全身性エリテマトーデス・強皮症・慢性関節リウマチ・リウマチ熱・多発性筋炎・結節性多発動脈炎の膠原病は治癒率は大変高いです。
 リウマチの一番良い例では50歳のご婦人が、車椅子で3ヶ月間通院した結果、車椅子がいらなくなって、小走りが出来るようになっております。
 
 全身性エリテマトーデスは数例良くなっています。
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膠原病

リウマチ患者様によるサーモグラフィーの変化

リウマチ体験記  57才 女性

小学校教師の私は、長距離走にはある程度自信があった。昭和62年1月の耐寒マラソンの第1日目、走り出してしばらくすると、いつもと違って何となく足が重く、息苦しさを感じた。そんな日が3日間程度続いたが、4日目頃からはいつもの調子になり、1週間の耐寒訓練を無事終わらすことが出来た。その時は「私も、まだ若いわ。」と、自信を新たにしたものだった。 
しかし、それから数日後、両足全体にズシンと重いものを感じた。今までに経験したことのない重苦しさだった。必死に足のマッサージをしたが、その重苦しさは抜けなかった。近所の内科の診察を受けた。

 「血圧が低い為に疲労回復が遅れているのでしょう。血圧を上げる薬をさしあげます。」という結果であった。しっかり薬を飲んだが回復の様子はなかった。そのうち、重苦しさは肩まで広がっていった。
 いたたまれずに、駅前の総合病院の診察を受けた。整形外科だっ
「もしかしたら、リウマチかも知れません。血液検査をしましょう」

ということで血液検査をし、リウマチの薬をいただいて帰った。検査の結果は陽性反応、正真正銘のリウマチであった。
 リウマチの恐ろしさが、私の体にジワジワと迫って来た。朝、ふとんの上で起き上がるとき、トイレをすませて立ち上がるとき、痛みと重苦しさが下半身をおそい、全身のエネルギーをすべて使い果たさないと立ち上がることが出来ないありさまだった。食事の後かたづけでは、食器が異常に重かった。握力が日増しに弱っていくのがよくわかった。時々、手の関節にビビッと痛みが走り、ゾーッと背筋に冷たいものを感じた。
 
学校で子供たちの前に立った時は痛いなど言っていられないので何とか授業を行うことができた。しかし、家に帰ると、肩から足の先まで鉛をしょったような圧迫感と痛みを感じそのままふとんにもぐりこんで寝てしまうこともあった。夜遅くまで仕事をした後など、2階の寝室まで行くのに立つことができず、はっていくことが多くなった。病院からいただいた痛み止めの座薬と飲み薬、もう毎日薬づけという状況であったがリウマチの痛みはいっこうに良くならない状況だった。
 しかし、一度だけすっきりと体が軽くなり、痛みがスーと全身からぬけたことがあった。それは 「先生、痛くて痛くてしかたないです。薬は忘れずに毎日ちゃんと飲んでいるんですよ!と強く訴えた時、座薬と飲み薬だった私に主治医が、注射を打ってくれた時だった。
 この時ばかりは、「ヤッター」と思った。うれしかった。
 しかし、1週間もすると、元に戻ってしまいました。そして、主治医は、それ以後、その注射をうつことはなかった。この頃から私はリウマチに関する本を読みあさっていた。
 そして、「リウマチには、現在、特効薬はない。」「ステロイド薬は、急激に痛みを取るが副作用が強い。」ということを知った。一時的に痛みを和らげてくれた注射も、根本的な解決にはならなかった。
教師の仕事をやめざるを得なくなるのも、もう、時間の問題といやおうなしの自覚をせざるを得なくなっていた。
 こんな時、知人からの勧めで、病院を国立の総合病院へ変えた。昭和62年7月、発病以来6ヶ月後であった。
 しかし、治療方法はほとんど同じで、痛みは多少うすらいだが微々たるもであった。この頃から、指の変形も始まって来た。左手の小指の第2関節付近の骨が出っ張って来た。体育の授業は無理なので、となりのクラスの若い男の先生にお願いして、私はとなりのクラスの授業を受け持った。
 昭和63年4月、主人の同僚の御主人から、堀口 申作先生の「Bスポットの発見」という本と「田井耳鼻科医院」を紹介していただいた
 藁をもつかむ思いで昭和63年5月5日、田井耳鼻科医院を訪れた1回目の治療を受けたときは、何の変化もなかった。綿棒で鼻の奥を消毒された時は、しみる感じだった。扁桃腺から大量の黄色い膿と血膿がとれたのには、びっくりしました。2回目の治療も又、膿と血膿がとれました。2回目の治療を受けた直後、異変が起こったのだ。
両手の指からスーッとむくみが消えたのだ。その急激な変化に私自身びっくりしてしまった。もう、天にものぼるうれしさで、休院以外の日は、必ず通院して治療を受けた。治療をうけるたびに痛みが薄らいでいくのが自分でよく分かった。
休院日以外はほとんど通院する日々は、3ヶ月位続いた。無理のない生活をしていれば、発病前と同じようで、ほとんど痛みは感じなかった。そこで、3ヶ月以降は、1週間に3日、つまり3日置きくらいの割合で通院した。
その後は、1週間に1回、半月に1回、月に1回というふうに通院する回数を減らしていった。月1回でも、むくみも痛みも重苦しさもなかった。小指の変形も、それ以上進むこともなかった。それでも、学期末の成績処理で寝不足が続いたりすると、いつもより体が重くなったような感じがするので、あわてて通院した。2回程通うと、スッキリとして体が軽くなった。
 平成4年4月から8月までは、一度も通院しなかったが、リウマチの症状は、一度も出なかった。ほとんど完治したと思う。でも、あのリウマチの恐ろしさを思うと心配なので、時々は通院して治療を受けたいと思う。もし、田井先生がいらっしゃらなかったら、今頃、私はどうなっていただろうか。教師の仕事はとっくにやめて、寝たきりの生活をしていたのではないだろうか。
今、私は元気に働いている。働けるってすばらしいことだと、しみじみ感じている。これも、田井先生のおかげです。田井先生、本当にありがとございました。


