第四章 「現場での模索」

あらすじ

 解決の糸口すら見いだせないまま、現場で格闘するTECH23のメンバー達。様々な情報が入り乱れる中、時間は冷静に刻一刻とすぎてゆくのだった。だが意外にも、心強い協力者が現れた。アギライ女史には、アルビド・アルベルトが、そしてネマス副司令には、元上官の諜報部長クー女史が、その貴重な情報を提供した。
クー女史の助言
「いい?ネマス、良く聞いて」
 と、クー女史は言うと、一呼吸おいた。

「ゼル型※の弾頭が、アルビドに搭載されている可能性があるのよ」
※MISMの前身である、旧月面防空司令部が開発した兵器。爆発を起こせば、その空間が歪むほどの破壊力があるとされている。通称「ゼル弾頭」

 フィラデルフィア前部にある、乗務兼指令室のメインパネルに映し出されるクー女史の映像と声に、ネマスらTECH23のメンバーは、しばし耳を傾け、そして視線を移した。

「つまり、これは失敗が許されないって事。さっき作戦部長から、正式に作戦級への格上げ通告を受けたわ」
 何故か、メインパネルに映し出される、クー女史の映像は時折、乱れたが、その肉声はハッキリと聞き取れた。

「だから、アルビドの調査は私の方で行います」

「ちょっと、まっ・・・」
 クー女史は、反論しようとするネマスを説き伏せた。
「ゼル弾頭が、もし爆発を起こせば、あなた達もフネも・・・粉々に吹き飛んでしまうのよ。とりあえず、その場からすぐ離脱しなさい!」

 ネマスは視線を落とすと、しばし沈黙した。
葛藤と決心
 アルビド機動要塞の爆発と共に、自らのフネ(フィラデルフィア)が無惨にも破壊し、粉砕してゆく姿がネマスの脳裏をよぎった。

<地上でも、あそこは珍しく昔の自然が残っているところでね、私も以前暮らした事があるんです>

 アルビド調査前のブリーフィングで言った、アギライ女史のこの一言が、ネマスの耳に残っていた。

「私は・・・」少し間があいた。

 しばらくして、ネマス女史は顔を上げ、監視パネルに映っているクー女史の目を見ると、言った。

「・・・私、ここに残って司令の指示を待ちます」
 その声に、呼応するかのように、コガ艦長とモル技官は、ネマス女史に視線を向けた。

「司令はいずれ、行動を起こすと信じています。だから・・・」
嵐の前兆
「あらっ、ネマス。もうすっかりそっちの人間になっちゃったのね」
 クー女史は表情を和らげた。
「まあ、もう私には命令権はないから、強制はしないけど、これだけは言っておくわ」

 クー女史を映し出している、監視パネルが時折乱れる。ネマスは元上官のクー女史の声がかすれて、小さな音になりつつあるのを感じながら、耳を澄ませた。

「アルビドは単なる始まりにすぎないって事、つまり・・・・・」

 そう言ったところで、クー女史を映し出していた画面の乱れがひどくなり、その音声もノイズにかき消されてしまった。

 ネマス女史はモル技官に視線を向ける。
「不明の強力な電磁波で交信不能、本部とのリンクが切れました。恐らく磁気嵐かと思いますが、特定できません」
 モル技官がネマスに報告した。
アルベルトの推測
「始まりにすぎないって?」

 アギライ女史がそう尋ねると、アルベルト女史は答えた。
「はい、アルビド機動要塞は、それ自体で起爆装置なのです」

「起爆装置・・・ですか?」

「ええっ、もっと威力のある爆弾が、どこかにあると思うのです」

 アルベルトは、視線をアギライから空中に向ける。うまく考えがまとまらないのか、少し間をおいてから、アルベルトは話を続けた。
「それがどこにあるのか・・・どのくらいの威力なのか・・・、まだ私には何とも言えません」

 アギライも視線を落とし、手もとにある、食事後にもらったコーヒーのカップを見つめた。部屋の中は、少し寒かったので、コーヒーカップからは、微かにその煙と香りが漂った。
アルベルトの推測 その2
 アルベルト女史が住んでいる地下室は、衣食住に関するものはもちろんの事、家財道具や地下都市に関する資料と各種書籍類、情報を得るための電子機材や、いざという時に使用するであろう小火器や装備品、奥には工作台と発電機が備えられ、シェルターと倉庫を兼ね備えた、彼女の私室となっていた。

