第九章 「アルビド最終命令」

あらすじ

 ダイス大佐搭乗の巡航艦デトロイトが、ブレストの指示で破壊された時、緊急23課のメンバーらを乗せたフィラデルフィアも少なからず損傷を受けていた。デトロイトの爆発と同時に、艦内の各区画にある非常用ハッチが閉まったとはいえ、衝撃で船体にゆがみが生じて気密性が失われ、少しずつ空気が失われつつあった。フィラデルフィア艦内での技術的トラブルは、ネマス副司令の手には負えない。しかしその緊迫した状況を変えたのは、他ならぬ重傷を負っていたコガ艦長だった。一方、アルビドコントロールのアプローチが成功したアギライ司令はコントロールルームに到着したものの、そこで驚くべき事象に遭遇する。またアルビドコントロールの掌握とアギライ救出を任務に、月面地下都市へ到達したクー女史らMISM諜報部の部員達だったが、その目前でアルビドコントロールの最終命令は発令され、彼女らが見守る中「炎の塔」は轟音と共に崩壊してゆくのだった。
フィラデルフィアの危機
 監禁されたネマスら、第23課のメンバー達は非常に困難な状況におかれていた。というのも、ドッキングしていた巡航艦デトロイトの爆発により、フィラデルフィアの船体がゆがみ、艦内の気密性能の低下から、空気が失われつつあったからだ。しかし幸いな事に、メンバー達が監禁されていた医務室は、フィラデルフィア艦内の中央部にあり、安全性は比較的高い。

 当初、ネマスらは何が起こったのかわからなかった。しかし数回の爆発音とそれに続く非常扉の遮蔽音と轟音から、船体に何らかの致命的な緊急事態が発生した事は、容易に推測できた。地鳴りのような物凄い空気の漏れる音が、艦内に響き渡っていた。

 ネマスは急ぎ、医務室の扉の間を調べると言った。
「モル!何でもいいから、塞ぐもの持ってきて!!」

 空気の漏れる音は次第に金属音に近くなっていく。ネマスは繰り返した。
「早く!!でないと死ぬわ!!何でもいいから!!」

「どいてろネマス!!」
 その時、ベッドで横になっていたはずのコガの声がしたので、ネマスは驚いて後ろを振り向いた。
技術屋
 宇宙空間は常に真空であるため、空気のある宇宙船内は、いわば人工的な特殊な空間といえる。だからほんの一瞬の真空中であっても、それにさらされた人間は、その呼吸はおろか肉体までも維持する事は不可能となる。それは宇宙船の技術屋ならば、一番始めに教えたたき込まれる事だった。

 コガ艦長は、たたき上げの技術屋だったから、当然それを知っていたので、本能的に動いたのだ。

「・・・これでなんとか塞げ!!」
 コガが彼自身、横になっていたベッドをモルと共に担ぎだし、医務室の扉の隙間に押し込んだ。しかしその後、彼は倒れてしまった。

 ネマスはコガを抱き抱えたが、彼の表情からは次第にその意識がうすれていくのが感じられた。
アギライからのコンタクト
「コガさん、しっかり!!」
 必死で呼びかけるネマスだったが、その返答はない。

 次第に金属のきしむ音と、もの凄い振動がメンバーらに襲いかかった。

「この艦はもうダメ!!もうこれまでだわ!!」

 ネマスが思ったその瞬間、彼女の脳裏に何故かアギライ女史の姿が浮かび上がり、微かにネマスを呼ぶような声が聞こえたように感じられた。また同時に、フィラデルフィア艦内に人工音声のアナウンスが鳴りだしたので、彼女は驚いた。
 
「乗務員ニ告グ。アルビドコントロールヨリ受信。本艦ハ緊急発進スル。目標、アルビド機動要塞」
アルビドコントロール内部
 アギライの乗った密閉されたカプセルは、しばらくして天井から放射状に静かに開いた。すると先ほどまでの薄暗い光景とはうって変わり、周りを見回すと明るく、とても大きなホールのようなスペースの中心に、浮いているような状態となっていた。また上面が開き半球状になったカプセルは、あたかも「手動用端末ユニット」といった感じで、彼女の周りのコンソールや計器、前面のガラスに表示される情報などの配置は、フィラデルフィアにある司令席用のコックピットを思わせた。

