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インザストリームは慶良間諸島・座間味島にあるダイビングサービスです。

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海話TALES OF SEA

如何に人は魚を愛するのか?

■■■前章■■■

お魚好きダイバーの愛する魚には、かなり共通の傾向がある。
ハゼやギンポ・ジョーフィッシュ・ハナダイ・ゴンベなどは一般に人気がある。しかしそれに引き換えチョウチョウウオ・ヤッコ・ベラ・ブダイなどはもうひとつ人気が出ない。

ダイビングを始めた当初はみんなチョウチョウウオなどのいかにも熱帯魚と言う華やかさに目を奪われるが、そのうち興味はハゼやギンポに移る人が多い。

何故こういう共通の偏りが出るのだろうか?そもそも魚が好きという感情は何なんだろうか?

それを考えるには、まず如何に人が人以外のものを愛するのかを考えてみた。
そうすれば自ずと答えは出るのではないだろうか?



■■■第一章 擬人化と愛■■■

人が人以外を愛する時、はたしてその動物『自体』に愛を感じてしまうのだろうか?きっとそうではないだろう?『動物性愛(ゾーエラスティア)』になってしまうとかなり危ない世界だ。
特に対象が魚だとかなり想像を絶する人になってしまう。

『ハゼが好き〜〜』とは、いったいハゼの『『何が』』好きなんだろう??

ぬいぐるみは可愛い。
でも、同じ材質であっても生き物を形作らなければそれは可愛いのだろうか?顔が無ければいかに手触りの良い、抱き心地の良いものであってもただのクッションに過ぎないのではないだろうか?
同じ生き物のぬいぐるみでもリアルな描写的なぬいぐるみより人間的にデフォルメされた物のほうが可愛い。なぜだろう?

人が、魚・ペット・ぬいぐるみなどに感じる愛は、その存在自身に対するフェティズムではなくあくまでその対象の擬人化された部分への感情移入なのではないだろうか?

人が何かを愛する時、そこには擬人化できる要素が欠かせないのかもしれない。

愛着形成を形作る感情移入
感情移入を誘う擬人化
そう擬人化こそが『ハゼが好き〜〜』の原因かもしれない。



■■■第二章 ベラよりハゼが可愛い訳■■■

一般的な人気の度合いは、可愛く擬人化できるかどうかにかかっているのかもしれない。

ハゼやカエルウオなどは目が2つ並列に見え口が横にはっきりとある。かなりパーツの配列としては人に近い。擬人化しやすい顔立ちである。しかもその擬人化の仕方がかなり可愛く愛らしく出来る。

また非常に近くまで寄れるためその顔まで観察できるのも非常に擬人化には役に立つ。どうしても怖く擬人化してしまうウツボやサメなどより人気が出るのは当然なのだろう。


チョウチョウウオやヤッコ・ベラなどは、目の場所がわかりにくく口もはっきりしない。顔が、表情が非常にわかりにくい。擬人化が難しいグループともいえるだろう。当初色の華やかさに惹かれても後に人気が落ちてしまうのは、この擬人化の困難さにあるだろう。

また距離も問題である。ダイバーが近付けないこと、これがさらに表情の無さを煽っている。

また表情以外にも行動が擬人化しやすいものには、人気が出やすい。
卵やテリトリーを守るあたかも遊んでくれてるかのようなクマノミ
プロポーズを繰り返す情熱家のハナダイ
おどおどと隠れているパンダダルマハゼ
おうちに入るギンポ・カエルウオ
普段見ないデバスズメもナンパに失敗してると応援しちゃうもの

擬人化の簡単さ
目鼻立ちがヒト化しやすい。目が2つ同時に見え、口も口らしく。
可愛くデフォルメしやすい。
行動が人の行動にたとえられる。
それらがわかる程近くに寄れる。

