紫音(しおん)
プロローグ
あの日に帰りたい・・・
だれもが一度は思うことがあるでしょう。
< 真 由 >
深夜の高速道路を、1台のワゴン車が走っている。
「今、どの辺だ?」
「やっと上信越道に入った所だよ。」
今年の正月は、会社の男友達4人と長野の志賀高原にスキーに行くことになった。
渋滞を避けるため夜中に東京を出発し、現地には早朝に着き車内で仮眠を取った後、ホテルにチェックインする予定になっていた。
運転も交代ですることにしたが、雪道の運転に慣れていない僕は高速道路を担当していた。
「横川までは、1時間くらい掛かりそうだな。紫原、寝るなよ。」
「大丈夫だよ。横川で交代したら、後は爆睡してやる!」
予定通り1時間弱で横川に到着した僕等は、ちょっと休憩をして長野を目指し出発した。
「サービスエリアはビール売って無いんだよなぁ。」
「はははっ ば〜か! 自分の運転が終わったからって、飲む気になるなよ。」
気心の知れた男同士の旅も悪くない。何も気兼ねすることなく騒ぎ続けているうちに、車は目的の志賀高原に近づいて行った。
信州中野ICを降り、しばらく走って行くと辺りは雪景色に変わった。まだ暗かったが早朝に志賀高原に到着したんだ。
徹夜と騒ぎ疲れで4人は、直ぐに車の中で眠りについた。
「起きろ〜!」
一成の大きな声で目が覚めた。
時間は既に10時を過ぎていた。ホテルのチェックインは午後からだが、それまでにひと滑りしようと言う事になったんだ。
こう言う時は全員動作が機敏なのが不思議だ。あっという間に支度を終えて、僕等はゲレンデへ飛び出して行った。
何本か滑り、リフトの順番待ちをしている時だった。
「きゃっ!」
「マヨ、大丈夫?」
リフト乗り場の脇を滑っていた女性が転び、女友達が声を掛けていた。
マヨ・・・・・舞夜?
僕が高松へ出張した時に出逢った不思議な女性と同じ名前だったので、ハッとした。
「もう!真由ったらぁ・・・」
なぁんだ、違ったのか。そう思いながらその女性の後ろ姿を見ると、舞夜とは似てるようでもあり、違うようでもあったんだ。
昼食を取った後、ホテルにチェックインして、午後も滑り、一日は慌ただしく過ぎて行った。夕方、部屋に戻り風呂に入ると疲れがドッと出て、僕は直ぐに眠ってしまったんだ。そして、夕食に行く時に起こされた。
夕食後、部屋でも仲間と飲んだが、みんな流石に疲れたようで、すぐに床についてしまったが、僕は夕方に仮眠したこともあり寝付けなかったんだ。
窓の外には、綺麗な月が輝いていた。
そして、月を見ていたら昼間見かけた女性の事を思い出したんだ。
もし、彼女が舞夜だったら今頃は月を眺めているんだろうな・・・
僕は月に誘われるように上着を着て外に出ると、ゲレンデに歩いて行った。
そこには、月明かりに照らし出された白銀の世界が輝いていた。
言葉を失うほどの幻想的な景色に僕は呆然と立ちつくしていた。
「綺麗でしょ。これも月の魔法よ。」
振り返ると、そこには舞夜が立っていたんだ。
「舞夜・・・ どうして君が此処に。」
「こっちに親戚があって遊びに来たの。昼間、貴方に似た人を見かけたわ。もし貴方だったら、此処に来てってお月様に魔法を掛けたの。」
「僕もそうだよ。舞夜に似た人を見た。もし、君だったのなら此処にいるって思ったんだ。」
僕は、舞夜の所へゆっくりと近づいて行った。
「月の綺麗な夜は、きっと何処かで恋が生まれるのよ。」
「そうだったね。そして今、一つの恋が生まれた・・・」
僕は彼女を抱きしめた。彼女の髪からは、あの夜の潮の香りが漂ってくるようだった。
長いKissの後、相変わらず美しい彼女に僕は陶酔していた。
「あの後、舞夜といた場所に行ったんだ。そこで、月の形をした石を見つけたよ。」
「貴方も持ってるのね。」
そう言って、彼女は僕の拾った石とそっくりな、月の形をした石を取り出したんだ。
「ふふっ、これは私のお守り。」
「不思議だね。僕等は月に導かれて出逢った。これって運命・・・」
彼女は僕の肩に寄り掛かると、何も言わずに神秘的な景色を見つめていた。
「寒くないかい?」
「そうね。あの時と違って朝までは無理ね。」
彼女に、もう一度Kissをすると、彼女の肩を抱いてホテルの方へ歩いて行った。
「明日、一緒に滑らないか。」
「昼の私は、舞夜じゃないわ・・・」
「真由・・・だろ。君のことをもっと知りたいんだ。」
何故か、彼女は困った顔をしていた。昼間見かけた時は女性同士だったはずだ。他に同行している男性でもいるのだろうか? 色々と考えてしまった。
「知っていたのね。でも、貴方はいなくなってしまう人。月の綺麗な夜だけに逢える人なのよ。いつも私の傍にはいられないでしょ。だから・・・」
返す言葉が無かった。四国に住む彼女に一体何をしてあげられるのだろうか。
「明日の夜も此処で待ってるから。」
僕は、そう言うのが精一杯だった。
部屋に戻ると、一成が起きていた。
ウェアの上着を着て出掛けていたので、不思議に思ったようだったが、散歩と言って誤魔化そうとした。
