あの日に帰りたい 第2章 −卒業−
紫音(しおん)
プロローグ
あの日に帰りたい・・・
だれもが一度は思うことがあるでしょう。
校舎を赤く初秋の夕陽が染めている。
校舎に挟まれたテニスコートから、ボールを打ち合う音が響いてくる。
2号棟の2Fにある美術室の窓から、懐かしむようにその様子を眺めている少年がいた。
今年の夏までは、その少年もコートの上を走り回っていたのだが、高校生活の全ての大会が終わり、今はもうコートの上に立つことは無くなっていた。
その後ろ姿をイーゼル越しに見つめ、筆を走らせている少女に少年はまだ気付いていなかった・・・
Boy's Side 1
高校3年の2学期の初め、部活を引退した僕は受験生としての学生生活を送っていた。
わずか数ヶ月前までは、放課後はテニスコートを走り回っていたので、机に向かって参考書を広げている自分が不思議だけどね。
部活はやっていたけど成績はそれ程酷くはなかったんだ。理系クラスの上位50位以内にはいつも入ってたからね。志望校も高望みはしなかったので、結構気楽に勉強してるんだ。
放課後は、だいたい美術室か図書室で勉強をしてるんだ。自宅だとTVの誘惑に負けちゃいそうでね。
何で美術室かって?
親友の好弘が美術部なんだ。それと僕は絵を描くのが好きだったんで、美術室にはよく足を運んでいたからね。
文化系の部活動には引退がないから、彼にはいつまでも自分の居場所がある。ちょっと羨ましいな。
「あー、疲れた。ちょっと休憩しよう。ジュース買ってくるけど、紫原は何にする?」
好弘が声を掛けてきた。おいおい!まだ勉強初めて30分だぞ。
「俺、コーヒー頼むわ。」
半分呆れながらも、僕も休憩する気になっている。
窓辺に行って、下のテニスコートを見下ろす。僕は後輩達がボールを打ち合っている姿を懐かしむように眺めていた。
「先輩、たまにはテニスしてきたらどうですか?」
後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには美術部の2年生の智子がいたんだ。
「俺もあそこでボール追い掛けてたんだよな。何か昔の事のような気がするな。」
「そこでテニスコート眺めてる先輩の後ろ姿って、淋しそう・・・」
自分の居場所が無くなった僕は淋しかったのかも知れない。それを後輩に見透かされたのは、ちょっと恥ずかしかった。
「いつまでもスーパースターがいたんじゃ、後輩に悪いからな。」
冗談を言って誤魔化したつもりだったが、
「ホントに先輩格好良かったなぁ。今ここにいるのが不思議だもん。」
智子の言葉に、ちょっと照れてしまった。
智子は背が高く、僕と5センチくらいしか差がない。明るい性格で大人びた顔立ちをしている。僕の彼女だった明美ちゃんとは、正反対の印象があった。
実際に、後ろから声を掛けられて振り向いた時にも、智子の顔が正面にあったのでドキっとしてしまったくらいだ。
親友の好弘は智子のことが好きだった。智子への気持ちは好弘から聞かされていたので、智子へ特別な感情を持つことは無かったんだ。
「何で、明美と別れちゃったんですか?」
突然の質問に、僕は驚いた。
「俺が悪かったんだよ。彼女には、淋しい思いをさせちゃったからね・・・」
「おい!そこの二人、くっつき過ぎだぞ!」
好弘がジュースを抱えて帰って来た。ちょっとヤキモチを妬いているようだ。
智子は笑いながら今描いているキャンバスの前に戻って行った。
「俺のいない間に、何話してたんだよ。」
「ばーか!そんなんじゃねぇよ。」
好弘からコーヒーを受け取り、僕はまた窓の外を眺めた・・・
<紫原君の回想・・・明美・・・>
僕は高校2年生の夏、明美ちゃんと付き合っていた。
でも、僕はテニス部の練習が忙しくて、彼女とほとんど逢うことが出来なかった。
付き合い始めたのは、1学期の期末テストの最中だったけど、初めの二日しか逢えず、夏休みに入ってからも逢えたのは数日だけだった。
