時系列としての音列

〜バッハの無伴奏バイオリンソナタで遊ぶ〜 <音楽&数学らんどへ>

 

 時系列とマルコフ過程

 一般に、時間を変数とする一連の確率現象を「確率過程」といいます。例えば、硬貨を投げつ

づけて、裏と表の出方を見るというものも確率過程といえるでしょう。このとき、{裏裏表裏表表

表裏裏表裏表裏表表・・・・}などと いう、出た目の結果を並べたものを時系列といいます。    

 このように、「硬貨を投げる」とか、「サイコロを投げつづける」という試行は独立なので、前回

の結果が次の結果に影響を与えるということはありません。

 しかし、例えば、次のような試行はどうでしょう。

  Aの袋に赤玉2個、白玉1個、Bの袋に赤玉3個、白玉4個入っている。

  まず、A、Bの一方の袋から玉を1個とる。

  もし、それが赤なら、次にAの袋から1個取り出す。

  もし、それが白なら、次にBの袋から1個取り出す。

 このような方法で作られる時系列は、例えば{赤赤赤白白赤白白赤赤白赤赤白白赤・・・・}と

いうようになるでしょう。

 この場合、ある回の事象は、その前の回に赤であったか、白であったかによって可能性が変

わってきます。つまり、直前の事象に次の事象が影響を受けるわけですね。しかし、これは、10

回前とか、20回前とかずうっと前の回まで影響を受けることはありません(もしそうなら、それは

確率過程ではなく、規則的な数列になってしまいます)。 

 このように、ある事象が起きる確率が、以前の試行に影響されるけれど、ある有限回以前にさ

かのぼった回からは影響を受けないという確率過程を「マルコフ過程」といいます。

 特に、直前の回のみに影響を受けるような場合を「単純マルコフ過程」、先行する2つの事象

のみに影響を受ける場合を2重のマルコフ過程といいます。


シャノンの実験

  ではここで、情報理論の創始者シャノンによる、有名な英文による実験を紹介します。

アルファベット26文字と、スペースをあわせた27文字を取り出して、時系列を作り出してみま

す。まず、乱数を用いて、ランダムな系列を作ってみましょう

 「j jdngksbfukjnslfh bsdk slwfccdjsdhjbmsv hjgtpfctjnmdsaqgklzphny dqaxhgnm

これは、目をつぶってデタラメにキーボードを叩いたものです。すべての文字の出現確率が同様

に確からしいような系列ですね。これは英文でもなんでもないただのデタラメです。

 次に頻度による時系列を作ってみます。

 「pow bcu icefmpoi ao tyemoeducaldanasrc eanrri tbme ekisreaedersbuoli

例えば英文だと、z,x,q などは低頻度ですし、e,t,a などは出現確率が高いです。これは、かなり

厚い英文の本から目をつぶって指を指し、一文字ずつ抽出するという方法で作りました。そうす

ると頻度に従った系列が得られますね。これも英文とは似てもに使わぬものですが、ランダム系

列よりはすこしはマシだと思いませんか(あ、思わない。そうですか)。

 では次に、1文字前の文字の影響を受けるという単純マルコフ過程として時系列を作ってみま

しょう。

 「ory thes if  acerte pmalges and the citeac wese ps eeworenorales ・・・」  

 これはどうでしょう。少し英文らしくなりました。これを作る方法は、まず、任意に1文字を選び

出し、違うページでその文字を探し、その次の文字を次の文字として採用する、ということを繰り

返せばこのような系列を作ることができます。

 最後に2重マルコフ過程による系列を作りましょう。これは、まず任意に2文字を選び出し、違

う場所で、その2文字が並んでいる個所を見つけ、その次の文字を決める、という方法でやれば

いいですね。

re problip stude appreaching focesed d annot ucties ・・・・

 どうですか意味不明ですが英文らしいですね。英語がわからない人が、上の様な文を聞くと、

英語らしく聞こえるのではないでしょうか。


擬似百人一首を作る

 私は以前このような実験の授業を百人一首でやったことがあります。

 例えば、ランダム過程の例は、

 とてまとあ をさこしとえせ しけはうぐ いよふつれらう とよえみしけも

 頻度による時系列の例は、

 たとのしか にりるるものも こやなはか きあのかしはの なりるはふらも

そして単純マルコフ過程では、

 あきのきの いてものかなり うらのせき えにけりけるを おもしのたえに

というものができました。

 だんだん歌らしくなってくると思いませんか。


バッハの無伴奏バイオリンソナタで遊ぶ

 では本題に入りましょう。音楽もいくつかの音符からなる時系列と考えることができます。

そこで、音楽で上で述べたような実験をしてみまたいと思います。料理する題材は、バッハの

「無伴奏バイオリンソナタ第一番」からPrestを取り上げました。この曲は、途中と最後に和音が

ある他は、すべて32分音符で構成されているので、扱いやすいのです。

 まず最初にこの曲を聴いてみてください。

      「無伴奏バイオリンソナタ第一番」←ここをクリック

 これは全136小節(へ短調3/8拍子)で、そのうち132小節が32分音符6個で成り立っているの

で、残りの4小節も含めて802個の音符で成り立っています。この曲はギターのスケールや運指

の練習にも最適で、昔よく弾いていました(もう今はできませんが)。

 さて、次にこの曲とは無関係に、ランダムな音列を聴いてみましょう

      「ランダム音列」←ここをクリック

 うーん。ホントでたらめっていう感じですね。

 今度は、頻度に従ったランダム音列を聴いてみましょう。

 これは、英文のときと同じで、楽譜を並べて、目をつぶって適当に指さすことで次々音列を作

っていくことができます。

     「頻度によるランダム無伴奏バイオリンソナタ第一番」←ここをクリック

 やっぱりデタラメですが、さっきよりは少し音楽らしい?カンジでしょうか。

 次に、一音前の音に影響を受けるという、「単純マルコフ過程」として、時系列を作ってみまし

ょう。これも、前述の英文の方法で作りました。

     「単純マルコフ過程による無伴奏バイオリンソナタ第一番」←ここをクリック

 どうでしょうか。すこしバッハっぽくなりました。でも何かうねうねと平板なカンジですね。

うまいことコーダに繋がったのでそこで終わりとしました。  

 最後に、2音前の列まで影響を受ける「2重マルコフ過程」の時系列です。

 ある2音の列が楽譜の別のところに出現しているとき、その次の音が決定するということです。

もし、その2音がユニークである、つまり、別のところに無いときは、現在の2音の次の音を採用

するという約束で次々作りました。これも疑終止に繋がったところで終わりとしました。

     「2重マルコフ過程による無伴奏バイオリンソナタ第一番」←ここをクリック

 もっとバッハっぽくなりましたね。でも原曲には及びません。


 感想:以上「無伴奏バイオリンソナタ第一番」で遊びました。英文の時にやった、

  re problip stude appreaching focesed d annot ucties ・・・・

などという文章は、パロディーではあるけれど、意味が伝わらない、というのと同様、バッハの時

系列音楽も、それらしく聴こえるものの感動は伝わらないっつうことでまとめてみたいと思いま

す。