第八章 「真実の光」

あらすじ

 全てはダイアスの思惑どおりに事が運びつつあった。アギライ女史は絶望的な逃亡をし、諜報部員ネマスは、ダイアスとMISMの仲介役に指名され、母艦のフィラデルフィアは、消息不明になってしまった。彼の明晰な頭脳は、しかし完璧ではなかった。ダイアスはその頭脳と権力で、全ての真実を覆い隠し、闇に葬り去る事は出来た。しかし個々の人間の意志を変える事は出来ないこと。彼のプランとは、また別の「力」がすでに動いている事を、ダイアス自身、まだ知るよしもなかったのである。

ネマスの回答

「断る!全員の返還しか有り得ない!」
 と、ネマスは言い放った。ネマスの目は、確固たる信念を貫きとうすかのように、鋭くダイアスに向けられた。

 しばらく間があった。まわりの空気が重たくなっていく。ネマスはここにある全ての物が、地獄の底に落ちていくように感じられた。

「ほぅ・・・?」
 地獄の使者が、うめいた。

「貴様に・・・」と言いながら、ダイアスは、隠し持っていた刀を表に出し、ゆっくりと鞘(サヤ)をぬくと、銀色に鈍く光る、その長い全容をネマスに見せ、言った。

「5分だけ猶予をやろう・・・ただし、それだけだ」

 ネマスは本能的に身構えたものの、ダイアスの目から、それは無駄な行為と悟った。
逃亡の果てに。
 その扉には、こう書かれていた。
「屋上ヘリポート入口、関係者以外の立入りを禁ず」
 鍵はかかっていたものの、手持ちの銃で簡単に壊せた。

 アギライは階段を上へ逃げ、来るところまで来てしまったが、当然他に行き場がない。
「だめ、これ以上逃げられない!」
 必死に辺りを見回すが、扉を開け、外のヘリポートへ出る事以外に、選択肢はないのだ。

 アギライは、自分の脈が異様に速くなり、頭から血の気がひくのを感じつつ、扉のノブに手をかけ、思った。
「ここで・・・終わりね・・・」
 屋上の風は強く、寒かったが、最期を察した彼女には、もう何も感じられなかった。

 階下からの声が聞こえる。
「急げ!!上だ!!」

 そして、階段を駆け上る音が、次第に大きくなっていく。
「よし!追い詰めたぞ!!」

 武装警備隊員4〜5名らが、先ほどまでアギライのいた、ヘリポート入口扉前の階段踊り場に到着した。扉は開き、強風が内部に吹き込んでいる。そして彼らは、程なく満天の星の輝く、夜のヘリポートへ出た。
逃亡の果てに。その2
 屋外へ出ると、風は若干強く、実際の気温より寒く感じる。その建物はかなりの高層棟だったらしく、所々遠くに町の明かりが見える。そして何よりも、頭上に広がる満天の星空は、美しくきらめき、町の明かりがなければ、まるで宇宙空間にいるような錯覚をおこさせた。

 アギライ女史は、ヘリポート中央に立ち尽くしていた。時折ふきつける強風が、彼女の長い髪をなびかせる。

「おいっ!!そこを動くなっ!!」
 と、武装警備隊の指揮官が、アギライにむかって叫んだ。同時に他の隊員らは、一人はライフル銃を構え、あとの二人は重機関銃を据え付けつつ、彼女にむけ照準をあわせ、射撃準備を整える。

「両手をあげ、こっちを向き、銃を捨てろ!!少しでも抵抗すれば射殺する!!」

 射撃準備を整える各火器の、鈍い金属音が止んだ。

 アギライは、ゆっくりと両手を上にあげ、武装警備隊員らの方へ向き直ると、その手に持っていた銃を下へ落とした。

「エイリアンめが・・・動かなくとも、射殺だ」
 武装警備隊の指揮官は、心の中で、そうつぶやいた。
衝撃と閃光の中に現れしもの
 ネマスの頬から、じっとりと血がにじみ出る。

「何故、返事をしない?」
 ダイアスは、今振り下ろした刀を構え直すと言った。

 ネマスは黙りこみ、その決然とした目はじっと、ダイアスを見据えていた。

 ダイアスは笑みを、その表情に表すと言った。
「拒否か!?・・・じゃ・・・その身体も心も、今ズタズタに切り刻んでやる!」

 ダイアスがそう言いかけた、まさにその時、地震のような強い衝撃と地響きが、バラビアの建築物とその地下研究施設を襲った。照明が消え、一瞬全ては暗闇につつまれた。が、しばらくして赤い非常用の照明が、薄暗く辺りを照らし出した。その場にいたダイアス以下、部下多数は、一体何が起こったのかわからず、しばし呆然とし、しばらく辺りを見回している。しかしネマスだけは黙って、動揺を表し慌てる、ダイアスの様子を冷静に見ていた。

