第三章 「月面地下都市」

あらすじ

 アルビド機動要塞に関する、諸々の事象や情報は、緊急第23課のみならず、作戦部部長ブラッドバーンや諜報部部長クー女史の知るところとなった。内偵の発覚はもはや、作戦部一つの課で処理する問題を越えていたのだ。ところで肝心のアギライ女史は単身、月面ライプニッツ山脈居住区直下にある、旧月面地下都市跡へと向かっていた。そこには当時、月面防空司令部(MISMの前身機関)が置かれ、戦前戦中と同組織の活動拠点の中心となっていた。当然、そこには旧司令部跡もあり、当時の指揮系統は全て、その場所から発令されていたのである。そして今、アギライ女史は、その旧司令部跡の調査に来たのだった。彼女はアルビド機動要塞の各種指令もここから発信されていたはずで、約50年後の今でも、その指令発信と制御は、機器修理によって可能なのではないか、と考えたのである。
ブラッド部長とクー女史
「君の言っている事が、もし事実だとすれば大変な事だ」
 作戦部部長ブラットバーンは、書類からクー女史に視線を戻すと言った。

「現時点では何とも言えませんが、アルビドに何か、別の未知なる物体を搭載している事は確かです」クー女史は続けた。
「こちらの軌道計算によると多分、数日中に衛星の中心部分が、地上へ落下すると思われます・・・、しかも意図的にです」

「誰かが何を意図しているのか・・・、地球政府との関係悪化は我々にとって、悪夢だ。いずれにせよ、アギライ個人の任務にしておくわけにはいかんな・・・」

 ブラッドは、肘掛け椅子から身を起こすと、一息ついてから言った。

「アルビドの中心に君の推測どおり、もしゼル型の弾頭が搭載されているという確信が、君にあるのなら、私の権限を使っていい、徹底的に調べてくれ・・・地上へ落とすのが、テキの目的なら全力で阻止せねばならない・・・、でないと単なる事故では済まない事態になってしまう」
地下都市
 地下都市へ出るのには、思ったより長く時間がかかった。約50年前に、小規模な月面地下軍事用シェルターから発展した町は次第に大きくなり、内直径が約3キロメートル、高さは約800mという規模へと成長し、月面でも有数の地下都市になって、現在の真上にあるライプニッツ居住区の基礎となったところである。数十とあった各出入口のそのほとんどは、大昔に封鎖されており、現在、人は住んでおらず、たまに来るMISM所属の管理技官、数名のみが唯一、残された一基のエレベーターを使って、週に一度の監視業務に来るだけである。普段は、海底深くの古代遺跡のように、暗闇の中で静かに、その旧建築物や住居施設群を、月面の地下空間にさらけ出しているのだった。

 アギライ女史は、重い調査用具を背負いながら、息荒く時計を見る。そして時刻を確認すると、視線を上げた。薄暗い地下都市でも、ひときわ目立つ高い建築物が、遠くに見える。

「・・・あれが炎の塔」(炎の塔とはMISMの前身、旧月面防空司令部の建築物)

 そしてアギライは一息つくと、心の中で思った。
「あそこに、アルビドのコントロールセンターがあるはず・・・」
検問
「そこの旅人よ、そのまま振り返らずに、質問に答えなさい」
 突然の声に、アギライは驚き、思わず振り返ろうと首を動かす。

「警告、それ以上動くと命はありませんよ、あなた」

 アギライは一瞬だけだったが、質問の主の風貌を認めた。白いベールに身を包んだ、その身体からは、鈍い金属色の棒らしきものが出ている。

 白いベールの主が淡々と言った。
「質問に答えれば、悪いようにはしない。ただし、答えの内容にもよりますけどね」

「・・・・・」
 アギライは白いベールの人物が、人工音声である事に違和感を感じたが、その会話の内容から、単なる脅しではない事を察した。
白いベールの主
「第一に、何故ここへ来たのか、・・・第二にお前は何者?」
 白いベールの主はそう言うのと同時に、持っていた火器に弾を装てんした。

 ちょっと間があってから、アギライは答えた。
「私はラファエル、アギライ・・・ここへ来たのは、戦中に作られた衛星を回収するためです」

「衛星回収!?」
 ベールの主は、少し驚いた様子でそう言った。

「地球のある小国から、調査依頼の手紙が私に直接あったのです・・・その手紙には近いうちに、地球軌道上にある一つの衛星が、我々の国へ落下するだろうと書いてありました」