毎日、7時過ぎには学校へ練習に出掛け、帰ってくるのは夜だ。毎晩ロードワークに出て、途中で明美ちゃんに電話することはしていたんだけどね。
話す内容は、その日の報告みたいなもので、逢いたいって気持ちだけが空回りする日々が続いた。
2学期が始まり、学校の中で逢うチャンスが出来たけど、昼休みのちょっとした時間だけ。逢えない日も結構あった。
だんだんと二人はすれ違うようになっていった。
そんなある日の夜・・・
いつもの様に電話をした時に彼女が言ったんだ。
「私は、先輩の何ですか?」
「彼女だろ・・・」
「私、もっとお話しもしたいし、デートもしたい。毎日逢いたいのに・・・。先輩は私がどんなに淋しいか分かってない!」
「ごめん・・・」
「私・・・ もう耐えられません。だって・・・先輩は・・・私よりテニスの方が・・・」
僕は何も言えなかった。テニスより明美ちゃんを獲るって言っても嘘になってしまう。
「明日の昼休み、屋上に来てくれないか。」
そう言って、僕は電話を切った。
次の日、明美ちゃんは現れなかった。夜電話しても、電話に出てくれなかった。
翌日の朝、僕は彼女の教室まで行ったんだ。
教室に入って行くと、上級生の訪問に周りの後輩達がざわついた。
明美ちゃんは、僕を見ると目をそらしてしまった。僕が近づこうとすると彼女の親友の貴子ちゃんが僕の所にやって来て、僕の腕を掴んで教室の外に引っ張っていった。
「もう明美をそっとして置いて下さい。先輩と付き合ってるってだけで、周りから色々言われて、友達の中には明美を無視する子もいるんです。それに淋しいっていつも言ってるし・・・ 先輩はいつも側についていてあげられないでしょ。」
僕は何も言えなくなってしまった。
逢えば分かってもらえると思っていたが、彼女はかたくなに心を閉ざしてしまっているようだった。
「俺・・・ 淋しい思いばっかりさせてゴメンって・・・ いつまでも待ってるって。そう伝えてくれないか。」
そう言って、僕は彼女の教室の前を後にしたんだ。
その後、彼女と逢うチャンスは無かった。彼女は僕を避けているようだった。
いつの間にか、僕と彼女が別れたって言う噂が広がっていた。
そして、それは噂だけでは無く、僕の家に届いた彼女からの手紙で実際のものとなった・・・・・
Boy's Side 2
去年の今頃、彼女と別れたんだなぁ・・・
出逢うのが今だったら、上手くいったかもしれないなぁ・・・
そんなある日のこと・・・
いつもの様に美術室の片隅で好弘と一緒に勉強していた時に、一人の少女が入って来て、智子の所に駆け寄り何か報告していた。
「良かったね! すごいよ〜!」
とても嬉しそうに智子がはしゃいでいるので、どうしたのか聞いてみたんだ。
「真理達がね、地区予選勝ち抜いて、初めて県大会へ出場できるの!」
「へぇ、頑張ったねぇ。おめでとう。」
同じ体育会系だった僕は、その苦労と喜びが分かるから、心から祝福したんだ。
「ありがとうございます・・・ あれ?テニス部の紫原さんですよね。どうしてここにいるんですか?」
「ここは、俺の勉強部屋だからね。」
「はははっ、そうなんだ。ホントにありがとうございます!」
そう言うと、彼女は智子と一緒に、また大はしゃぎをしていた。
秋も深まり、2年生は修学旅行に行っている。
「2年がいないと、ここは静かだなぁ。」
「智子と、その取り巻きがいないと勉強も捗るよ。」
好弘と冗談を交わしていたら、1年生が口を挟んできた。
「好弘先輩!明日、智子先輩が帰ってきたら言っちゃいますからね。」
「おいおい、勘弁してよ。ジュースおごるからさぁ。」
好弘が智子を好きなのは、1年生も知っている公然の事だった。でも、好弘は智子に告白する勇気は無かったんだ。僕も何度か勧めてはみたんだけど、当たって砕けるよりも、今の関係が続けばいいんだって。
翌日、2年生達が修学旅行から帰って来た。そして、智子が僕達の所にお土産を持って来たんだ。
「これは好弘先輩に。これとこれは、紫原先輩に。」
「えー、何で紫原は二つなんだよぉ!」
僕には二つくれたんだ。何で?