 時折「シュー」という排気音や、高電圧の導線がうなるような音が聞こえたものの、すぐに静かになり、変わって人工の音声がアギライの耳に入ってきた。

「MISMメインフレーム、リンク確立中・・・フィラデルフィア発進ヲ確認」

 まるで意志を持っているかのように動くカプセル内の各種機器や、目の前に表示される情報などの、今までとは違った様相に彼女は正直戸惑っていた。

「アルビド機動要塞、リンク確立」
メインコアとの遭遇
 アギライは起動操作をしただけだったが、カプセル内の周囲の機器類は、まるで寝ていたものを起こしたかのようにすべて完全に動作をしはじめた。しかも彼女自身が驚いたことには、アギライの考えがまるで透視されているがごとく、正面のディスプレイに抽象的な文字や図形として現れては消えているようだった。

「勇気ある優しい人よ・・・よくここまでおいで下さいました」

 突然、アギライのいたカプセルの後方から、人工でない声が聞こえたので、彼女は驚いた。そして、恐る恐る振り返り言った。

「・・・誰!?」

 見ると、そこには青白く光る人間のような様相をした、半透明の幽霊のようなものが、中に浮かんでいるように立っていたのだった。足は見えず、その顔に髪はなく輪郭だけで、ほぼのっぺらぼうに近い感じだった。その青白く光る幽霊は続け言った。

「さっきまであなたと一緒にいた者の母体・・・このアルビドコントロールのメインコアです」
アルビド最終命令
 その青白く光る幽霊は、右腕を水平に上げると言った。
「命令・・・MISMとのリンク切断後、アルビド機動要塞回転停止」

 不思議とアギライからは、その青白い幽霊からの恐怖心は無くなり、逆に親近感さえ覚えていた。多分、先ほどまで一緒だったアルベルト女史(本名ベラショウ)の声に似ていたからだろう。

 アギライはもう一度、あらためて"彼女"(青白く光る幽霊)を見た。"彼女"はアギライの内心を透視したのか、こう言った。

「後はご心配なく、私に全てお任せ下さい・・・そして、見とどけて下さい、私の死を・・・」

 アギライ女史は"彼女"から正面に向き直った。
「・・・・・」
 アギライが"彼女"からの言葉に答えようと、考えあぐねていると、アギライを載せていたカプセルの上半分が開いた時とは逆の手順で、放射状に閉まりはじめた。しかしカプセル上部が完全に閉まっても、内部からは外が見えるようになっていた。カプセル内部の壁面は、そのままディスプレイ装置になっていたのだ。

 その時、左前方の空間では、なにやら巨大な望遠鏡のような物が、自動でセットされはじめていた。と同時に"彼女"は言った。

「アルビド最終命令を発動」
最後の挨拶
 あらゆる最終命令に向けた作業が終わったのか、機械の動作音はやみ、周囲は一瞬静けさに包まれた。が、それもつかの間、中央に組まれた望遠鏡のような物体の上の部分が強く光り始め、それは瞬く間に上方へと上ってゆく。

 アギライは改めて"彼女"を見た。そこには見慣れたアルベルト女史の姿が、一瞬だけ現れ、アギライに向かって安堵の表情を浮かべると、最後に言った。

「さようなら、アギライさん」

 次の瞬間"彼女"もコントロール室内も強い光に包まれてしまった。アギライは本能的に左腕で両目を覆った。
塔の崩壊
 同じ頃、やっと月面都市へ到着したクー女史らの諜報部員達は、炎の塔の最上部から発した光を目撃していた。その強い光は、そのまま月面都市天井に開いた宇宙空間の見える開口部を衝きぬけ、光の束となり、ある場所へと放たれたようだった。が、一瞬の間をおいてから、クー女史と行動を共にしていた部下が、塔を指差し叫んだ。

「と・・・塔が崩れます!!」

 光を放った炎の塔は、その使命を終えたかのように淡い光を発しながら、塔の下部から亀裂が入り始めた。そしてその亀裂は、瞬く間に塔のすべてを覆い尽くし、炎の塔はその下半分から、轟音と共に崩壊していったのだった。

 崩壊しつつある、炎の塔のその上半分が埃に覆われ、廃墟となっているビルディングの陰に完全に没したとき、クー女史は、アギライを救えなかった、その無念さに打ちのめされていた。

「アギ・・」
 彼女はそうつぶやき、アギライ女史安否の最悪のシナリオを、頭に思い浮かべたのだった。

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