第二章 「アギライ失踪」

あらすじ

 アギライ不在のまま、緊急23課に突如として襲いかかる不気味な事象と影。それはまぎれもなく、アルビド機動要塞の調査に起因している事を確信したコガ艦長は、目前に迫りつつある危険を避けるべく、即時に退避行動を開始したのだった。とは言え、彼らは暗闇の中、手探りで物の実体をつかもうとするかのごとく、その限られた時間と情報の中で、考え得るべき行動の選択肢を模索してはいたが、その範囲は必然的に狭まっていた。おまけにアギライ女史失踪の現実は、なおさら事態を混乱させ、事態の打開と解決の糸口を見つけ出す事を、より一層困難なものとしていたのだった。
マネキン
 マネキン、それは対宇宙環境用に開発され、生み出されたもう一つの準人類の俗称である。コガは今倒した、そのマネキンであるヒットマンを大ざっぱに調べ上げると、一人つぶやいた。

「・・・なるほど、そういうことか」

 オフィスを明るくしたので、ネマスの意識は覚醒しつつあった。しかし、一刻の猶予もないと考えたコガは、ネマスに向かって大声で言った。

「ネマス!起きろ!!」

 突然の大声にネマスは飛び起き、いったい何が起こったのか分からず一瞬、ただそばにいるコガを見つめると、怪訝な表情をその顔にうかべた。

「急いでモルを呼んで、フネ(フィラデルフィア)まで来てくれ!!」
 そう言うと、コガはネマスを背に、オフィスの出入口へ走り出す。

「ちょっ・・ちょっと何!?、それってどういう事よ!!」
 そうネマスはコガに向かって叫んだ。
退避行動
「ワケは後で話す、だから今はオレの言うとおりにしろ!!ここは危ない、おまえはモルを連れて、急いでフネへ来い!!オレはドック(宇宙艦艇用格納庫)へ先に行き、出来るだけ早く、フネを出す用意をしておく!!」

 そう言うと、コガはオフィスから姿を消してしまった。

 ほぼ覚醒し、我に帰ったネマスは、回りを見渡すと、程なく近くに倒れているMISMの警備要員を見つけた。
「!?」

 その男は利き腕を折られ、その破壊された部位からは「チリッチリッ」という異音が出、不自然に曲がった首筋からは、肉体と骨髄内部の潤滑液とが混じりあっているのか、ジリジリと音をたてながら、皮膚表面の組織を焦がし、変色させ同時に異臭を放ちつつあった。ネマスは一目で、その警備要員が人間でない事に気がつくと、しばし呆然とした。

「・・・何があったっていうの!?」
 ネマスは、しばらくその男を見つめていたが、数回瞬きをすると、コガの事を思い出したかのように行動を開始したのだった。
アルビドへ
 地球オービスとは、主に月面と地球周囲のサテライトポイントを、行き来する艦艇の監視及び管制をする宇宙管制指令システムで、管制はもちろんの事、不審艦艇の追跡や違法物資輸送船の摘発、救難・救護信号の受信と中継を、その主な任務としているMISM直属のサービス機関である。

「地球オービスより貴艦へ告ぐ、そちらの所属と司令官名、ならびに航行目的を報告されたい」

 アギライ不在のまま、月面を後にしたフィラデルフィアは一路、アルビド機動要塞のあるサテライトポイント(地球周回軌道)へ向かいつつあった。

「繰り返す、こちらは地球オービス、所属と司令官名、ならびに航行目的を報告されたい」

 フィラデルフィア前部にあるブリッジは広く、ネマスが一人、司令用シートに座り込みながら、何かを読んでいる。すると艦内スピーカより聞こえる、地球オービスの人工音声とはまた別に、遠くから荒いコガの大声が艦内に響いた。

「ネマスー、・・・ちょっと来てくれ!」
「ちょっと待ってよ!オービスにコンタクトコードを返さないといけないんだから!」
 ネマスは送受信コード表を手に、オービスとのコンタクト作業をしていたのだった。

「そんなのいいから!!早く来いよ!!」
 コガの声が一段と大きく荒くなった。

「・・・だから!!、ちょっと待てって言ってるでしょ!!」
 ネマスの声も大きく、艦内に響きわたった。
アルビドへ その2
 ネマス女史は、オービスとのコンタクトを終え、早速コガのところへと向かった。艦内中央部に位置する、この薄暗く狭い部屋は、いわば彼らのフネ(フィラデルフィア)の中枢部で、艦内の全ての機能はここでコントロールされていた。又、ここは臨時作戦室としての機能も兼ね備えており、彼らにとって、いわばもう一つのオフィスともなっていた。

「ネマキンを念のために調べたら、面白い事が分かったんだ・・・まっ見てくれよ」
 と、コガは唐突に言って、ネマスの前にあるモニターを指さした。

 そのモニターの前には、モルが座っており端末を操作しながら、ネマスに報告した。
「パーツのほとんどは、よくある汎用品なんですが、・・・一つだけが特殊ですね」

「オートジャイロ!?」
 モニターを見たネマス女史は思わず、そうつぶやいたのだが、心の中ですぐに修正した。
「いや?・・・これは」
アルビドへ その3
「初めはオレもそう思ったよ、だがよく見ると違う」
 コガがそう言うと、モルは補足した。
「これは推測ですが・・・恐らく最新型のパルクコアです。つまり内偵マネキン用の人工脳髄と思います」

