あの日に帰りたい  第3章 −遙か遠き地の天使−
                                 紫音(しおん)

プロローグ

あの日に帰りたい・・・
だれもが一度は思うことがあるでしょう。

海岸沿いのワインディングロードを正面に沈む夕陽が赤く照らし出している。
崖下の浜辺に打ち寄せる波の音をBGMに、止めたバイクに寄り掛かり煙草に火を付ける。
薄紫色にたなびく煙の先には、髪の長い少女が海を見つめている。

大学生活最後の冬に、少年は遙か西の地へバイクに乗って旅出った。
そして、見知らぬ旅先の地で一人の少女に出逢う。
突然目の前に舞い降りてきて、記憶だけを残し消えていった
二度と出逢うことは無いだろう美しき天使・・・

もう一度、自由の翼を手に入れることが出来るのならば、
貴女に逢いたい・・・・・


Boy's Side 1

大学の後期試験も終わり、後は卒業式を待つだけの身になった。
4月からは東京の企業に就職が決まっている僕は、1ヶ月以上の最後の休暇をどう使うか迷っていた。
4年間続けてきたGSのバイトも先日辞めることを告げ、最後のバイト代を貰いに行くだけだ。バイトにしては珍しく会社から退職金みたいなものも出るらしいので、金銭的には余裕があった。

「紫原、一緒に海外旅行に行かないか?」
友人が誘って来た。
周りの友人達は卒業旅行と銘打って、最後のロングバケーションを海外で楽しむ者も多い。僕は行こうかどうか迷ったが、最後の休みは一人で行動したかったので断ってしまった。

僕は、250ccのバイクを持っていた。
こいつに乗って、よくツーリングに出掛けたが、東は栃木止まりで西は大阪止まりだった。
さてと、何処に行こうかな・・・
日本地図を広げ、行く先を思案する。
自分がまだ踏み込んだことのない場所に行ってみたいが、北は雪があるのでバイクでは無理だろう。出発地の神奈川から西にルートを考える。

九州か・・・ 
行ってみたいな。どうせ行くなら最南端を目指したいなぁ・・・
でも、ちょっと無謀かも知れないな。諦めかけていた僕は、海の上に青く引かれた線に気が付いた。
カーフェリーだ!
行きは、フェリーで宮崎に入る。それから南下して最南端の佐多岬へ。それから西回りで九州を廻り、関門海峡を渡り本州へ戻る。瀬戸内を走って大阪へ。もし疲れたのなら途中からフェリーで東京へ帰る事も出来る。
日程は、約2週間位だな。旅費も十分足りるぞ!
早速準備に取りかかる。本屋へ行き九州の地図を買い、その他必要な物を買い揃えた。
丁度、川崎発−宮崎行のフェリーが明日の夜7時半出航だ。到着は翌日の夕方5時の予定。その日の移動は無理なので、宮崎市郊外のユースホステルに電話を入れ早速予約をした。

翌日、快晴!
旅立ちに相応しい天気だ。出発時に雨合羽を着るようでは先が思いやられてしまうからね。一番大きなスポーツバッグに荷物を詰め込み、出発の準備をする。
ここから川崎のフェリーターミナルまでは1時間もあれば着くだろうけど、少し早めに出発することにした。
背中に『SHIHARA』と刺繍された皮ツナギを着込む。これを着ると身が引き締まった感じがするのが不思議だ。
部屋の外に止めてある愛車 YAMAHA RZ250R に荷物を積み込んでいると、同じアパートの後輩がやって来た。
「先輩。ツーリングですか? 何処までいくんですか?」
「ちょっと九州まで行って来るよ。」
予想外の答えだったのだろう。後輩は目を丸くして驚いていた。
「いつ帰って来るんですか?」
「分からないなぁ。10日後か、半月後か・・・ 帰りたくなったら帰ってくるさ。」
そんな会話を交わし、僕はバイクにまたがりエンジンを掛けた。

川崎には、フェリー出航の1時間も前に到着したが、冬の陽はすでに落ちかかっていた。
宮崎行きのチケットを購入する。船旅がメインではないので一番安い2等にした。寝る時は雑魚寝なんだ。
大きな船だ! こんなに大きな船に乗るのは初めてだった。太平洋を九州まで行くんだから、この位の大きさじゃないと不安もあるが・・・
汽笛が鳴り響き、フェリーはゆっくりと桟橋を離れ始めた。
さぁ、出発だ!
これから向かう未知の土地での出来事に、僕は期待で胸を躍らせていた。

もう丸1日近くフェリーに乗っている。遙か遠くに陸地が見えるが、どの辺にいるのか見当も付かない。あまりにも退屈な船旅に、暇潰しにとても苦労してしまった。
夕陽が西に傾き始めた頃、フェリーは宮崎港に到着したんだ。

下船した僕は、何度か迷いながらもユースに到着した。
ユースの人は、僕が神奈川から単身バイクでやってきたので、かなり驚いていた。明日は何処に向かうのかと聞かれたので、佐多岬へ行くと答えた。

翌日、朝食を済ませると早々にチェックアウトして、僕はバイクでの旅立ちをした。
220号線を日南海岸沿いに南下して大崎町迄行き、そこから448号線に入って大隅半島の海岸線沿いを走る。景色を楽しみながら走り昼過ぎに本州最南端の地、佐多岬に到着した。
本州最南端と言う響きが達成感を感じさせてくれる。
佐多岬から先は、大隅半島を北上し桜島を目指す。途中で桜島の近くにあるユースに宿泊の予約を入れることにした。

220号線に入ると、桜島が見えてきたんだ。生まれて初めて見る火山に僕は興奮を憶えた。
ユースにチェックインしてから、桜島を1周してみる。皮ツナギにうっすらと積もった灰を見て、確かに灰が降ってるんだなぁと感心してしまった。

