事の始まりからPSA結果

   平成12年7月9日(日)  最初の兆候   あれー 小便が出ない!!

   今日も猛暑の中、いつも通りテニスに行ったが、午後からマンションの理事懇親会がある為、「もう1
   ゲームやろうよ」と言う声を後に早めに引き上げ、午後1時からの懇親会に参加した。

   この20数年間に理事長、理事を長くやっていて大改修工事や阪神大震災の復旧、ボヤ等一緒に頑
   張って来た仲間で、飲み、食べ歌い何時ものように楽しいひとときでした。

   所が、宴会が始まって1時間ぐらいして尿意を感じ、トイレに行ったがどうしても小便が出なかった・・。
   それから30分位して又尿意を感じトイレに行ったが、やはり出ないのです。
   こんな事は初めてですし少しは酔っているので「まあ 良いか・・」と思っていたが、そのうちに10分置
   きにトイレ通い・・・(^_^)
 
   しかしどうしても出ないし、下腹を押すと膀胱の辺が張っていて少し痛む。
   無理もない、私はビールばかり飲んでいるのでもうパンパンだった。結局一度も排尿できぬまま1時か
   ら始まり6時にお開きまで我慢したのだから・・。

   家に帰り笑いながら家族に話した所、「すぐに病院に行かないと・・」と大騒ぎで、119で処置できる病
   院を聞き7時ごろに、病院に着き早速処置、カテーテルと言う太さ4mmぐらいのホースをペニスから
   膀胱まで入れ排尿てくれた。

   今まで病院に行った事は無い上、特に看護婦さんにオチンチンを触られるなんて、何とも恥ずかしか
   った・・・・。
   ジョウジョウと尿が出ている音が長い間続いた。 
   看護婦さんも「沢山出ますね・・」と言いながら、膀胱のあたりを抑え、やっと全部出たようだ。
 
   先生も「病院に来てよかった、余り溜まると破裂の恐れもある。840ccも有った・・」と言われ、看護婦
   さんは付き添ってきた妻に「こんなに溜まっていた」と笑って見せていた。
 
   帰宅後普通に小便が出て、何時もは当たり前の事にとても感激した・・。

 
   平成12年7月12日(水) 初診 《朝》 診察、触診


   日曜日の閉尿に懲りて、普段通り会社に出勤の後、一段落した所で近くのH医科大学病院の泌尿科
   に行く。
 
   受付で「毎回来た時に検尿室で尿を出してから待っていてください」と言われる。
   病院は初めてで何事も戸惑ってばかり・・・。

   主治医はK先生。
   軽い気持ちで今までの経過の説明の後で、「解りました、処置室で触診をします」と言われる。
   ベッドで仰向けになり、両膝を抱え込む様にし、「あぁー、あぁー、と声を出してください」と言われる。
   肛門から指を入れ前立腺を直腸越に触れる、最後にゴシゴシ触られ「痛くないですか?」と聞かれる。
   「痛くは無いが気持ちが悪い・・」と答えた。

   その後、診察室での説明が有った。 
   「前立腺肥大ですね」と言ってくれると思っていたが、先生は少し間を置き「一部硬い所が有るので、
   念のため検査をしましょう・・」といわれた。

   「癌ですか?」と聞くと「癌のほかにも結石の場合もあるが・・」との事だった・・。

   全く予期していなかった事だけに、「あ、そうですか」と答えただけ。
   「薬は頂けますか・・?」と聞いたら、「原因が解らないので今日は薬は出せません」との事。

   先生は、「今、前立腺を触り刺激を与えているので、今日は血液検査は出来ない。15日の診察の前
   に血液検査を済ませてから、診察しましょう」と言われる。
   又、次回限りですが「診察の前に我慢できる限り小便を膀胱に貯めて、我慢できなくなったら、直接
   奥の処置室に入って看護婦の指示に従ってください」と言われる。

   「癌」が頭にこびり付き、先生と看護婦さんの小声の会話や、受付の人達の視線やそぶりが、全て私
   の癌を示唆している様に思え、何とも我ながら情けなかった。

 
   平成12年7月12日(水) 《昼》  不安と焦燥の中で「癌」の模索


   全く気予期していなかった事態に茫然として病院を出て、行きつけの店で昼食を取った。
   何時ものように雑誌のページを開いているが、頭の中は「癌」で埋め尽くされている。

   やっぱり「癌」だろうか? 
   今でもあんなにテニスやっても何ともなく、自覚症状も全く無いので先ず大丈夫だろう?
   でも専門医が硬い物があると言う事はやっぱり「癌」か・・? こんな事が繰り返し頭をよぎる。

