霊的な言葉の性質

 

 

 

天界の秘義6040

 

『自然的なものにおける諸真理が認識したこと』と言われているが、『これらの諸真理にいる者たちが認識した』とは言われていない理由は、それが霊的な言葉の性質であるということである。なぜならその方法によって思考の観念は人物から抽象されて、事物に限定され、そして事物は、すなわち、真理と善とは人間のもとで生きており、また人間を生かすものであるからである、なぜならそれらは生命の凡ゆるものの存在の源泉であられる主から発しているからである。このようにしてまた思考は真理と善とを人物に帰属させることをまぬかれているのである。またこのような言葉により全般的な観念が得られ、その観念は、もしそれに人物の観念が接合されているときよりもさらに広く拡大されるのである。たとえば、もし『これらの真理にいる者たちが認識した』と言われるなら、普通、そうした人物に観念がすぐに固定され、かくしてそれは全般的な観念から引き出され、そのため真理の光は減退してしまうのである。さらに他生では人物について考えることは考えられている者らを刺激するのである、なぜなら他生では凡ての考えは伝達されるからである。これらがここの『自然的なものにおける諸真理が認識した』といった抽象的な言葉が用いられている理由である。