第十章 「奇跡の転位」

あらすじ

 アルビドコントロールからの命令によって、全ては動きだした。絶望的な状況にあったネマスら緊急23課のメンバー達を乗せたフィラデルフィア、そしてアルビド機動要塞もまた、息をふきかえしたかのように、ある一点に向かって最後の命令を遂行しだしたのだ。一方、月面MISM本部にある総合指令塔では、作戦部部長ブラッドバーンによる国務長官ブレストへの説得工作が行われていたが、やはり思うように進展せず、工作は暗礁に乗り上げてしまう。しかしブラッドバーンは最後まで諦めずに、ねばり強く交渉を進めていた。ところがその時、誰も予期せぬ事態が状況を一変させてしまうのだった。
始動
「・・・静か・・・やけに静かだわ」
 フィラデルフィア艦内にある医務室の床に座っていたネマスが、そうつぶやいた。

 医務室にある機材は散乱し、室内は荒れていた。ガレキをどけて、多少スペースがあいた床に緊急23課のメンバー達は、身を寄せあって待機していたのだった。とはいっても、負傷していたコガ艦長は寝て、モル技官も横になって休憩をとっており、ネマスだけが座り込んで、フネからの脱出の方法を考えていたのだった。

「・・・せめて制御室に行ければ・・・何かがわかるのに」

 その時、フネが少し揺れたように感じ、同時にギシギシと室内の壁から、金属のきしむ音が聞こえた。
「何?・・・この振動」

 モル技官が起き上がり、ネマスと一緒に天井やら壁やらに目を向ける。微弱だが、定期的に揺れているのがわかった。ネマスとモルは目を合わせる。すると、寝ていたはずのコガがうなった。

「・・・俺達のフネが・・・動いているな」
光の転位
「・・・えっ!?」
 ネマスはコガのつぶやいた言葉に驚いた。確かにコガの一言には真実味が感じられたが、気休めでも彼の為になればと、ネマスは返答した。
「そ・・・そうかもしれないわね」

 すると、荒い息をしながら、コガが続けて言った。
「・・・だとすれば、ヤツが行動を・・・」
 ネマスは、ハッとした。以前、コガから聞いた言葉を思いだしたのだ。

[フィラデルフィアはアギライの意志で動く]

「そして、今このフネは確実に始動して、どこかへ向け動いている・・・だとすればアギライ司令は・・・」
 その時、ネマスは確信した。
「私には感じる。アギライ司令、あなたの意志が!!」

 炎の塔から発せられた最後の光は、アルビド機動要塞とフィラデルフィアに到達し、二点の光の塊となった。やがてその光は、まるで小さな恒星のように強力に輝いた。しかし次の瞬間、その光は宇宙の闇に吸いこまれるように、忽然と消失してしまったのである。
説得工作
「それが作戦部の返事かね?」

 ここ月面MISM本部総合指令塔の第22階層にある総合オペレーションルームでは、作戦部長ブラットバーンによる国務長官ブレストへの説得工作がおこなわれていた。しかしその場は緊張した空気に包まれ、時折の静寂はなおさら説得工作の困難さを裏付けているように感じられた。

「ああ・・・そうだ」と、ブラッドバーンはブレストの目を正視しながら言った。
 ブレストの目がつり上がり、ブラッドバーンを睨みつけ言った。
「貴様・・・気は確かか?」

 しばらくの沈黙。重苦しい空気がオペレーションルームを支配した。

 すると、オペレーションの要員がブレストに声をかけた。
「長官!!」

「何だ!?」即座にブレストは応答した。そしてその悪魔のような目を、ブラッドバーンからオペレーターへ向ける。

 オペレーターはブレストの目を見ると一瞬たじろいだが、言葉を続けた。
「た・・・大変です!!アルビド機動要塞及びフィラデルフィアが転位しました。転位先は不明です!」

「・・・何!?」
 そう言うと、ブレストは一時沈黙した。
転位の行方
「地球に落ちたのではないのか!?」ブレストの声が荒くなった。
 ブラッドバーンも、オペレーションルームにある集中監視モニターを見た。

 オペレーターは言った。
「・・・いえ、落下はしていません。強力なベータ線を観測・・・」
 ブレストは黙って報告を聞いている。
「全てのチャンネルでリンクが途絶えました、約1分前です・・・爆発による消失でもありません」

 ブレストは黙ってゆっくりと右腕を上げ、ブラッドバーンを指さすと言った。
「わかっている・・・お前が仕組んだ事ぐらい・・・もうゆるさん!!」
 ブレストの声は怒号となり、オペレーションルームに響きわたった。
「MISMの足をひっぱる偽善者集団めが!!」

