2020年4月の総大会について

2019年10月の総大会
ネルソン大管長の話

来年の計画です。2020年の春は、ジョセフ・スミスが最初の示現として知られる神の訪れ
を体験してから200年目に当たります。父なる神と愛する御子イエス・キリストが、14歳
の少年ジョセフに御姿を現されました。この出来事は、イエス・キリストの完全な福音の
回復の始まりであり、聖書に詳しく預言されています。それに続いて、モロナイ、バプテ
スマのヨハネ、古代の使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネなど、天の使いが訪れました。さらに、
モーセ、エライアス、エリヤが続きました。それぞれが、地上の神の子供たちを再び祝福
するために神聖な権能をもたらしました。奇跡的に、聖書と対をなす聖典、イエス・キリ
ストのもう一つの証である『モルモン書』も与えられました。『教義と聖約』と『高価な
真珠』として出版された啓示も、神の戒めと永遠の真理に対する理解を大いに深めてくれ
ました。神権の鍵と職が回復されました。使徒、七十人、祝福師、大祭司、長老、ビショ
ップ、祭司、教師、執事の職などがそれです。そして主を愛する女性たちは、扶助協会や
初等協会、若い女性、日曜学校、そのほかの教会の召しで立派に奉仕します。そのすべて
がイエス・キリストの完全な福音の回復のきわめて重要な部分です。

そこで、2020年は200周年に指定されます。来年4月の総大会は、これまでのどの大会とも
異なるものになります。これからの6か月間、すべての会員とすべての家族が、回復され
た福音の幕開けを記念する特別な大会に備えるように願っています。高価な真珠に記され
ている最初の示現に関するジョセフ・スミスの記録をもう一度読み返して、準備を始める
とよいでしょう。『わたしに従ってきなさい』の来年度の教科課程は、モルモン書です。
次のような大切な質問について考えるとよいでしょう。「もしモルモン書から得た知識が
突然取り去られたら、わたしの生活はどう変わるだろうか。」「最初の示現に続く出来事
は、わたしと愛する人々をどのように変えただろうか。」また、今はモルモン書ビデオが
利用できますので、個人や家族の勉強に取り入れるとよいでしょう。自分の質問を選んで
ください。自分の計画を立ててください。回復の栄光あふれる光に浸ってください。そう
すれば、来年4月の総大会は、記念になるだけでなく、記憶に残るものになるでしょう。

--------------------------------------------------------------------------------

2019年11月25日
大管長会、2020年4月の総大会の部会に関する変更を発表
11歳以上の聖徒が土曜の夜の部会に招かれる

ラッセル・M・ネルソン大管長は10月に世界中の聖徒たちに次のように発表した。
2020年4月の総大会は「これまでのどの大会とも異なるものとなります」、それは「回復
された福音の幕開けを記念する大会となる」からです。2020年の春は、末日聖徒イエス・
キリスト教会の会員にとって「最初の示現」として知られているジョセフ・スミスが初め
て御父と御子にまみえてからちょうど200年目を迎える。

本日、大管長会のネルソン大管長と二人の顧問は次のように発表した。2020年4月の総大
会はもう一点他に類を見ない大会となる:土曜の夜の部会は11歳以上のすべての末日聖徒
を対象とした部会となる。

「神権部会あるいは中央女性部会の代わりに、土曜の夜の部会はすべての若い女性と扶助
協会の会員およびすべてのアロン神権者とメルキゼデク神権者を対象として開催します」
と大管長会からの手紙の中で述べている。
「この歴史に残る大会と2020年の年間を通して、わたしたちは教会の会員とともに『イエ
ス・キリストの福音の回復』から200年目を祝うことができるのを楽しみにしています。」

--------------------------------------------------------------------------------

2019年12月31日
「救い主の福音の回復」のメッセージを分かち合う
皆さんへの2020年の勧め
ラッセル ・M・ネルソン大管長

前回の10月の総大会でお話したように、わたしは2020年を、父なる神とその愛子イエス・
キリストが示現の中でジョセフ・スミスに御姿を現わされてから200周年を記念する期間
に定めました。人類史上特別なこの出来事から主の福音の回復が始まりました。それは、
今日も続いている回復の幕開けです。その示現の光の中で暮らすわたしたちは何と恵まれ
ていることでしょう。この示現とともに、父なる神と御子イエス・キリストの性質につい
ての新たな理解がもたらされました。

