すべての仕わざを「マリアによって」、

「マリアとともに」、「マリアのために」する

 

1.グリニョン・ド・モンフォール

2.マリア・ワルトルタ

 

 

1.グリニョン・ド・モンフォール

 

グリニョン・ド・モンフォール/聖母マリアへのまことの信心/山下訳/P296

 

内面的信心業の実行を、次の四つのことばで集約します。すなわち、すべての仕わざを「マリアによって」、「マリアとともに」、「マリアのために」する、ということです。

なぜ、そうするのかと申しますと、そうすることによって、わたしたちのすべての仕わざを、「イエズスによって」、「イエズスとともに」、「イエズスのうちに」、「イエズスのために」、いっそう完全に、果すためです。

 

第@項すべての仕わざを“マリアによって”する

 

すべての仕わざを「マリアによって」、しなければなりません。別のことばで申せば、万事において、マリアに従わねばなりません。万事において、マリアの霊にみちびかれて行動せねばなりません。マリアの霊は神の聖霊です。「神の聖霊にみちびかれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8・14)。マリアの霊にみちびかれる人こそ、マリアの子どもです。だから当然神の子どもなのです。前に述べた(本書29〜30)とおりです。

 マリアのしもべは、数からいって、たいへん多いのです。だが、マリアの霊にみちびかれる人だけが、マリアの本当の忠実なしもべです。マリアの霊は、神の聖霊である、と今さき申しました。マリアは、自分自身の霊にみちびかれて行動したことは、いちどもなかったからです。マリアはいつも、神の聖霊にみちびかれていましたので、神の聖霊がマリアのうちで、マリアの主人となり、こうしてマリアの霊そのものとなりきってしまったのです。

 だから、聖アンブロジオ司教が、次のように言っているのです。「どうか、主をあがめるため、マリアのたましいが、信者ひとりひとりのうちにありますように。どうか、神を喜びたたえるため、マリアの霊が、信者ひとりひとりのうちにありますように」(本書217)。

 聖徳のほまれ高い、イエズス会のロドリゲス修道士の手本にならって、柔和で剛毅、熱烈で慎重、謙遜で勇敢な、マリアの霊にまったく浸透され導かれる人は、どれほどしあわせでしょう。

 

 

2.マリア・ワルトルタ

 

マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P10

 

イエズスは言われる。(中略)

 「マリアに倣うよう努力しなさい。また、それはあまりにも努力を要することであるがゆえに、貴女を助けるようマリアに頼みなさい。人間には出来ないこともには出来るし、もしマリアのうちにマリアと共にマリアによってそれを求めるならば必ずや出来るだろう。」