第五章 「ブレストの使者」

あらすじ

 現場で問題と格闘し、奮戦するメンバー達に試練は続いた。特にアルビド機動要塞にいた、ネマスを臨時司令とするフィラデルフィア艦内のメンバーには、味方に扮した招かれざる人物も現れた。彼らの任務はただ一つ、アルビド機動要塞に調査を試みる、いかなる組織も、その行動を阻止、又は粉砕する事にあった。そしてその背後には、驚くべき人物が絡んでいたのだった。
「味方艦接近、所属ハMISM諜報部、艦名デトロイト、コンタクト要求アリ、返答ヲ求ム」
 ネマスが眺めていたコンソールパネルに、突然情報が表示され、人工の音声が復唱した。

「コ・・・コンタクトどうぞ」
 ネマス女史は少しためらってから、コンタクトを許可した。というのも、「(元所属していた)MISMの諜報部に専用のフネなんてあったのだろうか?」という疑問が、ネマスの頭に浮かんだからである。

「貴課所属のアギライ司令を、ここへ連れてまいりました」
 と、コンソールパネルごしに、男性の声が聞こえた。相手の顔は何故か、パネルに映らない。

「・・・もう、どこに行ってたの・・・今頃来て」と、ネマスはそう思いつつも、内心少しホッとした。

 男性の声が続く。
「よって、貴艦との接続を要請する。使用ハッチは貴艦の下部3番ハッチとしたい」
招かれざるもの
「おいっ接続するぞ、準備急げ!!」
 ダイス大佐は、そう部下に言う。眼帯をし、顔に切傷のある老練な男は、矢継ぎ早に状況を確認し命令した。
「船外工作班はどうだ?」
「OKです、いつでもどうぞ」と、無線ごしに部下が応答した。

 フィラデルフィアより、接続を許可する旨の応答が、デトロイト艦内司令室に届いた。
「接続ヲ許可。下部3番ハッチ接続準備中」
 同じメッセージが、フィラデルフィア前部ブリッジ、司令席のコンソールパネルに表示され、ネマスは船体下部3番ハッチを開けるよう、指示を出した。

 3番ハッチが、艦内に低い音をたてながら、開きはじめる。

「なんかあったのかい?」
 シャワーを浴びた後、タオルで髪をふきながら、コガ艦長がブリッジにやって来た。
「コガさん、司令が来たみたいよ」と、ネマスはコガに告げた。

「?」
 コガは、それを聞くと、ちょっと驚いたような表情を浮かべた。
招かれざるもの その2
「変だな・・・何の前触れもなく来るなんて」
 コガはそう言うと、ネマスの座っている司令席のパネルに映し出された、味方艦を眺めた。

 ネマスは、別のパネルに映し出されていた情報を見ながら、コガへ言った。
「フネは味方の艦種だし、何も問題は無いようだけど・・・」

「一応、クー女史に連絡した方がいいかもしれない。ヤツらしくない」とコガは答えた。
 コンソールパネルには、船体下部の3番ハッチが開き、接続の準備が完了した旨のメッセージが表示され、同時に人工音声がそれを復唱した。

「・・・過去に何度かあるの?こういう事って」
 ちょっと間をおいてから、ネマスが質問した。

「オレの憶えてる限り、ヤツが行動の途中で合流する事はないな、絶対に」
招かれざるもの その3
「・・・ましてや、他のフネに乗って戻ってくるなんて、考えられない」
 コガはそう言って、ネマスに背を向けると、司令席後ろにある自分の席(艦長兼機関士用の席)の上に、タオルを放り投げ、話を続けた。

「問題が解決しないと、アイツは戻ってこないんだ」

「解決するまで、戻っちゃいけないって事?」と言うと、ネマスはコガの方へ振り返った。

「そうじゃない。お金よりも、その問題の本質に迫ろうとするジャーナリストに似ている」コガはそう言いながら振り返り、ネマスを見る。
「だから人の力は借りず、自力で何とかしようとする・・・そういうヤツさ、アギライはね」

