入院・全摘出手術・そして退院

  平成12年11月27日(月) 手術入院初日 自己血採取

  妻と二人で10時入院。 私は6人部屋での同室患者に挨拶し、妻は手際よくロッカーや整理棚等に
  持参物を収めていく。

  早速看護婦さんから日常説明や院内案内が有った。
  一区切りした所で、1Fの放射線科でX線撮影があった。普通通り正面からと今回始めての側面から
  の共に胸部撮影だった。

  午後、残り400ccの自己血採取があり、その後増血剤の皮下注射があった。

  所で家族の話では私のイビキが大きいと良く言われていたので、先日3時間のビデオを撮ってみた。
  
  夜間は豆電球なので絵が写らないが、音声はきっちり入っている筈なので、楽しみに再生して見た。
  絵の無い真っ黒の画面ばかりの再生は、不気味な物だが飛ばし飛ばしで居るとやがて大きなイビ
  キが、入っていた。

  正直そんなに大した音ではない無いと思ったが、妻も娘も「こんな物じゃない・・・」と言う。
  きっとドルビーが効いて騒音防止に自動調整されているのだろう。
  
  だから看護婦さんに「イビキが大きいのでよろしく・・」と言っておいた。
  やがて婦長さんもこられ「イビキの件も聞いていますが、とにかく今晩は様子を見てみます。余りひど
  い様なら、変わっていただくかも知れませんが・・・」との事でした。
  
  消灯前に同室の人に「・・・イビキが大きいですのでよろしく・・・」と告げておいた。

  皆さんは笑いながら「そんなものよろしいが・・・」とは言ってくれたが・・・。
  11時眠りにつく時に、心の中で「イビキはダメ。イビキは禁止。イビキは無用。」と子供の時の様に自
  分の頭に何回も言って聞かせた・・・。

  今後の私の人生をも変えかねない大手術を控えての割には、間の抜けた初夜になってしまったがこ
  れも私の人生か・・・(^_^;

    

  平成12年11月28日(火)  予期せぬ出来事

  早朝採血。他一連の血圧、検温、脈拍検査有り。

  朝早速、皆さんに昨夜のイビキを聞いて回ったが、全員「イビキなんて何も無かった。全く気にする事
  なし・・・」とのお返事に驚くと共に安心した。

  きっと昨夜の暗示が効いているのだろう?? ともかくこれからも毎晩、就寝前には暗示を継続しよう
  ・・・。

  やがて看護婦さんや婦長さんも来られ、異口同音に「全く問題は有りませんので、このままでどうぞ・
  ・・」と言って下さった。 私にとっては一安心だった・・」。

  でも、もし昨日の婦長が言われた、「余りひどい様なら、変わっていただくかも知れませんが・・・」とは、
  いったいどこのどんな所に入れる積りだったのだろうか・・・(^_^;

  それにしても入院今日で2日目だが全く暇・・・!! 検査といっても時間にして精々10〜20分。
  通院で十分処理できるものばかりだ・・・。

  「こんなに暇なら仕事をしていた方が良かった・・・」と思ったのは本音です。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  所が、そんな弛んだ気持ちが一変にかき消されてしまった・・。

  夕食も過ぎ8時ごろに主治医K先生が来られ「一寸、ナースステーションに来てください」と言われた。
  今までも何回か先生とのお話があったが、その殆ど全て上方修正と言うか、良い方向に訂正され
  てきていたので、「目の前に手術を控え又良い事が・・・」と思い、ナースステーションに入った。

  部屋の片隅にX線フイルムが何枚もセットされいた。
  以前に説明を受けた時に赤マジックで所々印が付いており、一目で私の物と解った。

  その一枚を指差して「殆ど同じ角度から撮った4枚の内、この1枚のここに三角の黒い物が写ってい
  る。 今日の教授会で万一を考え再確認する事になったので、大丈夫だとは思うが明日午後に、外
  来の受付に来てください」と言われた。

  素人の私が見ても膀胱の尿道管側に明らかな黒い山型が写っていた。
  前立腺から既に膀胱に癌が転移しているように見える・・・。

  私は「これが癌だったらどうなるのですか」と聞いたら、先生は「手術の方法を変えなくてないけない。
  ただこの写真は8月の物で、まだ癌の治療が始まっていない頃の分だ。
  当時のPSA=26で今はPSA=1以下なので、癌なら既に無くなっている筈。
  明日に膀胱鏡でこの山の正体を確認します」との事でした。

  主治医K先生は「心配要らない・・・」と言われるが、「教授が不信を持つ山型・・」、、、ショックだった。
  事ここに来てこんな事が有るとは夢にも思っていなかった・・・。

  夜も更けたし、こんな内容を電話で妻に話しても心配させるだけだ。
  とにかく明日の検査で全てが解るから、早く寝る事にした。
  
  昨夜からの「イビキ無用」に「明日の良い判定を」加えて、暗示しつつ・・・・


  平成12年12月29日(水) 膀胱鏡検査 とても痛かった!

  午後、先生の外来診察が終わって、呼び出しが有り通い慣れた外来に行く。
  丁度そこに私の娘が来てくれたが、これから外来に行く理由は説明する時間が無いので、「一寸検
  査に外来に呼ばれている・・」と言って、一緒に外来に連れて来てしまった。

  今まで何回か入った処置室とは違う、別の処置室に案内された。
  
  そこで又お産の時のような格好で椅子に寝かされ、足を開かれ45度寝た格好にされた。何回やっ
  ても嬉しい格好ではない・・・。

  やがて「内視鏡を入れる前に、ゼリーの麻酔をやります。体の力を抜いてください・・・」と言われ、と
  思う間もなくペニスの先から麻酔の塗った棒を入れるのだが(見たわけではないが、そんな感じ・・)
  これが痛い!!

