更に複雑に…。44ヨタハチのデフの研究 最終回

有志がデフの部品を作りました!として製作したというデフのリングギアとドライブピニオンのセットをみたことがあるだろうか?過去にいろいろな方がチャレンジした品物が複数あるようだが、この元になった品物の多くがこの最後に出たデフに使われているリングギアとドライブピニオンなのである。ということは、前期型に多くあるアルミキャリアのデフには使えないし、後期でも43年はおろか、44年にもそのまま使えない代物である。これを使うためにはミニエースのデフでも後年のデフを一基用意しなければいけないし、仮にそれがなければミニエースの部品取りを1台調達する…なんてことになる。

これらのこと全てを考えると44ヨタハチの補修用に必要なのはタイヤが10インチの時代のミニエースのデフが一基、そして後年のミニエースのデフアッセンが一基あるといい。もちろん、これは何らかの形でヨタハチ用のドライブピニオンとリングギアがあればの話である。現在、実車についている品物がどんなものかがわからなくてもいつ壊れても対応可能だ。サイドピニオンギアがどちらでも、デフケースの径がどちらでも、スペーサーの形状がどんな形でも冷静に対処できる。
09/28/2010

そして複雑に。44ヨタハチのデフの研究 その3

ヨタハチも製造されて40余年。そうなればデフの1つや2つ壊れてもおかしくはない。補修部品としてデフアッセンやデフのリングとピニオンギアなどを部品として補給を受けて直すわけだが、ヨタハチのデフは70年代後半には補給がなくなり、その後80年代の前半に補給が再開されて暫くして再び補給が打ち切られている。現在、新品のデフアッセンというと、この80年代前半に補給されていたデフが多いと思われる。当時は後期であろうと前期であろうと、デフアッセンの品番でオーダーすると、ちょっと品番が違うがヨタハチと同じギア比のデフアッセンが手に入ったという。

このちょっと違う品番の…というところが肝心なのだが、この時に補給されているヨタハチの鋳鉄キャリアのデフは、ミニエース用のデフをベースにリングギアとピニオンギアとを換えてヨタハチ用としている。では、この後補給のデフと新車時のデフで違うところはどこかというと、ドライブピニオンの位置を決めるスリーブ状のスペーサーである。

新車時のスペーサーは円錐状で、その上と下をスパッと切った感じの形状をしている。このスペーサーにはいくつか種類があり、10分の1単位で長さが違う。この長さでドライブピニオンの突き出し量を変えるのだが、更に精密に突き出し量を決めるために何種類かシムがあり、最終的な突き出し量を決める。ここまで書くとわかると思うがこの突き出し量を決める作業が結構面倒なのである。これを解消したのが、後補給のデフに使われているスペーサーだ。

後補給のデフに使われているスペーサーは高知のはりまや橋の欄干のようなギボシ状の形をしている。このスペーサーは組み付ける前はやはり円錐状の形をしているのだが、これを組んで規定トルクで締め上げると円錐がギボシ状に変化して、ドライブピニオンの突き出し量を適正な位置にほぼ自動で決める。こうすることでシムやらスペーサーやらの組み合わせを変えることなくドライブピニオンの位置決めができるようになっている。

ただ、これには欠点がある。部品の補給がない現在、突き出し量を決める作業は新車時の方法の方がやりやすく潰しが利くという点だ。ドライブピニオンの突き出し量はリングギアやデフキャリアなど構成する部品の組み合わせや工作精度如何でそれぞれ変わってしまうのだ。何らかの形で例えばドライブピニオンとリングギアを手に入れたとしても部品の組み合わせが変わるので、いまあるスペーサーでは突き出し量が適正ではない可能性が出てくる。仮にそれらを無視して組んでしまった場合、異音や動作不良の原因になり果てはリングとドライブピニオンを破壊する結果にもなる。

新車時のスペーサーを甲、後補給品のスペーサーを乙と仮にするとこの後補給デフアッセンの各部品の組み合わせはリングギアとデフケースの組み合わせがBタイプ、サイドピニオンギアが、前期を含むドライブシャフトのスプラインが細い方に対応しているのでタイプ1、そしてスペーサーが乙となるのでB1乙タイプのデフということになる。44に比較的多いと思われるデフの部品の組み合わせはB2甲。つまり、サイドピニオンギアのスプライン径が小さいので44ヨタハチにはそのままでは使えない車の方が多いことになる。仮に部品を混ぜて補修をしようとするとピニオンギアの突き出し量を精密に決めきれないことも考えられる。

後補給のデフを持っているから壊れたとしても大丈夫!なんてたかをくくっているといざ壊れたときに足元をすくわける44ヨタハチオーナーが必ず出るという訳だ。

やっぱり注意が必要…。44ヨタハチのデフの研究 その2

後半に出た仮称Bタイプのデフには2パターンあることを確認している。違いが出るのは使用されているサイドピニオンギアだ。サイドピニオンって何?って方に説明すると、デフケースの中に入っているギアで、中央部にあるスプラインにドライブシャフトが入る。このドライブシャフトのスプライン径が途中から太くなる。これ、もちろんミニエースの改良に伴う変更である。

つまり、サイドピニオンにあるスプライン径が従来型のもの、仮にタイプ1という、と従来型よりもスプライン径が大きいもの、仮にタイプ2という、の二種類が存在する。そのサイドピニオンギアの選択でB1タイプとB2タイプ、二種類の亜種があるというのはこれをさす。

