第四章 「失敗の代償」

あらすじ

 アギライのバラビア侵入計画は、完全に失敗に終わってしまったかに思われた。しかし、捕われの身でありながら、アギライはバラビアネス環状病院の心臓部である「研究病棟Aセクター」に運ばれ、手厚い看護と護衛の中にいた。
 バラビア病院長「ダイアス」は彼女の計画を既に侵入以前から見破っており、いわば「わざと」侵入させ、かつ破壊工作に見せかける事で、MISMに対する揺さぶりをかけようと企んでいた。アギライはそれに対する格好の人的材料だったのである。

赤い液体

 ぼやけた中にそれは見えた。正確に言うと「見えたように感じた」のだ。
そしてその赤い半透明の液体は、管を通じてアギライの腕にさしてある。

「気がついた?」と女看護士が言った。

 どうやらその看護士は今までそばにいて、アギライに手当を施している様子だった。

「ちょっと待ってて、今気持ちの楽になる薬をさしてあげるから」
 そうゆうと、その女看護士は注射の準備をした。

「連中は優しく、冷酷におまえを絞め殺すだろう・・・」
 アギライの脳裏に、ハンスの言葉が浮かんだ。

 彼女がぼやけた意識から一瞬我にかえった時、その女看護士は手慣れた手順で、アギライの腕に注射針をさしていた後だった。

女看護士

「恐がらなくていいのよ、すぐ終わるから」

 と、女看護士が言い終わった時、アギライの視覚は、女看護士とその病室ごとグニャリと曲り、黒い世界に意識が吸いこまれていくのを感じた。

「・・・・・!!」

 そして女看護士の最後の言葉を聞いた時、彼女の意識は闇につつまれた。

「・・ぬえっっ・・すげう・・おうわったどえしょう・・」(ねっすぐ終わったでしょう)

 女看護士は薄笑いを浮かべ言った。
「さすがのあなたも、今度ばかりは我々のモルモットになり下がるわけ・・・あなたは良いDNAを持ってる、我が祖国の為にそれは役立つのよ、光栄でしょう?」

 女看護士は時計を見ながら、アギライの脈を計った。

夢の中の黒い人影

 その黒い人影は、あたかも彼女に何かを知らせに来たかのように、夢の中に忽然と現われた。
「・・・・・」
 しかし、その黒い人影は、何かを言ったかと思うと、扉から出、ゆらゆらと揺れる蜃気楼の彼方へ歩いてゆく。

「?」
 彼女は、その黒い人影の言った言葉を思いだそうとする。

 今、なんて言ったのか・・・。

「ねぇ、今なんて言ったの?」
 と、幼い彼女はその黒い人影に向かって言ったのだが、黒い人影は不意に姿を消してしまった。
彼女は繰り返し夢の中で、その問いを言い続けた・・・。

 自分の口が動いているのを感じた時、意識が闇をぬけ、アギライは夢から目覚めた。

 しばらくの間、自分が何をし、どういう状態におかれているかなど考えもせず、たった今まで、夢の中に出てきた黒い人影の言った言葉を、必死に思いだそうとしていた。

二人の声

「・・・ああ、わかっている・・・」
 近くで人の声が聞こえ、ふとアギライは我にかえった。
そして、その声は続いた。

「そう・・・その三分の一を採血・・・解析した。」
「計画は順調だ、うまくいっている・・・」

 また別の声が聞こえてきた。
「拒否反応は・・出ていない・・・今のところはね・・・12時間後目覚めるはずだ・・・」
「女?・・・ああ・・・でどうする・・・」

 アギライは横になっていたベッドから、半身起きあがると耳を澄ませ、ベッドに囲まれたカーテンの隙間から漏れてくる薄い光に顔をむけた。

「殺すか・・・」
 別の声が反論する
「記憶を消す・・・殺るわけにはいかない・・・」

バラビアの処遇

 アギライは、しばらくの間ぼんやりと、その会話に耳を傾けていたが、靄のかかった霧が晴れてゆくように、少しずつ今まで起こった事を思い出していた。

 そしてベッドから起きあがると、カーテンの隙間から、淡い光の中に浮かびあがる二人の声の主を覗き見た。
すると、そこには二人の男が、椅子に腰をかけ議論してる最中だった。

 口ひげをたくわえた男は言った。
「だが、記憶の消去は完全ではないだろう」

 もう片方の細身の男が反論する。
「いや、しかし・・・女が戻らなければ、今まで以上に怪しまれるぞ」

「ふん、そんな小心で、よくここまでやってこれたな」
 口ひげの男はあきれた表情を浮かべ、続けて言った。
「まあ、とにかくアギライ女史には・・・しばらく処遇が決まるまで、おとなしくしていてもらおうか」

「・・・・!?」
 アギライ女史はその時、その口ひげの男の名を思い出した。

自白剤

「つまりそういうこと」

 アギライが振り返ると、そこには女看護士・・・見覚えのある女が、鈍く光る銃口をこちらにむけて立っていた。

「あなたは・・・そう、父親を探しに、わざわざ下界(ここ)まで来ってわけね」
 と女看護士は言い、そして続けた。

「悪かったけど、あなたがここへ来た目的を調べるのが、私の仕事なの」
 そう言うと、手のひら程のレコーダー(録画装置)を見せた。

 アギライは女看護士の持っているレコーダーとは別に、何かを持っている事に気がついた。

 女看護士はアギライの視線を悟ったのか、肘にかけてあるそれをグッと、アギライに見えるように出すと言った。

「変な気を起されない様にね、これも持ってきたわ」

「・・・・・。」
 鉛色をした手錠と鎖を見せられたアギライは、失敗の代償をかみしめた。

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