第九章 「野望の破局」

あらすじ

 まるで、その物自体に意思があるかのように動くフィラデルフィア。地上バラビアネスからの攻撃を、その転移航法で、うまく回避しバラビアの地へ移動したフィラデルフィアは、アギライを保護しつつ、ネマスのいる地下研究施設の上にあった、低層の建物に強行着陸した。全てが何か得体の知れぬ、何者かの意思よって、事態は収束にむかっていた。そしてその意思の目標は、ダイアスの野望を砕く事であった。

ネマスとダイアス

 フィラデルフィア着陸の衝撃と振動で、地下室の壁に亀裂が走り、天井の照明器具が揺すられる。
「これで全てが無に返るのよ」ネマスはダイアスに向かって、そう言った。

「・・・そうか、おまえが全て仕組んだんだな」
 そう言いながら、ダイアスはそのギラギラした目をネマスにむけた。

「アギライ博士の善意につけこんで利用し、それが終わると殺した・・・無用な科学の為にね」
 ネマスの頬からは、なおも血が滴り落ちる。

「君もスパイのはしくれだ、弱肉強食の前に善も悪も無い事くらい、わかっているだろう」
 ダイアスは、その全てを見抜いたような目で、ネマスを見返すと続けた。
「さあ!!早く奴らを止めさせろ・・・それとも死か」

 ダイアスはゆっくりと右手を上げ、合図をした。ネマスの周りには、すでに武装をした警備隊員が、その銃口をネマスに向けていた。
得体の知れぬ者の正体
 宇宙艦フィラデルフィアは旧式とはいえ、重力セーブが利いており、艦内には軟着陸の衝撃はほとんどなく、アギライ女史も、その転移装置で無事、フィラデルフィア艦内に収容、保護されていたのだった。

「でも、なぜここへ?・・・信号は出していないのに」
 アギライ女史はコガとモルに、そう言って怪訝そうな表情を浮かべた。

「それがその・・・」
 コガとモルも、予想しない展開に困惑して、何も答えられずにいた。

 その時だった。アギライらのいた、艦内中央、司令室の大型スクリーンが作動し始めた。ノイズ画面(砂の嵐)が、次第に明るく映し出され、司令室内に、そのノイズ音が鳴り響いた。その場にいたアギライ女史とコガ艦長、そしてモル技官は、そのスクリーンを仰ぎ見た。

 ノイズ画面から、人影のような輪郭が少しづつ浮かび上がってくる。
「!!」
 ノイズに埋もれハッキリとは、映らなかったが、アギライは、その輪郭が長年探し続けた人物の面影であることを確信した。
最初で最期の再会
 スクリーンに現れたその人物の輪郭は、ノイズにかき乱されて、ハッキリとは映らなかったが、その声だけは聞き取れた。アギライ女史らは黙ってスクリーンを注視し、耳を澄ませた。

「ふふ・・憶えていてくれたか・・・おまえには心配をかけてしまったな・・しかしこうしてまた会えて・・・私はうれしい・・・」
 ノイズの中の人影は、アギライに語りかけた。

「だか・・私はもう人間ではない・・・単なる冷たい機械になってしまった・・・」
 時折、声は短波ラジオのように、ノイズに混じり、その音量は大きくなったり小さくなったりした。

「・・・だが・・おまえはもう一人でしっかり歩ける・・・過去や世間に縛られたオレのようになるな・・・そして自分の信じる道を開き・・進んでゆくんだ・・・」

 しばらくして、その声は消えてゆき、スクリーンに映っていた人影も、ノイズにかき消されてしまった。

「・・・・・」
 アギライ女史は、しばし呆然とその場に立ち尽くし、その目はスクリーンを見つめ続けていた。
アギライの父、S.アギライの出現とダイアス
「偽善者めが、馬鹿な男よ」ダイアスは心の中でそう思った。

 フィラデルフィアのメインパネルに現れ、アギライ女史との最初で最期の再会を果たしたメッセージの主の音声は、また同時に病棟地下の研究施設にある通信機器にも出現し、ダイアスも聞いていたのだった。S.アギライのメッセージはしかし、今度はダイアス自身に語り始めた。

