朝日新聞の記事

1998年10月31日 朝日新聞朝刊(大阪版)「学芸」欄の記事

ちょっと待った!英語帝国主義
エスペラント語に脚光再び


インターネットに便利
EU共通語化の動きも


共通言語の普及で民族交流と国際平和をめざすエスペラント運動が勢いづいている。欧州連合(EU)で共通語に採択しようとする機運が高まり、インターネットや翻訳ソフトなどでもその便利さが評価されつつある。背景には、事実上の「世界語」となった英語による言語支配への反感と恐れがあり、それが人工語で民族性のないエスペラントへの期待となっているようだ。

 金沢市でこの10月初めに開かれた第85回日本エスペラント大会で、記念講演した世界エスペラント協会前会長で韓国人の李種永(イ・チョンヨン)氏は、言語支配の問題点を次のように指摘した。
 「民族語は肉食的な性格があり、相手の言語に浸透すればするほど、その言語の技術用語や文化用語を食いつくす。言語的不公正と言語的侵略を防がねばならない。」世界の言語が、一つの民族語でしかない英語(正確には米語)に支配されかねないことへの危惧があった。
 だが、これはエスペラントにとっても、好機到来なのだと、李氏は強調した。「フランスはフランス語圏内の国際組織で英語の使用を禁止し、中国は記者クラブでの外務省の英語の説明を中止した。ロシアでは広告に英語の使用を禁止する動きが出ている。これらの国では国際語としてエスペラントへの理解が高まりつつある」
 特に、フランスなど15カ国が加盟するEUでは、言語問題が真剣に論議されている。公用語だけでも11もあり、EU本部では、21000人の職員のうち、通訳、翻訳業務に6000人があたっている。その経費は全事務費の3分の1を占める。だが、英語の共通語化には、強い抵抗があるという。
 今年8月、フランスで開かれた第83回世界エスペラント大会では、EU議会の評議員の一人(フランス出身)が「EUの国歌をエスペラントで作ることを提案していく」と講演した。
 EU議員の626人のうち、エスペラント支持者が3年間で81人から120人に増えたという。さらに全欧急進党が、2005年までに、エスペラントをEUの共通語にすると発表したことなどが報告された。
 大会に出た香川県白鳥町の会社社長三好鋭郎さん(58)は「EUの言語革命が地球の地殻変動を促し、母国語とエスペラントに通じるだけで全人類が平等で自由に交流できるパラダイスが来ると実感した」と話す。
 大阪外大でエスペラントを教える非常勤講師、谷博之さんはこの夏、エスペラント対応の新しいパソコンソフトを開発した。エスペラント独特の記号をワンタッチでたたくことができ、日本語のワープロ機能も備えている。「米国で始まったインターネットは、圧倒的に英語が使われているが、エスペラントこそインターネットに適している。ホームページには様々な国からアクセスが来ている。自宅にいながら、どこの国の人とも会話できるのです」
 エスペラントの学生サークルから生まれた国際語教育協議会は、昨年から「インターネット時代の国際語セミナー」を開いている。メンバーの一人、江崎雅康さん(50)は「若い人が便利さを知って飛び込んで来るようになりました」と話す。
 戦後、日本でエスペラト運動が盛んだったのは1965年、東京で世界大会が開かれたころ。折からのベトナム反戦運動の影響もあり、市民や学生サークルが次々に誕生した。
 だがここ10年以上は、若者の参加が減り、地域サークルの高齢化も目立つようになった。江崎さんや谷さんはエスペラントの新しい役割に期待を寄せる。
 「世界で開発されている翻訳ソフトに、エスペラントが見直されています。互いの言語を直接翻訳するより、エスペラントを中間語にすると、数も少なく簡単にすむ。民族色が強く、文法などに例外の多い英語は、中間言語にふさわしくありません」
 他の一言語をよりたやすく学ぶ橋渡し的言語としてのエスペラントの有用性が、認識されつつあるようだ。

エスペラント
ホーム