西夏王国を訪ねる

厳寒の中国の体験と砂漠に埋もれた西夏王国の歴史の跡を垣間見たく12月中旬急遽、寧夏回族自治区の首都銀川に飛び立つ。西夏王国は、西夏文字という独自の複雑な字形を持ち、高い行政力と文化で河西回廊というシルクロードの要塞を1038年から200年あまり支配したが、ジンギス・ハンの蒙古軍との五度にわたる戦い敗れ、西夏文字と共に砂漠の中に埋もれてしまった。

 若い頃、井上靖の小説敦煌の随所に出てくる不思議な国、西夏のロマンに夢を馳せ一度は、歴史の舞台を訪ねてみたかったところである。今回は銀川、青銅峡、中衛、固原等と 寧夏自治区を略縦断したが、それは黄河に沿っての旅でもあった。中国で黄河は天災をもたらす龍の暴れ河であるが、この地域では“天下黄河富寧夏”と言われるように黄河の水を利用した潅漑用水路が発達した豊かな土地が広がっているところである。海抜1300mの高地で砂漠とオルドス、1月は最低マイナス20度、平均マイナス8度と云われている自然環境が厳しいこの地で西夏が栄えたのは、やはり黄河の恵みであろう。



首都 銀川駅

銀川はイスラム教徒が多く住む都市であるが、その郊外に西夏王陵がある。南北10km、東西4kmにわたって延延と続く中に歴代9帝王陵墓と70の陪葬墓がある。高さ約25m周囲20mぐらいの陵は東洋のピラミットと言われるだけあり異様な面の中に民族がつくりあげたスケールの大きさと美意識が人を魅了させる。しかも土地の人が神の山と崇拝する賀蘭山を背景とする西夏王陵は砂漠の中に埋もれた歴史を覆し今も生き続ずけているような感じさえ抱かせる。国破れ山河ありの詩を目に浮かべながら王国の衰退の原因、行政の腐敗に思いを巡らす。



西夏王陵 王国の繁栄を偲ぶ  東洋のピラミット


西夏王陵 第3号楼

駿馬の形をした賀蘭山の麓、渓谷の岸壁に長さ600mにわたり描かれた賀蘭山岩画が ある。約4000年前から1000年まで長期にわたり遊牧民によって描かれた馬、羊、鳥等の動物や太陽や人間の画が300以上もある。西夏文字も見られ、独特な宗教観を描いたものもあり、大変面白く素朴な画が古代の様子を物語っている。厳寒の中、渓谷の川の水は厚く凍りついている。遊牧民にとって、ここは春到来と共に訪れる特別の場所であろう。この岩画は入場料とる管理事務所はあるが、野ざらしの中で貴重な遺産の管理が気にかかる。4000年前のものが、保たれているからこれからも大丈夫だという中国人の発想なのだろうか。西夏王陵、岩画も他の見学者はなく、シーズンでも見学者は旅行者を除けば極めて少ないのだろう。



賀蘭山 岩画 西夏文字 人と家畜の幸せを祈祷


明時代の長城


秦時代の長城

 西夏王陵から、40キロ位先、内モンゴルとの境界線上に明代の長城がある。賀蘭山系を背景に7m位の高さの壁が横たわる。長城の前面は、いつの時代か分からないお墓が広がっている。先方は軍事関連の施設があるので先に進めないと回族の運転士馬さんが言うので長城に触れることは断念した。しかし、今回は固原にある秦の時代の長城を見ることが出来た。寧夏には、秦の時代から明の時代まで歴代の長城の遺跡があるので、中国長城博物館とも称されている。固原の秦の長城は、盛り土で固めたもの、馬が飛び越えられない高さか、3m位の壁が麦畑の中に延延と続く。足元を野鹿か脱兎の如くこの塞を越えていく、塞に立てば遠くに羊飼いが羊30頭ぐらいをのんびりと引き連れていく姿が見える。

 異常に静かである。敵の侵略を見渡すだけでなく遠くに雄叫びや馬のひずめを一早く捉えたのであろう。



ゆったりと流れる黄河


棟結した黄河支流 灌漑用水路

 大道の露店で、みかんを買う。食べると厳寒の寒さでまるで冷蔵みかんみたいな感じである。凍る黄河をはじめて見る。バリバリと屋根が落ちるような音をだして、氷が割れる音を響かせながらゆったりと流れる。寒い。朝マイナス15度では頭も痛くなる。回族の人は、スパイシーの味や砂糖入りのお茶を飲む理由が良くわかる。風土に根ざす食べ物にはそれだけの意味があることが。

 寧夏には、多くの遺跡がある。西夏王朝の栄華を物語る海宝塔、承天寺塔、青銅峡の一百零八塔、中衛の高廟、石空寺石窟、固原の須彌山石窟等いずれも見事に当時を偲ばせる。



拝寺口双塔



海宝塔

承天寺塔 銀川のシンボル

 自治区最大のイスラム教の清真大寺の入り口に礼拝品を扱う店がある。色とりどりのイスラム用品の中に責任者の保 玉霞さんがいる。啖呵の効いた言葉が次から次に出てくる、頭の回転の速い美しい人である。躊躇しながらカメラを向けるとモデル代がいるよとにっこりと微笑んでくれたが、直ぐに商売人のきびしい顔に表情を変えた。



小説敦煌の西夏の女性を連想させる 保 玉霞 さん


砂糖、夏目、クコ等の入った回族のお茶

 小説敦煌では、主人公がはじめて出会い今まで見たこともない強い西夏の女性が登場するがこの強くて美しい彼女を最後に訪れた 保さんにだぶらせながら西夏王国の旅は終わった。



2003年12月 齊藤 進