救援隊の証

教会員に対する暴徒の襲撃が横行していて、ミズーリ−州では、多くの聖徒た
ちが家を追われていました。1834年2月24日、主はジョセフ・スミスに、
救援隊を組織し、オハイオ州カートランドからミズーリ−州まで行き、聖徒た
ちのために住む場所を取り戻すように言われました。救援隊が組織されたのは
5月6日で、207人の男性、11人の女性、11人の子供が加わりました。

6月18日、ミズーリー州クレイ郡に到着し、フィッシング川の合流地点で野
営を開始しました。6月19日、野営地に5人の男が馬に乗ってやってきて、
「おまえたちは夜明けまでに地獄を見るだろう。」と言いました。彼らは、リ
ッチモンド、レイ、そしてクレイ郡から武装した軍隊がジャクソン郡の軍隊に
加わって、野営している救援隊を叩きつぶしてしまうだとうと告げました。こ
れらの5人の男がまだ野営地でのろいの言葉をはいている間に、嵐の近づいて
いる兆候が現れました。男たちが野営地を去るやいなや、嵐が烈火のごとく怒
り狂いました。木々の枝を切り落とすほどの大きなひょうが降り、強風が木々
を根元からよじり、野営地中に枝が飛び交うありさまでした。地は震え、揺れ
動き、小川の流れは荒れ狂った奔流と化しました。暴徒たちは散り散りになっ
て避難所を探しましたが、見つけることができませんでした。ひとりの暴徒は
稲妻に撃たれ、他のひとりは暴れる馬に手を引き裂かれました。彼らは恐れお
ののきながら、「これが、神がモルモンの民のために戦うやり方なのか」と言
いながら、彼らの本来の仕事に戻っていきました。

この嵐の間、野営地の聖徒たちはその猛威にさらされはしませんでした。なぜ
聖徒たちは守られたのでしょうか。彼ら全員が主に対して従順だったからです。

2日後の6月21日には、スコンス大佐がふたりの同僚を伴って聖徒たちが何
を考えているかを聞くために野営地を訪れました。そして、こう述べたのです。
「わたしは、この人々を守っているのは全能者の力であることがわかる。とい
うのは、わたしは、武装した軍隊を率いてあなたがたを滅ぼそうとしたのだが、
嵐に妨げられて近づくことができなかったからだ。」預言者ジョセフ・スミス
はその時、彼らに、聖徒たちが受けている迫害について話しました。すると、
彼は、自分たちの力で、聖徒たちに反対する人々を鎮めてやろうと申し出て、
野営地を去りました。

(教会機関紙「聖徒の道」より引用)

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