  運悪くこの処置室は娘の待っている廊下側で、時々私の「痛い 痛い イタイ」と言う悲鳴が(声が)
  聞こえ、娘を心配させていないかと、気を使いながらも、また「痛い 痛い」と言ってしまった。 
  どうひいき目に見ても、今までで一番痛い検査だった。

  それから10分後、麻酔の効いたところでもっと太い内視鏡を又、先から入れる。
  前よりマシだったが、やはり痛かったが先生は「・・さん、余裕があればモニターを見れば自分の尿
  道、膀胱が見えますよ」と言ってくれたので、右手のモニターを見た。
  
  カラーの鮮明な絵が写っていたが、さっきは痛かった筈だ「尿道全体が先の麻酔処置で擦りむけて
  血が滲んでいるではないか・・・」。  やがて膀胱に入った。

  そこでカメラがゆっくり360度回って行く。 膀胱の中はきれいだったが始めて見る私には何が何だ
  か解らなく、特に癌が気になっているので、小さな膨らみや凸凹が全部癌に見え気が気ではない・
  ・・。

  K先生は呑気に? 「あっ 今腎臓からの尿が膀胱に入って来た。ほら真中に小さな目のような穴が
  開き、そこからカゲロウの様に、ユラユラーと画面が揺らいだでしょう。 こんな瞬間を見られる人は
  稀ですよ・・」と説明してくれるし、確かにカゲロウが揺れ、尿が入ってきたのは見た物の、痛さと癌
  が気になり、普段は感激屋の私も余り感激しなかった・・・・。

  先生は「あの山はこれだな」と言いながら、数枚の写真を撮っていた。
  やっと終わって「これからもう一度検討します。間もなく説明に行きますがたぶん癌ではないでしょう
  ・・・」と言って出ていかれた。

  廊下で娘に会い、「膀胱鏡は痛かった。痛いと言う声が聞こえたろう」聞いたが、幸い娘には聞こえ
  てなかったようだ。

  1時間過ぎ先生が来られ「あれは癌では無いと思います・・」と云って来られ一安心した。

  その後の一回目の小便時に小さな血の塊が2・3個出て尿全体にピンク色になり、痛みの為途中で
  小便が止まったが、2回目からは痛みも消えていた。

  注射のような痛みはまだしも、あの尿道の痛さはもう嫌だ・・・・(^_^;

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  教授回診

  私には初めての教授回診が有った。毎週水曜日に有るようだ。
  TVでは何回か見たが本物は初めてで興味津々・・・。

  一団は教授1人、医者12人、婦長一人だった。
  背の高い教授は両手を何故かズボンのポケットに入れ、患者毎の担当医から説明を聞き、なにや
  ら小さな声で喋っていた。

  他の患者の事は何を言っているのか解らなかったが、私の時には主治医K先生が、私の外来時か
  ら先程の膀胱鏡の写真の説明まで、簡潔にきっちり説明しているのが良く解った。
  教授は「頑張って下さい」と云われ隣の患者に移動して行かれた。

  教授回診は私の病室から開始されるのですが、事前に「教授回診が始まりますので、患者はベッド
  で横になり、付き添いの人は出てください」とのアナウンスが有る。
  
  最後の方の病室では待ち時間が長くて大変だったろうと思う・・・・。

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  麻酔問診

  麻酔の問診があり麻酔科に行く。
  血圧測定があり麻酔医から幾つかの質問があった。
  
  親、兄弟の病歴を聞いた後、今度の麻酔説明が有った。

  1、手術は長時間にわたる為全身麻酔で行う。
  
  2、全身麻酔前に脊椎に細い管を入れ、手術後の痛み止めを投与する方法をとる予定との事。
  
  3、全身麻酔中は人工呼吸器を使う。
  
  4、眠っている間は気管内挿管を入れるので、患者が無意識に歯を食いしばって稀に折れることが
    ある。等麻酔が初めての私には結構驚かされる事ばかりでした・・・。
  
  と言っても、何も恐れる事は無い。他の人もやっている事なので自分にやれない訳は無いと思って
  おこう・・・。


  平成12年11月30日(木)  折角、相部屋にしたのに・・・

  今日1日何にも無かった。
  超ヒマ・・でも先日の驚きよりは暇の方がどれ程有り難い事か・・・(^_^)
  
  そこで入院後4日間でフト感じた事を少し・・・

  入院に際し、相部屋か個室かを聞かれた時、私はインターネットのHPで「相部屋なら同じ手術をし
  た先輩がいて、先生や看護婦さんとは一味違った、自分の体験から出た知恵を教えて貰える・・・」
  との記事を見て「成る程・・・」と思ったからだった。
  
  所が、私の病室には同じ前立腺癌の患者は愚か、前立腺全摘出手術の患者は一人も居なかった
  ・・・・(^_^;

  私の部屋は6人部屋で見た所(まだ聞いてはいない・・)、年も私より下の人の様だ・・・。
  各人に一台ずつカードで見れるテレビが設置されている為か、お互いの会話は殆ど無く、聞こえる
  会話は先生とか看護婦さんとのものだけで、普段は誰も会話はしていない様だ・・・(^_^)

  不用意に喋る必要は無いが、こんな特殊な境遇でいながら、すぐ近くにいる人達とさへ会話が無い
  のも何だか寂しい。
  
  様子を見て皆さんに話し掛けてみよう・・・!!

  気のせいだろうと思うが、少々苦しくてもしっかり治療して、一日も早く社会復帰、職場復帰をしたい
  様な人が少ない様だ・・・。

  話は戻って、妻が相部屋を選んだ理由は簡単明瞭 : 「入院費用が安いから・・」でした・・・(^_^)

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    看護婦さんが若くてきれい・・・

  今まで何回もこの病院にも来ましたが、全て外来でした。
  幾つかの科にも寄せて貰ったが、今から考えると(入院中)、外来での看護婦さんとどこか違う様
  な気がする。

  何かなー と考えてみると、先ず年令が違う様だ・・・。
 
  外来では皆さん人生経験豊かでどっしりとしておられるが、ここ入院病棟では婦長さんまでが皆さ
  ん若い。

  若く、明るく、やさしくて、気さくに質問も出来、何より動きが速い。
  
  又、制服なのに(が故に・・)それぞれ上手く個性を出し、走り回っている姿は何とも安心できる・。

  恐らく「昼夜を問わずの勤務等の関係で、年を重ねると緩い勤務の外来に回るのかな・・」とは思
  うが、患者の私には嬉しい限りである・・・・(^_^)


  平成12年12月1日(金)  初めての外出

  今日も検査予定は何も無いとの事で、午後1時より9時まで外出許可をお願いして、初めて自宅
  に帰って来た。

  自宅はタクシーで10分位のところだし、同居の妻娘は毎日の様に病院に来てくれているので、
  合わす顔は同じだがやっぱり我が家は良い・・・。
  
  と言っても、一泊も出来ず夜は又病院なので、時間が気になり余り落ち着けない・・・。
  
  丁度、独身の頃田舎に帰った時、両親と別れてこちらに帰って来た時の様な感じだ・・・。
  だからパソコンのメールを読み、関係HPを覗き、本を読んだり、テレビを見たり、余り落ち着かな
  かった。

