缶蹴りの舞台は、道場の近くの街一帯にて行われる。
半径はおよそ、500m。もちろん住民に迷惑をかけ
てはいけない。
ペナルティが恐いので、皆、迷惑をかけない範囲でや
っているし、キムはこの時の為に、毎年、街に許可を貰
ってやっている。英雄で人格者のキムなので、韓国の人
達は快くOKサインを出す。
それが、チャンやチョイにとっては、あまり面白くな
いのだが、今回逃げる門下生チームには、ジョン・フー
ンという強力な助っ人がいる。
キムの事を知り尽くしたこの人物なら、必ずやキムを
打ち負かしてくれるだろうと、皆、期待の目で見ていた。
「いよいよ大会ですね。ルールは前年と変わらず、門下
生チームを全員見つけたら私の勝ち。その前に誰か一人
が缶を蹴飛ばしたら、門下生チームの勝ちです」
キムがルールを説明する。
「で、キム君。一応、聞かせてもらうが、私がこうして
遠くからはるばるやってきたんだ。勝った時の報酬は当
然、用意してあるんだろうね?」
ジョンが尋ねる。
せっかく、ここまで来たのに、手ぶらで帰るのは癪で
ある。
「もちろん、用意してますよ。いつもは缶を蹴飛ばした
人に好きなものを一つ、何でもあげるという約束をして
いるのですが…」
「ほう。では、アテナさんに関するレアグッズ…という
のも可能かな?」
ジョンは意地悪のつもりで言った。
何せ、アテナのライブはこの為に行けなかったのだ。
何としても元は取りたい。
「うーん、ジョンさんが満足してくれるかどうかはわか
りかねますが…」
キムが困った表情をしながらも言う。
「家に麻宮さんが来た時に、一緒に写った写真なら…」
「な!!?」
ジョンはこの言葉を聞き、驚いた。
あの麻宮アテナがキム家を来訪した事など、一度も聞
いた事がなかったからだ。
「いや、KOFで対戦した中国チームと、よろしければ、
家に一度いらして下さい…と言った事があるんですよ。
まさか、本当に来てくれるとは思いませんでしたけどね」
「あ、俺、その時にアテナちゃんからサイン貰っちゃっ
たぜ! ドンファン君へ、ってちゃんと書いてくれたん
だぜ!!」
得意げに言うドンファン。
キムにはもちろん、ドンファンにも憎しみの感情を持
ったが、今は味方だと思い出し、それをグッと抑えた。
それに、そんなお宝が手に入れば、十分、元は取れる。
「いいでしょう、商談成立。手加減は致しませんからね!」
「ええ、こちらこそ!!」
2人で握手を交わしあう。
心なしか、ジョンの握力がいつもより強めだと、キム
は感じた。
門下生チームの人数はジョン含め、128人。
数では有利ではあるものの、キムにはそれを覆す力が
存在する。
「うかつに缶を狙おうとすれば、たちまちカウンターを
喰らいそうですね…」
「ああ、昨年までの俺達がまさにそうだった。最大50
人がかりで缶を蹴ろうとしたが、何故かそれでもダメだ
った…」
チャンがそう言うが、それはあまりにも無茶だろうと
ジョンも思った。
「それでは余りに身動きが取れなすぎて、逆に相手が有
利になるだけです。一斉にかかるなら、最大7人ですね」
「7人? それでは余りに少なすぎるんじゃないんでヤ
ンスかねぇ?」
ジョンの意見に、チョイが疑問符を浮かべる。
「行動に制限がかからないし、それぞれが缶の位置等を
把握しやすい。三方向から一斉にかかる場合には、その
人数が妥当です。仮にミスをしても、ダメージが少なく
て済むしね…」
ジョンの頭脳的な考えに感心する門下生達。
「こりゃ、もしかしたら、本当に勝てるかもしれねぇぜ!」
チャンが早くも期待を膨らます。
「いや、ここからが本当の作戦会議ですよ…」
「?」
門下生達は一斉に首を傾げる。
ジョンは不敵な笑みを浮かべていた。
キムのいる場所は、自宅の外の壁際。半径1mの円が
書かれており、その中心には缶が置いてある。
キムは腕組みしながら、始まる時間を今か今かと待ち
構えていた。 |