神はすべての神の子を愛しておられ、わたしたち一人一人に対して目的をもっておられま
す。1820年にジョセフの祈りを聞かれたのとまったく同じように、神は皆さんの祈りにも
耳を傾け、御霊を通して皆さんと話すことを切望しておられます。天の御父は皆さんを必
要とされています。 わたしたちにも皆さんが必要です。今年は重要な年になるでしょう。

ぜひ皆さんに、今も進む、「救い主の福音の回復」のメッセージを分かち合ううえで中心
的な役割を担っていただきたいと思います。このことについては間もなく詳しく話します
が、皆さんは今日始めることができます。回復の栄えある光に浸るようにという、前回の
総大会で わたしが皆さんにお勧めしたことを実行するのです。

ぜひ皆さんに、今も進む、「救い主の福音の回復」のメッセージを分かち合ううえで中心
的な役割を担っていただきたいと思います。どのようにすればよいのでしょうか。高価な
真珠に記されている 最初の示現に関するジョセフ・スミスの記録 をもう一度読み返すこ
とから、準備を始めるとよいでしょう。または、次のような大切な質問について考えても
よいでしょう。「もしモルモン書から得た知識が突然取り去られたら、わたしの生活はど
う変わるだろうか。」「最初の示現に続く出来事は、わたしとわたしの愛する人々をどの
ように変えただろうか。」

自分の質問を選んでください。自分の計画を立ててください。進行中の回復の大切なメッ
セージを分かち合う備えをするために、これらの招きのどれかを実行してください。こう
した取り組みにおいてイエス・キリストを求めるときに、神は皆さんがさらなる光を受け
られるよう備えてくださるでしょう。4月の総大会が単に記憶に残るものだけでなく、忘れ
ることのできないものとなるのは、皆さん自身の個人の備えによるのです。今こそ行動す
る時です。今は、教会歴史における重要な時期であり、皆さんが果たす役割はきわめて重
要です。

イエス・キリストが生きておられることを証します。主は現在この教会を導いておられま
す。神はわたしたち、つまりわたしたち皆が主の福音の回復において重要な役割を果たす
ものと信頼しておられます。

--------------------------------------------------------------------------------

高価な真珠に記されている 最初の示現に関するジョセフ・スミスの記録

マンチェスターに移り住んでから2年目のある時、わたしたちが住んでいた地域に宗教に
関する異常な騒ぎがあった。それはメゾジスト教徒から始まったが、間もなく広くその地
域内のすべての教派に及んだ。実に、その地方全体がそれに影響されたようであった。そ
して、大勢の群衆が様々な教派に加わり、それが人々の間にただならぬ騒ぎと分裂を引き
起こした。「見よ、ここだ」と叫ぶ人がいれば、「見よ、そこだ」と叫ぶ人もいた。ある
人はメソジスト派の教えを、ある人は長老派の教えを、またある人はバプテスト派の教え
を擁護して論争していた。

これら様々な教派に転じた改宗者たちは、改宗のときに深い愛を表明し、また、この尋常
でない宗教的感情の場面を引き起こし助長するのに深くかかわった牧師たちは、すべての
人を改心させるために、どこでも自分の好む教派に加わりなさいと言って、大いなる熱意
を表した。にもかかわらず、改宗者たちのある人々はある教派、またある人々は別の教派
というように所属が定まり始めると、牧師たちと改宗者たちの好ましく見えた感情は、真
実ではなく偽りであるように思われた。牧師が牧師と、改宗者が改宗者と言い争うひどい
混乱と悪感情の場面がこれに続き、その結果、すべてお互いの好感情は、もしかつて幾ら
かでもそのようなものがあったとしても、今は言葉の争いと見解についての論争ですっか
り失われてしまったからである。

わたしは当時14歳であった。父の家族は長老派の教えを受け入れ、そのうち4人、すな
わち母のルーシー、兄弟のハイラムとサミュエル・ハリソン、および姉のソフロニアがそ
の教会に加入した。

このひどい騒ぎの間、わたしは心の中で深く考えさせられ、大きな不安を感じないではい
られなかった。しかし、わたしの気持ちに深く、またしばしば痛烈に感じるものがあった
にもかかわらず、なおわたしはこれらすべての教派から遠ざかっていた。それでも、機会
があるごとに、彼らのいろいろな集まりには出席した。そうするうちに、わたしの心はや
やメソジスト派に傾き、彼らに加わりたいとかなり望むようになった。しかし、様々な教
派間の混乱と争いが非常に激しかったので、わたしのように若く、世間のことを知らない
者にとって、だれが正しく、だれが間違っているか、確かに結論を出すことは不可能であ
った。