「一つは私のお土産、もう一つは真理からだよ。」
真理ちゃん・・・
智子の親友で、体育会系の子だったな。ボーイッシュで背が高く、明るいイメージの子。
それだけしか知らないなぁ・・・ 何で、お土産くれたんだろう?
数日後、真理ちゃんが智子の所に顔を出したんだ。そうだ!お礼言わなきゃ。
「お土産ありがとうね。お礼にジュースでもおごっちゃおう! ん?どうしたの?」
真理ちゃんは、この前の明るいイメージと違って落ち込んでいるようだった。
「紫原さんだったら分かるかなぁ? 全然調子が悪いんです。練習してても上手くいかなくて。」
「スランプかぁ・・・ 誰でも経験するよ。今は、修学旅行から帰ってきたばかりで体も疲れてるからだよ。無理せずに疲れが取れてから、気持ちもリフレッシュさせれば大丈夫だよ。今まで一生懸命練習してきたんだろ。」
僕の体験談と、そんな話しをしたら、彼女の表情が少し明るくなった。そして彼女は練習に行ってしまった。
あっ、何でお土産くれたのか聞くの忘れちゃった・・・
それからは、真理ちゃんの事がとても気になり始めたんだ。
真理ちゃんの一途な姿が、自分の昔の姿にオーバーラップするようで、いつも応援したくなるような感じだった。
一生懸命頑張ってる子って輝いてるな・・・
僕の視線はいつも彼女を追いかけていた。
Girl's Side 1
ファイトー!
1年生の声がこだまする体育館の中で、私達は一生懸命練習していたんだ。
3年生が引退して、今は私達2年生がチームを引っ張らなきゃ! 私も、この前の大会まではサブだったけど、次の大会じゃレギュラーになって頑張るぞぉ!
昼休みに、親友の智子がいる美術室に遊びに行ったんだ。
智子は絵が上手いのよ。だから美術部なんだけどね。
「ねぇ、何描いてるの?」
そう言って近寄ったら、智子ったらダメって言って見せてくれないんだ。親友の私にも見せないなんて、ちょっと気になるなぁ。
あれ? あそこにいるのは、テニス部3年生の紫原さんだ。何でこんな所にいるんだろう?
ちょっと目立つ人だし、同級生の明美と去年付き合ってたんで知ってるんだ。
でも珍しいね。運動部の人が授業以外で美術室にいるなんて。私と紫原さんくらいだもん。
ヤッター! 地区予選を勝ち抜いて、とうとう県大会行きのキップを手に入れちゃった。何てったって初めての事なんだ。一生懸命練習した甲斐があったよぉ。
早速、智子にも報告に行こう!
