「氷山の父」ムスターク・アタ峰と
「黒い湖」カラクリ湖


   
 2010,8月上旬  



前回発表しました シルクロード 西域北道、南道を生きるの撮影スポットを「シルクロードあちら・こちら」として紹介いたします。順不同のところはお許しください。  

ムスターク・アタ峰とカラクリ湖 
 
 

 
 
 カシュガルから約200キロ、車で約4時間、カイズ川沿いに次々に現れる絶壁を通りカラクリ湖を目指す。道はカラコルムハイ ウェイでパキスタンへの国境、標高4943mのクンジュラブ峠への道である。
 左手に広い川床、蛇行する流れ出水時には暴れ川になるカイズ川を左手に、右手に鉄分の紅い山キジルターク(写真2)を進む。山間をぬって走る、カラコルムはウイグル語で、「黒い山」の意味である。道の両側はその名の通り黒い岩肌をした5000m級の山々が聳えたつ。積荷満載のトラックも多く、岩峰の道路への落石も怖い。山越えが始まる標高2200mにある中国政府のカイズの検問所で厳重な検査を受ける。

 吹き飛ばされそうな強い風をジープに受けながら湿原のようなブロンクリ湖3200m(写真3)を見る。対岸の高い砂山に驚く。なんとも形容しがたい山である。砂一面に被っているさまは浄土を連想するようである。(写真4)強風がすべてのものを吹き上げ山を覆ったと聞く。車は高度を上げていく、遠く涸れた川沿いに古のシルクロードの隊商(キャラバン)宿の跡地らしきものを見る。インドへ向かった求法僧玄奘三蔵が帰路に越えた道である。先人の偉業と信じられないような過酷な旅に思いを馳せる。切立つた険しい山が目前に迫る(写真5)
 万年雪のコングル山(7719m)が視界に入ってくる。左側に海抜3600mのカラクリ湖越しに銀嶺のムスターグ・アタを仰ぎ見る(写真6)。美しい。

 パミールの秀峰ムスターク・アタは海抜7546m、世界17位の高山である。真っ青な空、動きの激しい雲が秀峰を取り囲む。山頂の氷層は200m余もあり主要な氷河は10余り、7000m級の山が繋がる世界の屋根パミールに聳える雄姿は一年中雪をいだき、まるで白髪の老人のように見えるところから「氷山の父」と呼ばれている。

 面白い伝説が「新疆旧事」にある。 ムスターグ原は勤労、善良なキリギス族の牧民であったが不幸なことに彼の二人の娘は日に日に醜くなり嫁にも行けなくなり悩んでいた。ある日巫女が二人の娘に遥か西の彼方に宝の鏡がある、どんな醜い娘もこの鏡に己を照らせばたちどころに仙女のような美人になると占った。姉妹は巫女の話を信じてしまい父親の止める話を聞かず夜中にこっそり馬に乗り西方へ宝の鏡を探しに行ってしまった。翌朝父親は娘たちが家にいないのに気づき途方にくれた。娘たちを心配した父親は毎日、西の彼方を向き泣きながら二人の娘の名前を呼び続けていた。4年後の厳しい冬のある日、二人の娘はあらゆる苦難を嘗め尽くし、心配した面持ちで家に帰ってきた。しかし娘たちは父親を二度と見ることは出来なかった。老いた父親は既に大きな高い氷山 ― ムスターグ(慕士塔格峰)に変わってしまい、老人の日に日に流した涙はカラクリ湖となっていた。姉妹はひどく後悔して激しく泣き叫けぶと、あたり一面暴風雪となり彼女たちの身体はパミールに釘付けとなった。これがムスターグの北側に聳える隣のコングール山とコングルジュビエ山である。山岳地帯で遊牧生活を営むキリギス族の故事である。

 カラクリ湖は高山氷蝕湖。水深30m、周囲10余万平方キロ。水の色が黒く見えるので「黒い湖」と言われる。水面は鏡のように澄み陽光の位置で青、紺青、緑黒等の多彩な色を見せる。夜は黒く輝くという。コングル山を背景に陽光で湖は色を変える。(写真7,8)
 夏の観光シーズンは対岸からキリギス族の村人が馬で移動、パオを張り宿泊、食事、登山ガイドの仕事をしている。 高地の酸素不足と撮影疲れで一軒のパオに入る。太陽光発電が整備されテレビも見えるパオでは老夫婦、山岳ガイドの息子、姉妹達 が暖かく迎えてくれる。時間の都合で宿泊はしなかったが食べ物、宿泊代は随分と安い。

 いろいろ面倒を見てくれた17歳の次女は綺麗な中国語を話し、将来は小学校の先生になりたいという。彼女の話し方、マナー、気づかいに感心する。ムスターグを仰ぎ、3500mの山村が彼女を育んだのは何だろうか。「氷山の父」の故事が頭をかすめた。

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(写真1)


(写真2)


(写真3)


(写真4)


(写真5)


(写真6)


(写真7)


(写真8)