わたしの心は時々ひどくかき乱され、叫び声と騒ぎの渦は熾烈なもので絶えることがなか
った。長老派の人々は、バプテスト派の人々とメソジスト派の人々に断固反対し、あらん
かぎりの理屈と詭弁の力を用いて彼らの誤りを立証しよう、あるいは少なくとも彼らは誤
っていると人々に思わせようとした。他方、バプテスト派の人々とメソジスト派の人々は、
彼らは彼らで、同じくらい熱心に、彼ら自身の教義を確立して他がことごとく誤っている
ことを立証しようと努めた。

この言葉の争いと見解の騒動の渦のただ中にあって、わたしはしばしば心に問うた。「何
をしなければならないのだろうか。これらすべての教派のうちのどれが正しいのだろうか。
それとも、ことごとく間違っているのだろうか。もし彼らのうちのどれかが正しいとすれ
ば、それはどれで、どうすればそれが分かるのだろうか。」

これら宗教家たちの論争によって引き起こされた、極度に難しい事情の下で苦しんでいた
ある日のこと、わたしは、ヤコブの手紙第1章5節を読んでいた。「あなたがたのうち、
知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与え
る神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。」

この聖句が、このとき、かつて人の心に力を与えたいかなる聖句にも勝って、わたしの心
に力強く迫って来たのであった。それはわたしの心の隅々に大きな力で入り込んで来るよ
うに思われた。もしだれか神からの知恵を必要とする者がいるとすれば、それは自分であ
ることを悟って、わたしはこの言葉を再三再四思い巡らした。なぜならば、わたしはどう
してよいか分からず、また自分がそのときに持っていた知恵よりも深い知恵を得られなけ
れば、どのように行うべきかまったく分からなかったからである。それというのも、様々
な教派の教師たちは同じ聖句を異なって解釈し、その結果、聖書に訴えて疑問を解決する
ことへの信頼をすべて打ち砕いてしまっていたからである。

とうとうわたしは、暗闇と混乱の中にとどまるか、それともヤコブが指示しているとおり
に行うか、すなわち神に願い求めるか、どちらかにしなければならないという結論を出す
に至った。わたしはついに「神に願い求め」ようと決意した。もし神が知恵に不足してい
る者に知恵を与え、しかもとがめもせずに惜しみもなく与えてくださるならば、思い切っ
て願い求めるべきだと結論づけたのである。

そこで、神に願い求めるというこの決心に従って、わたしはこれを実行するために人目を
避けて森に入って行った。それは1820年の早春、美しい晴れた日の朝のことであった。
わたしがこのようなことを行おうとしたのは、生涯で初めてであった。わたしは不安のま
っただ中にあっても、声に出して祈ろうとしたことはまだ1度もなかったからである。

わたしは前もって決めておいた場所に人目を避けて行き、辺りを見回し、自分一人である
ことを確かめると、ひざまずいて、心の願いを神に告げ始めた。わたしがそうし始めるや
いなや、すぐにわたしは何かの力に捕らえられた。その力は完全にわたしを圧倒し、わた
しの舌をしびれさせるほどの驚くべき力を振るったので、わたしは物を言うこともできな
かった。深い闇がわたしの周囲に集まり、一時はあたかも突然の滅びを宣告されたかのよ
うに思われた。

しかし、わたしは自分を捕らえたこの敵の力から救いだしてくださるようにと、あらんか
ぎりの力を尽くして神に呼び求めた。すると、わたしが今にも絶望し、破滅に身を任せよ
うとしたその瞬間、すなわち想像上の破滅ではなく、目に見えない世界から来た実在する
何者かの力、わたしがこれまでいかなる者にも1度も感じたことのないほどの驚くべき力
を持った者の力に身を任せようとした瞬間、この非常な恐怖の瞬間に、わたしは自分の真
上に、太陽の輝きにも勝って輝いている光の柱を見た。そして、その光は次第に降りて来
て、光はついにわたしに降り注いだ。

それが現れるやいなや、わたしはわが身を縛った敵から救い出されたのに気づいた。そし
て、その光がわたしの上にとどまったとき、わたしは筆紙に尽くし難い輝きと栄光を持つ
二人の御方がわたしの上の空中に立っておられるのを見た。すると、そのうちの御一方が
わたしに語りかけ、わたしの名を呼び、別の御方を指して、「これはわたしの愛する子で
ある。彼に聞きなさい」と言われた。

