第六章 「青白き炎の塔」 |
あらすじ |
アギライ女史は月面の地下都市で、アルビド機動要塞のコントロールセンターがある「炎の塔」への侵入を試みようとしていた。一方、機動要塞付近での活動を阻止された、緊急第23課のメンバー達は、損傷したフィラデルフィア艦内の医務室に監禁されてしまっていた。だがネマス女史は、負傷したコガ艦長を手当しつつ、ダイス大佐との折衝を開始したのだった。 |
塔へ |
「あそこを見て下さい」 と、アルベルトはアギライに言うと、塔の下辺りを指さした。 「塔への入口は、あの正面だけですが、当然監視センサーがあるから入れない」 アギライは、視線を塔の正面へ向ける。暗がりの中、塔の下部にぼんやりと明かりに照らされた、正面出入口のようなものが視認でき、彼女はうなずいた。 アルベルトは続けた。 「だから、以前より私はいつも、向かいの崩れたビルの地下から、塔の中に入っていました」 アルベルトが、その崩れたビルを指さす。 「・・・なるほど」と言い、アギライは崩れたビルに視線を移す。 アルベルトは小火器を担ぐと歩きだした。 「さぁ、急ぎましょう!」 |
塔へ その2 |
全てのものが暗闇に包まれた、月面地下都市の世界にアギライは、まるでこの世の中が全て無くなってしまったかのような、錯覚を覚えた。微かに、地下都市のドーム天頂に開いた空間から差し込む星明かりと、塔のあちこちにある小窓からもれる光で照らし出される周囲の光景は不気味で、アルベルトに出会っていなければ、どうなっていただろうか?とアギライは思った。 「塔の中に人はいないのですか?」 と、アギライは、ガレキの中を歩きながらアルベルトに尋ねた。 「・・・基本的に無人のはずだけど、油断できない。私も全て調べ尽くしたわけじゃないんです」 ホコリたつ地面は荒れ、大小のガレキで出来た小山を歩くのに、苦心していたアギライだったが、アルベルトはさりげなく、横目で彼女の様子を見ていた。 「この先、気をつけて・・・足場が狭いから」 アルベルトはアギライに、そうアドバイスした。 アルベルトは、アギライが屋外での運動、特に登山などの行動にあまり慣れておらず、息切れしているのを見逃さなかった。 |
闇の迷宮 |
<炎の塔>地下都市にそびえ立つ、円錐形を"く"の字に曲げたような、巨大建築物。 誰がいつから、このように呼びはじめたのかは知るすべもないが、恐らくその建物の外観から、自然とそう呼ばれるようになったのだろう。「旧国連軍月面防空司令部跡」というのが正式名なのだと、アルベルトは歩きながら、アギライに言った。それから、部外者に塔内部を荒らされないよう、塔は迷宮のように改装され、あちこちにトラップ(罠)が仕掛けられている事や、ガンカメラ(武装した自動監視装置)によって、24時間の監視と部外者の駆逐がなされている事なども、アルベルトはアギライに教えたのだった。 「たしか・・・ここら辺に」と言いながら、アルベルトは前方に懐中電灯を照らした。まだ、塔には入っていなかったので、アギライは周囲を警戒はしていたものの、少し安心していた。 「印があるはずなんだけど・・・」 塔への入口にあたる、崩れた建物の内部は荒れ果て、その共用通路はひと一人通るのがやっと、という状態である。 その時、突然アルベルトは前の天井方向にライトをあてがうと言った。 「アギライさん、見て!」 耳もとでささやくような声だが、緊迫した声だ。 アギライがその声に呼応し、視線を前方斜め上に向けると、そこにはスプレーで書きなぐったような、赤い矢印が見えた。 「・・・あれが」とアギライがつぶやくと、アルベルトはうなずいた。 「ええ、塔への入口よ・・・これから先、覚悟して下さい。私の仲間が何人も行方不明になっています」 胸の高鳴りが激しくなり、自分が緊張してゆくのをアギライは感じた。そして、心の中でつぶやいた。 「いよいよだわ!」 |
迷宮への入口 |
