それだけで充分だ
マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P16
イエズスは言われる。
「わたしが貴女に、最後の罪を犯したこれらの人々を救うために助けてほしと言ったのは、それほど前のことではない。そのとき貴女はわたしが何を言おうとしていたのか分からなかった。ただ祈っていた。
しかしわたしから見れば、それで充分なのだ。なぜなら、実際のところ、欠かせないのはすべてが分かるわたしだけなのだから。しかしわたしの子供たちよ、あなたたちは絶対的な啓示を必要としてはいない。わたしがあなたたちに語るすべてのことはあなたたちには権利のない一つの贈物であり、父がいちばん親しい人々に自らすすんで与える贈物なのだ。なぜなら、あなたたちに秘密を打ち明け、あなたたちの手を取り、王の秘密に深く入り込むようにうながすのは、わたしの心に適うことなのだから。だがあなたたちはそのことを強要すべきではない。神の打ち明け話の相手になるのは、とても素晴らしいことだが、自分の思いどおりに行動する父に盲目的に身を委ね、父がどこに導いて行くのか敢えて知ろうとしない子たちであることも同じように素晴らしく、聖なることである。
マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P68
生まれつき耳の遠い人には音は聞こえないだろう? 事故で鼓膜に穴のあいた人も聞くことは出来ないだろう? 手で触れて彼らに聴覚を取りもどさせるのはわたしだけだろう。しかし、耳が閉ざされている霊魂が、わたしに手を触れさせないなら、どうやって霊魂に聴覚を回復させることができようか?
神父が最後の反対者について投げかけた質問については、神秘の陰に包まれた恐怖を残すことにしよう。ある種のことがらは、知ったとてなんの役にも立たない。善良でありなさい。それで充分だ。アダムの子孫を支配するこのおぞましい王国の持続を短縮することを目標に、即座に前もってあなたたちの善意を示すことだ。
マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P130
マリアよ、貴女は、わたしの意志によってそれにふさわしいものとされた魂である。貴女が持つ良きもの、それはただ一つ、愛そうとする良き意志だ。わたしにはそれだけで充分だ。この良き意志の上に、小さな魂を台石にして師のわたしの教壇を設置することが出来る。導き救う愛の言葉と愛への招きを言い、再び言い、もう一度言うために。
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P80
‘88・12・3
♡ 私を愛する者は 我が愛のうちに成長してゆき、一方彼らは私を愛するよう 他の者たちも連れて来れるようになる ♡ 我が聖心は愛の炎で燃え立ち その深淵に皆を引き入れようと切望している。 愛に渇く。 あなたに求めるのは愛のみ、愛は有徳の木の根だから。 来なさい、私と和解していないすべての者たち、来なさい、来て和解し 私自らの平和を受けなさい、来て 我が愛を共有しなさい、まだ私を理解していない者たちよ 来て、私と和解しなさい(ヨハネ14・27)、来て 愛と和解しなさい ♡ 私、あなたの主イエス・キリストは あなたに我が光の子となってほしいと願っている、そう、私を尊ぶ 平和と愛の弟子となって、
マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P146
その息が続く間だけ持続するあの動物のもつ命の他は何も無いがゆえに、この獣に優らぬ多くの人間たちがいる。天のために創られた霊魂は死に絶えている。したがって、霊魂で生きる代わりに鼻孔で息をしているだけの人間たちがいる、と言うのは正しい。彼らからは霊的に遠のいている方がよろしい。サタンの息と、彼らから出る獣性があなたたちの人間性に触れないように、またそれがあなたたちを彼らに似た者としないように。
あなたたち、祝福された者よ、彼らのために祈りさない。それは愛徳の行為だ。それだけで充分だ。御言葉に対して自分を閉じている者に言葉は役に立たない。また、怒り狂う獣のような鼻孔からその横暴と傲慢を燻(くゆ)らせ、吹きつける者たちを最高だと思ってはならない。最高なのは生きた霊魂の所有者、すなわち神の子のみである。その他の者は惨めなもので、見かけ倒しの高さは大崩壊に運命づけられており、その記憶はスキャンダルと恐怖の記憶としてしか残らない。