  初めての外出だったが今にして思えば、「自宅に帰れた喜びよりも、夜に家族に見送られながら、
  又、病院に帰ってくる時の寂しさの方が強い」感じがした・・・・。


  平成12年12月2日(土) 尿勢量、麻酔説明、手術説明


  尿流量、残尿検査

  朝、初めて外来に来た時にした、尿の勢い(太さ)と残尿の検査をした。
  治療前の状態と比較する為だそうです。

  麻酔説明

  麻酔科から手術時に実際操作して頂く先生が病室に来られ、先日問診して頂いた時のような質
  問の後、やはり「全身麻酔で背中に針を入れておき、痛みを取る」方法で行うとの事。
  「私が現場で操作します。麻酔に関しては一切心配要りません・・・」と言って下さった。
  何分眠っているの間の事ですので、有り難いお言葉です・・・。

  手術説明

  午後1時30分。家族の3人で主治医K先生より説明を聞く。
  
  外来時からの経過から現状までの経緯、手術方法、大体の所要時間、万一時の出血時の処置、
  の説明が有った。

  大体はインターネットで読んだ通りだが、幾つか気になる所が有った・・・・。

  1、膀胱から前立腺を切り離す際、普通はしないが今回は切り離した膀胱側の組織を緊急癌検査
    する。

  2、膀胱と尿道を繋ぐ際、普通は6針で縫い付けるが、今回は8針で縫う。
  
  3、ペニスから膀胱に導尿管を入れるが、今回はそれとは別にもう一本、膀胱から腹にドレーンを
    取り付ける。

  4、神経は癌摘出が第一なので、多分一本も残せないと思って欲しい。

  5、手術予定時間は大体5時間だそうですが、これも一般より長いような気がする・・。

  6、尿失禁は個人差があるが、最終的にクシャミ時に少し漏れる程度に回復すると思う。

  妻娘には言わなかったが、特に1〜5までを見る限り、29日に行った膀胱鏡検査で「癌ではなかっ
  た」と言ってくれたが、完全にその部分の癌を予測して対処している手術方法だと思わざるを得な
  い。

  一つだけ嬉しかった事は、今日の午前中に取った尿流量、残尿の検査ですが、治療前と今日ので
  は、尿流量、残量とも飛躍的に向上していた(全く普通になっていた)事ぐらいだ・・・。

  ここまで来た以上、例え何で有っても、後は先生にお任せするほか無い・・・。


  平成12年12月3日(日) 剃毛、臍ゴマ取り

  今日は手術前最後の日だった。
    
  先ず登竜門の剃毛。話には聞いていたがもちろん初めての経験だ。
  看護婦さんから「自分でしますか?看護婦がしましょうか?」と聞かれる。
  「自分でやる」と言うと、「それではお願いします。後でチェックし不都合分は看護婦が剃りあげます
  ・・・」と言れた。

  結局、看護婦さんに見られるのだ・・・・  「それならそちらでお願いします。どなたがやってくれるの
  かなー・・」と照れながら聞くと、「私がやります」とってくれた。
  どうも困った・・・? 娘より若くきれいな看護婦さんだ。 この年でもどうも恥ずかしい・・・。看護婦さんイメージ画像

  剃ると聞いていたので「もし切られたら・・?」と思っていたが、俗に言う剃刀
  では無く、懐かしい2枚刈バリカンだった。
  それでジョリジョリと刈っていく。 驚いたのは手術する場所の、臍からペニ
  スまでだと思っていたが、それは飛んでもな間違いで、感覚ではあの皺だら
  けの睾丸の裏や、肛門の辺りまで剃られている様だ。

  看護婦さんも私が恥ずかしがらないようにと、いろいろ気を使って喋ってく
  れるが、娘より若い看護婦さんなのでどうも照れる・・・。              丁寧にゴマも取ってくれた看護婦さん
  
  でも万一これを男性がやってくれるのだったら、絶対自分でやっただろう・・・(^_^)

  それから臍のゴマ取り。   これは楽しかった・・・
  
  剃毛できっちり見られた後だが、そこにタオルが掛かっているだけで気が楽だ・・・。
  綿棒にオリーブを塗ったもので、「私はゴマ取りが大好き。きれいに取ってあげる・・」冗談を言いな
  がら、こね回していたが、やがて「取れた!」と言って終了!!

  よく見るとティッシュペーパーの上に、黒くスイカの種の様に扁平で5mm近い大きなのが1つと、他に
  小さく砕けた黒い塊が沢山有った。
  今まで一度も取った覚えは無いので、これには「木の年輪の様に、今までの私の歴史が刻み込まれ
  ているのかも知れない」とふと思った・・・(^_^;

  剃毛後困ったのは、何時ものパンツが今までと違い毛が無くなっているので、直接肌に触れる為、ゴ
  ワゴワの紙のパンツをはいているような変な感じがして、とても気持ちが悪い。

  その後風呂に入るように言われる。
  
  入浴時間ではない為、誰もいない薄暗い大きな風呂に、つるつるに剃られた下腹部を見ながら、「明
  日はここに刃物が入る、傷の無いのは今が最後。そして果たして手術は上手くいくのだろうか?」等、
  やっぱり考えてしまう・・・。

  今は元気になっている会社の同僚は(やはり癌だった)、「風呂では泣けた・・・」と言っていたが、今の
  私には良くわかる気がする。
  
  幸い私は、この時の事を聞いていたし、部屋に帰れば妻娘が待っていてくれるので余り辛くは無かっ
  た・・・。



手 術 当 日 か ら 退 院 ま で の 主 な 経 過
手術から
何日目
実際の
月 日
体 温 主    な    状    況
当日 12/4 38.4
9:00〜14:30頃まで  手術室より観察室に入る

観察室入室時の状況   導尿管1本バックに連結、ドレーン1本バックに連
                結、酸素マスク、マーゲン(鼻胃チューブ)、
                右喉IVH1本、右手点滴針1本に点滴液3種を24
                時間、脊椎に痛止めチューブ有り。

主治医K先生より家族、親族に「手術経過の説明有り」。
妻に戻って来た状態をデジカメ撮って貰う
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                 酸素マスク取去、マーゲン取去。
絶食。

