マスター!」
 氷室とが「教師と教え子」であることを、アルカードのマスターは知っているが、そんなことはどうでもいいと思わずにはいられない、彼である。
 それほど、ふたりは「感じのよい恋人同士」に彼の目には写った。
 が一生懸命コーヒーを立てる姿を、氷室は見るのが好きだ。
 じっと彼女の、真剣な姿を見るだけで楽しい。
 それは恋をしているからと、彼はもう気付いている。
「はい、イタリアンローストです!」
 差し出されたコーヒーカップには、ミルクもシュガーも置かれてはいない。
 彼がそのようなものを使って飲まないのは判っているから。
 が気をきかせて出さないのだ。
「有難う」
 差し出されたコーヒーのカップをを零一が持ち上げると、は夢見るように彼を見つめた。
 どこか氷室の返事を期待して、ニコニコと笑いながら彼の次の言葉を待っている。
 が心を込めて淹れたコーヒー。
 その味はもう決まっている。
「------美味い」
 簡単な言葉。
 けれども、にとっては最も重要な言葉に聴こえる。
 心が温かくなる魔法の言葉。
 心から嬉しくて、はにかんだような笑みを、は氷室に向けた。
 その笑顔はとても純粋で、氷室の心を焦がしてやまない。
「良かった、零一さん!」
 幸せそうに零一のコーヒーを飲む姿を眺めるの視線が、妙に可愛すぎて、氷室は照れくさくなってしまった。
「トナリいいですか?」
「ああ」
 お役ごめんになったは、一旦奥の部屋に引っ込んでタイムカードを押した後に、氷室の待つカウンター席に向かう。
 まだ、ちいさなカフェ従業員のスタイルの彼女が、氷室にとっては愛らしい。
「先生、疲れてない? 最近、ずっとこれぐらいの時間に仕事が終わってるでしょう? 大丈夫?」
 が心から心配してくれることが、何よりもの癒し。
 彼女が一生懸命淹れてくれるコーヒーが、何よりもの明日への活力になる。
「大丈夫だ。心配しなくても良い。
 、君の淹れたコーヒーを飲めば、また明日も頑張れるから」
「先生・・・」
 感激して彼をい詰めるの眼差しが、氷室には妙に恥かしくて、彼は照れ隠しのようにコーヒーを飲み干した。
、送っていくから、直ぐに支度をしなさい」
「はい」
 くすりと笑った後、は更衣室に向かう。
 いつもゆっくりと見つめた後、決まって氷室が熱いコーヒーを飲み干す。
 それが、にとっては、堪らなく可愛いかった。
 
制服に着替えてくると、いつものように氷室は既に勘定を済ませていた。
「マスターまた! お疲れ様でした!」
「ああ、お疲れさん」
 氷室につれられて、は彼の車の止めてある場所までゆっくりと歩く。
「今日も美味かった」
「有難う、零一さん。毎回、零一さんのために頑張ってコーヒーを淹れてますから! 零一さんに淹れるコーヒーが一番美味しいと、私は思うわ」
「有難う、。私も、君の淹れるコーヒーを飲むと元気が出てくる」
「零一さん…」
 そっと氷室の手がの指にからんでくる。
「迷子になってはいけないからな? 、私に捕まっていなさい」
「はい」
 手を繋ぐのに、またいつもの理由。
 これには
はくすりと笑って、氷室の手を握り返した。
 夜の街頭に照らされながら、二人は仲良く歩いていく。

 二人でいる時間。
 それが何よりもの、心の”ブレイク”になることを、も氷室も痛切に感じていた。 

コメント

ふたりの甘いコーヒータイムです。
これだったら先生も「砂糖」は必要ないでしょう(笑)

モドル