翌日のルートは、錦江湾沿いに走り鹿児島市内へ。そして、その先の指宿を目指す。指宿と言えば温泉地なので温泉にも入ってみたい。今日の行程は比較的楽にしたんだ。
時間に余裕があるので、池田湖に立ち寄ることにした。

池田湖へ向かう峠を走っていると道端に一台のバイクが止まっていて、その脇に座り込み何かしている人がいた。
僕は通り過ぎてしまった後で、何かトラブルがあったのかと思い、直ぐに引き返したんだ。
僕の予感は当たり、そのバイクは後輪がパンクしていた。タイヤを調べている後ろ姿から、女性だと分かった。
僕はバイクを隣りに止め、声を掛けた。
「パンクですか?」
「もうっ、こんな山の中で困っちゃうわ。」
振り返った女性は、髪の長い美しい少女だった。
ちょっと気が強そうな感じだけど、困惑した顔からそう見えたのかも知れないな。

僕は、荷物の中から瞬間パンク修理剤を取り出し、彼女のバイクのタイヤを修理した。これは、ロングツーリングの必需品で、僕も救われたことがあるんだ。
「すごーい! 魔法みたい。」
彼女は一瞬にして膨らんだタイヤを見て、無邪気に喜んでいた。
初めて見る彼女の笑顔は最高に可愛かった。僕は彼女の顔をじっと見つめてしまった。
「でも応急処置だから、バイク屋さんでちゃんと修理しなきゃダメだよ。」
僕が荷物を片付け始めると、彼女は少し僕に興味を持ったようだった。
「ありがとう。ツーリング中なんだね。これって何処のナンバーなの?」
「相模(さがみ)ナンバーだよ。神奈川県から来たんだ。」
彼女は、とっても驚いていた。神奈川からバイクで来る奴なんて珍しいだろうからね。
「これから何処行くの?」
「池田湖に行ってみようと思ったけど、そのバイクが心配だから、一緒に指宿まで降りよう。バイク屋さんまでつきあうよ。」
彼女は申し訳なさそうにしたが、僕の申し入れを受け入れてくれた。

峠を下り指宿市街に入り、しばらく探すとバイク屋さんが見つかったんだ。
僕の役目はここまで・・・ せっかく知り合えた美少女ともお別れだなぁって思ったら、
「ねぇ、何かお礼させて。そうだ、一緒にご飯食べに行こうよ。」
思いも寄らない彼女の申し出に、僕は二つ返事でOKしちゃった。

食事をしながら僕はこの旅のことを彼女に話したんだ。そして、彼女も自分の事を話してくれた。
彼女は鹿児島市の近くに住んでいて、専門学校生ってこと。今は、僕と同じで就職前の最後のロンバケだってこと。
二人はあっという間に意気投合しちゃったんだ。
「そうだ、まだ名乗ってなかったね。俺の名前は、紫原鷹音。友達には、紫音(シオン)って呼ばれてるんだ。」
「ふふっ、素敵な名前ね。私の名前は紫穂。なんか似てるね。」

店を出た後、彼女は僕を指宿温泉まで案内すると言ってくれた。彼女の好意に甘え僕達は並んで走ったんだ。
ポツ、ポツ・・・
急に雨が降り出してきた。冬の雨はバイクに乗っていると、冷たいと言うよりも痛いって感覚になる。適当な場所を探して雨宿りをしたんだ。
「しばらくは止みそうにないね。どうしようか?」
辺りを見回すと、公衆浴場みたいな感じの温泉の看板が目に入ったんだ。体も冷え切っているし丁度いいかなって思い、彼女を誘ったんだ。
彼女も賛成し、二人はそこで休むことにしたんだ。

別々の脱衣場に別れ、入って行った。僕は荷物があまりに多かったので、ちょっと手間取ってしまったんだ。
ようやく裸になり、浴室への扉を開け中に入って行くと、中は思ったよりも広かった。
気温が低いので、湯気がもうもうと立ち込めて前がよく見えないよ。湯舟に浸かり窓際の方へ移動して行くと、そこには人影があったんだ。
「こんにちは。」
僕は先客に声を掛けた。
「きゃ!何?」
えっ? その人影は紫穂ちゃんだった。一瞬、頭が混乱してしまったが、ここが混浴だと言うことに気が付いた。
「ゴメン。ここは混浴だったみたいだね。俺、先に上がってるから。」
「いいよ。大丈夫。湯気で見えないから平気だよ。その代わり、1m以内に近づいたら殴るよ。」
紫穂ちゃんもビックリしたようだが、冗談を言ってくれたので安心した。

僕は照れてしまって、全然喋れなかったんだ。その時、
「見て! 綺麗だよ。」
と、彼女は窓際に立ち、外に見える鹿児島湾を眺めながら言ったんだ。
僕の目には、鹿児島湾よりも紫穂ちゃんの後ろ姿が綺麗だった。
さっきまでは、背が高いスレンダーな女性だなって思ってたんだけど、ウェストは女性らしいなだらかな輪郭があり、そして引き締まったヒップ。
いやらしさを感じさせない、美しい姿だったんだ。
「うん。紫穂ちゃん綺麗だ・・・」
僕は、飛んでもないことを口走ってしまった。
「きゃっ!何見てるのよぉ。紫音のエッチ!」
彼女は、咄嗟に湯舟に浸かってしまった。

温泉から上がる頃には雨は止んでいたんだ。温泉地だから今夜は旅館に宿泊することにしたんだ。
旅館を決めた頃には、辺りは夕暮れ時が迫っていた。
「私も遅くならないうちに帰るね。この先も気を付けてね。じゃあ、またね!」
と言って、紫穂ちゃんは帰って行った。
僕は案内された部屋で、一人で寝ころびながら今日の出来事を思い返したんだ。