12/5 37.0
ベッドで洗顔、ベッド90度起こし一般病室に戻る、ベッドで胸部、腹部のX線
撮影、ガスが出る、喉のIVH取去、以後飲水の許可出る。

私に主治医K先生より手術経過の説明有る。 ステージ・グレード B−2
背中、足、股間、尻カユミ有り・・・掻いてもらっている間はまさに至福。

看護婦さん元気さに驚かれた・・

12/6 37.5
点滴台付で50m程歩行する、少し頭がふらつく感じ有り。
朝食より常食Aになる。点滴朝夕2回になり普段は手首に針を一時固定す
る、脊椎の痛み止めを取去。

導尿管からの小便がしたくなるような不快感全くなし。
生体検査入院で丸1日、不快感を味わった事があったが・・・。

12/7 37.3
一人で洗面所にて洗顔する、食事も全て一人で食べる、軽い頭痛でセデス
を服用すぐ治る。
カユミなくなる。 下を向くと首、背中上部が痛む。
ドレーンのバック連結用チューブを取去、ドレーンの根元にガーゼで処理を
する、ウロバック一つになり動きやすい。

12/8 36.9
初めての見舞い客、テニス仲間が来てくれた。帰り際に「やっつけてやるか
ら早く治せ」と言って・・・。

主治医K先生より「左側の神経が残せた」との嬉しい報告。
12/9 36.1
ガーゼ交換時デジカメにて寝たまま傷跡撮影、拡大を見て驚き感動する。
下を向いても背中の痛みなくなる。

12/10 36.4
点滴針取去(点滴なくなる) 動きやすくなった。

12/11 平熱
点滴の代わりの服薬3種増える。
 
12/12 平熱
洗髪

10 12/13 平熱
半抜糸 デジカメ撮影

11 12/14 平熱
全抜糸

12 12/15 平熱
ウロバックを肩に掛け階段を上り下りして見た。

13 12/16 平熱
ドレーン取去  デジカメ撮影。

14 12/17 平熱
この一週間は親族、会社、テニス、関係の見舞い客多かった。わざわざどう
も有り難う。 同室の皆さん賑やか過ぎてスミマセンでした・・。

15 12/18 尿漏れ量 cc

なし

朝、採血。 放射線科で膀胱造影後、導尿管を抜く。
心配していた尿漏れ全くなし・・(^_^)

16 12/19 85
昨夜2回85cc漏れていた。回数-13、全量-2000 昼間パッド付けず

17 12/20 なし
尿回数-12 全量-1700cc  風呂許可出る

18 12/21 なし
尿回数-13 全量-1780cc

19 12/22 なし
尿回数-11 全量-1651cc 

20 12/23 80
尿回数-10 全量-1540cc  夜間(昨夜)に漏れる   10:00より外泊

21 12/24 70
尿回数-13 全量-2200cc  夜間に漏れる   20:00帰病院

22 12/25 なし
尿回数-14 全量-2360cc

23 12/26 100
尿回数-14 全量-2160cc  夜間に漏れる 

10:00晴れて退院 我が家は良い!!


  以上、手術から退院までの一番大事な期間を、解りやすい様にまとめて見ました。

  最初に、主治医K先生を初め多くの先生方、何一つ嫌な顔もせず明るく処置して下さった看護婦さ
  ん、食事の準備や掃除をして頂いた方々、もちろん家族初め身内の方々に、心から感謝しており
  ます。     合掌

  麻酔から覚めて、退院まで身体的な辛さは、本当に全く何も有りませんでした・・・・(^_^)
  
  導尿管の不快さも無く、痛みや便秘、下痢、不眠等予期していた症状も殆ど無く、最後の関所だっ
  た尿漏れも、睡眠時に80cc位ある日も有りますが、全く無い日のほうが多く、昼間は初日からパ
  ッドも付けずに退院出来ました。

  尚、肝心の手術結果ですが、全組織の正確な結果は未ですが、手術時の組織検査の終わった状
  態では、癌は前立腺の皮膜を越えて無く、骨、リンパ節、骨盤内のリンパ管にも癌は見付からなか
  ったとの事です。
  
  多分全て取れたと思う・・・。と解答を頂きました。 B-2と言う事です。

  まだまだこれから何が起こるか解りませんが、今日を再出発点として頑張りたいと誓っております。
  
  皆さん、本当に有難うございました。




  平成12年12月4日(月) 全摘出手術日


  やっと手術の日が来た!!
  これまでの4ヵ月半は全てこの日の為の準備期間だった訳で、万一風邪でも引いてしまえば全てオ
  ジャンになったのだから・・・(^_^)
 
  朝7:00浣腸。トイレの前でまるで子供の頃の”モーン”をして、後ろから看護婦さんが100cc程の
  浣腸液をチューブ付の容器で入れてくれた。

  8:00家族が来てくれる。する事もなくいつも見ている朝ドラの”オードリー”を一緒に見た。
  8:30 右肩に麻酔促進の注射をする。左手に点滴をされながら準備OK。
  この促進注射で眠くなると聞いていたが、私にはまったく効果なし。   
  これから先が心配、もし麻酔が効かなかったら・・・(^_^;
  
  9:00過ぎ主治医K先生と看護婦さん、そして家族の見送りでエレベーター前に来た。
  何年か前、娘がこの1階上の9階(2外)から手術に出たが、その時は親をはじめ、身内、同室患者、
  別室患者、既に退院した仲間まで見送りに来てくれ、エレベーターの前が大勢でワイワイガヤガヤ、
  男親の私など娘の顔も見られない状態でした・・・。

  手術に行くのは何時もそんなものだとばかり思っていたが、今日はそれとは正反対。
  9時手術はこの階でも4人ぐらい居た筈だが、家族が付いているのは確か私だけで、同室の人さへ
  誰一人見送りは無く、それぞれのベッドに主治医と看護婦さんがいるだけでした・・・(^_^;
  もちろん病室を出るときには「頑張って・・・」と励ましてはくれました。

  4Fの手術室に着く。そこはドアの代わりに厚手のビニールが垂れていた。
  私はテレビで見るように、天井には幾つもライトが、蜂の巣の様に並んでいて、明るい雰囲気の部屋だ
  とばかり思っていたが、今着いたこの部屋は、恐ろしく薄暗く殺風景な部屋で、天井には場違いな太く
  黒い四角のパイプが、交差するように付いているのが見えるだけだった・・・。

  そこで3回ほどベッドを移され、最後は肩幅ぐらいの狭い硬いベッドになっていた。
  そして、体をCの字の様の折り曲げさせられ、痛み止め処置の注射の様なものをされた。
  余り痛くは無いが、脊椎をズ・ズーと押し込まれるよな感覚で気持ちが悪い・・・。

