第七章 「アルビドコントロール」

あらすじ

 MISM国務長官ブレストの陰謀に、作戦部長ブラッドバーンの表情は穏やかではなかった。しかし彼は書記官のカイザーとMISM諜報部に対し独断で、国務長官ブレストに関する、過去についての情報詮索を密かに指令したのだった。というのも今回の事象に、ブレストの過去が深くかかわっている可能性があったからである。ブラッドバーン自身にも確証はなかったが、アギライ女史が失踪し、フィラデルフィアとの交信が途絶えて、アルビド機動要塞の地上落下までの時間が少ない今では、唯一その情報のみが、ブレストに談判する際の最後の切り札となるものなのだ。ところで、それとは別にアギライ女史は、月面地下都市にてアルベルト女史と、旧月面防空司令部跡(炎の塔)の内部にあるはずのアルビドコントロールにアプローチをしていたが、アプローチも最終段階という時に、アギライにとっては意外なアルビド機動要塞の真相が、アルベルトによって明かされるのだった。
作戦部長の思案
「・・・あの、くそったれめ!」
 カイザー書記官がブレストとの交渉で、提示された要請文に目を通しながら、ブラッドバーンはそう唸った。
「まさか、テキがブレストとはな・・・、しかも上から仕向けられている以上、こっちは何もできん」

 今、MISM本部にある作戦部長室には、作戦部長ブラッドバーンとその書記官であるカイザーが、国務長官ブレストからの要請文(作戦部は今回のアルビド機動要塞の件については、一切の手を退く事)の対応について、検討しているのだった。

「調査も、落下阻止もです」と、カイザーは補足した。

 ブラッドバーンはまぶたを閉じ、手と手を組むと顔を右にそむけ、考え込んだ。
「・・・何もかも、連中の思うがまま・・・、黙って見ているしかないのか?」

 作戦部長室内のエアコンディショニングシステムは、ほぼ終日つけられていた。室温は快適だったはずだが、何故か作戦部長の額に、若干の汗が流れているのを、カイザーは見逃さなかった。

 しばらく間をおいたあと、カイザーが言った。
「諜報部の結果を待ちましょう。すでに地下のアルビドコントロール塔にむかったとの報告が入っています」

 ブラッドバーンの視線がカイザーに向けられる。カイザーは続けた。
「落下そのものは防げなくとも、落下地点を変える事は出来るはずです」

 作戦部長は厳しい表情をした。
「・・・いや、その実現の可能性はあるかもしれないが、落下そのものを防がなくては、意味がないな」
作戦部長の思案 その2
 部長室の壁に掛けてある時計が、午後11時53分を指し、その秒針は10秒付近をかすめていた。

 作戦部長ブラットバーンは静かに言った。
「カイザー、君ならどうする。黙ってやり過ごすか・・・それとも戦うかね?」

「・・・そうですね、確かにアルビドはブレストのみならず、我々にとっても過去の汚点です。が、それを消滅させたところで、過去は清算しません」と、カイザー書記官が答えた。

 ブラッドバーンは軽くうなずき、カイザーの話に耳をかたむけた。

「過去に学ばなければ、未来はない。そう考えた時、どの選択が正しいのかが、見えると思います」

 しばらく間をおいた後、ブラットバーンは言った。
「よし、これで腹は決まったわけだ。が、こっちもただ指をくわえて待っている訳にはいかんな」
 ブラットバーンの心情に、明るさが戻ってきたのを、カイザーは感じていた。

「・・・でだ、私もささやかな支援をするにあたって、カイザー。君に頼みがある」
 カイザー書記官は、その言葉に呼応するかのように、視線をまっすぐ、ブラッドバーンに向けた。

「ブレスト・・・国務長官の過去について極秘に調べ、私に報告して欲しい。特に戦前、戦中のヤツの行動が知りたい。時間があまりないから、急いでくれ」
アルビドコントロール
 辺りは暗く、広いわりには声が反響しない不思議な室内に、アギライとアルベルトは足を踏み入れていた。