紫穂・・・ 綺麗な人だったなぁ・・・
後ろ姿だけど裸も見ちゃったんだ。女神って感じだった? いや、天使かなぁ?
もう二度と逢うことは無いんだろうな・・・
<じゃあ、またね!>
ん? どういう意味だ? 意味なんか無いだろうなぁ。
出来ることなら、その言葉通り もう一度逢いたい・・・


Girl's Side 1

あっという間だった専門学校生活もあと少し。就職先も決まって最後のお休みになったんだ。
今日は、久しぶりにバイクで出掛けたの。冬は寒くて辛いけど、バイクで走るのは好きだからね。日帰りだから、指宿温泉の近くの池田湖に行ってみることにしたんだ。
本当は何処か遠くまで行ってみたいけど、女の子一人じゃ泊まるのも怖いし残念だけど出来ないもんね。

午前中には池田湖に着いたわ。ちょっと寒いけど、久しぶりにバイクで走ったからスカッとしたんだ。
でも、帰りの峠でタイヤがパンクしちゃったの。こんな所じゃどうしようも無いよぉ・・・。
どうしたらいいの? 私、泣きそうだった・・・
その時、一台のバイクが止まってくれたの。
声を掛けられた時、泣くのをこらえていたから酷い顔してたと思うわ。

彼は手慣れた様子でパンクを直してくれたんだ。
バイクには大きなバッグが積んであるから、きっと遠くからツーリングに来た人なんだなって思って、ナンバーを見たら全然知らないナンバーだったんだ。
彼に聞いたら、神奈川からだって言うから、私ビックリしちゃった。私が逢う初めての神奈川県の人だもん。
彼は、池田湖に行く途中だったけど、私のバイクが心配だから一緒に指宿まで行ってくれたんだ。優しいんだね、神奈川君!

お礼に一緒に食事したんだ。
彼のツーリングの話しは面白かったなぁ。そして一人でこんなに遠くに来る彼が、とっても羨ましかったの。私も一緒に行きたいなって思ったんだよ。
食後は私が観光ガイドしちゃった。温泉まで案内した所で雨が降ってきたの。本降りぽかったんで、温泉に入って雨宿りする事にしたんだ。
こういった公衆浴場みたいな温泉は初めて。素朴な雰囲気で、良いなぁって思ったよ。体が冷えきっていたんで、脱衣場で素早く服を脱いで、直ぐにお風呂に浸かっちゃった。

中には、私一人だったんだ。今頃、彼も男湯に浸かってるのかなって思ってたら、誰かが入って来たの。
湯煙で良く見えないから全然分からなかったけど、声を掛けられてビックリしちゃった。入って来たのは彼だったんだ。
えっ? って思ったら、ここは混浴だったみたい。彼も知らなかったみたいで、直ぐに上がるって言ってくれたけど、寒いのは分かってるから一緒に入ったんだよ。
とても恥ずかしかったし、ちょっと怖かったけど、彼ったら私以上に恥ずかしがっちゃって可愛かったな。

窓の外には、雨で煙った鹿児島湾が見えて、とってもいい眺めだったの。
私は安心しちゃったせいか、いつの間にか立ち上がって眺めていて、彼を呼んじゃったんだ。
「うん。紫穂ちゃん綺麗だ・・・」
彼の言葉に自分が裸だって事に気が付いたの。
見た?見たでしょ! あーん、恥ずかしい・・・
温泉から上がり、彼が今夜泊まる所を一緒に探したんだ。
この時には、私は一つの決心をしてたの。でも、まだ彼には内緒よ・・・


Boy's Side 2

豪勢な夕食だった。流石は旅館だなぁ。
でも、明日からはこんな贅沢は出来ないな。なぁんて考えながら、明日のルートを考えていた。
指宿から薩摩半島をグルッと回って水俣へ、フェリーで天草諸島へ渡れるみたいだ。時間に余裕があったら、天草から長崎へ渡るって感じかな。
明日からは、また一人旅。今日出逢った紫穂ちゃんの事を考えながら眠りにつく・・・

翌日、朝食を済ませ、荷物をまとめてチェックアウトして旅館の外に出ると、僕のバイクの隣りに見覚えのあるバイクが止まっていた。
このバイクは?
「遅いぞぉ!」
バイクの向こうに座っていた紫穂ちゃんが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
僕は驚きながら、大きなバッグを積んだ紫穂ちゃんのバイクを見ながら尋ねると、
「私も紫音と一緒にツーリングするからね。」
えっ? って唖然とする僕の荷物を取ると、僕のバイクに積み始めたんだ。
「私と一緒じゃ迷惑かしら?」
無邪気に微笑む彼女に、僕の心は躍り上がった。
「い、いや、光栄だよ。紫穂ちゃんと一緒なら楽しいに決まってるじゃん!」
こうして、二人の旅が始まった。

「家の方は大丈夫なの?」
「友達と出掛けるって言ってきたわ。2泊だけどね。それで、今日は何処まで行くの?」
紫穂ちゃんは、目を輝かせて聞いてきた。
予定では長崎まで行きたいと思ってたけど、ちょっと強行過ぎるので、二人で話し合い今日の目的地は天草に決定したんだ。

2台のバイクは、冬の海岸線をゆっくりと走って行った。
紫穂ちゃんは、バイクでフェリーに乗るのは初めてだって緊張してたよ。二人で乗る船は全然退屈しなかったな。
天草に到着した時は3時を過ぎていた。早速、本渡市のホテルに別々の部屋でチェックインして今夜の宿泊先を確保したんだ。流石に一緒の部屋は無理でしょう・・・
それから上島と下島をグルッと回ってきたんだ。
大小の島々が夕陽に照らされている景色は素晴らしかったよ。そして、その景色を見つめている紫穂ちゃんの横顔は感動的に美しかった。
女の子をバイクの後ろに乗せて出掛けたことはあるけど、こうやって二人で一緒に走って遠くまで来る方が楽しいよ。

