■ 砲台跡 |
こんばんは!早速ですが行って参りました。随分と奇妙な遺跡ですね・・・。 あれは間違いなく25mm機銃の陣地跡です。湘南の海岸から上陸したアメリカ軍を 迎え撃つためのものでしょうか・・・。 余談ですが25ミリ機銃は射角40度で徹甲弾が1万m、榴弾で8300mまで飛びます。 それを踏まえるとあの位置にあるのも頷けます。因みに横浜市栄区(中野町)に 4基、上郷町に3基以上25mmの銃眼を確認しております。 いずれも鎌倉街道に沿って配備されていたようです。記録によると栄区中野町に 海軍陸戦隊の加藤・大島・山本部隊が駐屯していたようでこれらの部隊も25mm機銃 の陣地構築にも参加した模様です。あと、強制労働の朝鮮人なども陣地構築に 関わっていたとも聞き及んでおります。 その他にも鎌倉街道沿いには無数の狙撃口を見る事が出来ます。また余談ですが 25mm機銃は発射するとガスが出るので坑道式陣地を掘るときは必ず傾斜をつけて ガスを逃がす仕組みにしたそうです。それではまた(^^ヾ[2004/08/27 01:30:26]
marimoya様、初めまして!私は港南区在住の戦跡に興味のある者です。 貴重な情報有り難うございます。私も興味深く拝見させていただきました。 問題の戦跡を実際目にしていないので何とも言えませんが、海軍の25mm機関銃 の銃眼である可能性があります。これらは横須賀鎮守府の管轄エリアであっつた場所で よく見かけられる遺構で本郷台、稲村ガ崎それから三浦半島で現在も見る事が出来ます。 当時アメリカ軍は日本本土を攻略する計画があり日本もそれを察知して準備していました。 海軍は艦船がないため陸上で敵の進行を阻止しようとしていたと考えられます。 25mm機関銃は主に艦船に搭載され、敵機を迎え撃つ対空機銃です。これを沿岸部や 主要幹線に配備し上陸舟艇や米軍車両(戦車)を撃破しようと考えていたのではないでしょうか? 車両を撃破するものは意外と低い位置にありますよ(^^)v[2004/08/26 20:09:07]
marimoya様 はじめまして、slycrowと申します。 書き込みありがとうございます。 またご丁寧なメールを頂きましてありがとうございました。 貴重な写真をお送り頂き恐縮です。 さてこの場所の砲台(機銃陣地?)は初耳でしたが、ご指摘のとおりもともとは 小高い丘っぽい場所だったのではないでしょうか。山の部分が削りとられて 銃眼のみ残ったのでしょうか。また、他から持ってきて据え付けたようにも 確かに見えますね。 いままで大きな建築物があったため、見えなかったものが見えたケースは 結構あるパターンのようです。近いですし今度ぜひ訪れて見たいと思います。 水道道は丹沢までたどればまだ標柱はかなり残っているのではと期待してしまいます。 貴重な情報をありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。[2004/08/25 20:59:06]
いつも興味深く拝見しております。初めて書き込みさせていただきます。 大船の三菱電機の工場の傍に以前ガスタンクがあり、現在跡地が24時間駐車場 とマンションのモデルルームになっていますが、その敷地内に砲台の跡があります。 しかも高射砲ではなく、海岸にあるような奥が階段状に窄まったものです。 なぜ平地の真ん中にあのような砲台があるのか不思議に思います。 どこかから持ってきた物でしょうか?ご近所にはご存知の方もいらっしゃるかも しれません。 長年ガスタンクの陰に隠れて人目に触れなかったものと思われますが、地名が離山 と言うことと、大船の工場群の南西端に位置している事から、昔は小高い丘があって なんらかの陣地があったのか?等と想像しています。 その敷地は燃料廠と同様な塀に囲まれており、立派な門柱もあります。[2004/08/25 19:32:21]
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