第五章 「悪魔の目」

あらすじ

 アギライ女史は、バラビア病院長ダイアスに、意外な形で面会する事となったが、そこでの会話は、彼女の今後の処遇を決めるに十分な内容だった。一見温和そうに見えるダイアスだったが、その目の奥は常人とは違っていることを、アギライは見てとった。そして彼女の運命もまた、その目の奥に隠されていたのである。

面会

 ついさっきまで覗いていた、明かりのついた部屋に、アギライは女看護士に付き添われて中に入った。
しばらく薄暗い病室にいたせいか、やけに部屋内部の照明がまぶしい。

「ダイアス病院長」
 と、女看護士が言うと、さっき窓ごしに見た口ひげの男がふりむいた。

 そしてアギライを見ると、特に表情を変える様子もなく、素気なくいった。
「ああ・・アギライ女史ですか」

「これはどういうことでしょう?」
 アギライは腕に付けられた、鈍く光る手錠を見せた。

 ダイアスは目をそらし、煙草をもみ消す。
「それは・・・、むしろ私が聞きたいくらいですな」

 そしてまたアギライに向きなおると、続けた。
「あんたはね、ここで必要な輸血用アンプルを積んだ列車を止めてしまった、それによって五人の患者の命が失われたのだよ」

真実

 アギライはしばらく沈黙した後、言った。
「私が列車を調べていた事は認めます。ただ積み荷はアンプルではなく、人間の死体ですけどね・・・、それも胎児から10歳前後の子供達の死体だったわ・・・」

 突然、ダイアスは大声を立てて笑いながら言った。
「キミもなかなか面白い人だね。想像力も豊かだし・・・、ユーモアのセンスもある」

 次の瞬間、アギライはダイアスの表情が豹変するのを見てとった。
「・・・だが、場所を少しわきまえたほうがいいな」

「真実ですから」

「だから、わきまえろと言っているんだよ」
 もの静かな口調ではあったが、その声の調子は命令に近い。

 そして、何事もなかったように、アギライに背を向けると言った。
「・・・もう用はない、特別室へご案内しよう、アギライ女史」
 そういうと女看護士に、指で指示をした。

 アギライが女看護士に付き添われて、室外へ出ると、ダイアスは細身の男(外科長)に言った。
「ヤツには・・・興味がある、いいサンプルが手に入ったじゃないか、ブライトン」

監獄内のミイラ

 女看護士に案内された部屋は、先ほどまで居た病室とは、うって変わり、ろくに電灯もない暗い監獄であった。そしてそこには、夕食・・・一切れのパンとスープ、そしてバターが用意されていた。

「だから、わきまえろと言っているんだよ」
 アギライはダイアスの言葉を、頭の中で繰りかえす。そして徐々ではあったが、普段の意識をとり戻しつつあった。

 そして女看護士が立ち去ると、丹念に今まで起こったことの記憶を呼び戻し確信した。
「温和なマスクの下に隠された、あの悪魔の目は・・・バラビア病院長ダイアス本人に間違いない」

 そして、カイザーの言葉がアギライの脳裏に浮かぶ。
「今回のキミの任務は、極めて危険でありかつ重要だ、健闘と成功を祈る」
 気が重くなった。父親を探し救出する・・・。約20年ぶりの再会を夢に見ていたが、考えが甘すぎた。

「困ったわね・・・」

 アギライは、小窓から射し込む、月明かりに照らされた、夕食のパンを見つめ、一人つぶやいた。
「ミイラとりがミイラになってしまった・・・」

その扉の中(諜報部員「ne」活動報告)

「このあたりに確か・・・」
 夜になり薄暗くなった施設内。午前中に行った病棟最深部の扉へ向かいながら、ネマスはつぶやいた。

 後で調査したところ、侵入不可能と思われた病棟最深部の扉に、以外な盲点があったのである。
「人間の作ったものに、完璧はありえない」心の中で、ネマスはそう思った。

 彼女は警備員から看護士へと、巧みに変装していた。そして、警護官のいなくなる午後11時に、また例の扉の前へ姿を現したのだ。

 扉前の対侵入者警戒装置の警報解除と、解錠番号の打ち込みを済ませると、その扉が音もなく重々しく開いた。

「やっとお目にかかれまし・・・!!?」
 扉の内部を見た時、ネマスは沈黙し、そしてしばし呆然とその場に立ち尽くした。

 直後、後ろに人の気配を感じたが、遅すぎた。

「残念だがそこまでだ。キミも宇宙人のまわし者かね?」
 院長のダイアスである事は、声からわかった。

捕われの身(ne活動報告その2)