夕食の後、明日の打ち合わせを兼ねてお酒を飲みに行ったんだ。
長崎に行って、その先をどうするかで僕は悩んでいた。バイクに乗って走るのは好きだけど、その間は会話することは出来ないからね。

お酒のせいか、だんだん二人のテンションが高くなっていったんだ。
「ねぇ、さっき夕暮れの海岸で私の事見つめてたでしょ。」
「あまりにも綺麗だったからね。」
「恥ずかしいな・・・ でも、ありがとう。」
何か、良いムードだぞ。今がチャンスとばかりに、僕は思い切って明日の計画を打ち明けたんだ。
「明日1日を俺にくれないか。長崎で紫穂ちゃんとデートしたいんだ。」
「ふふっ、どうしようかなぁ・・・ 考えとくね!」
上手くはぐらかされちゃった。でも、NOじゃ無かったんだよね。

ホテルまでの帰り道でも、僕は明日のことを考えていた。
もし紫穂ちゃんが走りたいって言えば、これからルートを考えなくちゃいけないからね。
部屋の前まで来た時に、彼女がちょっとよろけたので、僕は慌てて彼女の体を支えようとしたら、抱きしめるような形になっちゃったんだ。
彼女の身長は僕と10cmも変わらないから、彼女の顔が僕の顔の目の前になった。間近で見る彼女の瞳は、酔っているせいか妖しいくらいに色っぽかった。言葉を失った僕に彼女は、こう告げた。
「明日の泊まりは長崎にしようね。」
明日のデートにOKしてくれたんだ。そして、その答えに驚いてる僕に優しくフレンチキスをしたんだ。
「おやすみの挨拶よ。」
そう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべ彼女は自分の部屋に消えていった。


Girl's Side 2

彼に見送られ、私は一人でバイクに乗って家に向かって走りながら、明日のことを考えていたんだ。
<明日、私は紫音と一緒にツーリングに出掛けるわ>

どこか遠くまで走ってみたい・・・ ずっと思っていたんだ。
そんな私の思いを実践している彼が、すごく羨ましかった。そして、彼と一緒なら私の思いを実現できるって思ったんだ。今日初めて逢った人なのにね・・・
彼が旅の話しをしてる時の瞳の輝きは、私と一緒だったんだ。ホントに楽しそうだったもん。
それに、彼はとっても親切だったわ。困ってる私を助けてくれたもん。私の願いも聞いてくれると思う。そして、すごく真面目な人だった。温泉での出来事で彼が信用出来る人だって分かったもん。
でも・・・ ホントは、紫音のこと気に入っちゃったんだ。

たった2泊だけど、初めてのロングツーリング!
早起きして、荷物を積み込み指宿まで走ったの。一人旅にも憧れていたけど、気に入った人と一緒って方がやっぱり楽しいよね。
彼の泊まってる旅館に着くと、彼のバイクがまだ止まっていたんで、安心したんだ。もし、朝早くに出発しちゃったらどうしようかと思っちゃった。だって、彼には私も一緒に行くことは伝えてないもん。

しばらく待っていると、彼は大きな荷物を抱えて旅館から出てきたの。私が声を掛けたら、ビックリしてたわ。
そして、私も一緒に連れてって言ったら、もっと驚いたわ。でも、嬉しいって言ってくれたの。

彼の後ろに着いて走っていると、すごく安心なんだ。私を気遣ったペースで走ってくれるし、彼って肩幅がとても広いので背中に安心感があるのかしらね?彼の後ろ姿から優しさが伝わってくるのが分かるもん。
バイクで乗る初めてのフェリーも、彼が先導してくれてちゃんと出来たんだよ。バイクと一緒に海を渡るなんて、感動しちゃう!
船上で彼と久しぶりに会話しちゃった。バイクに乗ってると、話しなんて出来ないもんね。今、バイクと彼のどっちかを選ぶかって言われたら、迷っちゃうかも・・・

天草に到着して直ぐにホテルにチェックインしたの。一緒の部屋になったらどうしようかってドキドキしちゃった。当然別々だけどね。
島を走ってたら、すごく夕焼けが綺麗だったの。バイクを止めて二人で眺めてたんだけど、彼ったら私を見つめていたんだよ。恥ずかしかったから、気が付かない振りしちゃったけどね。
私だって、今日一日 貴方の背中をずっと見つめていたんだよ。

今夜は、彼と飲みに行ったんだ。
不思議だよね。全然知らない人と二人で旅をしてるんだもん。彼のことが一つ分かる度に、彼を少しずつ好きになって行くみたい。
彼の気持ちも知りたくて、夕陽の海岸の事を聞いたんだ。
そしたら、私の事綺麗だって言ってくれたの。そして、
「明日一日を俺にくれないか。長崎で紫穂ちゃんとデーとしたいんだ。」
って誘ってくれたんだ。私はドキッとしちゃったのと、照れ臭いので直ぐには答えられなかったの。

ホテルの部屋の前で転びそうになっちゃった時、彼はしっかりと支えてくれたんだ。
支えると言うよりも、抱きしめるに近かったのかなぁ。私の目の前に彼の顔があったわ。二人の時間が止まったように思っちゃった。
「明日の泊まりは長崎にしようね。」
初めから決めていた答えを彼に告げたわ。彼の驚きから安堵に変わっていく表情を見た時、私も彼を好きなんだって気付いたの。
すごくKissしたいって気持ちになっちゃって、私の方から彼の唇に自分の唇を重ねてたんだ。女の子でも、こんな気持ちになる時はあるんだよ。
でも、大胆な自分が恥ずかしくなっちゃって、直ぐに部屋に逃げ込んじゃった。
彼はしばらくドアの向こうにいたんだ。彼が入ってきたらどうしようってドキドキしてたわ。


