第十章 「結末と希望」

あらすじ

 バラビアネス環状病院中枢は、ダイアスの死と共に滅び去ったが、アギライの父、S.アギライの意思を受け継いでいた者が、かろうじて生き残っており、その人々によってその病院の機能は再生され、地球蘇生と生命救護という本来の目的を果たすべく、ふただびその活動を開始したのだった。一方、月面都市にあるMISM本部に帰還したTECH23の各メンバーは、今回の作戦行動の報告と事後処理に追われていた。

MISM情報部・対電子工作課内

 こうして父とその娘は、最初で最期の再会を果たしたわけです。あの人工脳の破片こそアギライ女史が長年探し続けていた、優しい父親だったとは・・・。

「あの病院も昔、戦後の荒廃した地上にMISMが造った、生命救護科学センターだったようですね」

 ネマスは地上バラビアネスから月面へ戻り、諜報部長クー女史の横で、概略を説明していた。
「ただ残念ながら、彼ら地上の人間達は、宇宙移住者が作った、それらの施設を宇宙人の地上支配の産物としか見られなかった」

 そばに元TECH23司令ハンスもいたが、何かを作っているらしく、それに没頭していた。

「MISMの元幹部だった、アギライ司令の父親は、地上の人々を満足させるべく、その病院の院長に地上の人間を採用した・・・」

 ネマスがそう言うと、クー女史は補足した。
「けれど、それが羊の皮をかぶった狼ダイアス・・・、そして後は彼の意のまま、というわけ、まったくひどいわ」
ネマス女史への辞令
「よし・・・出来たぞ!」今まで黙って、何かを作っていたハンスが、そう声をあげた。
 そして、ネマスの方へ振り向き、今まで作っていた物を彼女の前に出すと言った。

「ネマス君、これをあいつに渡してくれ」
 それはバラビアネスにいく前に、ハンスがアギライに渡した十字架のネックレスだった。

「あいつめ・・・オレの大切な形見を、バラビアに忘れおって・・・まあ、いいが」
 そしてハンスは続けて言った。

「そうそう・・・あとネマス君、キミに辞令が出ている。今回の作戦の褒章だろう、キミの希望どうりに、私が配慮しておいたよ」

 その辞令書には、おおよそ、こう書かれていた。
[辞令書 作戦部緊急23課への転属を命ず]

 事前に、何も聞かされていなかったクー女史は、思わず驚きの声を上げた。
作戦部緊急第23課
 ネマス女史は新たなる職場、MISM本部内にある作戦部緊急課へと向かっていた。父親の最期を知った時のアギライの顔が、ネマスの脳裏をよぎる。

「アギライ司令・・・大丈夫かな・・・」そう、ネマスは思った。

 諜報部と作戦部は、同じMISM本部内にオフィスがあったので、移動時間はそれほどかからなかった。それにネマス自身、荷物はあまりなく、背負っていたバックの中身は、身の回りの品物と衣類、あとブラスバンドで使う楽譜、そしてエレキギターくらいなものだったので、移動も楽だった。

「あっ・・・ここ!」
 ネマスは緊急第23課を見つけると早速、その中へ入った。

 オフィスとブリーフィングルームを兼ねる部屋の内部は、一応整理はされていた。個々のデスクには端末装置があり、その脇には書類やファイルが束ねられている。しかし、作戦の後処理に追われているらしく、書きかけの調査書や、艦艇修理の見積書が、各々の机の上に散乱していた。

 程なく、ネマスは静まり返ったオフィスに、一人だけ居た、モル技官を見つけると、声をかけた。
モル技官とネマス
「あの・・・アギライ司令いますか?」と、後ろから声をかけたネマスに、モルは振り向いた。

「今、司令は作戦部部長の所ですよ」とモル技官は答えた。
「コガ艦長も、艦艇の修理の件で出ているし・・・、ところで何か・・・」
 と言いかけると、モルはあらためて、ネマス女史を見て驚いた。