   そう言えば、今までは夜寝てから朝まで、トイレなんかに行った事は無かったのに、今年の春先か
   ら朝の4〜5時ごろにトイレに行くようになっていた。

   小便も何だか細くなり勢いも弱い様で、特に長い間我慢してやっとトイレに行った時なんか、ますま
   す勢いが無く、小便が上下2本になって出た事も有ったが、自分で元気とは思いながらも58歳、俗
   に言う前立腺肥大だろうと思っていた。
   
   もし周囲で一人でも前立腺癌の人が有ったら、放って置かなかったのに・・・。
  
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   ともあれ、前立腺癌について調べようと思い、行きつけの書店に行った。
   何時も行っているコーナーと違い、健康病気コーナーだ。 育児書コーナーが隣なので若い女性が
   多い中、出来るだけ厚い本から順番に読み漁る。
   
   どの本にも前立腺癌は載っていた。家にも2冊ぶ厚いのが有るが、少し古いので少しでも新しい情
   報が欲しかったから・・・。

   何冊も読んだが、どうも良く解らない。
 
   何となく解った事は
 
   1、前立腺癌は進行が遅い分、自覚症状が出て時はかなり進行している事が多い。
 
   2、PSAと言う検査で早期に発見でき、早期であれば確実に治療できる様だ。

   3、前立腺癌はこれから先、確実に増加していく「癌」の一つである。
 
     結局、今の私には良い情報は一つも見つからなかった・・・。

   仕事中だしこれ以上本を見ても意味は無いので、仕事に戻った。

   いずれにしても15日は「癌」か否かがはっきりするらしいので、今夜のうちに家族に「癌」の疑いがあ
   る事を話しておこうと決心した。

   15日に先生からはっきり「癌だと言われた」と言うより、「万一とは思うが”癌”かもしれない」と予告し
   ておいた方が、家族のショックは小さかろうと思うから・・。

 
   平成12年7月12日(水) 《夜》 家族に告知


   帰宅するなり妻は、「どうだった?」と聞く。 「尻に指を入れられコリコリされ気持ち悪かった・・」と笑
   って答える。
   すかさず「それでどうだったの?」と突っ込んできた。
   「15日に血液検査してそれで解るらしい・・」と答えておいた。

   食後皆んな集めて「15日に血液検査ではっきりするそうだが、今日沢山の本で知った事と先生の
   ”一部硬い所がある”と言う事、又”原因がはっきりしないので今日は薬は出さない”と言われて事
   から判断して、もし間違いなら嬉しい事だが、又あくまで私の判断だが60%の確立で、前立腺癌だ
   と思う。
   でも初期だと思うので余り心配は要らないと思う」と話した。

   みんなも解っていると思うが「父さんは何が有っても、その時点で最善を尽し何時でも前向きに行け
   るから、余計な心配をしないようにして欲しい」、と伝える。 

   また、はっきりした事ではないし、良い事でもないので、会社、親類、マンションの人等には全て口外
   しない様に話した。

   妻は「15日まで後3日だけ・・?」と言った。

   後は少しの沈黙・・・。 それからは努めて普段通りにしていた。

      そして私はインターネットでいくつものエンジンから、「癌」、前立腺癌の検索を始めた。

   
   平成12年7月13日(木) 身辺整理


   幸いと言うべきか私の身内で、「癌」で亡くなったのは妻の母だけだった。
   
   もう30年も前の年の暮れ、12月中頃に「お腹が痛い、腹が張る」と言って、病院に行ったきり膵臓癌
   で、一度も家に帰る事無く、翌年の4月初めに亡くなった。

   ちょうど桜が満開で、特にN市の斎場は市一番の桜の名所だった。又、その何年か後、私の父が亡
   くなったのも4月の始め、やはり桜が満開・・。

   そのせいか、今でも抜ける様な青空の下で、短い命を知ってか知らずか、精一杯いっぱい咲いてい
   る桜を見ると、ふと寂しくなる・・・。
   妻もまた同じような事を言っていた・・・。

   そんな事もあり、妻の母のように万一そのまま入院で、長引くようなら(きっと長期だと思う・・)、その
   為の準備をして置かねばならない。

   身辺整理と言っても個人的なものは別に無いが、会社関係でのものが殆どである。
   特に私は特別の事をしており、私だけが扱っている名簿や一連の業務が有ります。
   又、法人での会社のHP関係、等これらは私以外では全く解らないので、書類やMOにコピーし必要な
   マニュアル、等急いでまとめた。