Boy's Side 3

僕にKissをして、彼女は部屋の中に消えていった。
どうする? このまま部屋に入って彼女と・・・
でも、酔った勢いで・・・? 旅先でのアバンチュール・・・?
紫穂ちゃんとは、まだそんなに話しもしていないのに雰囲気だけに流されるのは嫌だったんだ。
明日一日、二人の時間を持ってお互いの気持ちを確認した上でも遅くないんじゃないかなって思った。
「おやすみ。また明日ね。」
ドアに向かって声を掛け、僕は彼女の部屋の前から離れたんだ。

翌日は、天草から長崎にフェリーで渡り、長崎市内を抜けてオランダ村へ。午前中はオランダ村で遊び、午後からはハウステンボスへ移動したんだ。
話せば話すほど、僕は紫穂ちゃんに惹かれていった。背が高く、バイクを乗り回してる行動派で、美人なんだけれども、性格はとっても可愛いんだ。
僕は、いつの間にか彼女の手を握って歩いていた。そして、自分の彼女であるかのように錯覚していた。

陽が西に傾き始めた頃、僕達はホテルに部屋のリザーブに行った。
部屋はツインルームにしたんだ。一瞬、彼女は「エッ!?」って顔したけど、僕が繋いでいる左手に軽く力を入れたら、彼女は優しく握り返してくれたんだ。
ルームキーを受け取り、僕達は部屋に向かった。
「今夜は、一緒の部屋でいいよね。」
今更ながらだけど、こう言った僕に、
「変な事したら、部屋から追い出すからね。」
って、彼女は笑って答えたんだ。
まだ時間が早いので二人は手を繋いで、またパーク内に遊びに行ったんだ。

たくさん歩いて、たくさん話して、食事と軽くワインを飲んで、部屋に戻って来たのは9時過ぎだった。
「今日は、ありがとう。二人だけの時間をいっぱい持てて楽しかったよ。」
「私の方こそ楽しかったわ。バイクでこんな所まで来れただけでもすごいのに・・・」
二人の会話は尽きること無く続いた・・・
「紫穂ちゃん、お風呂入っておいでよ。」
「うん。でも覗いたら許さないよ。」
そう言って、彼女はバスルームに入って行った。
男ってのは情けない物で、妙に落ち着かなくなる。覗く気がなくても、シャワーの音だけでもソワソワしてしまうんだ。
しばらくして、バスローブを身に纏い、頭にバスタオルを巻いた姿で彼女が現れたんだ。まるで映画のワンシーンの様な感じだったよ。僕はポカンと彼女を見つめてしまった。
「何してるの? 紫音もお風呂どうぞ。」
彼女の言葉に我に返り、僕はバスルームに入ったんだ。


Girl's Side 3

しばらくして彼はドア越しに、「おやすみ。」と言って戻って行ったんだ。
私は、ホッとしたけど、ちょっと複雑な気持ちだった。
彼も私のこと好きなのかなぁ? 彼の気持ちを知りたい・・・

今日の移動はちょっとだけ。二人でデートするんだ。
彼は、ちょっとキザなところもあるけど、2枚目と3枚目の中間って感じで、そのギャップが面白かったわ。
午後からは、ハウステンボスに行ったんだ。
人混みの中を歩いた時、私がはぐれないように手を繋いでくれたの。それからは、ずっと手を繋いでいたなぁ。
彼の手から優しさが伝わってくる。彼の瞳から愛情が伝わってくる。
でも、言葉にして伝えて欲しい・・・
こんな気持ち分かる?

今夜泊まるホテルを予約に行った時、彼はツインルームを予約したの。私は、何も聞いていなかったからビックリしちゃった。
繋いでいる彼の手が私の手を優しく握りしめたんだ。私は彼の手を握り返してOKのサインを出したわ。
恥ずかしさと不安、彼への想いと期待で複雑な気持ちだったな。
今日これからのことは、全て彼に任せようと思ったんだ。

部屋に荷物を置いた後、また二人でデートの続きをしたんだ。楽しい時間って過ぎちゃうのが早いね。あっという間にパークは閉館の時間になっちゃった。
部屋に戻ろうって言われた時は、ドキッってしちゃった。意識し過ぎちゃってるのかなぁ。

お部屋に戻っても、ずっと話しをしてたんだ。彼とはホントに気が合うのね。
でも、お風呂に入っておいでって言われた時は固まっちゃった。心臓の音が彼に聞こえちゃうんじゃないかって心配だったわ。
いつもより長く入っちゃった。出て行きにくくて髪まで洗っちゃったもん。でも、バスルームで一晩過ごす訳にもいかないので、覚悟を決めたんだ。

交代で彼がバスルームに入って行ったの。
さっきからドキドキが止まらないわ。少し落ち着くためにベッドサイドで髪の毛をドライヤーで乾かすことにしたんだ。
こういった間って、すごく不安になるのね。彼の気持ちを直接言葉で聞いた訳じゃないから、自分の中でちょっと戸惑っているの。
でも、彼の気持ちは分かってるから大丈夫よって、自分に言い聞かせたりもして・・・

バスルームの扉が開いて、彼がお揃いのバスローブを着て出て来たんだ。そして、ドライヤーの音で私がベッドルームにいる事に気付くと、こっちにやって来たの。
「髪の毛乾かしてたんだ。女の子は大変だよね。」
「そうよ。長いと時間が掛かるから疲れちゃうわ。」
「俺がやってあげようか。」
そう言って、彼は私の手からドライヤーを取ると、私の後ろからブローを始めたの。
男の人に髪を触られるのって普段は絶対嫌なのに、彼になら許せたんだ。でも、緊張で体が固くなっていくのが分かっちゃうのが恥ずかしかった。

「紫穂ちゃんは、髪の毛も綺麗だね。」
彼がそう言うと、ドライヤーの音が止まった・・・


Boy's Side 4

シャワーを浴びながら、僕はこれからの展開を考えていた。
僕は紫穂ちゃんが好きだ。彼女も僕の事を好きだと思うけど・・・
今夜、一緒の部屋を許してくれたのは僕を信用してるからだろう。だから、無理矢理彼女を抱くことはしないよ。僕の気持ちと彼女の気持ちが一緒だったら、彼女を抱きしめるんだ。