「あれ!?・・ネマスさん・・・どうしてここに?」
 モルは極度の近眼だった。

「・・・今日からこっちに転属って事、聞いてない?」

「えっ・・転属!?」
 驚きの声を上げると、モルは続けた。
「いえ・・・司令からは何も、というか・・・司令、今大変なんですよ・・・ここだけの話ですが」

 ネマスは近くにあった椅子をよせて座り、背負っていたバックを床へ下ろすと、モルに視線を向け、話の続きを促した。

「アギライ司令・・・クビになりそうなんですよ」

「!」
 ネマスの表情が曇る。ネマス女史のアギライに対する心配は、やはり現実化していたのだった。
作戦部部長ブラッドバーンへの報告
「君の報告書は見させてもらったよ、・・・実に良くできたレポートだ」
 と、ブラッドバーン作戦部長は言うと、一息ついてから続けた。

「それに・・・君の父もこうゆう感じだった」

 作戦部執務室は広く、その落ちついた雰囲気の室内の床には、厚い絨毯が敷き詰められており、マホガニーで装飾された調度品は、さらに重厚な空気を演出していた。

「アギライ博士とは・・・昔、同期でね。まさかこうなっていたとは、思わなかった」
 そして、ブラッドは続けた。
「ありがとう、君には苦労をかけてしまったようだ・・・」

 彫りの深い顔、そして灰色の目に、太く白い眉毛が動く。そしてその目が「ジッ」とアギライを見つめる。

「それと、君を正式な指揮官として、上に推薦しておいたよ、第23課司令としてね」

 ちょっと間があった。
 
 しかしアギライは、ブラッドから目をそらすと言った。
「いえ、私は・・・そのお話はなかった事に・・・、すみませんが、失礼します」

 そう言って、報告書を包んでいた空のクリアケースを、腕の脇に挟むと、一礼して退室してしまった。

 ブラッドは黙って、アギライの退室を見届けると、心の中でつぶやいた。
「アギライ、過去にこだわるな、前を向いて乗り切れ。そして大きくなるんだ」
アギライの決心
 月面、ライプニッツ山脈付近のクレーターにあるMISM本部12階展望室からは、ピンポン玉程の大きさに見える地球はちょうど下弦で、太陽に反射しているその青い光は、暗黒の宇宙の闇に浮かぶ宝石のように、今日もひときわ明るく光輝いていた。

「何か見えるかい?」
 展望室で独り、地球を眺めていたアギライ女史に、コガが声をかけた。

 アギライは唐突に声をかけられたので、驚き振り向いた。
「コガさん・・・」

「よおっ」とコガが、いつもとは違う優しい口調で、答えた。
「・・・聞いたよ、司令職を辞めるのか?」

「・・・・・」アギライは視線を、地球に戻した。
 ついこの間までいた場所とは、思えない。

「何故途中であきらめる?」とコガは言い、そして続けた。
「最後まで希望は捨てるな諦めるなって、そう言ったのはおまえさんだろ、違うかい?」

「!!」
 思い詰めていたアギライは、そのコガの言葉にハッとした。

「まっ・・・おまえさんは明るくてお人好し、よほど司令職の器とは、ほど遠いよな、考えてみればサ・・・・・じゃぁ・・な」
 そう言うと、コガは片手を軽く上げ、別れの挨拶をすると、展望室から去って行ってしまった。

 考えていた事、思い詰めていた事が、霧が晴れるようにアギライの脳裏から、消えて離れてゆく・・・、そして彼女は、司令職を続ける決心をしたのだった。
1ケ月後
 約3年間におよぶ司令職研修は無事終了し、アギライ女史は正式に作戦部緊急第23課司令として、任命される。(完)

作者あとがき

 最後までおつきあいいただき、誠にありがとうございました。これで「フィラデルフィア・ファイナル・エキスプレス」は終了です。早めに、漫画として書き起こしたいところですね。この先は余談ですが、実はこの物語のネームを書き起こしたのは、たしか1995年の4月頃だったと思います。やっぱりネーム作成にも、約1年程度かかったと記憶しています。(日勤の仕事が終わり、寝る前に少しづつ書いていましたので)始まりの頃の題名は「殺人病棟」という名前でしたが、さすがにそれでは不気味でしたので、今の題名に変更しました。当時は仕事でお金を貯め、赤字覚悟で自費出版しようと考えていました。インターネットは知ってはいましたが、まさか今のように自由にHPを作れる時代がくるとは、全然考えてもいませんでしたし、HP作成そのものにも、正直あまり興味がありませんでした。ですが、HPを公開して、私の知らない方々に、少しでも自分の創ったもの(ささやかですが)を見てもらう事が出来る、という意味から考えれば、今は良い世の中になったんだなぁ・・・と実感しています。

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