「ただ・・・確実なのは」
 空中を見ていたアルベルト女史の目線が鋭くなる。
「・・・あの塔の中にアルビドに関する、全ての原因が隠されているって事だけ」

 アギライ女史は、近くの机に置いてある電子機器から、小さく雑音が鳴っているのに気がついた。よく聞くと、雑音の中に人の声も混じっている。アギライの気配を察したのか、アルベルト女史が補足した。

「その無線機のおかげで、だいぶ塔の事はわかりました・・・でも、私だけでは・・・」
 そうアルベルトが言いかけた時、アギライは無線機の雑音とは違う別の音が、地下室に入る扉の外で鳴っているのに気がついた。
音の主
 アルベルト女史が次の言葉を言おうとした時、アギライは手でアルベルトに合図をすると、小声で言った。
「扉の外で、何か音が・・・聞こえませんか?」

 アルベルト女史が、その音のする扉に向き直ると、驚くでもなく言った。
「あぁっ、忘れていたわ」
 扉が音をたてて少し開くと、鈴の音を鳴らした子ネコが入ってきた。アギライ女史は、それを見ると、緊張がほぐれたのか、ホッとした表情を浮かべた。

「ごめんなさい、食事の時間だったわね」

 アルベルト女史が、皿にミルクを注ぎながら言った。
「・・・でもここに来て、月の地下にネコがいるなんて思わなかった。地球の私の村には、それこそいっぱいいたけどね」
アルベルトの想いと願い
 子ネコが皿に注がれた、ミルクをなめながら飲み出すと、それを見ながらアルベルトが続けて言った。

「私、時々思うんです。どうしてネコに生まれてこなかったんだろうって・・・けど、その迷いも、もうすぐ解けます・・・」

「迷いが・・・解ける?」アギライ女史が、そのアルベルト女史の言葉の意味を察しかねていると、アルベルトは話の話題を変え、アギライに振り向くと言った。

「・・・昔、村に宇宙から来た人がいた、と聞いた事があります」
 アギライは直感で、それは自分とその家族だと思ったが、口には出さなかった。

 アギライ女史が、怪訝そうな表情を浮かべたので、アルベルトは率直にアギライ女史に向かって語りかけた。
「・・・私だけでは、どうにもならない。ここにいた仲間は全員殺されてしまいました、私の国にとって、残された希望はあなただけなんです」

 アギライ女史は、アルベルトから視線をややそらす。考え事をするかのように、どこを見るでもなく、ただ黙ってアルベルトの話に耳を傾けている様子だった。

 アルベルトが話を続ける。
「国にはもうお金はありません・・・。そのかわり私が一生、あなたの自由になってもいい。それで私の国が守れるのなら・・・私は後悔はしません」
アギライ女史の答
「いえ・・・見返りはいただきません」

「!?」
 アギライが言った言葉に、今度はアルベルト女史が、不思議そうな表情を浮かべた。アギライ女史は続けた。

「これは私の恩返しのつもりです。大戦中、宇宙人である私達をかくまって、守って下さった国、・・・だから」

 アギライは、アルベルト女史の着ていた服から、幼い頃に見た、地上の美しいその国の風景と、人々を思い出していたのだ。
「わかるのです、私もその気持ちは・・・とても」

 アルベルト女史は、まるで旧友に出会ったように、その表情に、自然な微笑みを浮かべると、言った。
「・・・それじゃ、行きましょうか」

 アルベルトのその一言に、アギライ女史が、静かに笑み、うなずいた。
自問自答
「ふっ・・・」とネマスは、ブリッジから見える宇宙空間を眺めながら、ため息をついた。

 フィラデルフィアが、アルビド機動要塞付近の現場に到着してから、早くも6時間が経過しようとしていた。アルビド機動要塞回転停止命令の暗号解読作業は、MISM本部の諜報部に依頼していたから、ネマス以下緊急23課のメンバーらは、その解読結果を待っているより仕方がなかったのだ。

 しかし何故、突然クー女史との連絡が途絶えたのか。又、クー女史が最後に言った言葉が、気になっていたネマスは、以来ずっと、考えていたのだった。

 薄暗いブリッジの中、普段はアギライが座るはずの司令席にネマスは腰掛け、頬杖をつく。何も表示されていないコンソールパネルには、冴えない自分の姿が映っていた。

<アルビドは単なる始まりにすぎないって事、つまり・・・・・>
「・・・始まりにすぎないって、どういう事」
 ネマス女史は、自問自答を繰り返していた。あらゆる選択肢がネマスの脳裏に、浮かんでは消えていった。

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