智子もすっごく喜んでくれたんだ。二人でキャーキャー大騒ぎしちゃった。そしたら、他の人達も何事が起きたのか驚いて集まってきちゃった。
その中に、紫原さんもいて祝福してくれたんだ。この人もきっと同じ感動を味わった人なんだね。初めてお話ししちゃった。
修学旅行に行った時に紫原さんにお土産買っちゃったんだ。特別な感情は無かったけど、受験だから合格祈願のお守りをね。
直接渡すのも変な感じだから、智子も何か買ったみたいなので、一緒に渡しといてねって頼んじゃった。
旅行から帰ってきてからは、練習が厳しくなったんだ。もう大会は直ぐだからね。でも、最近あまり調子よくないんだ・・・
部活のせいでちょっとブルーな気分。気分転換に練習前に智子の所で少し騒いで来ようかな。
紫原さんが、この前のお土産のお礼を言ってきたんだ。礼儀正しい人なのね。
何かアドバイスしてもらえないかなぁって思って、今の状態を話したの。そしたら、自分の体験談をしてくれたんだ。
紫原さんは、地区でトップクラスだったから、簡単に勝ってた人だと思ってたけど、スランプや怪我もあったり、かなりの努力をしてきたことを初めて知っちゃった。
今までと見方も変わって、紫原さんとよく話しをするようになったんだ。
いつも、私の話を真剣に聞いてくれて、私を励ましてくれる。大切な存在になっていったんだ。
県大会では、2回戦で負けちゃった。
やっぱり負けるのは悔しいよ・・・
次の日の放課後、智子の所に顔を出したんだ。智子は、もう負けたの知ってたけど、紫原さんと話しがしたかったの。
普段通りを装って、智子とちょっと話してから紫原さんを探すと、あれ?いないよ。さっきまで、あそこの机で勉強してたのに・・・
好弘先輩に聞いたら、美術部の部室にいるって教えてくれたんだ。
そして、私は部室のドアをノックしたの。
「どうぞ!」
中から紫原さんの声がした。私はドアを開け中に入っていったんだ。
Boy's Side 3
真理ちゃん達が2回戦で負けた事を知った。
負けることの悔しさを身に浸みて知っている僕は、彼女の落胆を見るのは辛かったけど、僕で出来ることは何でもしてあげたかった。
智子の所にやって来た彼女は、いつもと変わらない様に振る舞ってはいるが、時折見せる表情から内心は辛いんだって事が見て取れた。
僕はそんな真理ちゃんを見て、好弘に美術部の部室にいるからって伝え、彼女を待ったんだ。
真理ちゃんが来るかどうかは分からないけど、同じ様な経験を持つ者として僕の所に来てくれると思ったんだよ。
しばらくすると、真理ちゃんが部室に入って来た。
「紫原さんがここにいるって聞いたんです・・・。県大会、負けちゃいましたぁ。」
彼女は、明るくそう言った。けど、彼女の気持ちは痛いほど分かるんだ。
「残念だったね。でも今の自分は良くやったって褒めてあげなよ。そして、半年後の自分は、それ以上になるようにガンバレ!」
彼女の表情が変わり、涙が頬を伝う。こらえていた感情が一気に吐き出される。
彼女は、僕の胸に飛び込んできて、しばらく泣きじゃくっていた。
しばらくして、落ち着きを取り戻すと、彼女はこう言った。
「紫原さんも負けた時は悔しかった?」
「何度も悔しい思いをしたよ。でも、負けたことを悔やむよりも、この次はもっと上をって頑張ってきた。真理ちゃんなら頑張れるよ!僕も応援してるから。」
「うん・・・ でも、この次の大会の時には紫原さん卒業していないんだね・・・」
「それまで俺が側についていて上げるね。真理ちゃんだけの応援団になるよ。」
「それって・・・」
僕を下から見上げる真理ちゃんのおでこに優しくKissをした。
それから僕達は付き合い始めた。
明美ちゃんの時とは逆で、今度は彼女の方が忙しいんだけど、僕が放課後残って勉強していれば時間を合わせることが出来る。強制的に勉強時間も出来て、一石二鳥って感じだね。
その甲斐あって、昼休みはもちろん放課後も毎日のように逢うことが出来たんだ。
お互いに励まし合い、とても良い関係だった。
冷たい風が吹き始め、冬の到来を知らせる。
僕は、彼女の自転車を押して歩いている。反対側には彼女が僕と並んで歩いている。僕は電車通学、彼女は自転車通学だった。
自転車を使う距離なので、彼女の家まで送ることは無理だったけど、毎日帰り道は一緒に駅まで歩いたんだ。
「紫原さん、冬休みはどうするの?」
「家だと勉強捗らないからなぁ、学校の図書室に通おうかな。」
「なぁんだ、勉強のためかぁ・・・」
彼女は、ちょっと拗ねて言ったんだ。
「冗談だよ。真理に逢いたいから学校に通うんだよ。」
「あははっ、やっぱり〜!」
無邪気に笑う彼女の笑顔は、とっても可愛かった!
