ホームステイを体験して

水平線

今回の交流事業の中でもっとも楽しみであり,また不安でもあったのがホームステイでした。はたして韓国の方々に日本人としての自分が受け入れてもらえるのか,過去の歴史を踏まえた上で心を通い合わせることができるのか,さまざまな思いを胸に釜山へと向かいました。交通渋滞のため,予定時刻を大幅に遅れて釜山へと到着しました。釜山教育庁に到着するまで我々を受け入れてくださる韓国のホストファミリーの方々は,庁舎が電気工事を行っていたため,ろうそくの明かりの中で待っていてくれたそうです。対面式でホストファミリーが紹介されたとき,今回お世話になった方が笑顔で私のところへ近寄ってきて握手をしてくれました。あのときのあたたかい手のぬくもりは今でもはっきり覚えています。これまで抱いていた不安も,どこかへ吹き飛んでしまいました。
 私がホストファミリーの家に到着したのは夜の9時を過ぎていました。玄関を開けると,おばあさんと二人のお子さんが出迎えてくれました。私のお世話になった方は高校で日本語を教えており,日常会話には不自由がありませんでした。しかし,おばあさんや子どもたちは日本語を話すことができず,私の辞書を見ながらの韓国語にも限界があり,話したいことがたくさんあるのに気持ちがうまく伝えられないというもどかしさでいっぱいでした。国際教育振興院の特別講義において,「言葉を理解することは,その国の文化を理解することになる。」と教えていただきましたが,いまさらながら,事前に十分な韓国語の学習をしていかなかったことを後悔いたしました。
ヘウンデ 翌日は,御主人の車で,韓国で3本の指に入るという有名な「通度寺」(トンドサ)に連れて行っていただきました。ここには釈迦の骨が納められているといわれる仏塔があり,人々はこの塔に向かって礼拝をします。そのため,本堂内には仏像がないとホストファミリーの奥様が教えてくださいました。また,午後は,釜山第一の海水浴場「海雲台」(ヘウンデ)に案内してくれました。ここでは,遊覧船に乗り,海からきれいな街並みを見ることができました。途中,「釜山港へ帰れ」の歌詞の中に出てくる有名な場所も見ることができました。
 韓国は,たいへん礼儀を重んじる国であり,家庭の中では年上の人がとても大切にされていました。食事をする際は,まず年上の人から食べ始めます。また,お酒をつぎあうときには両手を使います。ホストファミリーと生活をともにして,日本人が忘れかけている大切な心というものを教えられた気がします。最後の夜には,おばあさんが昔覚えたという日本語の歌を紹介してくれました。68歳という年齢を考えれば日本人に対しての思いは複雑であると思いますが,本当に笑顔で献身的なもてなしをしてくださいました。わずかな時間を一緒に過ごしただけでしたが,ホストファミリーの皆さんと別れるときには自然と涙がこみ上げてきました。
 私にとって韓国は,これまで日本に近くて遠い存在の国でした。しかし,今回のホームステイを通して,人と人とのふれあいのすばらしさを感じることができました。そして,他国を理解するためには,言葉を学び,互いに語り合うことが必要だと思いました。21世紀に向けて,日本と韓国がより友好的な関係を築いていけるよう努力したいと思っています。そして,再びホストファミリーに合える日を楽しみにしています。

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