武道への思い
小学校の三年生の頃から剣道をやっていました。その頃は学校から帰ると、近くの公園でいつも友達と遊んでいて、私の母親が「剣道の時間よ」と呼びに来るのがイヤでイヤで。
幼稚園児のころから元気がありすぎて喧嘩ばかりしていた私に、体力の発散場所を与えられた訳でした。なんとか辞めずに続けられたお陰で、六年生の時には日本武道館で行われた全国大会にも出る事が出来ました。その頃、隣に住んでいた平松君とは、いいライバルで、中学生の時にはいつも二人で一位・二位を取っていました。
冬の朝稽古の「ピーン」と張り詰めた空気が好きでした。
道場でケガをした私は、しばらく剣道が出来なくなり、約半年後に完治した後、当時流行っていた劇画の「空手バカ一代」の影響を受け、池袋の極真会館に通い始めました。素手で相手を殴れる事が嬉しくて怖くて。高校に入っても必死で稽古に通いました。始めた頃の「強くなりたい」というだけの思いとは別の、日本武道の精神を少しづつですが理解し、考え始めていました。
私のカメラマン仲間である古い友人から、「空手の撮影をして欲しい」という依頼があったのが、92年の夏でした。正道会館の試合と言う事しか分からず、打ち合わせに行くと「K−1」というタイトルが付けられるらしい、という事でした。K−1の立ち上げの時でした。 海外からも有力選手が大勢集められ、そこで「アンディ・フグ」に出会いました。極真のスーパースターだった「アンディ」が目の前に居る事に感激もしましたが、アンディの武道に対する姿勢にも感銘を受けました。その日に行う全ての試合を食い入るように見ているのです。前座のような試合まで。  その後もアンディとは縁があり、テクニックの解説のようなビデオも私が撮影する事になり、当時は英語を話せなかったアンディと通訳(その後の奥さんが通訳でした。当時は彼女と言う事でしたが)を通して、武道に対するいろいろな思いを語ったのは、今でも忘れる事が出来ません。
私が今までに「武道」を通して教わってきたのは、「物事の筋を通す」と言う事です。今の社会は筋を通そうとする者がバカを見るような事が多すぎます。しかし、それで「バカ者」と言われるのなら、バカ者で結構。人を騙すことは出来ても、自分自身は誰も騙せないのだから。
私自身そんな重荷を背負って歩く自信もないし。
「バカなやつ」と言われても自分自身に嘘はつけないな、ヤッパリ。

これからもやりたいようにやっていきますので、みなさんヨロシク。
アンディと私。92年  若かったな
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愛すべき格闘家達