リウマチ体験記     48才  女性

私は幼少の頃からぜんそく、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患に悩まされてきました。そのためいろいろな病院の呼吸器科、皮膚科、耳鼻科などを転々とし、そのたびに幾種もの飲み薬、塗り薬、吸入薬が出されました。たいていは副腎皮質ホルモンを含んだ薬でしたが、病状は一進一退で完治することはありませんでした。どの大学病院のどの医者も、口をそろえて云うことはただひとつ「アレルギー性疾患は体質によるものなので完治する事はほとんどない、一生その病気とつきあっていくのだから、如何に上手につきあうかが大切だ」つまりは治らないことかと、私は諦観していました。

そのうち私はまた違う病気をわずらいました。手足の指がむくみ、鬱血し、関節が腫れあがり、押すと痛みが走るのです。総合病院で診察を受けたところ、症状は慢性関節リウマチに非常に近いということでした。しかし血液検査の結果ではリウマチを引き起こす因子については陰性であり、レントゲンで骨格を調べても異常は見つかりませんでした。しかし、それらの検査結果を待つ間にもじわじわと症状は悪化していきました。医者の話では、リウマチであっても因子が陽性に出ないときもあるし、まだ骨格にも異常がない、だからリウマチであると断定は出来ない、だから治療は出来ないということでした。

痛みが激しいのなら痛み止めを、腫れがひどいなら抗炎症剤を、という対症療法しか出来ないというのです。血液中にリウマチの因子が出ていないとはいえ、手指の関節の腫れは日を追うごとにひどくなり、その部位も次々と数を増しているのに、これではレントゲンでわかるくらいに骨格に異常が出るまで待てと云われているようなものでした。

そのような折、以前に母が、変わったぜんそくの治療を受け、ぜんそくの薬がいらなくなったと喜んでいたことを思い出しました。それは田井先生の行っている、6-スポットを刺激して炎症やばい菌を取り除くという聞いたこともない治療でした。リウマチの治療法にもアデノイドの切除等、鼻腔・副鼻腔と関係の深いものがあったので、私もさっそくその治療を受けてみることにしました。

先ず女医先生の診察を受けました。女医先生は私の手を見てまず「紫色になっている」と、そして私の手に触れ「冷えきっている」とおっしゃいました。

それはありていに云ってしまえば、見ればわかること、触ればわかることですが、そのようなことを云った医者はいままで誰もいませんでした。それから女医先生は、とにかく血行をよくすること、そのための日常生活上の注意などを丁寧に教えてくださいました。

そのあと院長先生の治療を受けました。院長先生は、私が症状を説明するのを聞き終えると「必ず治ります」と請け負ってくださいました。治療はまず鼻から細い綿棒を挿入し鼻咽腔を拭うBスポット療法、Bスポットのさらに深部のCスポット療法がおこなわれました。Cスポットとは、脳底からさらにその奥にかけての部位のことだそうです。治療を受けている時は、目や耳にも刺激が伝わってきますが、思ったほど痛みはありませんでした。綿棒には血や膿が付着しましたが、粘膜が正常になればそれらは付着しなくなるそうです。次に先生は、扁桃と咽頭を拭い、その綿棒を見せて下さいました。それには血、膿だけでなく腫れた肉組織まで付着していました。これらが扁桃に付着している限り病気は完治しないと先生はおっしゃいました。田井先生はこの治療法に関する特許を3つも取られており、この治療一回で一年分の膿が除去できるそうです。それだけでなく、この療法は6-スポットを刺激する効果を持っており頭や眼、肩まですっきりさせることが出来るそうです。

これらの治療を休診日を除き、毎日受けました。1週間で指の腫れはほぼ完全に治り、もちろん関節の痛みもなくなりました。2週間で、腫れのせいで荒れていた指の皮膚もきれいになり、いつもつまって息苦しかった鼻の通りもよくなりました。また、顔の湿疹がひいてゆき、季節の変わり目になると出ていたぜんそくもこの春はでませんでした。いいことずくめです。


左図のサーモグラフィーは治療4時間後位でピークに入り、その後も長時間循環が良くなっています。(神経系統・ホルモン系統・内分泌系統も良くなっています)