産みの苦しみ

 

1.聖書

2.スウェーデンボルグ

3.ヴァッスーラ

 

 

1.聖書

 

エレミヤ13・21

 

指導者として育てた人々が

あなたから失われるなら

あなたは何と言うつもりか。

女が子を産むときのような苦しみが

必ずあなたをとらえるであろう。

 

 

マタイ23・29−

 

律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。預言者の墓を建てたり、正しい人の記念碑を飾ったりしているからだ。 そして、『もし先祖の時代に生きていても、預言者の血を流す側にはつかなかったであろう』などと言う。 こうして、自分が預言者を殺した者たちの子孫であることを、自ら証明している。 先祖が始めた悪事の仕上げをしたらどうだ。 蛇よ、蝮の子らよ、どうしてあなたたちは地獄の罰を免れることができようか。 だから、わたしは預言者、知者、学者をあなたたちに遣わすが、あなたたちはその中のある者を殺し、十字架につけ、ある者を会堂で鞭打ち、町から町へと追い回して迫害する。 こうして、正しい人アベルの血から、あなたたちが聖所と祭壇の間で殺したバラキアの子ゼカルヤの血に至るまで、地上に流された正しい人の血はすべて、あなたたちにふりかかってくる。 はっきり言っておく。これらのことの結果はすべて、今の時代の者たちにふりかかってくる。」

 

 「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。 見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。 言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。」

 

  イエスが神殿の境内を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。

そこで、イエスは言われた。「これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」

 

イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。 そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。 そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。 偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。

 

不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」

 

 

黙示録12

 

また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。

 

 

 

 

2.スウェーデンボルグ

 

 

黙示録講解411ハ[5]

 

再生は以下の言葉の中に取り扱われている、即ち、『主の御前にあなたは産みの苦しみにおかれている、ああ地よ』、『産みの苦しみにおかれること』は、教会について述べられるときは、改良され、再生されることを意味しているのである。

 

 

 

信仰59

 

これらの語を解説すると以下のようになる。すなわち、『天に一つの大きなしるしが見えた』は、来らんとする[将来の]教会について、その教義が受け入れられることについて、またそれを攻撃する者らについて主が啓示された事柄を意味する。『陽に囲まれて月を足の下においていた婦人』は主から愛と信仰との中にいる教会を意味し、『その頭の上の十二の星の冠』はその教会の人たちにおける神的真理から発した知恵と理知を意味し、『かの女はみごもっていた』ことは、その生まれ出ようとしていた教義を意味し、『生もうとして痛み、分娩しようとして苦しみ、叫んだ』は、仁慈から分離した信仰の中にいる者らから抵抗されたことを意味している。『他の一つのしるしが天に見えた』は、さらに啓示されたことを意味し、『見よ、一つの大きな竜』は、仁慈から分離した信仰を意味し、彼は単に自然的なものである愛から『赤い』と言われ、『七つの頭を持って』は、聖言を誤って理解することを意味し、『十の角』は、それが多くの者から受け入れられた結果、力を(得たことを)意味し、『その頭に七つの冠をつけていた』は誤謬化された聖言の真理を意味し、『その尾は天の星の三分の一を引きずり、それを地に投げつけた』は、真理に対する凡ゆる知識が破壊されたことを意味している。『その竜は分娩しようとしているその婦人の前に立って、彼女が分娩したとき、その子を食いつくそうとした』は、彼らの憎悪と、その教会の教義が生まれ出ると直ぐにそれを破壊しようとする彼らの意図とを意味している。