   個人的には社用車や机、ロッカーの個人物の整理引上げ等、今まで考えた事も無いような事を、す
   ぐ実行できる様メモって見た。
   
   特に我が家の物は万一私が居なくても解るよう一ヶ所にまとめ、会社の人が取りに来た時、渡す物を
   妻に説明しておいた。

   妻は「そんなに急いでしなくても・・」と寂しそうに笑っていた・・。
   
   正直・・ 何とも寂しい・・・


   平成12年7月15日(土)   2回目の診察  (1)蓄尿、排尿、残尿検査

   今日は朝一番の血液検査で癌」の結果が出る思っていたので、妻は同行すると言う。
   「自分一人で行くから良い」と言うのに、妻は「どうしても一緒に聞く」と言う。
   
   私の本心は先生からきっと「癌です・・」と言われるので、側で落ち込む妻を見るのが辛い。
   後で私から上手く?言った方が良いと思ったんだが・・。

   病院では前回言われた通り、すぐに検査室で採血を済ませ、泌尿科の待合で小便が膀胱に満タンに
   なるのを待つ。
   朝の起抜けに行ったきりだがまだまだ我慢できる、何と言っても前述の様に840ccも溜まったんだか
   ら・・
   
   早く出る様にとウーロン茶を飲みながらも、心配そうにしている妻が気になる。
   待っている患者を見てみると、泌尿科だから私のような年配の人が多いかと思っていたが、意外に若
   い夫婦らしき人が何故か多かった・・。
   
   妻は「口が匂っているから」とガムをくれる。やっぱり私も緊張しているんだ・・。

   いよいよ尿意がきつくなって来たので、奥の処置室で排尿検査をした。
   
   小便の前にベッドに寝て膀胱のエコーを撮り、その後で便器様の検査器に、開始のボタンを押して
   放尿。
   
   終わると終了ボタンを押して終了。そしてもう一度ベッドに寝て膀胱エコーを撮って完了。


   平成12年7月15日(土)   2回目の診察  (2)検査結果??
   
   またまた待つこと長く、待ってる患者の殆ど最後でやっと診察に呼ばれる。
   妻に(本当は自分にだったかもしれない)「落ちつけよ・・」と言って、診察室に入った。
   
   妻を紹介をして椅子に掛け、どんな言葉でも耐えられる様に、下腹にグッと力を込めて先生の言葉
   を待っていた。
   
   所が先生は、さっきの膀胱エコーの画像をを見せてくれながら、「この通り前立腺も大きいし、排尿
   検査でも排尿に時間も掛かり過ぎ、残尿も60cc程ある。いずれにしても立派な前立腺肥大には間
   違いない」と言われる。
   白黒のモニターで画像の判断は、私には良く解らなかった。

   先生は、血液検査や癌の件には全く触れず、「とりあえず前立腺肥大の薬を2種類出しておきましょ
   う」との事。
   帰宅後パソコンの「医者から貰った薬がすぐわかる」で見た結果、薬名は「エビプロスタット」と「ナフト
   ピジル」でした。

   私は「さっきの血液検査の結果は・・」と聞くと、「あれは2週間後でないと解りません。7月29日に大
   体解りますので・・」とあっさり2週間延期。

   診察前に早く血液検査を済ませて欲しいと言われたで、私がすぐ後の診察で結果が出るものと思い
   込んでいた様だった・・・。

   先生に「私は自分の事は正確に知っておきたいので、正直に教えて欲しい・・」と伝える。
   「勿論正直にお話しますが、今はそれしか解りません・・」との事でした。

   
   きっちり判定が出ると思っていたのに、スカを食らったみたいで2人とも茫然とする。
   この3日間の緊張の極は私の早とちりだった様です・・・。
   
   内心2週間延びてホッとした。この間にいろいろ調べ心の準備ができる・・。

   結局2週間の執行猶予が出たようなものだ・・。
   
   それにしても2週間も遅れると、肝心の癌が進行してしまうのではないか、とても心配です。
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  平成12年7月17日(月) 結婚しなければ良かった・・・・


  この所、どうしても「癌」を意識してしまい、「後そうも長く生きられないのだろうか・・?」と思った時、娘
  や息子も気になるが、何と言っても一番心残り気になるのは、この年で妻を残して逝く事である。

  私もそうだったが、妻も又外で働くより、家の中でこまごまと家事をする事の方が好きな様だった。
  大した蓄えとて有る訳では無し、結婚後全く外で働いた事の無い妻が、今からもし働きに行く様な事
  になれば、不慣れな上全く社交的ではないので、大変な苦労するだろう。

  今まで妻には特別の事は何もして来れなかったが、ここでもし私が倒れれば、今後は苦労だけを残し
  てしまう。
  
  こんな事なら、私が今まで一人で居れば、当然妻にも苦労を掛けることはなかった。
  
  妻と「結婚なんかしなければ良かった・・」と思う事が一番辛い。
  「こんな病気の私と一緒に成った事で、妻を不幸にしてしまった」と言う事が・・・・。
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  本当に結婚なんかせず、一人だった方が良かった・・・・

  反対に、私自身の消えて行く事については、不思議なほど何も考えない、悲しくもない怖くもない。
  私はすこしおかしいのだろうか・・・?