僕もバスローブに身を包みバスルームを出ると、ベッドルームの方からドライヤーの音が聞こえてきた。彼女は、ベッドに腰掛け髪を乾かしていたんだ。
口実を付けて、彼女の髪を乾かす事にしちゃった。
彼女の髪は、長くてとても綺麗だよ。そして、シャンプーの香りがとても心地良く、僕は彼女の魅力に酔っていった。

僕は後ろから彼女を抱きしめたい衝動に駆られたけど何とか思い留め、彼女に声を掛けたんだ。
「俺・・・、紫穂ちゃんが好きだ。」
僅かな沈黙の後、彼女が呟いた
「私も好きよ・・・」
僕は、彼女を背中越しに抱きしめた。まだ湿っている髪に顔を押しつけると、甘い香りがした。
彼女を振り向かせて、彼女の唇に僕の唇を重ねる。昨日の挨拶のキスとは違い、深く、長く、求め合うようなKissだった。
Kissしたまま、ゆっくりと二人はベッドに倒れ込んでいった。

(18禁のため削除)

僕達は若さに任せ、何度も愛し合った。そして、裸のまま彼女を腕の中に包み眠りについたんだ。


Girl's Side 4

彼に抱かれました・・・
そして、彼の腕の中で眠ったの。

目が覚めた時、目の前に彼の寝顔があったわ。幸せそうな顔して眠ってる彼を起こさないようにベッドから降りてシャワーを浴びたの。
洋服に着替えようと思ったけど、もう少しこの空間にいたいからバスローブをもう一度着ちゃった。

ベッドに戻り、彼の寝顔を見てたら涙が出てきちゃった。
もうすぐ、お別れなんだ・・・・・
どうして直ぐにいなくなってしまう人なのに、好きになっちゃったんだろう?
初めから分かっていたのに・・・
恋に落ちる瞬間は、先のことまで考えないのね。

彼の寝顔にそっと触れてみると、彼は目を覚ましたの。
「あれっ・・・ あぁ、おはよう。紫穂・・・」
彼ったら、ちょっと寝惚けていたけど、紫穂って呼んでくれたわ。
昨日までは紫穂ちゃんだったけど、気持ちの上でも一歩近づいたんだね。
「おはよう・・・」
恥ずかしくって、それ以外の言葉は言えなかったわ。
すると、彼が私の方へ両腕を伸ばしてきたの。
私が近づくと、彼の腕が首に廻って、彼の胸の中に抱きしめられちゃった。

Kissを交わした後、辛かったけど彼に告げたんだ。
「今日は帰らなきゃいけないのよ。出発の準備しなきゃね。」
彼は私を強く抱きしめた後で、優しいKissをくれたんだ。でも、彼の目もとっても淋しそうだった。
着替えを済ませ荷物をまとめて、彼との熱い想い出の残る部屋を後にしたの・・・

ドアを開ける前に、きっと最後になるKissをしたの。
彼も分かってるみたいだった。長い長いKissだったもん。
私、ファーストキスの時は泣かなかったよ。
でも今日のKissは泣いちゃった。
こんなに好きなのに、あまりにも切な過ぎるよ・・・・・

フロントでチェックアウトしてバイクまで行った時に、彼はちょっと待っててと言って、ホテルへ戻って行ったの。
その時は、忘れ物でもしたのかな?って思ってたんだ。
しばらくして、彼が戻って来て二人は帰路に着いたんだ。


Boy's Side 5

頬に何かが触れる感触で僕は目覚めた。
見慣れない部屋・・・ 目の前にいるのは、紫穂ちゃんだった。
寝惚けた頭の中で、昨日の記憶が目まぐるしく飛び交う。
「おはよう、紫穂。」
記憶の整理がついた時、僕は彼女に意思を込めてそう言った。
女は恥ずかしそうな顔をしていたよ。僕だって照れ臭いけどね。

僕は腕を伸ばし、彼女を抱きしめた。
そして彼女にKissをすると、まだ夢の中にいるような感じだった。
でも、彼女の一言で現実に戻らなければならなかったんだ。
今日は、彼女が帰る日なんだ。
ここ長崎から彼女の家のある鹿児島までは、かなり距離が離れている。出発は早い方が良いからね。
いつまでも彼女を抱きしめていたいけど、そういう訳にはいかなかった。
彼女をギュッと抱きしめ、優しくKissをして彼女と離れたんだ。

部屋を出る時に、最後のKissをしたよ。
この時が永遠であればいいのに・・・ 本気でそう思ったんだ。
彼女の頬に涙が伝った。
唇までこぼれてきて、Kissに切ない味付けが加わった・・・

チェックアウトを済ませ、二人は言葉も無くバイクに向かった。
僕には一つ考えていることがあった。そして、彼女にちょっと待っててもらいホテルに一人で戻ったんだ。
僕は、二人の想い出に残る何かが欲しかったんだ。
いつまでも彼女忘れない、そして僕を忘れて欲しくないから・・・
ホテルの土産物屋じゃ大した物は置いてないけど、アメジストのリングを見つけたんだ。
アメジストは僕の誕生石でもあるし、二人に共通の紫色の宝石なんだよ。
僕は同じ物を2つ買って、駐車場で待つ彼女の所に戻った。

二人は出発して、しばらく走ると白い教会が見えてきた。僕はその教会の前でバイクを止めた。
「どうしたの?」
彼女は、不思議そうに僕に尋ねた。
そんな彼女の手を取って、僕は教会の中に彼女を連れて行ったんだ。

