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2009年、日本女子大学でおこなわれた発達心理学会でポスター発表をした原稿です。


刷り込みと自閉症

白石 勧(無所属)

参考文献

コンラッド・ローレンツ著、『動物行動学』、思索社
               『ソロモンの指環』、早川書房
注1、亀井一成著、『動物の赤ちゃんを育てる』、朝日新聞社
注2、増井光子著、『動物の親は子をどう育てるか』、どうぶつ社
注3、小西行郎著、『赤ちゃんと脳科学』、集英社
注4、大野明子著、『分娩台よ、さようなら』、メディカ出版
注5、ハーロー他、『ヒューマン・モデル』、黎明書房
注6、D.W.グッドウィン著、『恐怖症の事実』、星和書店
注7、ローレンツ著、『ハイイロガンの動物行動学』、平凡社


1.鳥類の刷り込み

ローレンツによると、鳥類では、母親とみずからの属する種の図式を生得的に持っていて、刷り込みが関与する余地がないのは一部の原始的な種に限られるそうです。
高等な種はみな、母親とみずからの属する種の図式の決定に刷り込みが関与しているそうです。

刷り込みには幾つかの特徴があります。

1、後追い行動がうまれる。(そばにいるだけで安心がうまれます。)
2、秒単位で行われ、感受期と臨界期がある。(遅れると刷り込みが不十分になります。)
3、成熟期の恋愛にもかかわる。(種によって異なります。)
4、いったん形成されると、取り消すのは極めて難しい。
5、刷り込みには広がりや転移といった現象があり、養子縁組が可能です。
6、はじめに種が特定され、母親を特定するには数日かかります。

生まれてはじめて見た動物を、同種のなかから個体識別するのは不可能です。
視覚による刷り込みは厳密ではありません。

ハイイロガンのヒナは母親を刷り込んでも、巣立ちの後2〜3日は、ガンであれば前を歩くと誰の後でも付いていくそうです。
ローレンツを刷り込んだハイイロガンのヒナがローレンツを追いかけたというエピソードは有名ですが
実際は、人であれば誰の後でも追いかけたのです。
ローレンツを特定するのに3週間以上かかったそうです。


2.哺乳類の早成種の刷り込み

○牛や馬など哺乳類の早成種は、出産後早期に母親の後を追うようになります。

○動物園のプールで生まれたカバの子が、はじめに一緒にいたオスの腹に触れた為、メスからは逃げて回って、2日で死んでしまったそうです。(注1、亀井)

(カバの水中での嗅覚による刷り込みは個を特定しています。嗅覚による刷り込みは視覚による刷り込みより精度が高いです。サケも生まれた川の水の匂いを覚えています。)

○牛科の動物では、人工哺育したオスの子は要注意だというのが、動物園関係者のあいだでは定説だそうです。
人間を仲間とみなして、順位を争って角で向かって来るスパーリングをするようになり、危険になるそうです。(注2、増井)

はじめにオスに触れたカバの子がメスから逃げて回ったり、人工哺育した牛科のオスの子が人間を仲間だとみなしたりするのは、刷り込みの働きだと考えることができます。
同様に、哺乳類の早成種が出産後早期に母親の後を追うのも、刷り込みの働きだと考えることができます。

したがって、哺乳類の早成種も刷り込みをおこなっていると考えることができます。
刷り込みによって後追い行動がうまれるだけではなく、異なる者に対しての拒否反応がうまれます。


3.哺乳類の晩成種の刷り込み

○子ネコが生まれて3時間ほど経った時、母ネコが水を飲みに巣箱(ダンボール箱の横に穴を開けたもの)から出て行きました。
その間に、何匹生まれたのか確かめようと、巣箱の中を覗き込んだのですが、手前にいた2匹の子ネコが歯をむき出す仕草をして、私を威嚇しました。
まだ目は開いていないので、私の匂いを拒否したはずです。

○子ネコは1週間ほどで目が開きますが、私とはじめて目が合ったとき、ほとんどの子ネコが怒って威嚇します。
(しかし、2回目からは威嚇しません。)

○翌年、また出産後3時間ほどで母ネコが巣から出て行きました。
そこで今度は、実験をしました。
1匹を巣の入り口から10センチほどの外に出しました。
すると、小さな声でちょっと泣いて(3匹実験しましたが、1匹は泣きませんでした)、まわりの匂いを嗅いで、這って巣へ戻りました。
巣へ戻るのに30秒ほどかかりましたが、母ネコの匂い(巣の匂い)への後追い行動だと解釈することができます。

哺乳類の晩成種は、母親への後追い行動では刷り込みを確認できません。
しかし、異なる者に対しての拒否反応が現われること(新生児人見知り)や、ちょっと泣くといった母子分離への軽い抵抗があらわれることによって、刷り込みを確認できました。


