第一章 「面影を追って」

第一章 あらすじ

 TECH23司令、アギライ女史は、いつも?のように雑用任務(トイレ掃除)についていたが、彼女の上司、ガルフ総括・カイザー書記官から呼び出しを受ける、というところから、この物語は始まる。

 それは「彼女の父親が、地上にあるバラビアネス環状病院で、目撃された」という情報であった。
父親との再会を、長年の悲願とするアギライ女史は周囲制止をふりきり、早速単独でこの病院へ向かった。

 しかし以前より「この病院では恐るべき事柄が行われつつある」と言う情報をMISM情報部が、つかんでおり、バラビアネス管区、諜報部員ネマスを極秘に派遣潜入させていた。

司令アギライの事情 (古賀艦長 記)

 イレ掃除はアギライにとって、決して珍しいことではなかった。
遅刻をすると、大体こういうペナルティーがある。今日も30分の遅刻、どうやら悪い夢でも見たらしい。

 最近は特に忙しくもなかったので、こうゆうペナルティー仕事も入れられる。普段だったら、司令資格の減点か、上官にたっぷり油を絞られるのが常だか、今日は単なるペナルティー仕事で済んだようだ。

 そんな時の事、上官のガルフから呼びだしがあったようだ。
ここ(巡視艇整備格納庫)に、やつが慌てて来たのも、そのためだ。
しかしアギライと組んで丸4年が経つが、やつのあんな慌てようは初めて見た。

司令アギライの事情 その2 (古賀艦長 記)

 れは、目でやつに挨拶した。やつも気がついたようだ。こっちへ来た。
「仕事かい?」といって、缶コーヒーを手渡す。
 すると、「いいえ・・・ちょっと呼ばれてね」と言って、ちらっとフネを見やった。

 珍しい・・・やつに、いつもの元気がない。
「また、ヘマでもしたのか?」
「いいえ・・・」

 やつは、考え深げに、何かを言おうとしたが、止めた。
そして、しばしの沈黙の後、おれに缶コーヒーをもらったお礼を言うと、整備中のフネに足早に向かっていった。
おれは、自分のコーヒーを、飲み干した。

司令アギライの事情 その3

 備中なので、艦内はあちこちに、すだれのように点検中を表すタグが垂れ下がっている。
ここはフネ、つまり第23課所属の宇宙巡航船「フィラデルフィア」艦内である。

 アギライ女史にとって、ここは住居も同然の場所だが、今は整備中ということもあって、機材やら工具やらが、散乱して、落ち着かない雰囲気だ。

 アギライは、メインデッキ奥、フロントパネル前に、上司ガルフの姿を認めた。ただ、そばにカイザーも立っていたので、女史は心を引き締めた。カイザーは、作戦部書記官で、作戦部では幹部クラスである。

「珍しい・・・何かある」
 アギライは、心の中で、そうつぶやいた。

バラビアネス

 こは、病院(というより生物研究施設)を中心に栄える地上の都市。
正式にはバラビアネス環状病院と言う、「超人」を開発する研究機関で、対宇宙環境用(二つ心臓のある人間・思考能力が通常の2000倍ある人間・どんな過酷な環境にも耐えうる人間等々)に、生物(主に人間型生物)の実験・製造・開発をする施設である。