 ダイアスが叫んだ。
「今のは何だ!?・・・報告しろ!!」と、ダイアスは取り乱しながら、急ぎ部下に命じた。

衝撃と閃光の中に現れしもの その2

 アギライの捨てた銃が屋上ヘリポートの床に落ち、乾いた金属音をたてバウンドする。天空に輝く満天の星空は、その場の緊張感さえも忘れさせるほど、美しくきらめき驚くほど静かに、このバラビアの地を淡く照らし出していた。

 アギライは、武装警備隊員らに向き直った。すると、視界の中のきらめく星空の一部がゆがんで見えた。はじめ彼女は直感的に、すぐに来るべき悲劇的な未来を想像し、あまりの絶望感から自分が気絶する、その前兆だろうと考えたのだが、ゆがみはますますはっきりしてきた。

「何か来る・・・」
 アギライは、何故かそう感じた。人が死ぬ瞬間は、しかし不思議とそうゆう幻想を見るのではないか・・・。彼女はそう思ったのだ。

 一瞬の閃光が、辺りを猛烈に照らし出したその瞬間、巨大な光を放つ物体が夜空を覆い隠した。そして、光が薄れるにつれ、その白銀色の物体がゆっくりと、姿を現した。

「・・・フィラデルフィア!?」
 アギライは思わず心の中で、そう叫んだ。
衝撃と閃光の中に現れしもの その3
「現場!!応答せよ!!・・・どうした!?」
 武装警備隊員の持っていた無線機から、応答を即す声が出ていたが、隊員らは目の前に出現した、薄い光を放つ白銀色の物体に目を奪われ、何が現れ起こったのか、しばし呆然とし、応答出来なかった。

 我にかえった武装警備隊の指揮官が言い放った。
「くそっ!宇宙軍か!!かまわん、女を撃ち殺せ!!」

 しかし、各々の狙撃隊員が、慌てて火器を構えなおし、態勢を整えたが、何故か射撃を始めようとしない。

「何をしている!!早く撃て!!」
 指揮官が狙撃隊員に、そう言いながら、アギライのいるヘリポート中央へ目を移すと、先ほどまで、立っていたはずの彼女は消えていた。

「女が消えた!?」
 指揮官が、そう思った瞬間、屋上のヘリポートに、強烈で甲高い超音波が響きわたった。武装警備隊員らは、それぞれの武器を捨て、耳を押さえたが無駄だった。

「うっ・・・あ・・・頭がぁ!!」
 うずくまりつつ倒れ、完全に戦意をそがれた武装警備隊員らの真上を、その飛行物体は、耳障りな音響をたてながら、ゆっくりと旋回した。そして、その白銀色の物体は、ふたたび光につつまれると、何かを探るかのように移動を開始した。
フィラデルフィア、バラビアの地へ
 下から見上げると、高層病棟の屋上付近に、その発光する飛行物体は忽然と姿を現した。約100m上空を、強い光を放ちながら、ゆっくりと移動するその姿は、昔(今)だったなら、未確認飛行物体(UFO)と表記されるに違いない。

 まもなく、その発光する飛行物体は、ある低層病棟の真上に静止すると突然、急降下をはじめた。

 頑丈な鉄筋コンクリートで造られた、バラビアネス低層病棟、最上階である4階部分が、飛行物体の放つ光にのみこまれたのも、つかの間。コンクリートとガラスの破片が、四方に飛び散り、同時に落雷のような凄まじい音響が、周囲に轟きわたった。

 そして、光が薄れてくるにつれ、白銀色の物体は銀色、それから鉛色に変化し、物体中央部にダークカラーで描かれた「23」の文字と、フィラデルフィアを示すエンブレムが見え、本来の宇宙艦である、その全容が姿を現した。着地した低層病棟の屋上と4階の部分はすでに破壊され消失し、かろうじて残った3階部分に、そのフィラデルフィアの巨大な船体は着座していた。

「くそっ!!」
 ダイアスは地下にいたが、フィラデルフィアの出現と強引な着陸による、音響と振動は鈍く地下にも響きわたっており、地下室の壁面さえも、少しながら崩れ落ちていた。

「う・・・宇宙艦です!!宇宙軍が上空で暴れまわっています!!」
 赤い非常照明で薄暗くなっている、地下研究施設内にいた連絡担当官が、悲鳴に近い声でダイアスに報告した。

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