歩兵第101連隊(東部62部隊)

(川崎市宮前区梶ヶ谷ほか)

1937(昭和12)年の歩兵第1連隊の満州駐剳により、留守部隊の歩兵第101連隊が編成され、1942(昭和17)年、赤坂から川崎北部の高台へと移転してきた。周囲はのどかな丘陵地帯であったが、次々に買収され、連隊敷地の他、広大な演習場が溝ノ口付近まで広がっていた。

 

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■連隊敷地跡にはかつての面影なし。
 

 
衛兵所付近から連隊敷地跡をのぞむ。

 

 
兵舎、営庭、下士官集会所、酒保のあったあたりは現在虎の門病院分院の敷地となっている。

 

■空中写真(1947年)でみる歩兵101連隊(秘匿部隊名;東部62部隊)跡地。

 

1;部隊本部(中学校が1967年まで使用) 2;将校集会所(川崎市青少年の家として1988年まで使用) 3;おばけ灯籠(青少年の家に現存) 4;馬房(1棟が現存) 5;衛兵所・営倉 6;被服廠  7;弾薬庫(爆風よけのコの字の土塁が見える)  8;兵舎群  9;裏門  10;炊事場、風呂場など
 

国土地理院 空中写真 作業名:USA10kKT, 地区:溝口, コース:M376, 番号:26
撮影機関:米軍, 撮影日:1947/7/24, 形式:白黒, 撮影高度:1,524m, 撮影縮尺:1/9,950 より引用。

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■1974(昭和49)年撮影の連隊跡の空中写真。

 
ベッドタウンとして開発が進み、空き地は目立つも、もはや軍施設の面影はほとんどない。この写真からは将校集会所と馬房の長屋が確認できる。その他この時点では兵舎が数棟と被服廠の建物が現存。後年、R246のバイパスが連隊敷地のど真ん中を貫き、残りの広大な敷地は虎ノ門病院分院となり現在に至る。

 
国土
情報カラー空中写真 整理番号;CKT-74-15 撮影年度;昭和49年度 地区名;東京 撮影縮尺;1/8,000 
撮影コース;C37 写真番号;18 より引用。

 

■貴重な連隊遺構、馬房(馬小屋)跡。
 

 
当時の馬小屋(馬房)を改造した民家が残る。長い建物を文字通り長屋のようにして現在も使用している。

 

■軍買収の敷地は広大。境界石柱が今も残る。
 
敷地周囲には境界標柱が数ヶ所残る。学校や個人宅にも数本保存されているとのこと。その他「川崎市青少年の家」の敷地内には巨大な「お化け灯籠」が保存されている。「現役時代」は夜な夜な徘徊するという怪談まで残っている(この項終わり)。

(探訪日;2002/08/10)

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 探訪日;2002/08/10

(2006/07/30 新規掲載、09/03全体改訂)

<参考文献>
平和マップづくり実行委員会 「平和ウォーキングマップ・川崎」 (教育資料出版会)