ニクマクラ
静かな夜の海。
寝静まる船。
寝つけに一服、と体を起こしたサンジは珍しく寝つきの悪い、モゾモゾ居心地悪そうに寝返りを打つルフィを見つけた。
「なんだどうしたルフィ。」
声を掛けてやると浮かない顔をしてこっちを向いた。
「んー。眠れないんだ。」
そりゃ見りゃわかるぜと言葉を返し、煙草を咥える。
火を点けて、ふと気付く。
ああ。そうか。
サンジはにわかに納得した。クソ剣士が部屋にいない。
きっとどこかで猛特訓をしてるのだろう。奴が夜中に限らずいないことなどよくあることだ。

「ずっと一人で出かけちまってよ。」
つまらなそうにルフィがぼやく。

やっぱりアイツがいないのが眠れねェ理由なんだな・・・
「ずっとってことは、アイツ毎晩出かけてんのか。」
そういえば居なかったか?
あまり気に留めていなかった。そういえばちょっと部屋が広い気がしてたような・・・
「そーだよ!一週間ずっとだ。メシ食い終わるとサッサと消えちまうんだぜ。」
口を尖らせて不満をたれる。
「まあそう散歩に連れてってもらえねェ犬みたいな顔すんじゃねェよ。あんなヤツにほっぽっとかれたくらいで。」
言いながらからかうようにクシャリとルフィの頭を撫でた。
「だってよー。・・・もー寝てらんねェよ。」
グリグリ頭を撫でつけるサンジの手の下から不満げにこちらを見上げてくる。
サンジは少し顔を曇らせた。

まあ、アレだ。こいつらがデキてるってのは知ってる。
知っててもどうでもいいことだ。
ルフィが言いたいのは、いわゆる「そういう仲」なのにゾロは最近ちっとも構ってくれない、つまんない、なんとかしてといったとこだろう。
そんなウザイこたハッキリ言ってゴメンだ。キレイなお姉さんならまだしもこ汚いお子様の面倒など見る気にならない。
「なんだ?俺が代わりにお守りをしてやればお前は満足になるのか?だが生憎俺ァごめんだぜ。」
掴んでいた頭を突き放して言った。
「なんだそりゃ。俺、そんな風に言ったか?」
すらっとぼけてルフィが答える。
「サンジにゾロの代わりなんか、できるわけないだろ。」
当たり前すぎる正論。をルフィは言ったのだがサンジにはそうは聞こえない。
「あーあー悪うございましたね。そりゃー俺にはあのクソ熱血バカの真似なんざ出来ませんがね。」
自分はゾロより劣ると断言されたと受けとって、サンジは一気に機嫌を悪くした。
煙草の吸殻を吐き捨て、自分の寝床に戻ってしまった。

何か自分が悪い事をしてしまったらしいと珍しくも気付いたルフィはもそもそとサンジの寝床に近付いて行き、眉をしかめたまま目を瞑っているサンジに小声で呼びかけた。
「なー、サンジー、何か俺悪い事言っちまったみたいだなー。なあ、あやまるからさあ。ごめんなってば。」
妙なところでカンのいいルフィ。
俺が、ゾロと比べられることに少々神経質になってるってのもなんとなくわかるのだろうか。
しおらしくあやまるルフィなどあまりお目にかかったことがない。
まあ、こんなお子様相手にそっぽ向いてるのもバカバカしいや。
「わかったわかったもういいから寝ろ。」
目を瞑ったまま答えてやった。

それがまだ怒ってるのかとルフィに思わせたらしく、困惑してる気なルフィの様子が見なくても感じ取れた。
しょうがねェなと目を開け、「おいルフィ」と口を開こうとした途端。
「グエッ!」
急にルフィの体がのしかかってきた。
「な・何すんだよ!」
と言ってもルフィはサンジの体に手を回し抱きついて離れない。
サンジはひやりとした。
「おいおい、まさか代わりに相手しろなんてワケじゃねェだろうな?言われたってできねえぞ!!」
冷や汗をたらしながらサンジは必死にルフィをはがそうと手を突っ張った。
しかしルフィはサンジの胸やら腹の辺りに顔を押し付けたままテコでも動かない。
「本気かよ・・・」
油断していただけに隙をつかれて動けない。マズイ。このままでは、俺が犯られちまう!
半分蒼ざめながらもなんとか反撃に出ようとしていたサンジの耳に、ため息まじりのルフィの声が聞こえてきた。
「やっぱ、ダメだ。寝つけねェや。」
「・・・は?」
予期せぬ事態起こりまくりのサンジはもう豆鉄砲を食らった鳩よりも可哀相な顔をしていた。
「サンジは痩せっぽちだからなァ。クッション足りねェんだ。これだったら枕の方がいいや。」
さっきまであれほどはがれなかったルフィの腕があっさり離れていく。
「な?!」
俺の体がクッション足りない?枕の方がましだァ?
一緒にサンジも体を起こし事の展開を整理しようと頭をめぐらした。

・・・寝つけねェのは何かいたしてないからじゃなくて、あの筋肉バカの肉クッションがねェからだったのか?

自分なりの結論に達したサンジは、憤りを押さえながらルフィに確認をとった。
ルフィはしゃあしゃあと頷いた。
「そうそう、そうなんだよ!ゾロの肉って寝床に丁度いいんだよなー。アレが最近ないからさあ、すかすかの布団に寝転ぶ度にあー、寝心地悪ィって思ってたんだあ。」
ゾロの奴、随分甘やかしてやしねえか?
そんなことを思う前に、くだらないルフィの不眠症に付き合わされて冷や汗までかいた自分が悔しくてしょうがなかったサンジは、
「そうなんだじゃねェ!このクソゴムが!!」
とスペシャルキックをお見舞いし、おかげでルフィは朝までぐっすり眠ることが出来た。

スッキリしたサンジはいざ眠ろうとしたところで、
「・・・結局のところ俺の肉体はクソ剣士の肉体より劣ってるってことなのか?!」
と発覚した事実に再び悶々としながら、今度は一人淋しく煙草を吸ったのでした。