 当然、非合法の施設で、その内部・組織は謎に包まれている。
MISMでは、以前より、情報機関員を配置させ、そのベールに包まれた病院の施設を調査していた。

 ところが、その施設内部で、アギライの父親が研究に従事させられているという情報をMISM情報部がつかんだため、緊急に彼女(アギライ女史)が、呼び出されたのだ。

 作戦部書記官カイザーより、アギライ女史に託された任務は、「彼女の父親の確認と、その保護救出を実施するべく、早急に地上バラビアネスに向え」というものであった。

面影

 カイザーはガルフに資料を渡しながら、アギライに言った。
「忙しいだろうが今、参加するかしないか、回答してほしい」

 少し間があった。

 後、アギライは言った。
「私・・・参加します」

 父・・・幼いころ、よくキャンディーを買ってくれた、優しいたった一人の理解者。
20年も前に死んでしまったと、母は言っていたけど・・・やはり生きていた。

 ふとアギライは、我にかえった。

「まあ、そうゆう理由だ。詳細は追って連絡するから、今日はフネにいてくれ」
 そうカイザーは言うと、ガルフに、二言三言話し、MISM本部へ帰っていった。

 ガルフは、黙ったまま資料の中から、一枚の写真をとりだし、アギライに見せた。
写真の左下には、確かに父の面影と思われる人物が、ぼやけて写っていた。

非合法侵入方法の伝授

「業務連絡、ルクラル博士、B棟2階へおいでください」
「ダルス技師は主任室へ・・・・」

 ここはMISM本部内にある、情報部の対電子工作課。
アギライは、まず環状病院侵入のための方法を知るべく、昔のTECH23司令ハンスをたずねた。

「バラビアネスの非合法侵入?」
 ハンスは顕微鏡を覗きながら言った。

「正面から堂々と入ればいいんじゃい、そんなもの!」
 ハンスは笑いながら、はじめて顕微鏡から顔を上げ、アギライを見た。

 相変わらずの厚い眼鏡に、薄く白くなった頭・・・久しぶりの老兵との再会である。

「司令昇格演習で失敗のたびに叱られたその顔も、今では懐かしい」
 アギライはそう思った。

非合法侵入方法の伝授 その2

「偽造旅券や身分証明は必要なら作っておいてやるよ」

 そういいながらハンスは、サンプルを出して、アギライに見せながらつづけた。
「ネックはゲートだな」
 ハンスの顔が曇るのを、アギライは見て取った。

「おまえには、まだわからんだろうが、あそこにあるゲートは転送型といってな・・・」

「転送型のゲートって・・・直接出入り口がないタイプの?」

「そうだ。ゲートを通過するのには、各々暗証コードがあるが、もし暗証コードを間違えれば、その場で不法侵入者と判断され、その人間は消滅する仕組みになっている」
 とハンスは言った。

「消滅って・・・」と言って、アギライは沈黙した。
 気が重くなってくるのを、アギライは感じた。

非合法侵入方法の伝授 その3

「じゃが・・・」とハンスは言った。
「あそこに転送せずに入れる方法が、まったく無いわけじゃない」

 アギライは顔を上げハンスを、見つめた。

「あそこの地下には、資材やらの物資を搬入する為の貨物鉄道用のトンネルがある・・・1本だけな・・・ただ」

「ただ・・・何?」アギライはハンスの目を、見た。

 諦めたように、肩をすくめると、ハンスは続けた。
「過去、腕のいい諜報員を数十人も、そこから送り込んだが、返ってこれたやつはいないのじゃよ」

「でも、一人侵入しているんでしょう?・・・だから今回、父の発見を・・・」
 アギライは心臓の鼓動が速くなるのを、感じた。

「聞いた話じゃが、その工作員も一週間前に連絡があった後、行方がわからんそうじゃ」

老兵ハンスの本音

「アギライよ・・・悪いことは言わん、やめておけ」

 アギライは目をつむり、しばらく考え込んでから、目を見開き、ハンスの目を見つめて、顔を横へ振った。

「・・・そうか、やはりダメか」と、ハンスは、ため息をついて言った。

「これをおまえにやるよ」
 そうゆうとハンスは、銀色に鈍く輝く十字架がついたネックレスを、アギライに渡した。
「・・・これはな、わしの連れの形見さ」ハンスは続けた。
「30年前、連れも、おまえと同じ女司令でな・・・まあ・・・とっくのとうに死んじまったがね」
 そういうと、ハンスは黙って、もとの顕微鏡に目を移した。

 アギライは、その鈍く光る銀色の十字架を見つめた。

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