■ 北鎌倉 |
レス有難うございます。 管理人様の日記を拝見し、自分も書店をまわって戦争遺跡の本を物色してみましたが、 全国対象の本の場合、かなり分厚いも物でも、神奈川の記事は大抵ほんの数件なので、 地元図書館との情報量のギャップに驚きました。 全国津々浦々には書店の本では知る事が出来ない戦争遺跡が何千何万と無数にあると 言う事が想像され、確かに調査して何らかの形ある物に纏めようと思ったら、ピンポ イントか、全体のどちらから入って行くかに絞り込まないと全く際限がなさそうですね。 北鎌倉駅前の石柱については、表示の内容について、要塞第二区とか、四十五号等の文言 に、意味する内容は分からないながら色々と想像をかき立てられました。 話は変わりますが、 最近読んだ田祥三氏の「鉄道廃墟」という文庫本の中に、戦争遺跡に関する特に心情面 でのエピソードが多く語られており、大変興味深かったです。[2004/10/14 21:34:24]
Marimoya様。 書き込みありがとうございました。 北鎌倉駅前の標柱はかなり目立ちますよね。「昭和十六年」というのは私が見た標柱の 中では陸海軍通じてもっとも新しいものです。戦争も泥沼化し物資も乏しくなって、 こんな立派な石の柱なんか立てている余裕はない、というわけで、これ以後の年代の標柱は 見かけない、というのが私の持論ですがどうでしょうか。 鎌倉の図書館にはしばらく行っていませんが、詳しい資料があるのでしたらちょっと 見てみたいですね。私は狭い範囲を掘り下げて調査するよりも、まず全体的な概略を 知っておきたいタチなので、そうした綿密な研究をしている方々には頭が下がります。 私も頑張って次の更新を迎えたいと思います(苦笑)・・・。[2004/10/13 21:34:48]
御無沙汰しております。 鎌倉市内の戦争遺跡について、鎌倉市内の図書館を物色しておりましたところ、 市民団体の方々が作成した館内閲覧のみのコピー本があり、かなり詳しく(詳しすぎ?) 興味深い内容が記載されていました。管理人様が過去に鎌倉市の図書館を訪れた記述が ありましたので、ご存知かもしれません。(CPCの会) その中にあった北鎌倉駅の標柱を探しに行き、しばらく探し廻りましたが、駅の 真正面(駅と交番の間)に非常に綺麗な標柱があり驚きました。綺麗過ぎて却って 気付き難い程です。下記に表示内容を示します。 駅側 :東京湾要塞第二区地帯標 大船側:第四五号 鎌倉側:昭和十六年七月三十日建設 交番側:海軍省 先述の本によると、円覚寺から大船側の山の一帯が要塞になっていたそうで、銃眼の写真 等もありましたが、殆んど私有地内の様で、それらしき埋めかけの壕をひとつ発見した きりでした。 では次の更新を楽しみにしております。[2004/10/04 19:06:31]
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