『彼女は男の子を生んだ』はその教義を意味し、『彼は鉄の杖であらゆる国民を養うことになっていた』は、この教義は霊的なものから発した自然的な真理の力により納得させるであろうことを意味し、『その子は神のもとへ、またその王座へ取り上げられた』は、その教義が主によって天界から庇護されたことを意味し、『その婦人は荒野に逃げた』は、僅かな者の間における教会を意味し、『そこに彼女は神から一つの所を備えられている』は、その間それが多くの者の間に存在するようになるために準備がなされているようなその[僅かな者の間にある教会の]状態を意味し、『そこに彼女は千二百六十日養われる』は、それがその定められた状態に成長するまで、を意味し、『天に戦いが起り、ミカエルとその天使たちとはその竜と戦い、竜とその使いらも戦った』は、主と仁慈の生活とにかかわる教会の教義の中に留まっている者たちに対し、仁慈から分離した信仰の中に留まっている者らが見解を異にして、これと戦うことを意味し、『彼らは勝たなかった』は、彼らは征服されたことを意味し、『彼らの所もまたもはや天には見出されなかった』は、彼らはそこから投げ下ろされたことを意味する。『竜は自分が投げつけられたのを見ると、その男の子を生んだ婦人を迫害した』は、仁慈から分離した信仰の中にいる者らによって、その教義のために、教会が悩まされることを意味する。『その婦人に大きなわしの二つの翼が与えられた、それは彼女が荒野のその所へ逃げるためである』は、その教会がまだ少数の者の間にしか存在しない間の慎重な配慮と先見とを意味し、『そこに彼女はその蛇の顔から逃れて、一時、数時、半時養われるであろう』は、教会はその定まった状態に向って生長しつつある間、を意味する。『蛇はその婦人の後から洪水のように水をその口から吐き出した』は、彼らがその教会を破壊するために誤謬からおびただしく論じたことを意味する。『地は婦人を助けた、地はその口を開いて、その竜が口から吐き出した洪水を呑み込んでしまった』は、彼らの理論は、誤謬から発しているため、おのずから瓦解したことを意味する。『竜は婦人を怒って、その裔の残りの者と戦うために去った』は、彼らの執拗な憎悪を意味し、『神の戒めを守り、イエス・キリストの証をたてているところの』は、仁慈の生活を送って、主を信じる者たちに対する(彼らの憎悪)を意味している。

 

 

 

 

3.ヴァッスーラ

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P16

‘88・8・25

 

ああ イエス、このすべては遠いことのように思えます、そして主の再臨はますます遠いことのように!

 

娘よ、私の平和を持ち 喜んで熱心に私を迎えるように、はっきりと言う、時がなくなっている、陰のように消え失せ 我が再臨を現す 最初の兆しの中に あなた方はすでに生きている、産みの苦しみの最初の痛みが すでに始まった、しかし愚かにも、被造物はそれを笑いとばす、我が最初の兆しを拒んで、産みの苦しみがすでに始まったと 信じるのを拒む! そこで私に献身して 私から養われるように、あなたに不足がないように見届ける、左も右も見ないで、まっすぐ私のもとにやって来なさい、私は主であり あなたの師 そして霊的指導者であり続ける、あなたは知恵から学んでいる、私から学んでおり 知恵の鍵を持つのは私である、知者の目を持つ誰にも 知恵を見に入らせない、私は子どもにしか知恵を与えない、単なる子どもだけに 入って行って知恵と出会うのを許す ♡

 

ありがとうございます わがイエス。

 

 

ヴァッスーラ・神のうちの真のいのち・7巻P74

‘93・12・28

 

あなたの陣営(*)を訪ねる、訪ねていき 私の初穂と出逢おう、権限を持たないもの(*1)と 私の栄光を交換してしまわなかった我が民を訪ねる。 こころ変わりせず 信仰を守り抜いた聖者たちのもと(*2)を 私は訪ねる ♡ 誰にも欺かれないように注意しなさい、産みの苦しみがすでに始まり 終わりの段階にさしかかっていると多くの人は信じるのを拒むがゆえ。

 

  神が臨在し、ともにいて下さるという意味です。サムエル記上4・7:「彼らの神が陣営に入った。」霊魂は神の住まう陣営となれます。私どもは主の玉座ともなれるのです。

*1黙示録12・13に言及「獣の像」。  *2黙示録13・10

 

地上で私の支配が近づいたため こうした産みの苦しみがこれからはいっそう増していこう。はっきり言っておく、悪人のかわりに償う 私の寛大な霊魂たちがいなかったなら、艱難と、悲嘆にくれる日々が過ぎたあとは 一人として生き残らない、そう、彼らの執り成しがあなた方を救うとは あまり理解されずにきた。