 ブレストはもちろん、その場にいた数名のオペレーターの目が、ブラッドバーンに集中した。
転位の行方 その2
 しかしブラッドバーンは、そのゆるぎない信念で対抗するかのように言った。
「オレは何と言われようがかまわん、どうされようと・・・おいぼれだからな」
 今度はブラッドバーンがブレストを睨みかえした。
「だが・・・部下は別だ、あんたはオレの部下に手を出した」

 ブレストは怒鳴った。
「黙れ!!MISMをここまでにした私にたてつくとは!!お前の部下の方が問題じゃないのか!?」

 しかしブラッドバーンは冷静に、ブレストの言葉に対して切り返した。
「ものは言いようだな、ともかく何を言われようとオレは逃げるつもりはない」

「まあ・・・いい」急にブレストは冷静さを取り戻すと言った。
「アルビドはどのみち爆発する・・・どこであろうと、何もかも消えるのだ」
 ブレストの表情に不気味な笑みがうかんだ。
「そうすれば、貴様の立場もなくなる・・・無能な部下をかまうが故にな!」

 ブラッドバーンの表情が曇り、その目は青い信念と赤い怒りの中を交錯した。
転位の行方 その3
 ブレストは満足そうな表情をすると、オペレーターに命令した。
「急いで転位地点を調べろ、追跡して最後の爆発まで確認するんだ」

「・・・・・」
 しかしオペレーターは、ブレストの言葉を無視するかのように、沈黙している。
「・・・どうした、早く確認せんか!」

「そ・・・それが!」
 その時、オペレーターの声は悲鳴にかわった。
「転位予定地点は!・・・ここです!!」

 ブレストの表情は一変し、その怒号がオペレーションルームに響いた。
「そ!!・・・そんなバカな!!」
 ブレストの怒号と同時に、彼の近くに座っていたオペレーターが悲鳴をあげて、逃げ出した。

 すると突然、空襲警報の警告音とともに、衝撃波警戒を呼びかけるアナウンスがオペレーションルーム内に鳴り響いた。

 全てがスローモーションのように動きだし、自分の息づかいまでも、ゆっくりと意識できる感覚を、その場に居合わせた誰もが感じた。
奇跡の襲来
 瞬間、ブラッドバーンはブレストを見た。すると彼の表情からは生気が消え、先ほどまでの自信にみちた人物が、まるで立っている死人のような状態になってしまっていた。そして、彼の口から出た一言が、その全てを物語っていた。

「・・・終わった・・・全て」

[本当の奇跡とは偶然に生まれるものでなく、生まれるべくして生まれるものである]

 やはり月面MISM本部総合指令塔の目前に、それらは転位してきた。ブラッドバーンは指令塔をかすめるように飛来してきたアルビド機動要塞とフィラデルフィア、そしてそのフィラデルフィア下部にドッキングし破壊していた巡航艦デトロイトを見た。指令塔には直撃はしなかったものの、その衝撃波はすさまじい。

 指令塔は転位の衝撃波に耐えられず、その側面は変形し透明な外壁は音をたてて破壊した。そしてその衝撃波はオペレーションルーム全体に達した。

 投げ飛ばされるオペレーター達、ブラッドバーンも例外ではない。しかし彼は無意識のうちに近くにあった手すりを思い切りつかむと、目をつむった。その時、背後で鈍い音がし「うぉっ!!」というブレストの悲鳴が聞こえた。
ブレストの最期
 全ては一瞬の出来事だった。指令塔の外壁には万一の為、その外側に非常用の予備外板が用意されており、瞬間的に通常の外壁が破壊され、室内の気圧が急激に減圧した場合、その非常用外板が破壊外壁を覆うように設計されていた。

 そして外壁が破壊した、まさにその瞬間、その非常用の外板は正確にその役目をはたした。それから一瞬薄まった空気を補充すべく、非常用給気ダンパーが開き、オペレーションルーム内の給気口からは勢いよく、酸素濃度の高い空気が吹き出し、その生存者らの呼吸を可能とした。

 ブラッドバーンは非常用の外板がふさがり、気圧が安定したのを確かめてから、無意識につかんでいた手すりから手を放すと、まわりを見回した。オペレーションルーム内は荒れ果て、生き残ったオペレーター達の中には、もがき苦しんでいる者もいた。ブラッドバーンは、あらためて自分の体を見てみた、すると腕からは血がにじみ出てている。幸いにも感覚があり多少痛んだが、大怪我ではなさそうである。

 しばらくして彼は、そばにいたはずのブレストがいないことに気がついた。外板に目を向けると多数の血痕と肉片が付着しており、宇宙空間に放り出された人々の生々しい、最期のもがきが見いだせるようだった。

「・・・ブレスト・・・ブレスト!!」
 ブラッドバーンは彼の名を呼んでみたが、応答は無く、その最期を悟ったのだった。

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