 アギライがそう言い終わると、白いベールの主は答えた。
「・・・そうか・・・あんたがアギライさんか、振り向いて私についてきなさい」

 意外な答にアギライは戸惑ったが、思い切って振り向くと、すぐ後ろに立っていたはずの白いベールの主の姿はなく、かわりに25〜30m程先の薄暗い廃虚の隙間に、人影らしいものが、まるで幽霊のようにぼんやりと光って見えた。
アルビド・アルベルト
 地下にある都市空間とはいえ、そのドーム状の天井部分(月面の地表)には、直径約100メートルの円形状の密閉された巨大な窓があり、地下から天上を仰ぎ見ると、宇宙空間の星々がかいま見えた。そして今は絶えた地下都市の建築物群を、天上からの星明りが、静かに薄暗く照らし出しているのだった。

「あなたは・・・誰?」
 今度はアギライが、白いベールの主に質問した。

「私はアルビド・アルベルト」

 周りの瓦礫に、互いの声が反響する。
「それじゃ、・・・あなたが!?」

「・・・そう、今あなたが調査している、衛星を造った者・・・つまり生みの親です」
 そう言うと、まるでアギライを案内するかのように、人影をした発光体は、音もなく静かに移動し始めた。
イミテーション
「!?」
 アギライはちょっと躊躇したが、アルベルトはアギライの心を察したのか、補足した。

「この姿はイミテーションです・・・用心深いでね」
 そう言うと、ぼんやりと光る人影は、遠くに見える、比較的大きなビルディングを背にしたまま、消えてしまった。

「あなたの真正面にビルが見えるはずです、その地下が今、私のいる場所です」
 不思議な事にアルベルトの声は、まるでアギライの側で話しかけるように、はっきりと聞こえた。

 彼女はその後、そのビルを目標にしながらしばらく歩いた。ガレキで出来た小高い丘を越え、太い錆びた鉄骨をくぐり抜けると、目標のビルディングが、やっと目の前に現れた。そして同時に「炎の塔」も、見上げるほど近くに迫っていた。
地下での出会い
 「炎の塔」は、その名のとおり、まるで地下からの噴き出した炎が、地下都市の天井までとどいているような形をしており、無人の塔の所々にある小窓には、明かりがついていた。今だMISMの管理下にあるその建築物には、設備の保守管理と対人監視用のモニターなどが設置され、それらを制御するためのシーケンサーが、随時稼動状態であり、容易に人が近づけない構造になっているのだった。

 アギライは、目的のビルへたどり着くと早速、半分ガレキで埋まったビルに入った。ビルの内部は暗かったが、右前方にある、地下へ通じる階段を発見すると、それを降りた。地下には明かりがついている。アギライは疲れていたが、慎重にそして静かに階段を降りてゆくと、程なく明るい部屋へ出た。するとそこには、先程出会ったイミテーションの本物の人物が立っていた。白いベールに身を包み、鋭い目以外は顔を隠している。彼女が先に自己紹介をした。

「アギライさんですね、私はアルビド・アルベルト。本国からあなたの事は聞いています」
 アルベルトは、アギライが緊張しているのを察したのか、続けて言った。

「どうぞ、ここへ座ってください。今、暖かい飲み物を用意しますから」
 そう言って、近くにあった椅子を寄せ、アギライに勧めると、飲み物を用意するためか、奥にある小部屋へと入っていった。
アギライ女史の懸念
 アギライはアルベルトが、今だ警戒心をといていない事を感じとり、背負っていた荷物を下ろし、着ていた防寒用ジャケットを脱ぐと、それを椅子にかけた。実際、無防備である事を見せるためである。そしてアルベルトに勧められた椅子に腰を下ろした。

 部屋の内部は、それほど広くはなかったが暖かく、小奇麗に整頓されていた。目の前にはテーブルがあり、その上には新聞の切り抜きが置かれいたので、アギライは何気にその切り抜きを手にとると、記事に目を通した。

「!?」

 とたんに彼女の心臓の鼓動が早くなり、額から冷汗が出て、その目は新聞の切り抜きに釘付けになったのは、アルベルトが小部屋から出てきたのとほぼ同時だった。
アギライの懸念 その2
「てっきり、あなたもやられたのかと思っていましたが、無事で良かった」
 奥の小部屋から出てきたアルベルトが、軽食をテーブルに置きながら、アギライに語りかけた。

「・・・・・」
 アギライは表向きは平静を装ってはいたが、内心は動揺していた。それと言うのも、彼女の見た新聞の切り抜きには、こう書かれていたのである。

<MISM本部内にて、爆破テロ。作戦部緊急課オフィス全壊。死亡者多数>
 アギライは突然の情報に、一瞬言葉を失い、記事から目を離すと思いを巡らせた。

「・・・私が勝手な行動をしたから、みんな死んじゃった。人殺しになってしまった・・・」
 彼女の目は、涙であふれた。

戻る