  勿論今は、症状も全く無いからかも知れない・・。(小便が細いのと、朝まで一度小便に行くだけ)
  痛みや、不都合が出てくると違うのかも知れないが、今は自分の死については全く気にならない・
 
  どうせ人間いつかはみんな死ぬし、振返れば自分は今まで十分満足できる人生だったからか・・。

 
  平成12年7月19日(水) 悔しい


  「癌になってしまって悔しい」、と言ってもまだ「癌」とは決まっていないのだが・・・。 
  でもたぶん「癌」だろう。

  日頃、余り悔しいと思う事はないのだが、最近とても悔しい事がある。

  その1、 18年も前から「半日ドック」で検査していながら、PSAはしていなかった。
        身内や知人に一人でも前立腺癌の人が居たら、別料金でもきっと検査していたのに・・・。
        そうしていれば、「癌」そのものは仕方なかったとしても、ごく初期に発見でき、治療も完璧
        だったはずなのに・・・・。

  その2、 この不況時、我社でも40〜50歳台の社員が何人も退社していく中、よりによって、こんな
        事で仕事が出来なくなるなんて、本当に悔しい・・・。

        これも運命と思えば仕方が無いが、うーん 残念!!


  平成12年7月20日(木) 初めての感情??


  こんな事ばかり書いていると、落ち込んでしまい何処かにこもり切りで、食事もとらず心配ばかりして
  いる様ですが、そんな事は全く有りません。

  心配の病気の事は家族以外、親類にさえ未知らせていませんので、今まで通り出勤し、休日には仲
  間達とテニスを楽しみ、今までと同じ様にしています。
  
  ここに書いている様な思いは、一人で運転中とか、床についてからの時など、殆どが一人で居る時に
  フト頭に浮かんで来た事ばかりです。
  
  だから普段は、今までと同じように会社では冗談を言い、家ではテレビを見て笑っているのです。

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  そう言えばこの所、何回か今まで感じた事のない、感情がこみ上げて来ました。

  会社には「病気らしいこと・・」は何も言っていない。
  時には「言っておいたほうが良かった・・」と感じる事も有るが、その時が来るまで(長期休暇)このまま
  黙っておく積りです。

  最近何回かありましたが、特に午前中、周囲の社員がたまたま席を外したりして、静かになり仕事に一
  区切りついたような時、ホンの一瞬、1〜2秒間ほどだろうか、全く突然になんと表現して良いのか解ら
  ないが、しいて言えば「泣きたくなる様な悲しい気持ち・・」になる事がある。
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  今までに感じた事のない悲しい気持ちです。
  
  最も一瞬で打ち消せるので別に何ともないが、これが持続すると大変だろう・・・。

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  もう一つは、以前の出来事を無意識に7月12日(癌かも知れないと解った日)より、前か後かと線を引
  いてしまっている事です。

  今日も信号待ちの時、前のタクシーに貼っていた「淡路島の花博」のステッカーを見た時、「家族で花博
  に行って楽しかった、でもあれは5月でまだ癌を知らない時だった。あの頃は良かった・・・」と、無意識
  に分けてしまっているのです。

  自分では平常心でいる積りでも、心の奥底ではやっぱり、恐れているのだろうか・・・・。


  平成12年7月21日(金) 腎臓、腎盂、膀胱造影検査


  尿を貯めた状態で検査服に着替えて、撮影用の薄いベッド仰向けに寝る。
  両手を頭の上で組み、手に造影剤を点滴しながら、約5分間隔位で体の位置を変えながら、透視と部
  分的写真を撮る。

  看護婦さんは親切に「造影剤で気分がおかしくなったら、これで合図してください」と、ボタンを握らせて
  貰ったが、私は鈍感なのか何とも無かった。

  途中で小便をして溜まった尿を出し、尚撮影が続き、まもなく終了。
  検査時間約30分。

  終了後、「正確に写真が撮れているかチェックするので少し間って欲しい」と言われる。
  5分ほどして「ちょっと不鮮明な所があるので、最後の立ったままの所をもう一枚撮ります」と言って撮影
  し、またチェックに行った。

  5分ほどで戻ってきて、「所感ですが膀胱に尿が残っています」と言われる。
  
  「はいいつも残尿が60cc程あるはずです」と言うと、「それでは結構です」と終了。
  
  多分最後の取り直しも私の残尿を知らず、検査の間違いだと思ったのだろう・・?