「昨日の女と違って、おまえは頭がいい・・・ここまで来るとはな」

 ネマスは答えた。
「昨日の女?何の事ですか・・・私はただ」

 ダイアスはネマスの言いかけた言葉を遮り言った。
「とぼけるな、アギライを知っているだろう」

「アギライ?・・・そんな人は知りませんね」
 ネマスは嘘をついたが、ダイアスには通用しない事はわかっていた。

「・・・長生きしたければ、嘘はつかない事だな」
 そう言うと、ダイアスは周りにいた警護官に合図した。

 簡単な身体検査をさせられたネマスだったが、幸いにもレコーダーは見つからずにすんだ。しかし以後、捕われの身になってしまった。

ネマスの見たもの。(ne活動報告その3)

「これから君におもしろいものを、見てもらう。」
 そうダイアスは、ネマスに言った。

「おもしろいもの・・・?」
 ネマスは侵入を試みた、あの扉とは違う場所の扉前へ案内された。
「一体、扉の奥で何が行われていると言うのか?」

「異常は?」
 と、ダイアスは警戒中の警護官に言った。

「ありません!」
 警護官は即座にそう答えると、敬礼をした。

 警護官に向かって、ぶっきらぼうに、ダイアスは言った。
「よし、扉をあけろ!」

 すると「シュ!」という短い音とともに、そのステンレス製の分厚い扉が開いた。おそらく内部と外部では、ほんのちょっと、気圧差があるらしい。乾燥した冷気が、ネマスとダイアス、そしてその周囲の者達を包み込む。

 人間の製造ライン・・・といったら、ピッタリかもしれない。そこは対宇宙環境適応用の人間・・・正確にはロボットに近い"物"を製造している設備が、ところせましと並んでいた。

「おそらく、これだけではないな・・・」
 ネマスは諜報部員としての経験から、そう思った。

諜報部長クーの憂慮。(月面上MISM諜報部署内)

「部長・・・ちょっといいですか?」
 当直の下士官が、最後の仕事を終え、帰り仕度を始めたクー女史を呼び止めた。

 疲れていたクー女史の機嫌は、あまり良くない。
「・・・何よ、インプットの方法なら、さっき教えたところじゃないの?」

「ち・・・違いますよ、neからの定時連絡が入らないんすよ、もう1時間待っているんですけど、・・・あと追跡ポインターも消えました」

 クー女史は、持っていた書類を机に置くと、当直下士官のいるコンソールへ行った。確かに、neからの反応がなくなっている。

「ほら・・・ここを見てください、10分前は正常でしたが、今は消えています」
 と、下士官が説明した。

 クー女史は、コンソールパネルから目を落とすと、ため息をついてから言った。
「どうやら、捕まってしまったようね・・・、消失地点を出来るだけ正確に出してちょうだい」

 そしてクー女史は続けて指示を出した。
「それから、サテライトポイントにいる、フィラデルフィアに連絡をして、ここでの情報と、消失地点を、できるだけ詳しく連絡しておいて!」

 クー女史は、下士官が作業を始めるのを見つつ、思った。
「今夜は長くなりそうね・・・」

サテライトポイント(衛星軌道上、フィラデルフィア艦内・メインデッキ)

「MISM諜報部から至急電です」とモルは、艦長のコガに報告した。
「バラビアに侵入中の諜報員が、行方不明になったそうです」

 コガは黙って、書類を整理していた。

「諜報部では、こちらとはまったく別の目的で、バラビアネスに工作員を派遣していたとの事です」

「・・・・・」
 コガは相変わらず、黙ったまま書類を整理している。

 モルは、後ろにいた艦長のコガに向き直り、言った。
「艦長、・・・アギライ司令は大丈夫でしょうか?・・・もう連絡が途絶えて3日目ですよ」

 コガは、書類整理の手を止めると、やっと口を開いた。
「大丈夫さ、・・・ヤツはいつもこうだ」
 そして半分、あきらめ顔で続けた。
「なんていうか・・・あいつには、何か得体の知れない強い力が、働いている感じがするんだ」
 そう言うと、顔を上げ、メインデッキのウインドウに浮かぶ地球を見つめて、独り言のようにつぶやいた。

「不思議だな・・・、ヤツは一人なのに、後ろで何十・・・いや何百人のもの人間が、ヤツを支えている、そんな感じがするんだ」

 コガが、あまりに抽象的な事を言ったので、モルにはその言葉の意味の真意を、すぐには飲み込めなかった。
 ただコガの表情を見る限り、焦りや不安というものは、まったく読み取れない。

 モルは黙りこみ、目を落としたが、すぐに監視用コンソールに目を戻した。

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