Girl's Side 2
私は、紫原さんと二人だけの空間にいたの。
「負けちゃいました。」
精一杯、明るく言ったんだよ。
紫原さんの言葉は、私を励ましてくれた。そして紫原さんの瞳は、私を優しく包み込むようだったんだ。
隠そうとしていた感情が湧き上がってくる。こらえていた涙がこぼれ落ちてくる・・・
紫原さんの胸に飛び込んで泣いちゃった。
私の激しくぶつける感情を、彼の胸は全部受け止めてくれたの。
思いっ切り泣くとスッキリするね。そして、周りがよく見えてくるんだ。
紫原さんは私が落ち込んでるの分かってるから、人目につかない所でって此処にいてくれたんだね。
紫原さんの経験も教えてもらったよ。やっぱり、負けるのは悔しいよね。
こんな人が、いつも側にいてくれたらいいなぁって思ったんだけど、あと半年で卒業しちゃうんだね・・・
でも、彼は
「それまで俺が側についていて上げるよ。真理ちゃんだけの応援団になるよ。」
って言ってくれた。そして、おでこに優しくKissしてくれたの。
とっても嬉しかったよ・・・ 支えてくれる人がいるって、いいな!
彼とは、毎日逢えたんだ。お昼休みはちょっとしか話せないけど、帰りはいつも一緒だったんだ。
私のために、受験生なのに放課後はいつも待っててくれたんだよ。
この前、彼の元彼女だった子の話しを聞いたんだ。
彼女は私達が羨ましいって言ってたんだって。
あの頃は、紫原さんも部活で忙しくって逢える時間が無かったんだって。それで淋しくなって別れちゃったんだって。
今の私達とは逆だけど、彼がそうならないように頑張ってくれてるんだってのが分かったんだ。
もうすぐ冬休み。私は部活で学校に行くけど、彼はどうするんだろう?
いつものように一緒に歩く帰り道で聞いたんだ。
そしたら、学校に来てくれるって!
勉強の為って言うから、ちょっと拗ねて見せたら、私に逢いたいからって言ってくれたんだ。やっぱり、こういうことはちゃんと言ってもらいたいもん。
でも、受験勉強の邪魔してないのかなぁ・・・
「私と付き合ってて、受験勉強大丈夫なの?」
って聞いたら、
「離れてたら、真理のことが気掛かりで勉強が手につかないよ。」
だって。いつも私のこと思ってくれてるんだね。ありがとう!
Boy's Side 4
年が明け、いよいよ受験シーズンが迫ってきた。
こんな時期に男女交際なんて・・・
って、言う人もいるみたいだけど、特別すごい大学を受験する訳じゃないし、結構お気楽な気持ちだったよ。
焦ったからと言って、良い結果が生まれる訳じゃないしね。
「どの大学受験するの?」
「N大と、H大と、T大だよ。」
僕の答えに、彼女は悲しそうに、。
「それって、全部遠いね。こっちからは通えない大学だね・・・」
と言ったんだ。
確かに、僕の受験する大学は全て実家から通えない所ばかりだった。田舎町の僕の実家から通える範囲の大学は、私大はちょっと情けない所ばかりだし、国立大は僕じゃ無理で・・・
この頃から彼女と離れ離れになってしまう現実が見え始めた。
遠距離恋愛は成立するのだろうか?
