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 2005年、2年振りに開催される格闘技の祭典、
KOF。
 開催日が近づくと共に、気持ちが高ぶる格闘技ファン
とは別に、テンションが既にヒートアップしている男が
存在していた。
「いいか、お前ら。KOFは格闘技の祭典だ。この大会
に出場する以上、お客様に無様な試合は見せられねぇ。
てなわけで、これから”先輩”であるシェン・ウー様が
新入りのお前達に、KOFのイロハを叩き込んでやる!」
(”先輩”? あの男が?)
(てか、俺の方がKOFのキャリアは上のはずなんだが)
(…………)
 KOFを盛り上げるのも、主人公チームの仕事だと、
今年から参戦する”新人”の教育係を買ってでたのは、
前大会からの主人公チームの一人、シェン・ウーだ。

 未だ新人達には、背中しか見せておらず、”先輩”の
偉大さをこれでアピールしているつもりだが、呼ばれた
”新人”達は、自分達のこの扱いに、少々、いや、かな
りの不満を持っているようだった。
(拙者はKOFの1995年大会本戦出場者だぞ! 久々
の出場なのは認めるが、何故”新人”扱いにされなければ
ならぬ!?)
 こう心で呟いてるのは、如月流の忍者、如月影二だ。
 今年は藤堂香澄、まりんと3人でチームを組んでの出場だ。
「おいおい、俺らはこれでも2000年大会の主人公チー
ムを張った人間だぜ。キャリアだってあんたよりある。あん
たにイロハを叩き込まれる筋合いはないんだがなぁ…」
 文句をたれてるのは、ルチャ・リブレ使いのラモンだ。
 彼も公式大会出場は久々で、相変わらず、人妻のヴァネッ
サに惚れている。
「たく、ヴァネッサさんもあの世間知らずに、ガツンと言っ
ちゃってくださいよ」
「……」
 ただ一人、沈黙を保っているのは赤い髪のカツラを被った、
体型のいい男。ヴァネッサの服を着てはいるが、明らかに
全てのサイズが違う。
 彼の名はリック・ストラウド。
 チーム戦ではないKOFで、テリー・ボガード達と戦った
経験があるボクサーだ。
 ヴァネッサとの関係は不明だが、共通の技を何個か使い、
彼女の仕事仲間でもあるセスも、2人の関係は知っているよう
なので、ここから、一応ただならぬ関係だという事が推測でき
る。

 そんな彼が、何故、ヴァネッサのコスプレみたいな真似を
しているのかというと、ただならぬ関係である彼女から、
”仕事”を頼まれたのだ。
 その”仕事”というのが、このKOF新人研修会で、ヴァ
ネッサの影武者を演じるということだ。
 このイベントに行くのが、あまり乗り気ではないヴァネッサ
は、タイトルマッチのファイトマネー3試合分という破格の
報酬の条件で、リックに仕事を依頼したのだ。
 もちろん、イベントの参加者にばれてはいけない…という
のが条件だ。
 そんなわけで、最初はヴァネッサもラモンと一緒に会場に
向かい、アリバイを作る。
 そして、ヴァネッサがトイレに行く為、いったん会場から
出たのを機に、ヴァネッサに化けたリックと入れ替わる。
 その後は、ぼろが出ないように沈黙を保つ事、と指示して
おいたが、ヴァネッサにとっては、会場から出られれば、
後は、顔でばれようと、ガタイでばれようと、知ったこっちゃ
ない。
 ばれないように影武者を演じきって、初めて報酬を払う契
約にしてあるので、むしろ、ばれた方が好都合かもしれない。

 しかし、今は顔が見られないよう、ラモンの真ん前を常に
キープ。他の人間に対しても、下に顔を向けて見えないよう
にしてある為、現時点ではばれてない。
(そうだ。俺は今、ヴァネッサだ。タイトルマッチ3試合分
のファイトマネーの為だ! 絶対に演じきってやる!!)
 ボクサーの金に対する執念が、ここまでの成功へ導いた
のだ。
「さて、かなり生意気言ってる奴もいるが、てめぇらド新人
の為にルールを説明しておくぞ」
 シェンが咳払いを一つし、説明を始めようとする。
「だから、言われなくてもルールくらいわかってんだよ。
今回のKOFも例によってチームバトルだろ?」
 ラモンがつっかかるように言う。
「そうだ。よくわかってるじゃねえか」
「当たり前だぜ。今年も時にはメインで戦い、時にはヴァネ
ッサさんのストライカーとなって、4人で戦うぜ!!」