「アギライさん・・・ちょっと」 塔への侵入準備をしていたアギライ女史に、アルベルトは声をかけた。 塔への侵入口は、崩壊したビルの一室、崩れかけた天井にあったのだが、アギライが準備をしている間、アルベルトは持参した双眼鏡で、塔の内部を調べていたのだった。 程なくアギライも、アルベルトのそばへ行くと、崩れかけた天井の隙間から、彼女と一緒に塔の内部を見回した。はじめて見る塔の内部は、予想外に明るい。一見迷宮とは感じられないほどに、天井が高く、室内も広い。そして不気味なほど静まり返っていた。 「これを」と言いながら、アルベルトはアギライに双眼鏡を手渡す。 アギライが双眼鏡を覗きこむと、前方約300m先に「No.2」と書かれたドアと、その脇には小さいながらも、亀裂らしい黒い裂け目が確認できた。 「2番ドアの脇の突破口、あそこが第一の目標です。先に行きますから、私が合図したら来て下さい」と、アルベルトはアギライに告げると、持っていた小火器を構えつつ、身をのり出した。 「・・・・・」 アギライの額には冷汗が流れ、勝手に膝が震えだした。極度の緊張感に、自然と身体が反応しているのだ。 |
眼帯をした男 |
「どうゆうこと!?」と、ネマス女史は不審をあらわにした。 フィラデルフィア艦内の医務室へ監禁された、緊急第23課のメンバー達を前に、その眼帯をした老練な男は、冷静に答えた。 「ネマス君、心配しなくてもいい。我々は君らを悪いようにはしない、ただし・・・」 医務室のベッドには傷つき、ネマスの前で倒れたコガ艦長が横たわっており、その脇ではモル技官が、懸命な手当をしていたのだった。眼帯をした男は続けた。 「アルビドの処理が無事終わるまでは、ここに留まってもらう」 「そう・・・MISMには味方をも殺す、影の軍団があると以前聞いた事があるわ・・・、今までの奇妙な事が、これでほとんど説明できるわね」と、ネマスは答えた。 「ネマス女史・・・私は昔の君の事はよく知っているよ」 まるで地獄から来たような、その男の片目は冷静にネマスを正視する。髭をたくわえ、左の頬には、昔に出来たであろう醜い切傷跡がある。 |
男の名はダイス |
「うぅっっつ・・・」 ネマスの背後で、ベッドに横たわっていたコガ艦長が、苦しそうにうなっている。コガの顔色は青く、その額には汗がしたたる。 眼帯をした男は、ちょっと視線をコガに向けたが、ネマスに向き直ると驚くべき事を言った。 「無論・・・、アギライ女史の罪状もだ」 「・・・なんですって!」 ネマスは冷静を装ったが、内心動揺した。 「まぁ・・・ネマス君、今はお互い、余計な詮索はしないでおこうじゃないか」 そう言うと、老練な男はネマスに背を向けた。 <この男は、何もかも・・・知っているっていうの?> ネマスは、その時になってはじめて、男の名前を思いだした。医務室から去ろうとする、その男の背中に向かって、彼女は言った。 「ダイス・・・大佐ね」 右足が義足なのか、若干歩き方に特徴がある。歩き出した彼の足が、その時ピタリと止まった。 |
折衝 |
「あなた達の目的は何?」 ダイスの背中にむかって、ネマスは言った。 「MISMは一体、アルビドを使って何をしようとしているの?」 「・・・・・」 ダイスは立ち止まったまま、しばらく動かない。 ネマスは、何も答えようとしないダイスに執ように声をかけた。 「故意で、地上にアルビドを落とすのなら、絶対許されないわよ!」 ダイスからの返答はない。ネマスは苛立ちをつのらせた。 「ねぇ!ちょっと聞いてるの!!」 しばし間をおいた後、ダイスは顔を少し動かし、つぶやくように言った。 「・・・ネマス君、そのうち何もかも分かる時がくる。それが自分にとって意に反する事でもだ」 ダイスは歩きだし、医務室から出ていってしまった。扉の外には武装監視員が立っており、監禁されたネマスらに、それ以上の事は出来なかった。 「うそ、MISMは・・・こんなやり方をしない・・・絶対」 ネマスは力なく腰を落とすと、心の中でつぶやいた。 <アギライ司令・・・私、どうしていいのか分からない・・・こんな屈辱・・・あんな男に、最初からはめられていたなんて> ネマス女史の目に涙があふれる。 「・・・・・」 彼女の腕にかけられた特殊合金製の手錠に、その涙が落ちた。 |