  突然、ピンクの制服の女性が2人と、男の方が一方的に自己紹介をしてくれたが、あれはきっと麻酔科
  の先生達だったのだろう。
  次に顔面が一杯入るような黒いゴム製の様な感じの、マスクが顔面に押し付けられた。
  そして「それでは酸素を送ります」と先生が云ってスーッと気体が入って来た。
  私は「酸素では眠れないのに・・・」と思ったのをはっきり覚えている・・・・。
  
  20秒位して今度は「それでは麻酔に入ります」と言われた。 
  誰からともなく、麻酔前は「1つ・2つと数をかぞえされる」と聞いていたが、そんな指示は何も無く、普通
  に2回目の呼吸まで覚えているが、次に覚えているのは手術が終わり観察室に上がって来て、主治医
  K先生や家族の顔が見えたのが最初だった・・・(^_^)

  気がついて、最初に聞こえた言葉は、確か「どこか痛い所は有りませんか?」だったと思う。
  私は「寒くて寒くて凍えそう・・・」と言った。
  実際生涯で一番寒かった・・。歯がガチガチ鳴って、強く食いしばった為か首が引きつりそうだった。
  掛けられた電気毛布がとても気持ちよかったのを良く覚えている。

  家族や義兄夫婦も来て頂いており、お礼を云ったのは覚えているが、皆んなの顔はすぐ側にあるのに、
  声はずっと遠くで聞えている様だった・・・。

  夜までウトウトと半分は起きて半分寝ているような、どちらかと言うと良い気持フル装備イメージ
  ちがしていた・・・。
  
  家族は消灯のぎりぎり21:00頃まで居てくれたらしい・・・。 有難う・・・!!

  今にして思えば最初私の入った部屋は、手術室ではなく麻酔室だったようだ・・・。
  
  装備は前述 フル装備
  点滴  ヴィーンF 白色と黄色の2本
       もう一つ小さい物がついている(抗生物質?)

  手術室から上がってきた所を、妻にデジカメ撮影して貰う。
                                                                                         クリックで拡大
    
夕方、酸素マスク、鼻胃チューブ取去


  平成12年12月5日(火) 手術経過説明

  麻酔もきっちり覚めた様だ。
  何処にも痛みは無い。ただ、小さな咳や笑おうとすると、グーっと傷口が痛む。
  
  朝、採血があった。 「手術で輸血したと聞いたが・・」と看護婦さんに聞くと「この採血の結果で用意
  している600ccの輸血が有るかも知れない」との事だった。

  9:30 元の一般病室にベッドを90度起こして運んでくれた看護婦さんは「大手術した人には見えな
  い」と言ってくれた。
  私は「大手術だったんですか?」と聞くと、「そうですよ、全身麻酔で5時間以上で大変なものですよ」
  との事。
  「顔色も目も全く普通ですから・・・」と喜んでくれた。
  私は初めての事で何の比較も出来ないが、素直に嬉しく思った。

  主治医K先生が来られ手術の経過説明が有った。
 
  結果は手術前説明より全て良好だった!!


  1、問題の膀胱部の緊急癌検査で癌は無かった。

  2、癌は前立腺の皮膜を越えていなかった。

  3、膀胱と尿道の縫い合わせは、8本では無く6本で縫った。

  4、膀胱から尿道の他に予定していた、膀胱より腹部へのドレーンは作らなかった。

  5、ドレーンは左側に1本作った。

  6、出血が多く、自己血の800ccの他に、日赤からの輸血を600cc輸血した。

  7、骨盤内の取り除いたリンパ管の中から、形や色、触った感覚で一番癌だと思う組織を緊急検査し
  たが癌は見当らなかった。

  「いずれ全ての組織検査の結果が出るが、先ず大丈夫だろう」と、私には最高の内容でした!! 
  ステージ・グレードはB-2との事でした。

  点滴 ソリタ T−3号
      ヴイーンF

  ベッド上での胸部と腹部のX線撮影
  ガスが出る。 喉のIVH取去.。 その後水分をとっても良いとの指示有り。
  ポカリスエットが美味かった・・。

  背中、尻、足、がとてもカユイ。湿疹等は無く見た目は何ともないがとにかくカユイ。
  その代わりと言ってはなんだが、掻いていてもらっている時が最高! もっと掻いて欲しい・・・(^_^)

  妻にデジカメ撮影頼む。


  平成12年12月6日(水) 歩行訓練

  主治医K先生は「出来るだけ早いうちから運動する方が、血も固まらず、合併症にも掛かり難いか
  ら・・・」と指導が有った。
  先生は「テニスをやっていたと聞いていたが、脂肪も多かったがすごい筋肉をしていた・・・」と云っ
  て下さった。

  家族も看護婦さん達から、「すごい回復力」と云われて、今までは「テニスばかりして・・・」と煙たが
  られていたのに、初めて「テニスやっていて良かったね」と喜んでくれた。 
  20年も前からやっている事なのに・・・・(^_^)

  看護婦さんに歩行用の点滴台に代えて貰い、初めての歩行する。
  少し頭がふらつくが大した事も無く、部屋内ロビーをゆっくり50mほど歩く。
  点滴と導尿管・ドレーンの袋が2つも付いており、どうもそれが邪魔で歩き難い・・。

  点滴が朝夕の2回になり、普段は手首に丸めて固定して貰い、ずいぶん動きやすくなった。
 
  点滴 ヴイーンF  ブロアクトガストロビビン
  背中の痛み止めを取去。 

  妻娘と一緒に歩く姿を撮影、本人は「歩けた」張り切っているが再生して見ると、大きなウロバックも
  一緒で余り良い画ではなかった・・・(^_^;


  平成12年12月7日(木) ドレーンのチュ-ブを外す

 
  今日から一人で洗面所にて洗顔、食事や後始末も全部する。丁度いい運動だ・・・。
  朝頭痛がしてセデスを貰う。 1時間で治った。
  下を向くと首、脊椎の上部が痛む。
  掻いてもらえば気持ちよかった?カユミが無くなった。

  ドレーンのチューブを抜いて頂き、根元にガーゼを敷き漏れ対処する。
  チュ−ブとバックが無1つ減って、後はウロバックだけになり、ずいぶん動きやすくなった。
  だんだん身軽になれ快復して行くのが実感出来る・・・・(^_^)

 

  平成12年12月8日(金) 神経が残せた!!