「・・・・・」
 ネマス女史は、コガから視線をそらす。ふと彼女の脳裏には、微笑しているアギライの面影が浮かんだのだった。
急襲
 突然、乾いた銃撃音が連続してフィラデルフィア艦内にこだまし、静寂を打ち砕いた。ネマスは銃声の聞こえた方へ顔を向けた。

「ネマスふせろ!!」
 と、コガの声が聞こえたが、すぐ近くにいたはずのコガも、ネマスの前にあったコンソールパネルもすぐに煙におおわれて、視界が遮られてしまった。ネマスが銃声の聞こえた、ブリッジ出入口付近を見た時、マスクと重装備に身を固めた武装兵を一瞬認めたが、煙は催涙ガスだったのか、目と喉に入った煙はすぐその効果を発揮した。

 ネマスはむせながら倒れた。催涙弾が煙を吐く「シュー」っいう音とせきこむ音、断続的に続く銃声に、周囲は騒然としている。ネマス自身、しばらくは何も対応出来なかった。

「・・・一体、何!?」

 しばらくして、艦内にある排煙装置が作動したのか、煙はみるみる消えていった。が、ネマスがちょっと前に見た武装兵はすぐ側におり、その銃口はネマスの頭部に向けられ、もはや抵抗の余地すらなかった。
ミス
「抵抗スレバ射殺スル!」
 銃口をこちらに向け、威嚇する武装兵。その数はネマスが見る限り、約3名程だ。

「くっ・・・!!」
 ネマスは催涙ガスの効果を、その痛む涙目に感じながら、武装兵を睨みつけるが、それ以上何もできない。

「・・・ネマス・・・油断した、オレ達の負けだ・・・」
 ネマスが声の聞こえた方へ振り向くと、そこにはコガが倒れていた。よく見ると、手で押さえた、左わき腹が負傷しており、白いTシャツが赤く染まっている。倒れた際に頭部を打ったのか、顔面を黒い血が流れている。

「コガさん!!」

 しばらくして防護服に身を固めた軽武装兵、約5名がブリッジに入って来て、内部を調べはじめた。

「私のミス!?」
 ネマス女史は、自分がミスをしてしまった事を、心の中で感じ、悔しさを噛みしめた。
MISM本部での会談
「アカは落とすものだよ、カイザー君」

 純日本風に仕上げられた、畳の敷かれた小部屋。その静かな室内に、作戦部書記官のカイザーとMISM国務長官ブレストがいる。彼らは今回の事件<アルビド機動要塞>に関する、諸問題について討議し意見を交換すべく、国務長官ブレストの要請によって実現されたものだった。

 カイザーはブレストに視点を向け、その意見に聞き入っていたのだった。そしてしばらく、国務長官ブレストの意見は続いた。

「MISMは地球を実質的に支配したが、それにともなう影は清算されつつある」
 カイザーは視線を下へ向けると、関係する書類を何気に手でまとめた。

「そしてアルビド機動要塞は、その負を持つ最後の遺物だ。我々はそれを処理しなければならない」

 部屋の外にある池からは微かに、水の滴る音が聞こえた。その清らか音がかえって、ブレストの声を、地獄から聞こえてくるような、不気味なものにした。

「しかし、そのパンドラの箱は絶対、開けてはならないのだ」

 しばらくは黙って聞いていたカイザーだったが、眉をひそめて一言だけつぶやいた。
「・・・手を退けと?」
MISM本部での会談 その2
「そうだ、作戦部は今度の事からは、手を退く事。それが全MISMの意志だ」
 ブレストは続けた。

「フィラデルフィアは、さきほど部下に封止させた。興味本意で行動する、非常に危険な連中だからな」

「ほぅ・・・」
 カイザーは、ブレストを睨みつけると言った。
「・・・長官命令ですか?」

 カイザーの心中を察してか、ブレストは視線を正面に据えた。

「キミら次第で、どうにでもする」

 静かな室内に、不穏な空気が漂う。
「作戦部長に伝えたまえ。3時間以内に返答せよとな」

 カイザーは、静かに席を立つと言った。
「・・・よくわかりました、長官」

 そして心の中でつぶやいた。
「あなたという人がね・・・」

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