礼拝堂の中には誰も居なかった。
僕は、さっき買ったアメジストのリングをポケットから無造作に取り出し、彼女に見せたんだ。
「これ、紫穂に持っていて欲しいんだ。一つは俺が持ってるから。」
そう言って、彼女にリングを渡そうとすると、
「紫音がはめて。」
と言って、彼女は左手を差し出して来た。
僕は、どの指にしようか迷ったけど、彼女の薬指にはめたんだ。
「結婚式みたい。」
そう呟いた彼女の瞳から、また涙が零れた。
もう一つのリングを僕の指にはめようとしたけど、サイズが小さすぎて入らなかった。
そうしたら、彼女は自分のネックレスを外して、指輪をチェーンに通すと僕の首に掛けてくれたんだ。
「これは私からのお返し。紫穂はいつでも紫音と一緒にいるよ。」
僕は、その瞬間彼女を抱きしめた。

「どなたですか?」
優しそうな男性の声が聞こえた。
僕達は慌てて離れて振り返ると、入口に神父さんが立っていたんだ。
「あのぉ、僕達は怪しい者じゃありません。二人でバイクで旅行してて、素敵な教会だなって思って、それで想い出に残る物を交換してて・・・」
急なことなのと、抱き合ってた所を見られてしまった恥ずかしさで、しどろもどろになってしまった。
神父さんは僕達の所へ来ると、僕の首にかけられたリングを見て、優しく微笑みながら、
「お二人は愛し合っているのですね。では、こちらへどうぞ。」
そう言うと、祭壇の前に二人を案内して、僕達に結婚式の時の誓いの言葉をかけてくれたんだ。
僕達は、手を繋ぎながら神父様の言葉を受け止めていた。

僕達は、結婚式を挙げてしまったんだ。
最高の想い出を作ってくれた神父様に心から感謝して、僕達は教会を後にした。
これが本当だったら良かったのに・・・


Girl's Side 5

ホテルを出発して、しばらくすると彼が教会の前で止まったんだ。
どうしたの?って聞いたけど、彼は何も教えてくれずに私の手を引っ張って礼拝堂の中に入って行ったの。

そこで、彼は私にアメジストのリングをプレゼントしてくれたんだ。
さっきホテルに戻ったのは、これを買うためだったんだね。
彼の気持ちがとっても嬉しかった。それに、教会で渡してくれるなんて素敵だもん。
彼にリングをはめてもらったわ。左手の薬指にはめてくれたんだよ。まるで結婚式のようで、感動して涙が出ちゃった。
でも、彼の指には小さすぎてはまらなかったの。
私は、いつもしてるネックレスを外して、彼の首にリングを通して掛けて上げたんだ。いつも私と一緒だったネックレスが、今度は彼と一緒に・・・

その時、教会の神父様が来たの。
優しそうな神父様で、二人のために結婚式をしてくれたんだよ。ドラマとかでは見たことあるけど、本物の結婚式の主役に自分がいるなんてね。
彼も緊張してる見たい。握った手から伝わってくるもん。
さっきまで、お別れするのが悲しかったけど、この瞬間だけはすごく幸せな気持ちになったの。
神父様、ありがとう! 素敵な想い出が出来ました。
彼とはもうすぐお別れだけど、一生彼の事を忘れないでいられるよ。だって、結婚式挙げたんだもん。

神父様にお礼を言って、二人は出発したんだ。
帰りは、長崎自動車道で鳥栖まで行って、そこから九州自動車道で鹿児島まで戻るんだ。
ひたすら高速道路を走り続けるだけだったけど、彼の背中がそこにあるって事が嬉しかったな。でも、この背中とももうすぐお別れなのね・・・
途中のサービスエリアでお昼ご飯を食べた時に、これが彼とゆっくりお話しする最後の時間だと思ったんだ。
だって、私は帰るだけだけど、彼は旅の途中だもん。鹿児島まで戻る訳にはいかないでしょ。
淋しいけど、途中で別れようと決心したの。その方がお互いにとって良いと思ったからね。
高速道路の分岐でそれぞれの道に分かれて行くなんて、それもいいかなって・・・

その事を彼に話したら、彼は反対したわ。
私の事が心配だって。最後まで送りたいって言ってくれたんだ。予想はしてたけどね。
でも、見送る方の辛さも分かってって言ったら、彼も納得してくれたわ。
えびのパーキングで最後の休憩をして、その先の分岐でそれぞれの道に行こうって決めたんだ。

でも・・・ 別れは辛いね。
大好きな人とお別れなんだよ。もう二度と逢えなくなっちゃうんだよ。
昼食を終えた後、二人とも気持ちが沈んじゃったもん。
そして、二人はお別れの待つ えびのに向かって走り始めたの・・・


Boy's Side 6

高速道路を走りながら、僕の気持ちは沈んでいった。彼女との別れが目の前に来てるんだからね。
スピードも控えめになっちゃう。彼女への配慮もあるけど、1分1秒でも彼女と一緒にいたいから。
何度目かの休憩の時に、昼食を摂ることにしたんだ。これが彼女と一緒にする最後の食事になるんだなって思うと、とっても切なかったよ。

別れの時は彼女が決めたんだ。
高速道路の分岐で、それぞれの道に進もうって・・・
僕は彼女を最後まで送り届けてから旅立つつもりでいたので、思いも寄らない彼女の言葉に絶句した。
反対したけど、見送る方の辛さも考えてって言われて、返す言葉が無かったんだ。

あと数時間後には、僕の目の前にいる天使はいなくなってしまうんだね。
そう考えると、僕の気持ちはますます重くなってしまう。
彼女を好きにならなければ、こんな気持ちにはならなかったけど、彼女を好きになったことに後悔はしてない。
彼女に出逢えたことに感謝して、僕はこの重い気持ちを受け止めたんだ。
そして、二人は別れに向かって走り始めた・・・