  嬉しい報告を受ける。
 
  主治医K先生から「左側の神経が残している。普通は2本だが1本有れば十分機能します」と言われ
  た。
  手術前に、インターネットの先輩からメールでを通じ、「神経は出来る限り残して貰いなさい。無くなっ
  た時は思っていた以上にダメージが大きかった・・・」とのアドバイスは頂いていましたが、手術説明
  では「癌削除優先で、今の状態では残せないと思ってください」と云われ納得していただけに、感激し
  ました。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
  最初の見舞い客、メーンクラブのテニスの仲間が来てくれた。テニス服のままで汗の匂いをさせて・・・
  帰り際に「やっつけてやるから、早くテニスに来い・・」と言い残して・・・(^_^;  
  クソーッ 早くテニスがしたい・・・   とても嬉しかった!!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
  それにしてもこの導尿管は快適だ。
  夏に生体検査で丸一日導尿管を入れていたが、パジャマで擦れいつも小便を我慢しているような不快
  感が付きまとい、何時か全摘出手術では2週間も、こんな思いに耐えねばならないのかと、思っていた
  だけにとても有り難い・・・(^_^)

  そう言えば、今日先生から「導尿管は2週間装着で、万一抜けたら大変な事になるので、導尿管とペニ
  スの先を縫いつけている。余り無理をすると、痛いぞう・・・」と言われた。
 
  わあー アソコを縫い付けられているんだ・・・(^_^;


  平成12年12月9日(土) 手術痕撮影 点滴終了


  毎朝10時ごろからガーゼ交換があるが、普段は腹帯にガーゼだし、このガーゼ交換時も自分は寝
  たままなので、まだ一度も手術痕を見た事がない・・・(^_^;  
  先生は「あー 大分良くなりました・・・」と言ってくれるがやはり見てみたいので傷跡イメージ画像、今日は思い切って
  「写真とってよろしいですか」と聞いてみた。いとも簡単に「ぞうど、構いませんよ」
  と言ってくれる。
  
  「途中でフラッシュ焚いても良いですか」と言っても「何時でもどうぞ・・」と了承頂
  く・・・(^_^)
  モニター越に見える傷跡を何枚か撮った。                                          勇気があればクリックを・・・
  先生や看護婦さんがガーゼを替え、腹帯を代え、T字帯を変えてくれている間ず
  っと画像を拡大して見ていた。                                 
  

  左側のドレーンのビニールチューブの皮膚に縫い付けた部分と、立一文字の深い傷跡に食い込ん
  だ縫合の糸が、消毒のイソジンで褐色に染まり、始めてみた画像に圧倒された。 
  こうなっていたんだと感動した・・・。

  夜には最後の点滴が終わり、右手首の点滴針が取去される時が来た。
  
  感慨深げに針を抜いてくれるのを待っていたが、点滴針取り付けテープを剥がすのが堪らなく痛く、
  なかなか剥がれず感動する余裕がなかった。

  不用意に剥がれない為に強い接着力にしているのだろうが、それにしても手の皮膚が剥がれそうな
  程強烈だった。


  平成12年12月10日(日) 導尿管に巻きついた・・・


  今朝テレビを見ていた時、どうもペニスの先が引っ張る・・。
  まさかと思ってトイレでよく見て驚いた。

  引っ張る筈だ、多分夜寝返りを打っている間に導尿管が廻ったのか(捻じれている)、ペニスの先の
  縫い付けられている表皮自体が、チューブからの糸に引っ張られて伸び、糸も弛んだのか導尿管が
  約1回転してチューブに巻きついているではないか?
  がに股で腰を引いてゆっくりとベッドに帰り、ガーゼ交換までじっとしていた。

  やっとガーゼ交換になり、訳を話すと先生はガーゼを外し「あー これは痛いわ・・。 いつの間にこん
  なに廻ってしまったんだろう、ごねんなさいね・・」と云って、腰部のジョイントの所を回して治してくれ
  ました。

  その後は嘘の様に歩きやすくなった・・・・(^_^)

  点滴の代わりの服用薬  シプロキサン錠、アクディータム90カプセル、ムコスタ錠が出た。

  平成12年12月11日(月) 手術の1週間前に入院する訳


  又だんだん暇になって来た。 
  今は暇でも治療なので仕方が無いが、手術より1週間前の入院はどう考えても無駄に思っていた。
  
  今日身体を拭いてもらっているとき、看護婦さんに聞いてみた。
  
  私なりの理解ですが、それは大体下記の3の事から考えられるようだ。

  1、目前に手術を控え、風邪等万一病気になれば、今までの長い準備がすべてダメになる。

  2、タバコ、酒は麻酔に悪い為禁止だが、止められない人もいるので、この入院の1週間で半ば強
    制的に、止めさせる為。

  3、どうしても家庭と違うので、病院生活に慣れて貰う為。
    中には知恵熱を?出す人もいるとか・・・。

  解らぬ事は聞くものだ!! 
  
  ある人は「ボッタクリだろう・・・?」と言っていたが、手術前の1週間はそんな大事な意味が有った
  のだ、と知って良かった・・・。


  平成12年12月13日(水) 半抜糸

  嬉しい半抜糸だ。
  例の如くデジカメで見ていると、半抜糸と言うのは上部と下部の半分ではなく、1本抜きで交互に
  に全体か半抜糸イメージ画像ら半分を抜くように抜いていた。
  
  やがて最後になった時先生が「最後の1本ですよ、ピンセットで引っ張っている所を撮った
  らどうですか?」云ってくれました・・・(^_^)
  お陰でタイミングのいい画が取れました・・・(^_^)                                
                                                           拡大・・・・??

