≪古墳とは何なのか≫
・・広島県の古墳・・・古墳から見た郷土の歴史・・
Hirosima
≪まえがき≫

ここではNHK文化センターで、平成19年(2007年)4月16日~平成23年(2011年)、月1回、計33回の講義、表題は 「古墳・考古学から見た郷土の歴史」で、芸備友の会の学芸員脇坂光彦氏が講義されたものを纏めて、 ホームページに発表します。実際に発掘調査など経験したこともない、かつ今まで考古学と縁がない、 しかもこの講義を聴講されているほかの皆さんは、みな考古学に造詣が深く、知識が豊富ということが端々の質問や話し方に圧倒されて、 わたくし等は全然お呼びでないといつも感じていましたが、ずぶの素人が何しろ耳から聞いたものを書き記したもので、 内容に関してはある程度正確さを欠きますが、あえて発表します。これは広島県特に備後地方における当時(3世紀~7世紀)の古墳の成り立ちが、 「出雲の國勢力」の衰退後、「吉備の國勢力」と「大和政権の確立」に深く関与していることを示している。 これは地政学的に言って備後は吉備のとなりで、古墳時代初期頃は吉備勢力と大和政権の勢力が均衡していた。 そこで大和政権は備後地方の首長と強固な関係を築いていた事柄が古墳の構造から読み取る。 これは、脇坂氏が多くの広島県の遺跡発掘に携わり、かつ日本各地の古墳の遺跡をまわられ、 古墳の構造から鋭い洞察力で読み取る力を養われたことと思います。たとえば、古墳の所在地、種類、構造 ・・・玄室や羨道における側壁の石の組み方・石の材質・表面の仕上げ方、 石の産地、また副葬品のおかれた場所、種類・・・等、その観察力には敬服いたします。 そうした先生の講義を聴講して初めて考古学の面白みを味わった。ところで、地方の県には大きな古墳が多く存在し、 その付近に結構な数の古墳群があります。しかしそれらの古墳群が大和政権とどのようなつながりがあるのか、詳しく記載された文献が見当たらない。 私の調査不足くかな。しかしこのことに関して備後地方がいかに大和政権とのかかわりが深いかがこの33回の講義で知ることとなった。 また日本列島における備後の地政学的な状況について、備後地方がいかに大和政権とのかかわりが深いかがこの33回の講義で知ることとなった。 日本列島における備後の地政学的な状況について、
書生の勝手な推理。
縄文時代以降のことについて考察してみると、日本列島は極東の離れ小島、列島全体が高い山脈からなり、 しかも地球規模の温度変化によりいろいろと変化をしてきたが、いつの時代も列島全体が原生林に近い状態で覆われていた。 中でも特に広島の両側に山口、岡山、兵庫とありますが、広島は中国山脈の真ん中に位置し、かつ海岸伝いに広い地域、 平野がなく人類を寄せ付けない地域と考えられる。また人類の初期の交通手段は動きやすい船と思われます。 それゆえ、陸地の中を移動するより、船による海岸沿いの移動が簡単でしかも多くの荷物を積むことができるため、 日本列島の海岸沿いに多くの遺跡があり、またそこを拠点として奥深く川沿いに多くの遺跡が点在しております。 しかし広島の場合は旧石器時代の遺跡は「帝釈峡と冠山」の遺跡だけであり、また縄文時代、弥生時代の遺跡も少ない。 以上のことより、ほかの地域比べて特異な存在である備後地方の古墳のあり方を知ってもらいためにホームページで発表したい。 このことは脇坂氏の講義を聴くことにより実感したものである。そして「日本人はどこから来たか」という命題に進むことができた。 非常に感謝しています。
追記
先学諸氏の調査資料を勝手に参照し、この講義内容に記載したことに対しご許し願います。よろしくお願いいたします。

 下記の表は1回~33回の講義内容の表題を示しています。


講義
回数
年・月・日123 講義内容 表    題123 備考123
1  2007年4月16日 平成19年  古墳とは何なのか  
2 2007年 5月21日  古墳の埋葬施設の形態  
3  2007年 6月18日   古墳の副葬品はどんなものがあるか  
4  2007年 7月30日   広島県の古墳を地域ごとに観察してみよう Ⅰ   
5  2007年 8月20日  同上 Ⅱ    
6  2007年10月15日  沼田川流域の横穴式石室墳>  
7  2007年11月19日 芦田川流域の大型横穴式石室墳>  
8  2007年12月17日  広島県の終末期古墳
終末期古墳とは、 芦田川流域、沼田川流域、本村川流域
 
9  2007年 1月21日 平成20年  同上 Ⅱ 
中国・四国・九州地方の横口石槨墳
 
10  2008年 2月18日
古墳から見た地域勢力の動向 
太田川流域・西城盆地・芦田川流域・江の川流域(馬洗川)・成羽川
 
11  2008年 3月17日 同上 
後期・終末期
12 2008年4月21日  遺跡が語る弥生時代  
13  2008年5月19日  弥生時代の墳墓 Ⅰ 墳墓の地域的特色
北部九州地方・瀬戸内山陽地方・
 
 
14  2008年6月16日  同上 
日本海・山陰地方
 
 
15  2008年8月18日 同上 
広島県の四隅突出型墳丘墓
  
 
16  2008年9月29日  同上 
近畿地方の墳墓
 
 
17  2008年10月20日  弥生王墳から古墳の発生へ Ⅰ
魏志倭人伝・末廬國・伊都国・奴国・出雲國・吉備國・卑弥呼の墓
 
18  2008年11月17日  同上 Ⅱ
大和の初期の古墳・ホケノ山古墳
 
 
19  2008年12月15日  弥生時代と銅鐸 Ⅰ
加茂岩倉遺跡・荒神谷遺跡・広島県の銅鐸・百舌鳥御廟山古墳
 
20  2009年1月19日 平成21年  同上 Ⅱ   
21  2009年2月16日  同上 Ⅲ
広島県福田型銅鐸
 
 
22  2009年3月16日  三ッ城古墳について   
23  2009年4月20日  広島県のあけぼの・・旧石器~縄文時代 Ⅰ   
24  2009年6月15日  同上 Ⅱ   
25  2009年10月19日  古墳文化の地域性 Ⅰ
戸島川流域・可愛かの川流域 
 
26  2009年11月16日  同上 Ⅱ
横穴式石室と埋葬・副葬
 
 
27  2010年3月15日 平成22年  考古学の動向を振り返る・・・昨年の話題から   
28  2010年4月19日  考古学から安藝國の誕生を探る
安藝國と備後國の誕生 Ⅰ
 
29  2010年5月17日  同上 Ⅱ
阿岐(県南西部)の地域性成立への動き
 
30  2010年10月26日  同上 Ⅲ
阿岐(県南西部)地域の首長墓(前期―4世紀) 
 
31  2010年11月12日  同上 Ⅳ
古墳時代(5世紀~6世紀初頭)の動向 
 
32  2011年1月17日平成23年  古墳から安藝・備後國の誕生を探る Ⅰ   
  2011年月日