これが人気を左右する基準かもしれないなぁ〜〜
ベラの人気が無いのはきっとこのせいだわな〜〜



■■■第三章 擬人化の是非■■■

このホームページやログ付けのときの話、ほとんど擬人化されています。

『あの子笑ってるでしょ』
『なんかめっちゃ馬鹿な顔してるし・・・』
『あいつきっと今めっちゃ怒ってますよね』

僕なんか擬人化して話さないことのほうが少ないくらいですよね(^_^)と言うよりも意識的にそして過剰に擬人化し感情を投射させています。

でもすべて間違いである。
魚にそもそも人の呼ぶ感情などないだろうし、『笑い』『涙』『怒り』のように自分の内的な感情を体の表面の形状(口元や目元)の変化で表現する必要もない。伝達する相手もない。単なる人間の感情移入でしかない。

従って魚などの動物の動きや行動を擬人化し感情移入してしまうと本来その動きや行動がもつ意味を理解する妨げになる。正しく彼らのことを理解するには擬人化は弊害以外の何者でもない。

『ハナダイやベラの求愛行動にロマンスや愛は存在しない。』
『一夫一妻制の魚がまじめだからでもない。』
『カエルウオはいつも笑っているわけではない。』
『ハゼがエビに危険信号送るのは居候でお世話になっているからでもない。』

擬人化してしまうことにより見えなくなること、それはかなり多いのかもしれない。擬人化はすべきではないのだろうか?自然観察には間違った手法なのだろうか?



■■■第四章 擬人化の薦め■■■

僕が意識的に擬人化した嘘話を皆さんにし、いわば、みんなの生き物に対する擬人化を煽っています。
なぜならやはり擬人化せずそのまま魚を見ているだけでは、感情移入出来ず興味を持続させるのが難しいからです。まず正しい行動の理解なんかより面白いかどうかでしょ?興味を持ててはじめてその対象を見ることが出来る。たとえその目が感情移入により曇っていてもまず見ないことには何も見えない。

みんながんがん感情移入しちゃいましょうよ(^_^)

『サメはやはりどこか信用できないチンピラなんです。』
『カメは哲学が好きなんです。』
『ハナダイギンポは、単に馬鹿なんです。』
『ヨウジウオは浮気しない良い旦那なんです。』
『サザナミヤッコは実は黒人なんです。』
『ベニゴンベはいじめられっ子なんです。』

でもひとつだけ・・・
『みんな嘘なんです。』『感情移入と現実は異なるんです』
それだけ頭の隅において・・・

あまり興味がない子達にも無理やりであろうとも〜〜ほら『ファインディングニモ』思い出してよ。あれ以来なんとなくナンヨウハギの人気上がったもの〜〜

擬人化できればそこに理由無くとも愛が生まれる。愛があればいつかきっとその子達の本来の姿も見えてくるはず・・・。



■■■第五章 愛無き人気者■■■

擬人化を拒む物にも人気者は居る。
可愛くもないレア物・ウミウシ・サンゴ・・・

やはりウミウシやサンゴを見て思うのは、そのキレイさ、異形さであって、かわいいいい〜〜とは思わない。
『サンゴが好き』と言うのは『花が好き・絵が好き』と同じ感覚で『ペットが好き』などとは少し異なるのかもしれない。

知識欲をかなえる物・人を圧倒する物・ただ美しい物・異形の物・希少な物・所有欲を満たす物・コレクション性の高い物など様々な物に我々は興味を惹かれる。それらには擬人化も行われず、愛着形成すら必要としない。

いや逆に、擬人化できないものには、何らかの理由付けが無いと興味がもてないのかもしれない。愛などと言う漠然とした感覚ではなく興味の対象としての理由付けが必要なのだろう。


■■■終章 理由なき愛■■■

そうであればこそ、擬人化こそが理由無き愛着形成を生むのであろう。
人が人を愛するがゆえに、人以外への愛と擬人化は切り離せない物なのかもしれない。

擬人化された対象への理由なき愛、これこそが人がハゼを愛せる理由なんだ。