4.ヒトの刷り込み

○マスクをつけた看護婦さんといつも一緒にいる未熟児が、面会に来た母親の顔を見て泣いてしまいました。
そこで、母親にもマスクをつけてもらうと赤ちゃんは泣き止みました。
赤ちゃん学会の理事長の小西行郎先生は、この例をあげて、ヒトの刷り込みを認めています。
しかし、ヒトの刷り込みは、養子縁組もできるので、重要ではないと解釈しています。(注3、小西)

○出産直後から母親に抱かれていた新生児は、しばらくして落ち着いてから体重を計るために母親から離すと、たった30センチほど離しただけなのに、泣いてしまいます。
しかし、母親に戻すとすぐに泣き止みます。(注4、大野)

出産後早期に、特徴が異なる者に対して拒否反応を示したり(新生児人見知り)、母子分離で泣いたりするのは、ヒトも刷り込みをおこなっている証拠です。

したがって、母親への愛は出産後早期に刷り込みによってうまれる、と解釈できます。
しかしこれは、生後6ヶ月から9ヶ月ごろに母親への愛着がうまれる、という現在の愛着の理論に反しています。
これはどういうことでしょうか?


5.恐怖感の成熟期

○サルの研究で有名なハーローによれば、アカゲザルの恐怖感は生後70日から90日で成熟するそうです。(注5、ハーロー)

○子ネコは、生後20日では、大きな音がしても平気です。
眠っていると目も覚ましません。
しかし、生後40日では、大きな音がするとあわてて狭い隙間に逃げ込みます。

○子ネコは、生後28日では掃除機をかけてもほとんど恐がらないで見ています。
しかし、生後30日では少し恐がって逃げるようになります。
生後28日で掃除機を恐がらないのは、母ネコと掃除機と識別ができないからではありません。
恐怖感がないからです。

○人の場合、恐怖感がうまれてくるのは、生後6ヶ月以降だという指摘があります。
また、腰から下が麻痺している人は恐れや怒りを感じますが、首から下が麻痺した人はこうした情動をそれほど感じないそうです。(注6、グッドウィン)

早成種の恐怖感は出産後早期にうまれますが、晩成種の恐怖感はある程度動けるようになってからうまれてきます。
人間の場合、恐怖感がうまれてくるのは生後6ヶ月以降です。

(ただし、新生児期には恐怖を感じていることをうかがわせる報告があります。)


6.愛着の形成期

○生後6ヶ月前の赤ちゃんが、見知らぬ人を怖がらないのは、母親と見知らぬ人と識別ができないからではありません。
生後6ヶ月前の赤ちゃんは、よく泣きますが、怖いものはありません。恐怖感がないので人見知りをしないのです。

○生後6ヶ月前の赤ちゃんが、母子分離に抵抗して泣かないのは、愛がないからではありません。
恐怖感がうまれる前の赤ちゃんは、母子分離にもそれほど抵抗しません。

新婚の奥さんは、毎朝、夫を見送っても泣いたりはしません。
買い物に行っても、ニコニコしています。
では、夫への愛はないのでしょうか?そんなことはありません。
愛で満たされているからこそ、夫がいないときもニコニコしているのです。

ところが、夫が兵士となって戦場へ行く別れであれば、激しく泣くはずです。
二度と会えなくなるかもしれないという不安や恐怖感があるからです。
愛する人との別れに不安や恐怖感がともなえば泣きますが、不安や恐怖感がともなわなければ泣かないのです。

生後6ヶ月から9ヶ月という愛着の形成期は、愛着の形成期というよりは、恐怖感の成熟期です。
愛という心理的な働きよりも、母子分離で泣き叫ぶといった愛着行動や、怖がるといった人見知りの方が観察しやすいので、誤解されてきたのです。


7.刷り込みと自閉症

被験動物を隔離飼育することによって、すべての刷り込み過程を可能な限り妨げると、臆病で、一緒に行動をしようとはしないハイイロガンになる。そのような障害をもった2羽のハイイロガンを飼育用の囲い地に一緒にしておくと、しばしば向かい合った2つの隅にできるだけお互いに遠く離れて座るようになる。同種の仲間に対する彼らの反応は奇妙にメチャクチャである。この障害の現われ方は、人間において「自閉児」と記載されているものに似ている。(注7、ローレンツ)

ローレンツはハイイロガンのヒナを隔離して刷り込みを妨げました。
すると、自閉症のようになりました。
ヒトも刷り込みをおこなっています。
したがって、「自閉症の原因は刷り込みを妨げられた事」と考えることができます。

母親の刷り込みを妨げられると、母親が母親として機能しないだけではなく、ヒトという種もみずからの属する種として機能しません。
母親のそばにいても安らぎがうまれないので、母親の後を追いません。
また、同種なら読めるはずのヒトの感情が読めません。

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