さよなら鹿島鉄道鉾田線

<鹿島鉄道の車両>

鹿島鉄道を走る車両は現在、9両の気動車が活躍していています。

キハ600形(キハ601、602)

キハ600形は国鉄からの譲渡車であり、国鉄時代はキハ07でした。キハ601は1936年に川崎車両で製造され、キハ602は1937年に国鉄大宮工場で製造されました。このうち、キハ601は日本国内の現役気動車の中で最も古い車両です。1965年にキハ601(当時はキハ42502)として関東鉄道へ譲渡され、1966年にキハ602(当時はキハ42504)が関東鉄道へ譲渡され、両車とも入線当時から鉾田線に配置されました。当時は流線型のデザインでしたが1972年に車体改造工事を受け車号と車体は現在のものとなりました。その後、車体更新工事が施され、ワンマン化改造、冷房化改造も行われました。鉾田線入線後に関鉄標準色に塗色変更が行われ、その後2度行われた塗色変更により、現在の塗色となりました。
キハ600形は160馬力のエンジンを1基搭載しており、木製の床と車体側面の窓配置は製造当時からのままとなっています。

現役気動車では日本最古のキハ601。

キハ602は風土記花ごよみ号のラッピングが施されている。

キハ714形(キハ714)

キハ714は1953年に新潟鐵工所で製造され、夕張鉄道で活躍していて、夕張鉄道時代はキハ251でした。夕張鉄道が旅客営業が廃止となり1976年に関東鉄道鉾田線へキハ252とともに入線し、キハ714、キハ715にそれぞれ車号が変わりました。鉾田線入線後に関鉄標準色に塗色変更が行われた後、現在の塗色となりました。
その後、車体更新工事と冷房化改造、車内のロングシート化改造が施されました。キハ715はKR500形の入線により1993年に廃車となっています。キハ714はワンマン化改造が行われていないため、あまり運用に入りません。キハ714は160馬力のエンジンを1基搭載しています。

石岡機関区で休むキハ714。許可を得て撮影。

イベント列車にも用いられるキハ714。写真は鉄道の日記念号。画像提供:唐坂みかん様

キハ602と連結して2両編成で運転される事もあるキハ714。

キハ430形(キハ431、キハ432)

キハ430形は1957年に2両が東急車輛で製造され、加越能鉄道がキハ120形(キハ125、キハ126)として加越線に導入しました。1972年に加越線が廃止となると、同車は関東鉄道鉾田線へ入線しキハ430形となり、キハ431、キハ432と車号も変更されました。1986年に車体更新工事とワンマン化改造が施され、鹿島鉄道初のワンマン運転対応車となりました。鉾田線入線後に関鉄標準色となり、その後2度塗色変更が行われ赤とクリームのツートンカラーとなりました。2002年にファンの要望に応えてキハ432の前面部の朱色とクリームの塗り分け部分をカーブに変更した金太郎塗りとなりました。2003年にはキハ431が金太郎塗りになり、キハ432の朱色から緑色に変更されています。しかし、車体が約16メートルと短い事から冷房化改造が出来ず、現在も非冷房のままとなっていて夏場は運用されなくなりました。
キハ430形は120馬力のエンジンを1基搭載しています。前面が湘南型である事や小型な車体である事から、ファンからは“金太郎”の愛称で親しまれています。

緑とクリームのツートンカラーとなったキハ431。

朱色とクリームのツートンカラーとなったキハ432。

キハ431とキハ432の並び。

3月の土休日は大勢のファンで混雑するようになり、キハ430の2両運転も見られる機会が多くなっている。

KR500形(KR501、KR502、KR503、KR505)

KR500形は1989年に石岡南台駅開業に合わせて石岡−玉里間で列車増発を行う事に合わせて1989年に新潟鐵工所にて2両が製造されました。鹿島鉄道発足後、初の自社発注車両となりました。その後、1991年に1両、1992年に1両が増備され4両となり、鹿島鉄道の主力車となっています。KR504が欠番となった理由として4番が忌み番号であり、それを嫌ったためだと考えられます。
KR500形はレールバスタイプの16メートル級の車体で製造当初から冷房付き、ワンマン運転対応となっていて車内はセミクロスシートとなっています。また、鹿島鉄道の気動車の中でエンジン馬力が最も高い250馬力エンジンを1基搭載しています。また、ブレーキ装置は従来の自動ブレーキとなっている事から他の形式との併結も可能となっています。
現在は登場当時の塗色から塗色変更が行われ、KR501は白車体に紫帯、KR502は白車体に赤帯、KR503は白車体に緑帯、KR505は白車体に青帯の塗色となっています。
KR500形は製造されてから比較的若い事から鹿島鉄道廃止後の今後の動向が注目されます。

鹿島鉄道初の冷房車となったKR501。

現在は“ありがとうかしてつ号”のラッピング塗色となっている。

赤帯のKR502。

緑帯のKR503。

キハ601と並ぶ青帯のKR505。

ディーゼル機関車DD902

鹿島鉄道では2002年まで運転されていた貨物列車が運転されていましたが、牽引用にDD902と国鉄から購入したDD13の2両の計3両が用いられていました。DD902は1968年に日本車輌で製造され、貨物列車としてDD13をベースに製造されました。
DD13は貨物列車廃止後、2003年に中国へ輸出されました。DD902はその後も石岡機関区に所属していてイベント時に用いられましたが、廃止を目前に北海道の貨物鉄道へ売却されてしまいました。

石岡機関区で休むDD902。現在は朱色に変更されて、北海道へ陸送された。許可を得て撮影。

また、常陸小川駅ではDD901が保存されていましたが、廃止を目前に解体されてしまいました。

 解体されてもう見る事が出来ないDD901。

イベント列車

2003年にDD13が引退するのにあわせ、2003年4月にはDD13がキハ714とキハ601を牽引しました。

さよなら運転は2日間行われ、1日目はDD13−367が牽引し2日目はDD13−171が牽引した。画像提供:唐坂みかん様

また、NPO法人常陸圏地域振興フォーラムにより、キハ600形の定期運行に1両を増結した貸切カラオケ列車“風土記花ごよみ号”も頻繁に運転されました。

石岡にて出発を待つ風土記花ごよみ号。キハ600形2連による運転で1両を貸切にして運転した。

その他にも、チョロQ号などが運転されました。

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