  平成12年12月15日(金) 括約筋の訓練


  婦長さんが来られ、「いよいよ18日に導尿管が行けますね」と言われた。
  「今まではお陰様で上手く行きましたが、関門の尿失禁が問題です・・」と言うと、「括約筋訓練で
  十分上手くいきますよ」との事。

  そして、「普通はもう今頃から括約筋訓練を始めるのですが、貴方の場合は主治医K先生が”抜
  いてから良いだろう”と云われるので、まだ訓練していません・・」との事でした。
  
  訓練は速い方が良いと思うが・・・・

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  何時も一緒の仕事仲間の美女4人が、見舞いに来てくれる。
  気になる仕事の事や、私の治療状況など話し合った。
  日頃退屈がちな私はすごく楽しかったが、彼女たちはきっと退屈だったと思う。
  私ばかり喋ってごめんなさい・・・(^_^;

  帰られる時、せめて外までお見送りする積りだったが、ドアを明けた瞬間吹き込む風の寒さに驚い
  た・・・。
  年中屋外で遊んでいるのに、ほんの2週間ほどの入院で、こんなになってしまったのかと、少し落
  ち込んだ。


  平成12年12月16日(土) ドレーン取去


  今日でドレーンが抜けます・・・(^_^)ドレーンイメージ画像

  所がこのドレーン抜きが、「顔から火が出るほど痛かった」と言う人もいますし、反対に何
  とも無かった人もいるようです。

  ドレーンを止めている糸を切って「それでは抜きます」と言われてから、私には何の感覚も  ドレーンは長かった
  無いまま実にあっさりと抜けていた。
  記念の写真はきっちり撮れた・・・(^_^)
  それにしてもドレーンは結構長い物だった。


  平成12年12月17日(日) お見舞いどうも有難う!


  やはり今日の日曜日が一番大勢だったが、この1週間は遠方からの親戚をはじめ、会社、テニス、娘
  の友達等、ご多忙で寒い中お出で頂きまして、本当に有難うございました。

  何時もは職場や家庭でも良く喋っている方なので、少し退屈気味だった事も有り一気に話してばかり
  いたと思います・・・。

  丁度10号棟の10Fにきれいな展望レストランが出来、見晴らしも良いし同室の患者さんの迷惑にもな
  らないので、何回も利用させて頂きました。
  美味いコーヒーを飲みながら、周囲に遠慮に無く話が出来るのは、お見舞いの有りがたさを倍増してく
  れました・・・(^_^)

  皆さん一応に「本当に元気になってよかった・・」と云っていただき、安心して帰って頂けました。
  
  「明日は最後のこのチューブ(導尿管)を抜き、経過が良ければ退院です・・・」とお話しましたが、避けら
  れない関門の尿失禁については、「最初はきっとひどい症状になるだろう・・・」と思うので、殆ど話しま
  せんでした。

 
  平成12年12月18日(月) 導尿管取去!!


  朝から、出会う看護婦さん達に「・・今日ですね・・・」と云われ、「そうです! 後は尿漏れだけです・・・」
  と答えていたが、正直不安・・・。

  せめて仕事が出来る位にならないと困る・・・(^_^;  
  
  別に大した事ではない、車に乗れ適当に歩ければ十分だが・・・。
  「前立腺癌での全摘出手術は結局尿漏れとの戦い」と聞いている。 
  せめて人並みの快復はする・・・と思い込もう!!

  13:30 1Fの放射線科に行く。
  専用の検査衣に着替え、廊下で待っていると、主治医のK先生が来られた。
  同じ検査でもやっぱり過去からの経過を知って頂き、親しみのある主治医がいてくれると、大いに安心
  する。

  膀胱造影検査は同じでも、癌検査時にした造影検査とは違い、今回は先ず狭い鉄製の様なレントゲン
  台に寝かされた。
  
  主治医K先生がペニスと導尿管の縫い糸を切ってくれた。
  そして導尿管の先から造影液を膀胱に入れる。50ccずつ入れてくれたようだが、確か200Cc位で膀胱
  が痛む感じがしたので、注入を止めそこで導尿管を抜く。
  余り不快感は無かったが、水か小便か解らないがその辺がずぶ濡れの様な感じだった。

  今度は、寝た状態から、台が少しずつ縦に回転しやがて垂直に(普通に立った状態)なった。
  そこで尿瓶を渡され「これから膀胱及び尿道の漏れを検査しますので、尿瓶にオシッコを出してください
  」と言われる。

  小便をしようと思っても、どうも出せない。以前の様な感覚がないのだ・・・。
  ふと左の方を見ると、主治医、検査技師、看護婦さん、介添えの女性達が、何人も真剣な眼差しで私を
  見ているではないか・・・!!

  やっとの事で尿が少しでた、「少ないなあー」と思ったが、少し間が有って「OK、異常なし。尿漏れは有
  りません」との声にホッとする。

  先生から「今後は1日100回括約筋訓練して下さい。それからオシッコの時は途中で止めるような練習
  をして下さい」と言われる。

  別れ際に「訓練は余りやりすぎてもダメですよ」と言われてしまった。 
  さすが私を良く知っておられる・・・(^_^;

  導尿管がなくなったので身軽になり、ともかく病室に戻った。
  妻娘が待っていた。「どうだった?」と聞かれても、「抜けた・・」としか答えられない。
  「尿失禁は?」とにかく機関銃の様に質問してくるが、何が何だか自分でも良く解らない・・・。

  看護婦さんが今までのガウンの様な物から、普通のパジャマ様の物に代えてくれたので、取り合えず
  手術時購入していたオムツ式尿漏れパッドをして見た。 変な感じだ。
  そのまま尿意は全くないし、かと言って漏れた感じも無い。 お茶を飲み、歩き、括約筋訓練をしていて
  も、今まで2週間膀胱から導尿管で出しており、膀胱に溜まっていなかったので、尿意がしないのだろ
  う。  時折パッドの中に指を入れてみるが、漏れていないように思えた・・・。

  約1時間後尿意の無いまま、どうなっているのか訳のわからないまま、トイレに行ってやっと自分の意
  志で100cc程出す事が出来た。
  途中で何回もオシッコを止めてみたが、何回でも思うように止められた・・・。
  その時は感激したが、放尿中、尿道が少し締め付けられるような、熱いような感じがした。
  ともあれ、手術後最初の自力管理?放尿だった・・・!!!! ”ばんざーい”をしたい気分・・・(^_^)

  夕方まったく漏れは無いので邪魔なオムツを外し普通のブリーフに戻した。
  看護婦さんから「余り漏れないならもっと小さな”漏れパッド”を買ったら良い」と教えて頂き、早速売店
  で幾つか購入した。

  21:00過ぎ主治医K先生が来られ「どうですか?」と聞かれたので、「今の所全くも漏れは有りません。
  良い手術をして頂き有難うございました。」とお礼を言っても「日頃の行いが良いからですよ・・」と言って
  かわされた・・・(^_^)