「・・ダイアスよ・・よく聞け・・・・・この病院を作ったのは・・私だと言う事を忘れるな・・・そして今・・この建物の上にある宇宙艦もだ・・・今なら改心するチャンスを・・・与えよう・・・昔の君に・・戻ってもらいたい・・・」

 なおもメッセージは続いた。
「地球蘇生の・・切り札として作られた・・・この研究病院を・・・二人で一緒に育てていこうと・・・誓ったじゃないか・・・」

「うるさい!!奴にかまうな、宇宙人を全て殺せ!!」
 ダイアスはメッセージを無視するかのように、声を張り上げて、部下に命じた。

 ダイアスの周りにいた、複数の武装警備隊員はしかし、ネマスに銃口を向けたまま、何もしない。

 ダイアスは、大声で叫んだ。
「何をしている!!早く・・・」
 と言った時、ネマス女史に向けられていた、武装警備隊員のそれぞれの銃口は、何故か一斉にダイアスに向けられた。
ネマス女史が目撃したもの
 ネマスの頬からは、なおも鮮血が滴り落ちていたが、その目は今だ、ダイアスを見据えていた。

「なんだ!?お前ら!!」とダイアスは叫んだ。

「それが君の・・・答か・・」かすれた音声。メッセージの主、S.アギライはダイアスにそう語った。

「聞こえんぞ!!奴の精神は死んだ!!このオレが、この世から抹殺したんだ!!奴自体、生きているはずがない!!」

 最期にS.アギライはダイアスに語った。
「・・一緒に楽になろう・・・ダイアス」

 その瞬間、ストロボの様な強い閃光が、地下研究施設の室内を覆った。ネマスは本能的に身をかがめ、その手で目を保護した。

 若干の衝撃はあったものの、音はほとんどなかった。ただ強烈な光が、ダイアスの体を覆い尽くした。

 閃光が弱まり、ネマスはその目をダイアスに向けると、青い炎に包まれたダイアスが、断末魔の叫び声を上げていた。そして、よろけながらネマスの方へ手を出し、よろよろと歩いたかと思うと、その歩く青い火柱は一瞬のうちに黒く変色し、床に崩れ落ちた。やがてその身体は灰色となり、もはやその原形をもとどめないほどになってしまった。

 地下研究施設のある、低層の病棟上に着陸したフィラデルフィア。そのフィラデルフィアに搭載されている、自衛用のレーザーガンが、ダイアスを狙撃したのだ。
ガラスの脳
 ネマスは、ダイアスの周りを取り囲んでいた武装警備隊員が、まるで夢から覚めたように、目の色が変わり普通の表情を取り戻しつつあるのを見た。そして彼女が、今までダイアスだったもの。つまり一瞬にして蒸発してしまった、ダイアスの身体に近づく。

 まだ、青紫の薄い炎がくすぶっていたが、熱さは無い。身体のほとんどは蒸発し消滅してしまっていたが、唯一「頭」だったらしいものが、そこには残っていた。

 一見、それは透明な花瓶が床に落ちて割れ、回りに白い灰の粉をまぶした様な感じに見えた。しかし、その透明なガラスの破片の様に見えたもの。その実体は複雑に入り組んだ光軸回路(クリスタル・コア・ユニット)で構成されたダイアスの人工脳の残骸、そのものであった。

 周りにいた武装警備隊員達は、それぞれ何事もなかったかのように振る舞い、自由に会話をし始めた。そして、今までの陰湿な雰囲気を払拭するかのように、窓の隙間から薄日が差し込み、辺りが少しずつ明るくなってきた。

 ネマスは、その人工脳の破片を拾い上げた。窓から射し込む薄日の光に、それは反射しキラリと光った。

「・・・・・。」
 ハラビアネス環状病院、指揮系統のほとんど全てが、この人工脳によって制御されていたであろう事を、ネマスはその破片を見つめながら、思い巡らせたのだった。

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