第三章 「バラビアネス侵入」

真夜中の鉄路

 宇宙の遥かかなたまで、人類が進出し探査出来る現代(未来)において、地球上に「鉄道」というものが存在するとしたら、過去の人々はそれを信じないだろう。

 19世紀初頭に生まれ発達し、電力と人員さえあれば、多量の物資を運べ、もっとも輸送コストが少ない、この手段を今だ地球上に暮らす人々は、利用しているのだ。

 しかし、この輸送手段も安価であるがゆえに、その使用用途も限定され、主に貨物輸送が、その主流をなしていた。

 そして、その旧式の外観はそのままに、その運転制御のほとんどがオートメーション化し改良された内部機関と、重い鉄の機械は、今日も積み荷不明の貨車を、何両もつなげ、バラビアネスへ向かって、時速150Km/sで東へ向かって走っていた。

侵入工作

 霧雨と靄の中から、その貨物列車は前方にライトを照らしながら、やってきた。
この靄がなければ、機関車内無人の乗務員室に薄く明かりがついている事など、外からわからないに違いない。

「寒くなければ最良の条件なのに」とアギライは思った。

 無人の乗務員室の中で、ライトを照らしながら、持ちこんだ携帯用端末と機関車の自動運転・警戒装置を手動でつなぐ。
 事前に訓練をしてきたので、手順こそ間違っていないのは、わかったのだが、なぜか手先の震えは止まらない。

「寒い・・・」
 150Km/sで、闇夜を突っ走る貨物列車。その振動と騒音が、よりいっそう、アギライの工作を困難にしていた。

 しばらくして、運転台後方にある監視用モニターが、短い電子音とともに列車警戒システムの解除を告げた。
やっとアギライの成果が現われた瞬間だった。
 しかしその時、乗務員室出入口扉の小窓に人影があるのを、彼女は見逃した。

バラビアネスの歓迎方法

 しばらくして、彼女がその人影に気がついたまさにその瞬間、機関車乗務員室後方、左の機関室が強い閃光と共に轟音を立てて爆発した。

 同時に機関車備えつけの自動消火システムが作動し、甲高い警報音を発しながら、爆発の衝撃で吹き飛び、火災につつまれた、左の機関室へ向かって、白色の消火用粉末を、激しい勢いで吹き出し始めた。

 アギライは、その爆風で乗務員室右手に吹き飛ばされ、その身体は、まるでくず鉄に埋もれた人形のように薄汚れ、頭からは血を流し倒れていた。

「・・・誰?」

 爆発の衝撃で意識が、もうろうとする中、振動と炎の中から、そばにくる人影を彼女は認めたが、その問いを確かめる事なく、意識を失ってしまった。

作戦部部長ブラッド・バーン

「・・・・・」
 カイザー書記官が持ってきた、バラビア侵入作戦失敗の報告書に目を通したあと、作戦部部長ブラッド・バーンは、机の上で手を組み、頭をその手で支え目をつむった。

 そして、しばらくして言った。
「もっと早く、中止命令を出すべきだったな」

 しばらく重い空気が流れた。

 ここ(月面MISM本部、作戦部)には、毎日膨大な数の作戦実施の経過が送られて来るが、自ら目を通し、ここまで考えこむ部長を、カイザーは初めて見た。

「その後情報部に、何か連絡が入っていないか、聞いてみてくれないか・・・」
 と、ブラッドはカイザーに言うと、席を立ち、窓から見える三日月状の赤い地球を見やった。

バラビアネス病院内・諜報部員「ne」活動報告

「確か図面からすると、この辺だったな・・・」
 周囲を用心深く確認しながら、ネマスは心の中で、つぶやいた。

 ふと下を見ると、金融機関の金庫へ入るような大きな金属性の扉、そして哨戒中の護衛下士官が見えた。

「今、病棟最深部への扉を確認した」
 ボイスレコーダーが、ネマスの発した小さな声を、録音する。

 そして、下を見ようと少し前に出たその時、突然、肩にズシリと重い手を置いた感触があった。

「おい貴様、ここで何をしているんだ」

 ネマスは長年の諜報部員としての経験上、こういう場面には慣れていた。
そして、落ち着いてゆっくりと、かつ冷静に、その声の主に振り向き、そして見やった。

 身長はゆうに2メーターはあろうかという、巨漢のSP(セキュリティー・ポリス)だった。

バラビア内諜報部員暗号名「ne」活動報告 その2

「民間警備員の立ち入りは、ここでは管轄外だろう」

 男装をし民間の警備員になりすましていたものの、小柄なネマスにはそれ以外、SPのような武装らしいものはなく、これ以上なすすべがない。

「女の声が聞こえましたので、不審に思ったまでで・・・すぐ持ち場に戻ります」
 ネマスはそう巨漢SPに説明した。

「女の声?じゃあ、こっちで調べておく。さっさと持ち場へ戻れ」

 意外ともいえる対応に、ネマスは内心ホッとした。

 普段だと身体検査など、もろもろの洗礼を受けるのが常だったのだが・・・面倒だったのか、それとも変装が効いたのか・・・巨漢のSPは、そのまま巡回に行ってしまった。

「今SPより尋問、危ないところだったが、パスした。SPは軽火器を携帯している模様、正面からの侵入は不可能」
 ネマスはボイスレコーダーに再び、情報を吹きこむ。

「やはり、あの扉の奥には何かがある、調べる価値は十分ありそうだ」
 とネマスは思いながら、そこの光景を目に焼きつけた。

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