第七章 「解決への糸口」

あらすじ

 意外な協力者である看守係官の忠告で、何とか無事、監獄脱出を果たしたアギライ女史だった。だが、女看護士の放った銃の射撃音は、監獄内に設置された音響センサーを通じ、すでにバラビアネス総合監視センターに届いており、警戒体制が敷かれつつあった。迫りくる、多数のバラビアネス武装警備隊員。バラビアネスでの目的を果たせぬまま、ひとまずアギライは、ここからの逃亡を開始したのだが・・・。

バラビアネス総合監視センター

 バラビアネス病院の総合監視センターは、突然の異常事態発生に混乱していた。

「何の音だ!!」
「銃声のようだぞ!!」

 監視官らは、慌てて監視モニターを追跡し、場所を特定した。そして監視センターの情報は、地下実験研究モジュールにいる、ダイアスにも報告された。

「何事だ!?」とダイアスは言った。

「2棟5地区3番付近で異常音響を確認、現場へ武装警備隊が急行。同箇所をモニターし、詳細調査中との事です」
 と、監視官主任がダイアスに報告する。

 ダイアスはその特徴的な、細い眉毛をつり上げ、鋭い目を監視モニターへ向け、唸った。
「アギライか・・・」

別れ、そして逃亡

「これだけもらっていきます」
 女看護士の持っていた銃を拾うと、アギライは言った。

「多分、あんたの探している人は、地下にいると思う、内外からの研究者を集めた施設が、そこにはある、行ってみるといい」と、気絶している、女看護士を元アギライのいた監獄内へ運び入れながら、看守係官はアギライに教えた。

「ありがとう、でもどうして?」

「何がだい?」看守係官は女看護士を運びながら、顔を上げ、アギライを見る。

 アギライは、看守係官から目をそらし言った。
「なぜ、私を助けてくれるのですか?・・・テキなのに」

 女看護士を監獄内のベッドへ上げ、横にすると、看守係官はつぶやいた。
「少なくとも、わしはあんたをテキとは思わんね、目を見ればわかるさ」

 そして看守係官は、監獄に鍵をかけると、アギライを追い立てるように言った。
「さあっ!長居は無用だ、すぐ追手が来る、グズグズしていると今度は助からないぞ、こっちのことは、適当にごまかせる、心配するな・・・早く行け!!」

「・・・!!」
 アギライは看守係官に、目で別れをつげると、非常口へ向け走りだした。
巡航艦フィラデルフィアの異変
「エンジンが動きだす?」
 電子技官モルの報告を聞き、コガ艦長は驚きの声を出した。

「はい、30分前からシーケンス起動指令が出ましたので、あと2分後には回ります」
 モルはコガに報告しつつ、困惑の表情をした。
「なんでか、わかんないんですが・・・ゆーことを利かないんですよ、こいつは」
 時々コンソールに現れては消える、意味不明のデマンドの文字列に、モルはため息をついた。

 すると突然、艦内放送が鳴りだした。それは、コガもモルも今まで経験した事の無い現象だったので、二人とも顔を見合わせた。

「乗艦中ノ乗務員ニツグ、緊急発進ノ準備ヲセヨ、敵カラノ攻撃ヲウケル可能性大」
「クリカエス、敵攻撃ノ可能性大、現在地点ヨリ本艦ハ緊急離脱スル」

「!!」
 その時コガは、アギライの身の上に何かが起こった事を感じた。

巡航艦フィラデルフィアの異変 その2

 「シュ!!」という音がしたかと思うと、室内中央のパイロットバーナー管内部に青白い閃光が走り抜け、辺りを照らし出した。同時に耳ざわりな、起動音が次第に大きくなっていく。

 ここはフィラデルフィアのメインエンジンモジュール。無人の室内はまるで電球の中のようにまぶしくなり、辺りの制御機器類が、光の中へ消えていく。

 艦内放送が告げる。
「トーチ(灯)起動、臨界点突破ヲ感知、有効始動確認、動力接続60秒前」

 コガはモルに言った。
「どこからの攻撃か調べよう、それから反撃準備だ」

「わかりました」
 モルは、意味不明のデマンドの文字列を気にしつつも、目前の危機に対応しようと必死にコンソールに向かって地球上からの敵攻撃予想地点を特定、調査し始める。が、緊張感からか手が震え、コンソールをうまく操作できない。

 その間にも、フィラデルフィアの放送は続く。
「防御スクリーン作動、動力接続30秒前」

 やっとモルが予想地点を特定したその時、艦内放送は告げた。
「敵カラノ攻撃ヲ確認、乗務員ハ衝撃ニ備エヨ」

 モルの横で、コンソールを注視していたコガはつぶやいた。
「くそっ!バラビアからか!」

「はっ、反撃の準備が出来ません!!」モルが悲鳴を上げる。

「防御スクリーンを最大、動力接続後出力全開、回避コード!!」
 コガは素早く、モルに命じた。

「攻撃第一波ガ高速接近中、動力接続5秒前」
逃避行
 父親は、まだ幼い彼女に言う。
「じゃぁ・・・またな、アギライ。仕事から戻ったら、また・・・」

 監獄から逃げる途中、彼女は幼い頃の記憶を思い出し、心の中でつぶやいた。
「でも、あなたは戻ってこなかった・・・私は知りたい、なぜ私と母をおいて消えてしまったのか?、その理由を・・・」