でも、彼女とは別れたく無い! これだけは、はっきりとしていたんだ。
そして受験・・・
東京の親戚の家に泊めてもらい、そこから受験する大学を1週間廻ることになった。
彼女に逢えない日々の予行演習みたいなもんかな? 毎晩電話したけど、これじゃあ春から先が思いやられるって冗談を言ってたんだ。
本命はダメだったけど、T大には合格することが出来たんだ。
しかし、T大は一番遠い場所にある。しょっちゅう帰省することは無理だろうなぁ・・・br>そんな思いで彼女に電話したんだ。
彼女は、合格したことは自分の事のように喜んでくれた。でも、離れてしまう話題になると、やはり淋しそうだった。
翌日、彼女に逢うと笑顔で祝福してくれた。僕は、この笑顔とずっと一緒に過ごしたいって真剣に思ったよ。
日を重ねる毎に、彼女と離れる事実が重くのし掛かってくる。二人の間では、春先からの事には触れなくなっていったんだ。
辛い事は避けたいよね。でも、そんな訳にはいかない・・・
卒業式の迫ったある日、僕は彼女とこれからの事について話し合った。
「春からは、離れ離れになっちゃうね。」
「うん・・・」
「俺は、このまま付き合っていたいんだ。真理が好きだから・・・離れていても真理を想ってるから。」
「私も紫原さん好きだよ。でも・・・側にいないと淋しいよ・・・。分からないよ・・・。考えさて・・・」
彼女は涙声でそう言うと、走り去ってしまった。
Girl's Side 3
紫原さんの受験する大学を聞いたの。
全部、こっちから通えない大学ばかりなんだ。
理由は分かるわ。私だって来年受験する志望校は東京の大学だから。
明日、紫原さんが受験に出発するの。
見送りたいけど、学校があるから行けないなぁ・・・
電話で「ゴメンなさい。」って伝えたけど、仕方ないよって笑ってた。
1週間も逢えないのね・・・ こんな事、付き合い始めてからは無かったことだよね。毎晩電話するって言ってくれたけど、きっと淋しいだろうな。4月からは、ずっと逢えなくなるんだよ。
「気を付けて行って来てね。試験頑張って下さい・・・」
彼は毎晩電話してくれた。逢えないのは淋しいけど、その日の出来事を話している彼の顔が目に浮かぶよ。
「明日が最終日だよ。神奈川で受験だから、終わったら親戚の家の荷物まとめて速攻で帰るから。」
「うん。待ってる。早く逢いたいよ。」
明日、彼が帰ってくるんだ。すごく嬉しいんだけど、私の中で一つの考えが生まれていたの。
彼は、この1週間を春からの予行演習みたいだって言ったの。
この1週間、すごく淋しかったんだよ。私に出来るのは、電話を待ってることだけなんだもん。
たった1週間だけど、とっても長かった。これ以上長く待たなきゃならないなんて・・・
4月からは、いつ逢えるの? 逢いたくなって貴方を捜しても、いないんだよ。
彼が大学に合格したんだ。彼の夢が一つ実現して、とっても嬉しかったけど、半分は淋しかった。
彼の前では淋しい顔は見せなかったもん。だって、彼に頼ってばかりだったから、私もしっかりしなきゃって思ったんだ。
でも、これから先の話しになると暗くなっちゃうから、二人ともその話題を避けるようになってたのね。
一日一日とお別れの日が近づいてくる。もうすぐ卒業式かぁ・・・
今日、とうとう彼から今後について話したいって言われたの。
「俺は、このまま付き合っていたいんだ。真理が好きだから・・・離れていても真理を想ってるから。」
彼は、そう言ってくれた。でも、私は返事できなかったの。私の中に芽生えた一つの答えが邪魔をして・・・
泣きながら、彼の前から逃げ出しちゃったの。
私、いつも彼の優しさに甘えてた。何かあると、いつも彼に頼っていた。
彼と離れて平気? ううん。平気じゃない。今の私じゃ、淋しさに押し潰されちゃうよ。
だから、私・・・ 強くなる・・・ だから、彼と・・・
Boy's Side 5
卒業式・・・
真理が僕の前で泣いた日から逢っていない。電話でも卒業式の日にって言うだけで・・・
朝から、教室の中はバカ騒ぎする奴、感慨に更ける奴で、落ち着きのない状態だった。今日で、みんなと逢うことも無いんだなって思うと、淋しくなったよ。でも、僕にとっては、もっと大切な日だった。
僕と真理との二人についての、彼女の出した答えを聞く日。
僕は、彼女の出した答えに従うつもりでいたんだ。その答えは、予想がついていたけど・・・
式典が始まる。
女子の中には泣き出す子も何人かいた。それにつられて、涙ぐむ男子もね。
いつもは呆れてしまうくらいに長い校長の話しも、今日はじっくりと聞けるのが不思議だ。
別れの雰囲気に、これから起こるであろう一番辛い別れに対して、自分の心の準備も出来ていった。
教室に戻り、担任やクラスメートとの別れの時を迎える。数人の女子に記念の学生服のボタンが欲しいとせがまれたので、第2ボタン以外のボタンを制服から引き千切りあげたんだ。
ハートに一番近い第2ボタンの行き先だけは、決めていたからね。
その後、別れを惜しむクラスメートと別れ、美術室に向かったんだ。
美術室に入ると、僕は直ぐに真理の姿を探したんだけど、見つからなかった。
まだ来ていないのかなぁ? 彼女も、運動部だから卒業する先輩の見送りをしているのだろうか?