ところが、可能性としては極めて低いのだが、Aタイプのデフに径の大きいサイドピニオンギアが使われているデフも存在しそうである。というのも44ヨタハチの場合は車台番号が若いからAタイプ、後のほうだからBタイプと、考えていると大抵裏切られる場合が多いからだ。となると、A1タイプとA2タイプという亜種が発生し、(リングギア+デフケース)×サイドピニオンギアで計4種類の異なるタイプのデフが存在する可能性がある。
09/22/2010

注意が必要…。44ヨタハチのデフの研究 その1

筆者の活動もその一端を担っているものと信じたいが、44ヨタハチに関しての研究が筆者が始めたときよりも飛躍的に情報が多くなった。しかし、未だダークな部分がある。その代表はデファレンシャルを含むリアアクスルに関することである。それがある程度判明したのでとりあえず速報として記しておこうと思う。いずれ新たにページを作る予定ではあるのでお楽しみに。44ヨタハチをお持ちの皆さんは勿論のこと、それ以外の年式をお持ちの方にも参考になると思う。

まずは総論から。44ヨタハチには鋳鉄製のデフが入っているのが基本であるが、44ヨタハチ生産開始から終了までの間に新車時に使用されたデフには大きく別けて2種類あり、その2種類には更に2種類ある可能性がある。そして、生産終了後の補給品のデフまで含めると同じ鋳鉄製デフでありながら更に1種類増える。合計3種類にうち亜種が2つあるという訳だ。これらバリエーションを生んでいるエレメントは、デフケース、リングギア、サイドピニオンギア、スペーサーの4つである。おのおの2種類あるので、単純に計算していくと2×2×2×2となり、合計16パターンとなる。実際にはこれよりも少ない勘定になるが、自分のクルマが果たしてどのパターン当てはまるのかはあけてみるまでは正直わからない。用意のいい方はこれら全てに対応できるように部品をストックしておくと良い。

時期の古い順に仮の名前をつけていくことにする。まずはAタイプ。Aタイプのデフは昭和42年10月にデフキャリアがアルミから鋳鉄に変わった時のデフと基本的には変わらない。前期のヨタハチにもデフアッセンでは互換性があるが部品単位では互換性はない。44ヨタハチで言えば、極めて初期の車両についている可能性が高いが例外も沢山あるものと思われる。

次にBタイプ。昭和43年10月にミニエースのデフに改良が加えられたのに伴って、同じものを使用しているヨタハチの部品も影響を受ける。変更されているのはリングギアとデフケース。リングギアのデフケースと嵌めあう部分の形状が変わり、それに伴ってリングギアの内径が小さくなる。デフケースとリングギアは組でのみ使用可能。AタイプとBタイプの部品双方に互換性が全くない。なんとかなりそうだが、これがどうにもならない。ちょっとまて!昭和43年10月に変わった部品なら44は全てこのBタイプだろう!と思った方もいると思う。しかし、実際にはAタイプが使用されている例もあり、最早いつから…とか、車体番号何番から…という区分は一切使えなくなっている。

実はこの次からがややこしくなるので、一旦ここで終ることにしよう。
09/21/2010

予想以上でも予想以下でもなし。44ヨタハチ、板金作業開始

44ヨタハチの板金作業が始まった。板金屋さんの作業は通常、中古車屋さんの品物やタクシー会社など、急ぎの仕事が優先で、ヨタハチなどを含む旧車はその合間にやるというのがお約束。例え先月の頭に出しても必ずしもすぐにとりかかるものではないのだ。実際にやってみるとわかるが来ない部品がひとつあれば、ボルトが1つ回らなければそこで仕事は停滞してしまう。クルマの修理屋さんの仕事は、その気持ちがあってもなかなか思った通りにはできないものなのだ。

さて気になるコンディションだが、筆者が想像していた状況以上でもそれ以下でもなかった。先週からとりかかったという左フェンダーが取外されていたのだが、錆で穴が開いたところを少しワイヤーブラシで磨いただけで、蜂の巣状にあなが開いていた。しかも、この穴が開いている部分は過去に直した形跡があるのに、そこの防錆が不完全…というかほぼやっていないために再び穴が開いたという訳だ。おそらく手っ取り早く見栄えだけよくしてさっさとお金にした販売店があったのだろう。フェンダー表面のパテも結構厚いのだろうという予想はついていたが、いざ実際に一部を剥いてみたフェンダーをみると何層にも別れてパテが入っていた。いずれも古めのパテのようだ。幸運にも、フェンダー裏のサイドシルは形が残っていた。ここがバックリ開いていて元の形がわからないヨタハチがたくさんある中にあってはよかったところだ。

以前からサイドマーカーの位置があまり気に入らなかったので、もしかしたら適当にあけた穴にサイドマーカーをつけただけなのかも…と思っていたのだが、フェンダーの裏を見るとナットがついていたので、これでいいのだ。違うとすれば、パテが入っている厚さが左右で違っていて、サイドマーカーの角度が違って見えるのかもしれない。

しかし、44ヨタハチのフロントフェンダーが外れた姿を見て、かつて鉄道模型を分解したときのことを思い出した。製品としては精緻なしなものだが、分解してみると意外と構造が簡単だったのだ。これなら自力で改造できそうと鉄道模型は思ったのだが、多分実物のクルマはそう簡単にはいかないだろう。
09/13/2010