許してくれると言うなら

まだ、想っていても

いいですか?







プラトニック 終  






















「サンジ」














愛しい声に呼ばれる。

起き上がってその声の方へ向くと、探していたのか少し息を弾ませたルフィが立っていた。

「どうした?何か、用か?」

俺は至極自然に、ルフィに話しかけた。

ルフィは頷きながら近づいてくる。
コクる前の頃に戻ったみたいだ。
一歩一歩近づいてくるルフィにやっぱり俺の鼓動は高鳴って。
やがて間近に来てまっすぐに見つめてくるその瞳に体は熱くなった。

「…もう…」

「ん?」


いつもの元気もなく、戸惑いがちに口を開くルフィ。思いつめたように少し視線を逸らして俯く姿が可愛くて、釘づけになりつつも相槌を入れる。

「サンジは、おれのこと、」

続く言葉に更に鼓動は高まった。

「おれ、のこと…もう、きらいか?」

ルフィの意識が、俺に向いている。
そう思っただけで体中が歓喜に湧いた。

「な、何でそうなるんだ?」

期待しちゃいけないと思いながらも俺に向けられた視線に胸は張り裂けそうで。

「そう、思うだろフツー!あ、あんな、こと…ッ」

体を僅かに震わせて声を荒げるルフィに体の中がザッと青ざめた。
昨日のことに決まってる、よな?
ルフィにとってはとんだ災難でしかなかったろう。

どう謝ろうかと思案している間にルフィの言葉が続く。

「い、今までっ、毎日シてたのに、急に触っても、こなく、なって、そいで、いきなり、あんな…ッ」

予想外に次いで出てきたセリフに頭が真っ白になった。

どれ程キツく非難されるかと思ってたのに今のじゃ、まるで。
まるで俺を


好きみてえ。

俺が、何もしなかったのが不満みたいに聞こえるのは、都合良く解釈しすぎなのか?
恥ずかしそうに染まる頬も、顔色窺うようにチラチラと上目使いするのも、誘ってるようにしかみえないというか。
でもダメだ、また誤解しちゃ振り出しに戻っちまう。
理性を取り戻そうと一番キツい事実を自分に叩きつける。
勘違いするな、

「…だって、お前は。」

ゾロが好き、なんだろ?


頭に浮かんだセリフがそのまま声になって。


ルフィは滑るように出た俺の言葉に目を見開いて固まってしまった。

しまったと自分に舌打ちする。
ルフィは秘かな恋をしていたのだ。俺に知れるなど思う由もなかったろう。
可哀そうに、動揺している。

…またコイツを傷つけた。

自分の最低さに反吐が出そうだ。

なんとか取り繕おうと口を開こうとしたその時、


「お、おれっ」

ベストの胸のあたりをきゅ、と掴みながらふいにルフィが話し出した。

「ちが、ちがう」

必死に首を横に振って俺を見つめてくる。
そんな仕草がもう堪らなくて。
クラクラしながらなにがと促すと

「おれはっ、おれが好きなのは、」

サンジなの


と言った。



最早クラクラ通り越して上半身支えられずにその場にへたり込む。

…何、言ってんだ

「嘘、吐くなよ」

辛うじて呟いた。
鼓動が速い。当り前だろう。絶対に、永遠に聞くことが無いと思っていた言葉を聞いたんだ。

だってそうだろ?
今までの俺とお前のままいればいずれ俺に惹かれてって、あるかもしんねえけど?
とことんまで痛めつけた俺に、あるはずない。
あるはずない…

本当のことを言ってほしい。
この際いいんだ。
アイツを好きだって言ってくれてさ。イヤだけど、俺のこと好きになってほしいけど。
嘘はいらないんだ。
体だけもらったって最初はいいけど結局こうして辛くなるだけだし?
お前が気まぐれにくれる愛情に俺は翻弄されすぎるから。

「もういいんだルフィ」

「…え」

「もう、やめよう。」

「サンジ?」

「恋人ゴッコは終わりにしよう。」

ルフィの眉がハの字に下がって、縋るように俺を見つめる。
いや、そういう、気がしてるだけだろう。

ああなんでコイツはこんなに人をその気にさせるのが上手いんだろう。天性のもんだな。厄介な才能だ。
また情けなくも期待に胸が膨らんでおかしくなりそうだ。
ここで負けちゃまた繰り返す。
昨日に戻れるならお前に酷いことした俺を殺しに行きたい。
お前のもんじゃねえぞってわからせてさ。そのくらい反省してるんだぜ?

あんなことしたいわけじゃなかった。
でも懲りない俺はきっとまた繰り返す。
お前に溺れて自分の感情に囚われて、コントロールを失って気持ちをぶつけてしまう。
そんなのはもう嫌だ。

大事に、したいから。


「ごめんな。もう、あんなこと絶対、しねえよ。」

ビク、と肩を震わせてルフィは俺を見返す。
いつもは強い船長の、弱々しい姿。
そのギャップがまた、堪らないんだけど?
昨日のこと思い出して怯えてるんだったら罰が悪いな…

抱きしめたくなる手をぎゅっと握って堪えて、なるたけ優しい目で、見つめ返した。

「だから無理すんな。」

弾けたように体ごと一歩前に出したルフィは、何か言おうと口を開いたかと思うと、それを諦めたように噤んでまた一歩、後戻りしてさっきの位置に腰を下ろした。
俯きながら何か言った気がしたが、独り言らしく俺には聞こえなかった。

しばらく沈黙が続いて。

ずっと床を見つめてたルフィがふいに顔をあげた。

「わかった!」

その顔は何かを吹っ切った様に晴れやかで。
久々にまともに笑顔を見た気がする。
ああ、やべえな、最高に可愛い。

次いで、ルフィらしいお願いをされた。

「でも、ハラ減ったらサンジんとこ行っていいか?」

ああ、まいったな、小首を傾げてそんなこと聞いてこないでくれ。
せっかく仕舞い込んだ欲情が飛び出てきちまう。

「当たり前だろ。むしろ俺のいる時に来い。大事な食糧荒らされちゃたまんねえからな。」

アハハと笑って、ルフィはホントにわかったんだかとりあえず頷いた。
それを見て俺も笑って。
これで、俺たちはただの仲間に戻った、そう感じた。

本当にこれでいいのかと、しつこい俺の欲望は心の奥から囁いてくるけど。
愛する者が幸せでいるのが一番だろ?
だったらこの感情は仕舞っておかないと。

ひとしきり笑った後、ルフィはじゃあと俺から離れていった。
その一瞬に、恐る恐る差し出された手。
何だろうと様子を見ているうちに、そっと俺の頬に触れて、去っていった。

「また、あとでな。」



ふいに触れられた所が熱い。

ごめんな、お前を抱き締めて愛し合いたいって気持ちは消えることなんてない。
一緒にいればフツーの態度の裏でやましい妄想してると思うけど。
この気持ちは一生変わらないよ。

体と体で繋がらなくてもいい、
ちょっとでも俺の心がお前と深いところで通じ合えたら。

今ならそう思うんだ。
だから怖がらずに、また、

笑っていてくれよ



俺の、側で。