贖罪についてのたとえ


使徒のボイド・K・パッカー長老は次のように語った。

 皆さんに一つの物語、つまりたとえ話をお話ししたい。
 あるものが欲しくてたまらない人がいた。人生でそれに勝る大切
なものは無かったのであろう。彼は自分の望みをかなえるため多額
の借金をした。
 そのような多額の借金はしないように、特に貸し主には注意する
ように警告されていた。しかし、自分の思い通りにして、欲しいも
のをすぐに手に入れることの方がもっと重要だったのであろう。借
金はいずれ返済できると思い込んでいたのである。
 それで彼は契約書に署名をした。借金はそのうち返せると思って
いたので、さして気にもかけなかった。支払期限は遠い先のことの
ように思われたからである。今欲しいものを手に入れた。そのこと
が大切に思われたのである。
 貸し主のことがいつも心の片隅にあり、時々借金の一部を返済し
た。けれども、決算日のことはまったく考えになかった。
 そうしている間にその日が到来し、契約は満期になったが、借金
の返済はまだ完全に終わっていなかった。貸し主が来て、全額支払
うように要求した。
 そのとき初めて気づいたのは、貸し主には自分の財産を残らず取
り上げる力があるだけでなく、自分を投獄する力もあるということ
である。
 彼は「お返しすることはできません。わたしには返済する力がな
いのです」と告白した。
 「それでは」と、貸し主は言った。「契約を執行してあなたの財
産をもらいます。あなたは獄に入るのです。あなたはこの契約に同
意し、自分で決めたのです。契約書に署名したのですから、今こそ
実行しなければなりません。」
 「支払期限を延ばすか、負債を免除していただくわけにはまいり
ませんでしょうか」と、借り主は請い求めた。「何とかして、わた
しの財産をそのまま持てるように、そして獄に入らなくてもいいよ
うにお取り計らいください。きっと、世の中には憐れみが必要だと
認めておられるでしょう。どうか憐れみをおかけください。」
 貸し主はこう答えた。「憐れみというのは常に、あまりにも一方
的で、満足するのはあなただけです。もしあなたの憐れみを施せば、
わたしは返済されないことになります。わたしが要求しているのは
正義なのです。あなたは正義を信じますか。」
 「契約書に署名したときは信じていました。あのとき契約書はわ
たしの味方でした。自分を守ってくれると思ったからです。あのと
き、憐れみを必要としなかったし、永久に必要ないものと思ってい
ました。わたしは考えたのです。正義はわたしたち双方を等しく満
足させてくれるのだと。」
 「正義が要求するのは、借金を返済するか罰を受けるかです」と
貸し主は答えた。「これが律法というものです。あなたは律法に同
意したのですから、従わなければなりません。憐れみが正義を奪う
ことはできないのです。」
 こうして一方は正義を要求し、一方は憐れみを請うた。どちらも
相手が折れなければ主張を通すことはできない。
 「もしあなたが負債を免除してくださらないならば、憐れみはも
うありません」と借り主は嘆願した。
 貸し主は答えた。「もしそうしたならば、正義はなくなるでしょ
う。」
 二つの律法とも満足できないように思われた。どちらの律法も一
見相反するような永遠の原則である。正義の要求を完全に満たし、
同時に憐れみの働きをも満たす道は無いのだろうか。
 否、道はある。正義の律法を完全に満たし、また憐れみをも完全
に及ぼすことができる。しかし、この方法は第三者を必要とする。
そして、そのようになったのである。
 借り主には一人の友人がいて、助けにやって来た。友人は借り主
をよく知っており、先の見えない人間であることが分かっていた。
こんな苦境に陥ってしまうとは、愚かなことだと思った。しかしそ
うは思っても、やはり借り主を愛していたので、助けてやりたいと
思った。友人は二人の間に入ると、貸し主に向かって次のような申
し出をした。
 「もしわたしの友を契約の義務から解放してくださるのでしたら、
負債はわたしが肩代わりいたします。そうすれば、友は財産を失わ
ず、獄にも入らずに済みますから。」
 貸し主が申し出をあれこれ考えていると、仲介者はさらに言った。
「あなたは正義を要求されました。わたしの友は支払うことはでき
ませんが、わたしがお支払します。あなたの要求は公正に扱われる
わけですから、これ以上請求することはできません。これなら異存
はないでしょう。」
 貸し主は同意した。
 それから、仲介者は借り主に向かって言った。「わたしがあなた
の負債を肩代わりしたら、わたしを貸し主として認めますか。」
 「はい、もちろんです。」借り主は泣いて答えた。「あなたはわ
たしを獄から救い、憐れみを施してくださいました。」
 「それでは」と恩人は言った。「わたしに負債を支払いなさい。
条件はわたしが決めます。条件は易しくはありませんが、果たせな
いほど難しくもありません。方法はわたしが用意します。あなたは
獄に入る必要はないのです。」
 こうして、貸し主は全額支払いを受けた。公正な扱いを受け、契
約も破られずに済んだのである。
 一方、借り主は憐れみを受け、正義も憐れみの律法もともに成就
した。一人の仲介者がいればこそ、正義はその一切を満たし、憐れ
みも満たされたのである。

教会機関紙「聖徒の道」1977年10月号


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