 普段、宇宙で暮らす者にとって、地上の重力は若干重く感じる。今、走っているアギライの息は荒い。

 幼い彼女に、見知らぬ人物は言った。
「キミのおとうさんは、星になったんだよ」
 母は横で、泣いていた。

 数少ない、バラビアネス環状病院の、地上にある建築物。それだけは彼女にも分かっていた。だが、地下へ行く階段が、なかなか見つからない。

 ふと通路奥を見ると、暗がりに旧式のエレベーターが見えた。近くへ行ってみたものの、エレベーターはアギライのいる階へ上がってくる。とっさに彼女は思った。

「下から追手が来たんだわ」
アギライの決意
 暗がりで、今まで周囲がよく見えなかったが、目が慣れていたせいか、エレベーターの右横奥に非常階段があるのを、彼女は発見した。

「とりあえず階段で降りるしかなさそうね・・・」
 アギライが、そう思いながら非常階段踊り場に入った時、階下から微かに物音と人声が聞こえた。少しの間、彼女がその場で耳を澄ましていると、それはどうやら階段を駆け上ってくる警備隊員達らしい事がわかった。

「・・・気をつけろ、武器を持って・・・。そうだ・・・よし、見つけ次第、射殺して・・・」


「あそこ(バラビアネス)の仕事で、戻ってきたヤツはいないって、もっぱらの噂さ・・・」
 アギライはコガの言った言葉を思いだし、一瞬青くなった。しかし心の中の雑念を振り払うと、彼女は自分自身に言い聞かせた。
「最後まで諦めない・・・生き残るのよ、真実を知るまでは!!」

 警備隊員らの階段を上ってくる音が、次第に大きくなってきた。もう彼女に一刻の猶予も許されない。

「・・・上へ行けば、何とかなるかも知れない」
 アギライは直感的にそう考えると、階段を急ぎ上り始めた。
ダイアスのもくろみ
 ここはバラビアネス本部地下にある、実験研究モジュール。薄暗い室内は、不気味で独特の雰囲気をかもしだしていた。その部屋の隣には厚いガラス越しに、ひときわ明るい部屋(手術室)があり、その中を数十名の白衣をまとった人々がせわしなく、動き回っていた。

「どうだ、破壊できたか?」
 薄暗い方の部屋にいたダイアスは、脇にいる対高空攻撃担当官に尋ねた。

「フィラデルフィア消滅を確認、目下・・・同艦破片の落下による、オーバーデンス・エコーを調査中です」と、正面にあるグラスモニターを注視しながら、担当官は答えた。

 ダイアスはほくそ笑み、心の中でつぶやいた。
「見たか、宇宙のハエどもめ!オレの聖域を汚す者は、たとえハエ一匹でも容赦せず、叩き潰してやる!!」

 ダイヤスは結果に満足すると、またいつもの冷静さを取り戻した。
「母艦さえ無くなってしまえば、あの女・・・アギライも何もできまい」

 そして、隔離された隣の手術室内にいる、生物実験担当技士に、マイクにて伝達、命令を出した。
「よし、手術をそのまま続行。なるべく今晩中にめどをつけろ!」

 ダイアスの目前では、新たな対宇宙耐久型人間製造のための、プロセスが進行しつつあった。
ダイアスのもくろみ その2
「私が連絡係!?」
 地下実験研究モジュール内部の別室で軟禁されていた、ネマスが言った。

「そうだよ、ネマス君」と、ダイアスは答え、そして続けた。
「宇宙社会、地球社会共に、今回の出来事は双方にとって誠に遺憾だ・・・だが、私にとってはかえって好都合だった」

「・・・・・」
 ネマスはダイアスの目を見たが、すぐに視線をそらし沈黙した。

「良質の材料が、空から降ってきたわけだからね・・・そこでだ」
 ダイアスは一呼吸おくと、ネマスをその目で威嚇しながら言った。
「二人を除く、今まで拘留していた、宇宙居住者全員を返還させる用意があると、MISMに君を通じて伝えるのだ」

「二人・・・?」
 ネマスはつぶやいた。

「アギライ女史と、その父親S.アギライだよ」ダイアスの目は冷淡になった。
「まあ、アギライ女史はともかく、その親S.アギライ氏の頭脳は、この世界、宇宙をも解明する可能性を秘めたものだ」

 顔を横をそむけているネマスに向かって、ダイアスの目がますます冷淡になっていく。そして、その心中には彼の本音が現れたのだった。

「この全世界、全宇宙は我ら地球人類のもの・・・宇宙人に物言わせん!!」

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