しばらく待ってみることにして、親友の好弘の所へ行く。
好弘は、残念ながら受験は全滅だった。浪人して来年再受験すると言っていた。
僕は好弘が片想いしている智子との事が気になって、聞いてみた。
「智子とお別れだな。いいのか、気持ちを伝えないままで・・・」
「せめて、記念に第2ボタン貰って欲しいよなぁ。」
最後の瞬間にも、好弘にはまだ躊躇いがあるようだった。多分、好弘からは言えないであろうから、後で僕から智子に話してみようと思ったんだ。
そんな事を考えていた僕が何気なく智子を見たら、智子がこちらを向き何か合図をしたんだ。
そして、智子は部室に一人で入っていった。僕はその後を追って部室に入っていった。
「これ、真理から預かったの。あの子は来ないよ。」
そう言って、智子は僕に一通の手紙を渡してきた。手紙の中身が別れを告げるものである事は想像がついたよ。
「悪いけど、一人にしてくれないか・・・」
そう僕が言うと、智子は部室から出て行った。
一人になった僕は、真理からの真っ白い封筒に入っている手紙を読んだ。
手紙には、彼女の悩み抜いた挙げ句の決心が書かれていた。
最後に、
「色付きの封筒は使いたくなかったんです・・・」
と、一文添えられていた。
彼女が真剣に悩んだと言うこと、自分を真っ白な状態から見つめ直したいという気持ちが伝わってきて、僕はこれ以上彼女を苦しめちゃいけないと思ったんだ。
でも、こぼれ落ちる涙を止めることは出来なかった・・・
Girl's Side 4
紫原さんに、「考えさせて・・・」って言ってからの数日間、真剣に考えたの。
そして、彼に手紙を書いたわ。
書いてる内に、淋しさを綴ってしまい、これじゃいけないって何度も書き直したの。
彼と離れても付き合えるかな?とも思ったけど、付き合っていける嬉しさよりも淋しさの方が遙かに大きいでしょ。
それに、いつまでも彼に甘えてばかりの女の子のままじゃ嫌なの。
自分をしっかりと見つめ直して、彼に負けないくらいしっかりとしたかったんだ。
そして、いつか再会出来たらいいなって・・・
卒業式の日。
彼に手紙を直接渡す勇気は無かったの。逢えば、きっと泣いてしまうから。せっかく決心したのに崩れていってしまいそうで。
智子に渡してねって頼んじゃった。
今日は、私のいる場所が無い・・・
教室にも美術室にもいられない。彼に逢いそうな場所には、いちゃいけないって思ったの。
直ぐに帰れば良かったんだけど、帰れなかった・・・
整理したはずの気持ちの何処かに、彼に一目でも逢いたいって想いがあったのね。
誰も居なくなった教室に戻り、ぼんやりしていたら智子が入ってきたの。
「手紙、渡しといたわよ。はい、これ。」
智子が持ってきたのは、彼からのメッセージだった。封筒を開けると、中からボタンが転がり落ちた。
智子がボタンを拾ってくれた。
「紫原先輩の第2ボタンか。私も欲しかったんだぞっ!」
そう言うと、智子は私の事を抱きしめてきたんだ。
智子の胸が震えてる・・・ 泣いてるの?