  
  平成12年7月25日(火) 「癌」を殆ど意識しなくなった。


  2回目の診察から10日経った。
  この間、特にHPを読みあさった。沢山のエンジンで検索しリンクを辿り「お気に入りに」入れ、必要な所
  はプリントアウトし繰り返し読みました。

  こんな時、一番心強かったのは「家族と一緒に話合え、悩み合える」事と、「HPで色んな情報を収集で
  きる」事でした。
  もし自分一人で悩み、全く情報が得られなかったら、多分耐えられなかったと思います。
 
  個人のHPから国立ガンセンター、果てはアメリカのCancerNetまで読みあさりました。
  妻は「余り見ないほうが良い、かえって心配が増えるから・・・」と言いましたが、私は例え自分にとって
  悪い事でも良いから、真実が知りたかった。

  HPで皆さんの内容と、私の症状を比較しながら、読んでいく内に、「多分癌だろうと思うが、そんなにも
  進行していない。
  間違ってもここ半年、1年とかのサイクルでは命が消える様な事は無く、もっと長期にわたる筈・・」と自
  然に受け止められるように成りました。

  妻とも話したことですが、「29日に(PSA結果判明)例えどんな結果が出るとしても、自分でも驚くほど
  自然で居られる。
  
  きっとこの何日間かの情報収集と時間が、そうさせてくれたのだろう。
  
  それと、何と言っても眠ること、時間がすべてを和らげてくれるんだ・・」と思います。

  今までも、大変な悲しい出来事に幾つも遭ってきたが、時間と共に少しずつだが確実に、悲しみが薄
  らいで来たんだから・・・。・


  平成12年7月29日(土)  3回目の診察  PSA結果判定


  この2週間は本当に悩み苦しみ、大袈裟に言えば、人生を再確認したとても長い日々だった。
  
  前回の診断では何の結果も出ず忠茫然としただけだったが、今回は必ず判定が出る予定。
  妻と病院に行く。

  どんな判定が出ても覚悟はしているもののやはり緊張する。
  
  K先生も「この2週間、随分心配され後思いますが・・・」と前置きした上で、
  
  血液検査の結果 「PSAー26」との事。 
  
  ホームページや書物から得た所の、自分の判断より高かった・・。
  先生は「数字から見て癌の疑いがある。癌の確定をするために生体検査をします」との事。
  
  生体検査によって癌か否か、又癌の場合はその「顔」もわかる・・・と言われる。
  大人しい癌か、凶暴な癌かという意味らしい・・。

  ここで一番気になっていた「癌だった時の今後の治療法方は?」と聞いた。
  先生は「生体検査で癌が見つかれば、その状態にもよるが、多分このPSAでは、3ヶ月間月一度の
  ホルモン注射をし、癌そのものを小さくして前立腺癌を全摘出手術が、一番良い方法だと思う」との
  事でした。

  生体検査は2泊3日の入院で、前立腺の8ヶ所から組織を取って癌の有無、性格?の検査する。

  前立腺全摘出手術は約30日の入院だそうです。

  ホルモン注射は殆ど副作用もなく、全く普通の生活が出来るとの事です。
  
  生体検査は入院の為、空き部屋待ちで約2週間ほど後になり、生体検査ご2週間で結果が出るそう
  だ。

  一日も早く検査が出来る様に、個室でも相部屋でもとにかく早い方をお願いして予約した。
  
  まだはっきりした訳ではないが、初めてこの具体的な説明をお聞きし、とりあえず安心した・・・。

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  K先生に診察を受けたのは今日で3回目、今までは無我夢中で先生の事は何にも気にもしなかった
  が、「先生は40歳ぐらいだろうか?親切に応対してくれるし、何でも聞きやすい良い先生でよかった
  ね・・」と妻と二人で話しながら帰宅した。

  これからの長い治療生活も、先生の注意を良く守り、俗に言う「良い患者」になる事が、結局病気を
  早く治す一番の近道と思う・・・。
  
  これは過去に何回もやった、骨折や肉離れ等の怪我の治療時での「悟り」です・・・(^_^)