「……」

 ラモンのその言葉に、会場中が静まり返った。
「何だよ。何が違うってんだよ?」
「あぁ? 4人だと!? 寝ぼけた事言ってんじゃねぇぞ、
このニセ眼帯! KOFはいつから4人制になったんだよ!」
 ここで初めて、シェンが前を向く。
「何言ってんだ。俺が出てた公式大会は4人制だったぜ」
「夢でも見てんじゃねぇのか? KOFは3人制だ!」
「な!?」
 驚愕の事実に、動揺を隠し切れないラモン。
 彼はまだ、今年の大会のルールを全く把握してなかったの
だろうか?
「本当、馬鹿げた事でござるなぁ。KOFは昔から3人制
と決まっておるであろう。ビリー殿への援護攻撃等、懐か
しいものだ…」

「……」

 今度は影二の言葉に会場中が静まり返った。
「何でござるか? 拙者、何か間違った事でも」
「援護攻撃って何だよ? 交代攻撃の間違いだろ?」
「交代? 戦いの途中で交代などできるはずなかろう!」
「馬鹿! 今の時代は、やられそうになったら交代するのが
チーム戦の常識なんだよ!!」
「な!?」
 10年の間に起こったルール変更に、ショックを覚える
影二。
「…ぐぬぅ、KOFめ。いつからそんな腑抜けたルールを
採用しおった!!」
「腑抜けてんのは、てめぇの理解力だろうが…。ほら、
次説明すんぜ」

 こうして、研修会は進んでいき、そろそろ終わりを迎えよ
うとしていた。
「てなわけで、これで以上だ。何か質問あるか? 特に、
ずぅっと顔を隠してるそこの赤頭」
「!!?」
 今まで存在感を消していたはずだが、やはり顔を隠す行為
はどうにも目立ってしまうようだった。
「まあいい。とりあえず先輩に顔を見せるのは礼儀だ。ちょ
っと顔を見せてくれや」
 シェンがリックに近づき、無理矢理顔を見ようとする。
 その時、ラモンがそれを止めにかかった。
「おい、ヴァネッサさんに何すんだよ。大体、俺達はあんた
よりキャリアが上、つまり”先輩”なんだ。あんたこそ、礼
儀を重んじるべきじゃないのかい?」
「うっせぇなぁ。あんたらなんか知るかよ。KOFにいるか
いないかもわからん奴なんか、出てねぇのと同じだ! 今回
が初めてと同じだ!!」
「…てめぇ、言いやがったな!!」
「その暴言、拙者も許しかねる!!」
 影二も立ち上がり、シェン、ラモンと影二で睨みあう。
「へぇ、先輩に立てつこうってか。新人風情が…」
「だから、こっちが先輩だって言ってるだろう。てめぇこそ
俺達とやるつもりか?」
 まさに一触即発。
 リックはこれをチャンスと思った。
(今なら、逃げれる!!)
「うぉぉぉぉぉー!!」
「どりゃぁぁぁっっ!!」
「行くぞっ!!」
 シェン、ラモンと影二がそれぞれ拳を突き出す。
 壮絶な喧嘩の始まりだ。
「今だ! ゴートゥーヘブン!!」
 3人が喧嘩をしている先に、リックが強烈なストレートで
竜巻を起こす。
「な!」
「うおっ!」
「ヴァ、ヴァネッサさんのガイア・ギア!!」
 3人は吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。
「…ふっ、任務完了。3試合分の報酬はいただいた!!」
 そう言うと、リックは会場を後にした。
 今の彼の両目は$マークと化していた。

 一方、しばらくして意識を取り戻した3人。
 皆、熱くなりすぎたのを恥じ、それぞれが謝罪した。
「ま、この続きはKOFって事でいいんじゃないのかい?」
「これくらいのハートがありゃ、無様な試合を見せる事もない
だろうしな…」
「うむ。あのヴァネッサとかいう男の攻撃も見事であったし
な…」
「…ああ。て、ちょっと待て忍者! 男って!?」
 突然の影二の言葉に驚くラモン。
「何言ってんだ、眼帯。あの体格はどうみても男だろ」
 シェンも、やはりガタイで気付いたらしかった。
「え、じゃあ本物のヴァネッサさんは何処に…。ヴァネッサ
さ〜ん! 愛しのミズ・ヴァネッサ〜!!」
 一人だけ全く気付かなかったラモンは、彼女を探しに急いで
部屋を出て行った。
 愛するヴァネッサの事となると、つい盲目になるのが彼の悪
い癖である。

 それから、リックがもらうはずだった報酬は全て、本物ヴァ
ネッサのビール代へと消えていった。

 最後の最後であろうと、ばれてしまっては全て水の泡…。
END