「この上がコントロール室のはずです」と、アルベルトは疲れた表情のアギライに言い、上を見上げると、持参したライトで天井を照らし出した。すると、まるで針のような鋭い形の大小様々な四角錐が、天井から無数に突き出しているのが確認できた。いわゆる電磁・音響遮蔽室である。

「大丈夫?」
「ええ・・・」

 アルベルトの問にアギライは返答した。が、その声には疲労感が漂う。ここまで来るのには、狭いスペースを縫うように上ってきたため、服は汚れ、額からは汗がにじみ出ている。アルベルトは続けて言った。

「正直言うと以前、私一人になってしまったとき、逃げようと思っていました。・・・でもそうしなくて良かった」

 アギライは黙ってうなずいた。
本名はベラショウ
 しばらく遮蔽室内を奥へと歩く。と、アルベルトは立ち止まって言った。

「さあ、これがコントロール室へ通じるドアです」そう言うと、アルベルトはライトを前方へ向ける。アギライも視線を前方へ移した。

 そこには、白色で直径が2メートル程の卵型をした物体が、少し床に埋まっている感じで鎮座しており、ライトの光を反射しつつ、不気味にその姿を現した。

「・・・これが?」
 思わずアギライがそう言った時、アルベルトは意外な言葉をつぶやいた。

「そう・・・私が作ったのです」
「えっ!?」
 アギライはその言葉に驚き、思わずアルベルトに視線を向けた。

「今までウソをついて、本当にごめんなさい。私の本名はベラショウ。アルビド機動要塞の設計を担当した者です」

 そう言うと、彼女は顔を隠していたベールを脱ぎ、その素顔をアギライに見せた。
アルビド機動要塞の真実
 意外にもベールを脱いだ彼女の髪は長く綺麗で、しなやかになびいた。

「・・・昔、私はこの悪魔のような機械を作った・・・いえ、作らされたのです」

 アギライはちょっと困惑した表情を浮かべたが、冷静さを取り戻すと言った。
「あなたが?・・・でも、以前は地上に住んでいたと・・・」

「戦後にね。それが私なりの責任のとり方だと思ったのです。そして、私はまたここに・・・自分の作った機械のもとへと戻りました」

 ベラショウは肩や腰からさげていた弾薬や装備品を取り外した。そして最後にネックレスをはずしながら言った。

「私が作ったこの悪魔の機械を、自分自身の手で破壊するために・・・」
 彼女がそう言った時、首からはずしたネックレスが、ベラショウの手の中で強く光りだした。

「あっ!」
 アギライは、そのネックレスの発する光の眩しさに、思わず片手で目を覆い隠した。
アルビド機動要塞の真実 その2
 閃光がなくなり、周囲が再び暗闇に包まれると、アギライは視線をベラショウに戻した。が、今までいたはずの彼女の姿は消えていた。

「!?」

 アギライが、その現象を理解するまでには少し時間がかかった。だが不思議な事に、ベラショウの声は依然として聞こえ、アギライに語りかけていた。

「・・・でも、自分では壊せなかった・・・それどころか仲間の裏切りで、アルビド機動要塞は売られてしまいました。私の身は滅び、いつしか心だけが機械と融合し、その番人となってしまった・・・この醜い機械の一部としてね」

 アギライは、その言葉の意味から、彼女が消えた現象と、今までのベラショウの存在や、アルベルトとしての振る舞いを、やっと理解したのだった。

「・・・ただ・・・アギライさん。あなたなら、このアルビド機動要塞という悪魔を、この世から消し去る事が出来ます・・・」

 その言葉を最後に、ベラショウの声は暗闇にとけ込むかのように消えてしまった。

 アギライは、ライトを前へ照らし少し歩いた。そして、床に落ちていた汚れたベールを拾い上げて、あらためて眺めた。しなやかで白色の絹のベールには、まだ微かな温もりが残っていた。

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