とうとう、えびのサービスエリアに到着した。
バイクを止めて、ヘルメットを脱ぎ、後ろに止まった彼女の所へ歩み寄る。
バイクを降りようとした彼女が、ちょっとよろけたので抱きとめたんだ。
「大丈夫? 寒いし、長く走ったから膝の感覚がおかしくなったんだよ。」
そう言って、彼女を支えながら店内に入って行った。
暖かい飲み物で暖を取りながら、彼女と最後の会話を交わす。

「この先でお別れだね。俺、紫穂と出逢えて良かったよ。」
「私も・・・ 貴方と一緒に過ごせて楽しかった。」
「ずっと忘れないよ。いつかまた紫穂に逢いに来るから。」
「紫音はいつも一緒だから・・・ 私も貴方と一緒に・・・ねっ。」
彼女は、左手のリングに言い聞かせるように呟いた。
僕が皮ツナギの首を緩め、シャツの中から紫穂のネックレスを表に出すと、彼女は潤んだ瞳で優しく微笑み、ネックレスと僕の顔を交互に見つめた。

陽が西に傾き初めて来た頃、僕等は出発を決意した。
「元気でね・・・ すぐ分岐だから並んで走ろう。」
「うん。貴方も元気でね・・・・・」
「さようなら・・・・・」
バイクにまたがった彼女と僕は握手した。握った手から彼女の温もりが伝わってくる。
その瞬間、彼女の瞳から涙が溢れ出し彼女は声にならない嗚咽をあげた。
僕は彼女の肩を抱き、二人で震えるように泣いた・・・
そして、どちらから求めるわけでもなく、最後のKissを交わしていた。

彼女が落ち着きを取り戻してから、僕等は走り出したんだ。
走り出すと、直ぐに分岐路の標識が現れた。
彼女と併走していた僕は、クラクションを鳴らし彼女に気付かせると、左手を振って彼女にお別れの挨拶をすると左車線に移った。
前方に分岐路が見えてきた。僕はスピードを緩めて直進して行く彼女のバイクに向かってパッシングをした。
遠ざかる彼女の左手が空に向かって伸び、さよならと振られていた・・・・・


Girl's Side 6

彼とお別れの場所に到着したの。
とうとう来ちゃった・・・ って感じだったわ。自分で決心したんだけど、やっぱり辛いよね。でも、笑顔で別れようって決めたんだ。
バイクを降りる時、膝がガクッとして倒れそうになったら、彼が抱き留めてくれたんだ。これで2回目だね。貴方は最後まで私を守ってくれるのね・・・

彼は、私に出逢えて良かったって言ってくれたの。そして、いつかまた逢いに来てくれるとも言ってくれた。
私も、束の間だけど貴方と一緒に過ごした日を忘れないわ。
彼はシャツの中から私のネックレスに通したお揃いのリングを取り出してくれた。私は泣き出しそうなのを一生懸命こらえたの。

お別れの瞬間・・・
私がバイクにまたがると、彼がやって来た。
彼との最後の会話・・・
「さようなら・・・」
ごめんなさい。笑顔で別れようって決めたのに、涙をこらえきれなくなって泣いちゃった。
彼も私の肩を抱き一緒に震えるように泣いていたわ。そして、お互いに求め合うように唇を重ねていたの。

紫音ありがとう。
素敵な想い出をたくさんくれて・・・
一瞬だったけど、自分の感情を素直に出せる時間をくれて・・・

二人は並んで走り始めた。
分岐の標識が見えてくると、彼は私に合図をして左の車線に移動して、手を振りながらスピードを緩めて行ったんだ。
そして、ミラーに映る彼のバイクがどんどん小さくなって行った・・・


Boy's Side 7

彼女のバイクが遙か前方に見えなくなって行く。
その時、僕は心の中で葛藤していた。ここで別れようって決めた彼女の決心を大切にしたいって気持ちと、最後まで見送りたいって気持ちでね。
彼女は今、不安定な気持ちで走ってるんだから、何かあったら大変じゃないか!
僕は、そう結論をこじつけると、分岐路の終わりに差し掛かっていたバイクを本線に向けた。

スピードを上げて走って行くと、前方に彼女の後ろ姿が見えた。
僕は、彼女に気が付かれないように距離を取って走ったんだ。ホントは彼女の隣りに並びたかったけどね。
高速道路をしばらく走り、彼女は鹿児島のいくつか手前のインターで高速を降りた。そして、市街地へ向かって走り出す。僕も彼女を見失わないように後を走っていると、郊外の住宅地へ差し掛かった所で彼女のバイクがウィンカーを出して止まった。

僕も慌ててバイクを止めてエンジンを切る。
もしかして気付かれた?
彼女のバイクがUターンして、僕の所にやって来たんだ。
「どうして?」
そう問いかける彼女に、
「紫穂の事が心配で・・・ いや、ちょっとでも長く見ていたかったから。 紫穂こそどうして気が付いたんだい。」
「見えなくなってからも、貴方がいてくれるんじゃないかと思ってミラーを何度も見たわ。そうしたら本当に貴方が・・・」
彼女が怒ってる様子は無いので、僕は安心した。
「ばかねぇ貴方は、こんな遠回りして・・・ でも、ありがとう。」

彼女の家は、もうこの先なんだって。これが本当に最後の瞬間なんだね。
でも、二人にはもう涙は無かった。お互いに慈しみあう暖かい心で、笑顔のお別れが出来たんだ。
「じゃあ、また!」
「うん。またね。」
再会する約束はしていないけれど、こう言って二人は別れた。自然にその言葉が出たんだ。

翌日、僕は初めに到着した宮崎港から川崎行きのフェリーに乗っていた。
何でフェリーにしたかって?
この旅に、これ以上の想い出は必要ないからだよ。

そして、僕のロングバケーションは終わった・・・


遙か遠き地の天使
どうしているのだろうか?
夕陽に照らされて海を見つめていた美しい横顔を今も想い出す。

サイドボードの中には、もう降りてしまったバイクのキーと、アメジストのリングを通したネックレスが輝いている・・・・・


あの日に帰りたい 第3章 完