客1:リョウ・サカザキ
 イギリスにあるバー・イリュージョン。KOFの常連である女性格闘家、キングが経営している店である。KOFで仲良くなった格闘家やキングのファンなど、入ってくる客はあとを絶たない。
 そして、今日も一人の客がバー・イリュージョンを訪れる。

「いらっしゃい。おや、あんたがうちの店に来るなんて珍しいじゃないか。どういう風の吹き回しだい?」
 キングが入ってくる客を見るなり、驚いた顔を浮かべる。無理もない。キングとは長い付き合いになる空手家、リョウ・サカザキが来店したのだから。
「いやぁ、ちょっと近くに用事があってね。そのついでに来たのさ」
 カウンターの席に座るリョウ。キングはリョウの注文したワインを出すと、こう切り出した。
「そうかい。最近はどうだい?ユリやタクマは元気にしてるのかい?」
「ああ、二人とも元気にやってるさ。特に親父なんか、『いつキングとは式を挙げるんだ』ってそれしか言わないよ」
「ハハッ、全く相変わらずだねぇ、タクマも。まぁあのぐらいの年齢になると世継ぎの事を心配する気持ちもわからなくはないけどね」
「全く、一人で話を進めるんだから困ったものだよ。ハハハハハッ!!」
「そうね。フフフ」
 リョウの笑い声につられてキングも笑う。
 しかし、キングはリョウの言葉に内心がっかりしたような感情も持っていた。
 だが次の瞬間、その感情が吹き飛ぶような出来事が起こった。
 今まで終始笑顔だったリョウの顔が急に真面目になったのだ。その表情には厳しささえ伺える。
「どうしたの、リョウ?」
 キングもあまりの突然な出来事に動揺を隠しきれない。
「キング、お前に大事な話があるんだ…」
「大事な…話?」
 リョウの真剣な表情にまわりもなぜか緊張する。
 そして、少し沈黙が流れた後、リョウがゆっくりと口を開く。
「お前とはかれこれ長い付き合いだな。その間、KOFとかいろんなところでお前と闘ってきた。時には俺が勝ったり、時にはお前が勝ったり…」
「あ、ああ…そうね。今となってはいい思い出よね、過去の戦いは…」
 二人の会話は続く。
「ああ。でもそんな戦いのなかで俺がどうしても忘れられない出来事があった…」
「忘れられない!?」
「そう。あれはもう、6年前になるのかな。KOF96の時だ」
「KOF96。そういえばその時、私たちのチームはリョウのところと当たったっけ…」
「そうだ。そして戦いは終わり、その時は結局キングのチームが勝った。その時の事だ」
「……」
「俺が負けた時にキング、お前は俺に手を差し伸べてこう言ってくれた」
 まわりの緊張も最高潮に達する。もちろんキングの緊張も限界値だ。
 そして、リョウが口を開く。
「『今度うちの店に遊びにおいで。サービスさせてもらうよ』と。だから今日来た」
「へ?」
 キングも、そしてまわりの人間達も呆気にとられたという感じだ。
「普段、イギリスに行く機会なんてそうないからなぁ。だからこうしてお前の店に行くのが遅くなっちゃったんだ」
「リョウ、忘れられない出来事ってもしかして…」
「あの時の言葉は本当なんだろ?じゃあ、今日は店のサービスってことでいいんだな?」
「え、ええ…」
 もうキングの心は既にここにはなかった。
「いやぁ、ありがとう。実は帰りの飛行機代ギリギリしかお金がなくてさ。でもキングの店にも一度寄ってみたかったし。本当、気前が良くて助かったよ。それじゃ、飛行機に乗り遅れるから俺はこの辺で。じゃあな!!」
 こうして、リョウはバー・イリュージョンを後にした。
 彼の背中をずっと見ていたキング。彼女が気が付いたのは、リョウが出てちょっと後の事だった。

 閉店後、店の片付けに取りかかるキング。ワイングラスを拭きつつ、彼女はこうつぶやいた。
「人生って、こんなものなのかなぁ……」
 キングの溜息が誰もいない店に響き渡る。

 こうして、今日も夜は更けていく。

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