第一章 「エルドラからの封書」

あらすじ

 月独立戦争前に、旧月面防空司令部(現MISM)が、地球の衛星軌道上へ、対地上作戦用に設置したキラー衛星が、要塞型機動衛星である。その任務は主に、地上からの月面攻撃の阻止と地上の監視にあった。しかし戦後、必要でなくなった衛星のその大半は破棄、または処分されたものの、今だに数基が放棄されたまま、衛星軌道上に存在していた。そして、その中のひとつ「アルビド機動要塞」が、近日中に地球上に落下する、との情報がMISM本部にもたらされた。軌道計算によれば、落下地点は「エルドラ」という小国家で、経済力はあまりなく、どちらかと言うと貧しい国であった。MISM本部の上級幹部らは、落下時に衛星のそのほとんどが大気圏で燃え尽きる、との見解から、要塞衛星の落下阻止に人員を割こうとはしなかった。だが、作戦部部長ブラットバーンは、独断で要塞衛星の落下を防ぐべく、緊急23課に調査を依頼、密かに出動を要請したのだった。エルドラから直接、MISM作戦部に「アルビド機動要塞に関する重要ないくつかの疑問」と題した封書が送られてきたからである。
ブリーフィング
「ふーん・・・そうなのか」
 と、ポットからマグカップにコーヒーを注ぎながら、コガは言った。

「そうなのか・・・って、ずいぶん冷たいじゃない?」
 コーヒーを一口飲むと、ネマスは答えた。

 コガは黙って、コーヒーポットを机の上に置く。

 今日、緊急第23課のオフィスでは、珍しく全員が揃い、エルドラの封書についてのブリーフィングが行なわれていた。最初はモル技官とコガ艦長だけだったが、程なく諜報部の用事から戻ったネマス女史、そしてトイレ掃除を終えたアギライが加わっていた。

「とにかく、後3日のうちに何とかしたいわ・・・」
 とアギライが言うと、ネマスが補足した。
「大気圏突入は・・・5日後の午前0時15分だから、少なくともその6時間前にはね」
ブリーフィング その2
「でも、エルドラからの封書は非公式なものだし・・・採算面でもハッキリしない」
 ネマスが言うと、アギライは目をつぶり、軽くうなずいた。

「と、なると動くに動けないわけね・・・」ネマスは視線を、机の書類に戻した。

 しばらくの沈黙の後、アギライが切り出した。
「・・・特例で本部から予算が出れば、回収はできなくとも調査は出来そうだけど」

 今まで黙って、聞いていたコガがつぶやいた。
「エルドラは小国で貧しい。特例で予算が出るとは思えない」

 コガはアギライ女史に、向き直ると言った。
「とすれば・・・、残る手段は2つ。赤字覚悟でいくか、それとも中止かのどちらかしかないな」

 アギライは困惑した。
ブリーフィング その3
「要塞用に造られた衛星が、大気圏で燃え尽きるとは思えない・・・」
「落ちると、どうなるのよ?」
 ポツリとコガが言った言葉に、ネマスが聞き返した。

「最悪、エルドラは壊滅する・・・たかだか直径500メートルの衛星だが」

「エルドラの疑問の封書って、要はそれの事?」
 ネマスがそう言うと、アギライが答えた。
「いいえ、どうやらそれだけじゃないらしいわね」

 ネマスとコガ、モルらはアギライを見る。
「・・・私もよく知らされなかったけれど、衛星本体内部に何か問題があるらしいのよ」

「ブラッド部長は何か・・・例えば、その衛星内部の具体的な問題点については触れなかったんですか?」
 と、ネマスが聞くと、アギライは首を横に振り言った。
「部長も詳細については、わからないそうよ・・・だから調査を頼まれたの」

「・・・・・」
 ネマスは片手の親指で、口もとを押さえ、考え込んだ。彼女特有の癖である。
ネマスのアイディア
 突然、ネマスが指を鳴らした。
「そうだ!!良い方法があるわ。司令、予算の件は私に任せてよ!」

 ネマス女史はモルの方に、視線を移すと続けて言った。
「その件については、モル技官にも、ぜひ協力してもらいますので、よろしく!」

 モルは「えっ俺!?」というように、自分で自分に指をさすと、何も言わず、眉を上げた。

「・・・それじゃ、予算の件はよろしくね。私とコガさんで、とりあえず例の要塞衛星について、洗ってみるから・・・では、好運を!」
 と、アギライが言うと、ブリーフィングは終わり、それぞれの持ち場に戻って仕事をはじめた。

 だが、この時すでに、予想だにしない難関が、メンバーらを待ち構えていようとは、誰一人考えもしていなかった。
サテライト・システムズ
 月面ライプニッツ山脈にある、大型のドーム型居住施設内に、MISM本部はあったが、その同じ居住施設内に、サテライト・システムズ本社はある。
 