  夜は漏れるかも知れないので「漏れパッド」をして”どうぞ漏れないように”と、念じて寝る事にする。 


  平成12年12月21日(木) そろそろ子別れ・・・


  心配していた尿漏れも今の所殆ど無い!!
  18日の導尿管を抜いた日の夜、寝ている間に85cc漏れていた。
  19、20日は昼夜共に全く漏れなし。

  勿論今日も今の所漏れていません。
  この6人部屋で早朝の6時から7時頃まで、私以外の皆さんには血圧、検温、ガーゼ替えや尿の検査
  等何回も来ているのに、私にはどの看護婦さんも来てくれなくなった。

  北狐ではないがそろそろ”子別れ”、追い出される日も近いようだ・・・。

  括約筋訓練は朝、昼、夜に40回ずつ必ず実行している。


  平成12年12月23(土)〜24日(日) 外泊。  看護婦さんへのお礼。


  今日は嬉しい初めての外泊。
  10:00 タクシー10分で自宅だが、やっぱり自分の家は良い・・・。

  早速パソコンを起ち上げ、入院中にテレビで「クリスマスと言うウイルスが出ている」と聞いていたの
  で、アンチウイルスを作動し異常の無い事を確認した。
  久しぶりでメールを見る。沢山入っていたが大部分はメーカー、ソフト関係だったが、その中で特に感
  激したメールがありました。

  そのメールは、件名が「退院おめでとうございます!!」となっており、先ず「えっ まだ入院中なのに
  ・・・」と思いながら、はっと気が付いた。

  今月の中頃、たまたまインターネットが見れる環境と聞いたので、私のHPを見て頂き「カウンター数
  を教えて欲しい」と頼んだ看護婦さんからでした。
  それから「手術1週間前に入院する訳」を教えてくれたのも、この看護婦さんでした。

  その時は「最後まで読ませて頂いた・・」とだけで、別に何もなく、私もカウンターが予想通り増えてい
  るのが嬉しかっただけでした・・。

  このメールの主なの内容は以下のような文でした・・・。

  このメールを読む頃はきっと退院されている事でしょう。
  何気なく読んだHPだったが、すごく新鮮でした。
  患者が癌を告知されてからの気持ちが伝わり、医療者の一言の重要さを再認識した。
  もっと相手の気持ちのわかる人間にならなくてはと思う。
  癌は勿論、病気一つした事の無い私にとって患者さんの気持ちを少しでも知れた貴重な記録だった。
  病院と言う特殊な場所だが少しでも前向きに希望のもてる場所にしたい。
  患者さんにしてもそうあって欲しい、私もそういう場所で働いている事を誇りにしたい・・・。
  
  勿論全面に私HPの感想の他、私の家族への労わりの言葉が溢れていました。


  この場を借りてお世話になった、H医科大学の看護婦さんにお礼を言います。

  このメールのお返事にも書いた部分が有りますが、入院中は本当にお世話になりました。
  私は8月の生検入院とは違い、長期入院は初めてでした。
  まして癌と言う大変なものを抱えての、入院は精神的にも正直辛い物がありました。
  
  丁度1ヶ月間の入院生活でしたが、幸運にも先生や看護婦さんの適切な処置のお陰で、そんなに辛
  い苦痛は有りませんでした。
  それでも初めての入院で、毎日が新しい事の連続、明日は何が起こるのか何もわからず不安ばかり
  でした。

  今までも言葉では「看護婦さんは白衣の天使」とか良く言われ、その存在はそれとなく知っていました
  が患者にとって、強い苦痛や不安、不快感を持っている人には、何かの時は直ぐに来てくれる看護婦
  さんの、明るくやさしい笑顔や言葉で、素早い処置で、どれ程気持ちが和らぎ勇気付けられた事でしょ
  う。 
  まして毎日とても過酷な?勤務状況に居ながら・・・です。
  
  私は今回の入院で看護婦さんの素晴らしさを身を持って体験させて頂きました。

  「一つの事を頭の中で想像した時の答えと、実際体験した時の答えは必ず違い、その殆どは体験し
  た時の答えの方がはるかに重い」とは良く聞きましたが、今回又一つ嬉しい体験の答えが増えました。

  本当にH医科大学にして良かったと思います!!

  ついでにもう一つ、予想と体験の違いですが、入院生活については反対で、私の予想より随分快適で
  した。

  病院が病気だけに、「とても辛い事も有ろうが頑張ろう」と思って来ましたが、実際は当然身体的に辛
  い事は、それなりに有ったものの精神的にはむしろ楽しかった・・・!!

  私の嬉しい誤算でしたが、これも間違いなく看護婦さん達のお陰です。
  本当にいろいろ有難うございました。
    
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  個人、仕事用の年賀状は入院前に作っていましたが、特に個人用で見舞いに来てくれてりした、親し
  い人には何とか近況を賀状に添え書きしたいと思い、そんな配置の賀状にしていました。

  12/26日退院も決まった今、喜びに感謝を込めて添え書きを入れ投函しました。
  万一病院で越年した場合を見越して作った賀状だけに、この内容の添え書きの出来る事は何より嬉
  しいです。
 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  24日(日)には、インターネット関係のテニス仲間が、わざわざ自宅まで見舞いに来て下さった。
  
  毎回結構人数の多いクラブですが、「2〜3人の代表で伺います」と聞いていたが、7人も来て頂いた。
  何でも2人ぐらいの積りが「私も私もと、結局ワゴン車一杯になった」とか・・・。

  ここのクラブでは新参者の私に、こんなにして頂いて本当に嬉しかった・・・。 
 
  最初の見舞い客もテニス仲間、最後の見舞い客もテニス仲間、一番プライベートな友人はやっぱりテ
  ニスの様だ。
 
  この仲間達のお陰で今回の、皆さんも驚く快復が有ったと感謝しております。


  平成12年12月26日(火) 退院でーす。


  朝、1/10日の外来予約をして来た。

  退院直前に来てくれた看護婦さんは、「退院、おめでとう。HP見ました。HPアドレスはナースステーシ
  ョンに書いてあり、見れる環境の人は見られるようになっています・・」と言ってくれました。 
  
  少しでもどんな形でも、何かのお役に立てれば、こんな嬉しい事は有りません・・・!!

  10:00 全ての書類も出来上がり、看護婦さん達にお礼を言って、嬉しい我が家に10:30着きまし
  た。

  当マンション内からお見舞い頂いた方にお礼に行き、元気な姿に安心して頂きました・・・。

  早速、会社のHPの更新と私の「前立腺癌の治療日記」の更新を始める。
  
  多少無理をしても出来れば年内に今年中のものをUPしてしまいたいと思っています。
  そして来年は全て新しく出発したいのです・・・・。