わたしが主にお伺いしようとした目的は、自分が加わるべき教派を知るために、すべての
教派のうちのどれが正しいかを知ることであった。そこで、わたしは我に返って物を言え
るようになるやいなや、わたしの真上で光の中に立っておられた方々に、すべての教派の
うちのどれが正しいか(当時は、すべての教派が間違っているということなど、わたしの
心に思い浮かびもしなかったからである)、また自分はどれに加わるべきかを伺った。

すると、どれにも加わってはならない、すべて間違っているからである、とのお答えであ
った。また、わたしに話しかけられた御方は、彼らの信条はことごとくその目に忌まわし
いものであり、信仰を告白するそれらの者たちはすべて腐敗しており、「彼らは脣をもっ
てわたしに近づくが、その心はわたしから遠く離れている。彼らは人の戒めを教義として
教え、神を敬うさまをするけれども神の力を否定している」と言われた。

その御方は再びわたしに、それらのどれにも加わることを禁じられた。また、ほかにも多
くのことをわたしに言われたが、今はそれを書くことができない。わたしは再び我に返る
と、自分が天を見上げて仰向けに横たわっているのに気づいた。光が去った後、わたしに
は力がなかった。しかし、間もなくある程度力を取り戻したので、家に帰った。そして、
暖炉に寄りかかっていると、母がどうしたのかと尋ねた。そこでわたしは、「何でもあり
ません。大丈夫です。元気です。」と答えた。それから、わたしは母に「長老派の教えは
真実ではないことが自分で分かりました」と言った。敵対する者が、わたしの生涯のきわ
めて早い時期に、わたしが彼の王国を妨げ悩ます者になると定められていたことに気づい
たかのように思われる。そうでなければ、どうして闇の力がわたしに敵対して連合したの
であろうか。どうしてわたしがまだ幼いときに、わたしに対して反対と迫害が起こったの
か。

--------------------------------------------------------------------------------

もしモルモン書から得た知識が突然取り去られたら、わたしの生活はどう変わるだろうか。

・モルモン書から得た知識とは
    ・聖霊が私たちを導いてくださる。
    ・アダムの堕落は、人類の誕生と成長のために必要なことだった。
    ・この世に生まれる前に、神様の元で霊の状態で暮らしていた。
    ・キリストが古代アメリカ大陸を訪れ、教会を組織された。
    ・8歳未満の子供にはバプテスマは必要ない。

・取り去られたら、わたしの生活はどう変わるか
    ・個人的なことで、聖霊から導きを受けられなくなる。
    ・否定的な出来事を、前向きに捉えることができなくなる。
    ・全世界の人を神様の子供で、わたしたちが家族だと思えなくなる。
    ・キリストは、古代中東だけの救い主と思ってしまう。
    ・神様との聖約を受け入れるかどうかの選択ができなくなる。

--------------------------------------------------------------------------------

最初の示現に続く出来事は、わたしとわたしの愛する人々をどのように変えただろうか。

・最初の示現に続く出来事とは
    ・ジョセフ・スミスがモロナイから教えを受ける。
    ・モルモン書が世に出る。(福音が回復される)
    ・神権が回復される。
    ・教会が回復される。
    ・神殿の儀式が回復される。

・わたしとわたしの愛する人々をどのように変えたか
    ・再び、神様と家族とに再会できることに希望をもって生活することができる。
    ・この世の目的を知ることにより、この世の試練を成長の機会と捉えることができ、
      試練に耐えられるようになる。

--------------------------------------------------------------------------------

今も進む、「救い主の福音の回復」のメッセージを分かち合う

・今も進む救い主の福音の回復とは
    ・イスラエルの集合(伝道と神殿の御業)
    ・シオンの回復
    ・主の再臨と地球の回復

・どのように分かち合うか
    ・インターネット上に「回復」について書き込む。
    ・会社で教会について直接話すのが難しい(政治と宗教の話をするなという風潮が
      ある)が、「休み何してるの?」と聞かれたときに、「教会の活動で楽しかった」
      と話すようにするとか、良い人格を磨いて、クリスチャンとして興味をいだいて
      もらうことができる。
    ・教会のことについて聞かれたら、答えられるように準備をしておく。


ホーム