 まず、アギライ女史は、そのアルビド衛星の元製作会社である同社を訪問したのだった。当時の設計図などの資料があるのではないか、と考えたのだ。サテライト・システムズ社内のオフィスは広かったが、連絡を受けた担当者が、程なくアギライの前に現れ、応接室へ案内した。

「なんせ、50年前ですしね」とサテライト・システムズ資料担当顧問は言った。

「戦中の極秘資料で・・・、連絡をいただいてから探したんですが、苦労しましたよ」
 その若い担当者は、続けた。

「でも、一部だけ何とか発見しました、それがこの資料です」
 そう言って、彼はアギライに、円盤型の記録媒体を見せた。
「それで料金の方なんですがね」

「ええ・・・おいくらですか?」とアギライは尋ねた。
諜報部部長クー女史
「で、その1000万ドル、自腹で払ったってわけ?」
 クー女史は、そう言ってアギライの方に向き直ると笑った。

「・・・・・」
 アギライは内心怒ったが、黙っていた。

「あなたらしいわね」
 アギライの不機嫌そうな顔を見て、心中を察したのか、クー女史はそう言うと、話を元の話題に戻した。
「その衛星の製作責任者と、コントロール方法を調べればいいのね」

「ええ・・・でも、手がかりはこれだけ」
 アギライはサテライト・システムズ社から受け取った、例の記録媒体をクー女史に渡した。

 クー女史は、その記録媒体を受け取ると言った。
「アルビト機動要塞・・・そうね・・・多分24時間以内に調べられると思うから、待っててくれる?」
 アギライは軽くうなずいた。
ネマスの予感
「司令、どこまで行ったんだろ?・・・あれから、もう8時間も経つけど」
 オフィス備え付けの鳩時計が、時を告げると、ネマスはそう言って視線を鳩時計からコガに移した。

「ったく・・・またどっかで、物思いにフケってんだろ?」
 コガが山のような資料をかたずけながら、あきれたように答えた。

「それにしても、こんな遅くなるなんて・・・」と、モルは予算取得の際に芝居で使った、髭をなでながらつぶやく。

「オマエ、芝居が終わったんなら、つけ髭とれよな」
 そうコガがモルに言う。

「・・・・・」
 コガが書類を整理しているのを、ネマスは黙って見流していた。しかし長年、諜報畑で生きてきたせいか、はたまた天性の勘が働きだしたのか、時が経つにつれ、彼女の心の中に、暗雲が垂れ込めてきた。

 と、しばらくしてから、ポツリ彼女はつぶやいた。
「変だわ・・・」
ネマスの予感 その2
「・・・いくら何でも、遅すぎる」
 鳩時計が午前1時を告げると、ネマスは、非常時にしか使用できない、司令呼出用の端末に手を延ばした。

「ふと消えては、現れる・・・アギライは、そういう奴さ」
 心の中で、コガが言う。
「司令の場合、よくあるんですよ、そーゆーのって」
 今度は、モルがネマスの脳裏に現れる。

 コガ艦長とモル技官は、とっくに帰宅していた。だが、どうしてもアギライの動向が気になっていたネマスは、静まり返ったオフィスに独り残り、司令からの連絡を待っていた。

「今日はここに泊まればいいし・・・考えすぎは、体に毒。本でも読もう」
 と、ネマスは心の中で思った。延ばした手を戻し、近くにある適当な本を手に取ると、それを読みはじめた。
銃口
 鳩時計の「コチコチ」という音が、ひっそりと静まり返ったオフィスに響きわたる。時間は午前2時半。ネマス女史は読んでいた本を顔に置いたまま、椅子の背もたれをたおして、寝てしまっていた。

 不意に、オフィスのロッカールームの影から、鈍く金属色に光るサイレンサー付きの銃口が出てきた。その銃本体に付いているレーザーサイト(レーザー照準器)は、ネマスの右頭部を狙っている。冷徹なレーザーの赤い点の移動がピタリと止まった。

 次の瞬間「カチリ」と音がしたと同時に激しい物音、<布がこすれる音や「あがっ」という肉声>が、夜の静寂を破るように十数秒間続いたが、しばらくすると物音は消え、ふただび静かになった。
 すると、ロッカールームの暗闇から突然、オフィスに一人の男が入って来、オフィスの明かりを点灯させた。

 明かりをつけたその人物は、コガだった。そして同時にロッカールームから半身、身体を出して男が倒れている。MISM用警備要員の制服を着ていたが、その身にまとった装備を見ると、単なる警備要員ではない事がわかる。

「・・・・・」
 コガは黙って、その男を見下ろした。銃から外れたフラッシュライトが、床に転がる。それはその男が何者かに雇われたプロのヒットマン(狙撃手)である事を暗に証明していた。

戻る