ごめんね智子。あなたの気持ち知らなかったの・・・
後で分かったんだけど、智子が見せてくれなかった絵は、紫原さんを描いたものだったんだ。
いつも、遠目で彼を見つめていたんだね。
私、何も知らずに彼を奪っちゃったんだね。
そんな私を親友として見守っていてくれて、ありがとう・・・
殆どの人が下校してしまい、閑散とした校舎の窓からテニスコートを眺めていたら、その向こうの部室から数人の人が出てきたんだ。
あれは・・・ その中に彼の姿があったの。
最後の最後に彼の姿を見ることが出来たんだ。
校門に向かって歩く彼の後ろ姿に、小さく手を振ってお別れしたの。
涙で霞んでたけど、見えなくなるまでずっと手を振って・・・
Boy's Side 6
「失礼します。」
美術部の部室のドアが開いて、智子が入って来た。僕は、慌てて涙を拭い平静を装ったんだ。
今、真理の話題が出たら、僕は迂闊な姿をさらけ出してしまうであろう。そこで、好弘の話題を出したんだ。
「好弘の制服の第2ボタンをもらってやってくれないか。」
「先輩の第2ボタンもくれたら考えるよぉ!」
「あのなぁ! 冗談じゃなくて、好弘の気持ち知ってるだろ。最後なんだから分かってやってもらえないか。」
その途端、智子の顔色が変わった。
「先輩は、私の気持ち分かってない!」
そう叫ぶと、手に持っていた紙袋を僕に投げ付け、部室を飛び出していってしまった。
何だったんだ? この状況を全く把握できずに、智子の投げ付けた紙袋を拾い中身を見たんだ。
これは・・・
中には、1枚のキャンバスに描かれた絵が入っていた。そして、そこに描かれていたのは、窓から外を見つめる僕の横顔だった。
好弘の気持ちを知っていた僕は、智子の想いに全く気が付かなかったんだ。ましてや、智子は僕と真理の恋愛の橋渡しまでしてくれていたんだ。
さっきの言葉は智子にとって辛かっただろう。
僕は傍らにあった便箋に、メッセージを書き残した。
真理へ・・・
いつも一生懸命だったね。これからもガンバレ!
ありがとう。
智子へ・・・
こんなに素敵に描いてくれてありがとう。でも、僕には受け取る資格は無いよ・・・
ごめんね。
そして、真理宛の封筒にメッセージと第2ボタンを入れ、紙袋の中には智子宛のメッセージと制服の袖のボタンを一つ入れて、僕は部室を出た。
美術室に荷物を取りに戻り、好弘に別れを告げる。
「紫原、もう行っちゃうのかよ。」
「ああ、テニス部の方にも顔出さないとな。じゃあ元気でな。」
美術部のみんなにも別れを告げ、僕は美術室を後にした。
廊下を歩いていると、智子が追い掛けてきたんだ。
「さっきは、ごめんなさい・・・」
「俺の方こそ、ごめん。」
「あの絵、私が持ってるから。ずっと想い出として持ってるからね。」
そう言うと、智子は戻って行ってしまった。
智子には、何もしてあげられなかった。でも、それで良かったんだよな・・・
僕は、自分に言い聞かせるように呟いた。
テニス部の部室に顔を出し、この3年間、一番長く一緒にいた仲間と最後の別れをする。
僕の青春は、この校舎とテニスコートにあったんだなぁ・・・
また、いつか逢おう。そう約束を交わして、僕は卒業した。
また、いつか・・・
仲間達、そして愛した人と・・・・・
人影の無い校舎
その間にあるテニスコートにボールが一つ転がっている
あの人は、もうここにいない・・・・・
あの日に帰りたい 第2章 完 ![]()