「紫原くぅん。香水の匂いがするんだけどぉ。」
「えっ? まじ?」
香水の匂いなんかしなかった。一成の誘導尋問に見事に引っ掛かっていたんだ。
僕は、やむなく一成に事情を話すことになったが、昔の知人に偶然会ったと言うことに留めておいた。
全て話してしまうと、舞夜が消えてしまうような気がしたんだ。
翌日、僕は広い志賀高原のゲレンデの全てのコースを滑りまくっていた。このどこかに真由がいる筈なんだ。
幸い、僕の仲間はスキーの上級者ばかりであり、一成も助言してくれたので、中級レベルの僕が単独行動に出ても、彼等は全く気にしていなかった。
彼女と似たようなウェアの子を見つけると、側に行って確認をした。ゴーグルやサングラスをしているので、スキー場ではみんな同じに見えてしまう。
昼に一度仲間と合流し、午後からも彼女を探し続けた。
「ダメだっ、見つからないよ・・・」
辺りが薄暗くなり始めた頃、僕はコースの中腹の土手に寝転んだ。体も一日中滑り通しだったのでヘトヘトだった。
まるで放心状態のようにボーッっと空を見つめ僕は考えていた。
舞夜との出逢いは二回とも不思議な感じだった。こうやって闇雲に追い掛けても見つからないんだろうな。
彼女に逢いたい・・・・・
そう願った時に、目の前を一人の女性が滑り降りて行った。
「舞夜!」
僕は、本能的にそれが彼女だと分かったんだ。
慌てて板を履き、彼女の後を追い掛ける。彼女の前に出て、僕の存在を知らせなければと必死に飛ばしたんだ。
そして、彼女を追い越し、距離をおいて止まろうとした瞬間、僕はコブに足を取られた。普段なら、体勢の立て直しも出来るのだろうが、疲労がピークを越えている僕の足には立て直す余力など無く、見事に転んでしまった。
「痛てててっ。」
だいぶ転がったみたいだ。でも、怪我はしてないようだった。上半身を起こすと、そこに一人のスキーヤーが止まった。
「大丈夫?」
声を掛けてきたのは、彼女だった。
「うん。大丈夫だけど、俺ってカッコ悪いね。君は、舞夜? 真由?どっち。」
「真由だよ。だから、初めましてだね。」
悪戯っぽく笑う彼女は、舞夜が見せる大人っぽい表情とは違うような気がした。僕は立ち上がりコースの端の方に移動した。
「昨夜 舞夜にダメって言われたけど、今日一日中、真由を探してたんだ。だからバチが当たったのかな。でもね、逢えないのかもって諦めかけてた時に、逢いたいって願いを掛けたんだ。そしたら、真由に逢えちゃった。」
真由は陽気な子だった。まるで別の人と話している様な感じさえしたんだ。でも、この明るさの裏返しが、舞夜を生んだのだろう。僕も似たような性格なので良く理解出来た。
「あっ、そろそろ行かなくちゃ。それじゃあ、さようなら。」
「今夜、舞夜と逢えるよね。」
「今夜はお月様が見えるかしら?」
一瞬、彼女は舞夜の顔になったような気がした。そして、彼女は行ってしまった。
彼女の綺麗な滑りを見送りながら、僕も板を揃えてホテルに戻った。
「紫原、少しは上手くなったか? 今日は秘密特訓してたんだろ。」
部屋に戻ると、一成がさり気なくフォローしてくれた。彼等も、今日は上級コースを目一杯楽しんだようだった。
今夜は、みんなも元気でなかなか眠らなかった。もうすぐ舞夜と逢った時間になってしまう。僕は買い物に行って来ると言い、一成を誘い出した。
仲間達は一成に上手く誤魔化してもらい、僕はゲレンデに向かった。
今夜は月の姿は見えず、雪が舞っていたんだ。
それでも僕は昨日の場所に行ったが、そこには舞夜の姿は無かった。雪の降る中、僕は彼女を待った。しかし、彼女は現れなかった。
月の光が届かないから?
いや違う・・・ 真由に逢ってしまったからだろう。全部で好きになってしまったら逢えない二人は、ずっと辛い思いをしてしまうから。
僕は重い足取りで部屋に戻った。
近くの小屋の脇で、雪に濡れ立ち尽くしている真由の存在に気が付かないまま・・・
翌日は、午前中に帰る予定だった。
荷物をまとめ、チェックアウトしてホテルを後にする。昨日僕が立っていた場所は、新雪に埋もれていた。
「もう一度逢いたかったな。さよならも言えなかった・・・」
そう呟きながら、車に荷物を積み込み後部座席に身を投げ出した。
「あれ? お月様みたいだ。」
運転手の一成が叫んだ。
僕はハッとして起き上がり前を見ると、全面に雪が積もっているフロントガラスに丸い形をした石が貼り付いていて、まるで空に浮かぶ月のようだった。
僕は車から降り、その石を手に取った。
これは舞夜のお守り・・・
辺りを見回したが、彼女の姿は何処にも無かった。でも、彼女は僕の事を想ってくれている。彼女の気持ちが月の形の石を通して伝わってきた。
僕は月の形の石を大切にしまうと、車に乗り込んだ。
僕の部屋には、同じ形の石が二つ並んで飾られている。
でも、その一つを出掛ける時には必ず持ち歩いてるんだ。僕の大切な人のお守りだからね。
いつか、きっと舞夜に返せる日が来ると信じて・・・
月の綺麗な夜に、きっと逢えるよね・・・・・
あの日に帰りたい <真由> 完 ![]()