 コガは、また淡々と話をはじめたが、その表情は硬い。

「それを使って、オレらの行動を封止しようとした理由・・・」
 
 ネマスはチラリと、コガに視線を移した。
「いいかネマス、アルビドには何かがある・・・オレ達は一刻も早く、あのバケモノを調べなきゃならない、それまでおまえが代わりに司令を務めろ」

 ネマスは突然のコガの言葉に驚き、反論した。
「ちょっ・・・ちょっと待ってよ、アギライ司令はどうなるのよ?それに私には司令の経験が無いのよ!、無茶な事言わないで!!」
司令資格
「・・・オレ達のやり方なんだよ」

 そうポツリとコガがつぶやく、そしてネマスをなだめるように、コガは話を続けた。
「ヤツは・・・アギライは今、どう行動しているのか、オレには大体わかる。それよりもオレ達に大切なのは、現場をテコでも動かせるように準備しておくことなんだ」

 ネマスは、モニターに写った解析画面に視線を戻すと、しげしげとそれを眺め、ため息をついた。

「お前が混乱する気持ちはよくわかる・・・、だが今はヤツを信じて、待つしかない。だから唯一、司令資格を持ったお前が、臨時の司令として指揮をとるんだ・・・いいか?」

「・・・・・」
 ネマスは片手の親指を、そっと口に当てると、視線を落とした。
目標物
「目標ノ物体ニ接近中、静止位置マデアト3分30秒」

 艦前方にある展望ブリッジのスピーカが、各乗務員に接近情報を告げる。と、しばらくしてから、コガ艦長はアルビド本体についての概略を、ネマス女史に説明しはじめた。

「あの衛星は大昔、地球上を飛んでいた飛行機の推進部、つまりプロペラのようなデザインで、しかもそれと同じように高速で自転している」

「制動開始。目標マデ、アト4500。目標トノ相対速度ハ25」

 コガは、地球と宇宙との境目、つまり水平線あたりを注視しながら、側にいるネマスに、その衛星についての解説を続けた。
「毎秒約20回転しているから、外郭プロペラの羽部分は目視できない。直径50メートルの中心体だけが、かろうじて視認出来るだけだ」
目標物 その2
「凄い回転・・・、後ろの水平線がゆがんで見えるわ」
 しばらくして、コガの脇にいたネマスは、双眼鏡でアルビド本体を確認すると、そう唸った。

「高速で回転しているのは、向きを固定するためだ。50年前のテクノロジーさ」
 そうコガが言うと、モル技官がネマスに言った。
「そのテクノロジーが厄介なんですよ」

 双眼鏡から目を離すと、ネマスはブリッジ中央の操作パネルに囲まれた、エンジニア用シートにいたモルに視線を移した。
「厄介って・・・他に何かあるの?」

 モルは顔を上げ、ネマスに向き直ると、さも困ったような顔つきをして言った。
「・・・いや、他でもない、あの回転そのものがですよ」
回転停止命令
「仕様書によると、回転の停止には暗号の送信が必要なんです」
 モルが解析モニターに視線を戻し、解析中の文字を見流しながら、ネマスにそう説明した。

「解読・・・時間がかかるの?」
 ネマスは、デッキの中央へ行くと、モルが見ている解析モニターを覗き込んだ。

「決めどころだな」
 デッキの脇で、アルビドを見ているコガがつぶやいた。
「破壊して落とせば、話は早い・・・が、肝心の調査は出来ない」

 解析結果がモニターに現れると、モル技官が、後ろにいるネマスに報告した。
「大体・・・300京ビットの暗号解読にかかる時間は、最短で96時間ってとこですね」

「・・・・・!」
 モルの報告を聞いたとき、ある考えがネマスの頭に浮かんだ。
コガの憂慮
「諜報部にあるメインフレームに、解読のバックアップを要請すればいいわ!」
 ネマスはコガに向き直ると、提案した。
「あそこには確か、他とのリンクがはられていないモジュールがあったはずよ。ここでの行動が、MISMの他の機関に知られずに済むし・・・やりましょう、コガさん」

「んっ?・・・あぁ」
 コガはしばらくしてから、うなずき同意した。

 ネマスは、珍しくコガが曖昧な返事をしたので、いぶかしげにコガを見つめた。

 コガは相変わらず、アルビドを見つづけていたが、内心別の事を考えていたので、ネマスの言葉を聞き、返答するのが遅れたのだ。
<アギライのヤツ・・・うまくやっているといいが・・・>

 コガは視線を、アルビドから自分の腕時計に移すと言った。
「位置静止、アルビドとの距離は3000を維持」

 フィラデルフィアのデッキ、中央のモニターに命令実行中の文字が、鈍い警報音と共に浮かび上がった。

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